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2016年8月2日 石渡ノリオ

古家採取活生計画:第6回目 空き家から始まる理想の暮らし<後編>

家から人間の生き方に迫る

雨漏りしない家で充分なら、日本中にある空き家ですぐにでも生活を始められます。しかし、例えその考え方に共感できたとしても、よりよい立地に住みたかったり、大きな家に住みたかったり、もっと土地を広げたかったり、資産を増やして富を蓄えたいような欲望に掻き立てられる気持ちは、なかなか捨てられないものです。

理解できても止めることのできない欲望が、わたしたちを突き動かしています。この身を引き裂くような矛盾が、何百万戸もの空き家を生み出す原因にも思えるのです。今回は、家をきっかけに人間の生き方に迫る思索を巡らせます。

 

戦後のライフスタイルと家

古い家を直して暮らしていることを母親に話すと「わたしたちが懸命に抜け出そうとしてきた場所になぜ戻ろうとするのか理解できない。」と言われてしまいました。

どうして古い家を選んで暮らそうとするのか。
答えは簡単です。古い家は余っている。余っている家に暮らすことができるなら、家に悩むことがなくなります。

ぼくは空き家を直していく中で、いつの時代のどの部分がこれからのライフスタイルに適しているのか調査しているのです。家に困らなければ、どれだけ生活が楽になるのでしょうか。

古民家第6回0▲戦後の日本 家の量産が始まった

例えば、ぼくの母親は、第二次世界大戦の終戦の頃に生まれました。辺りは焼け野原、簡素な小屋が立ち並び、政府も国民も早く復興したいと願いました。その頃の復興とは生活の質を上げることでした。
そのために多くの人が快適な暮らしをできるように急ピッチで家は建てられ、家を量産するために自然素材から新建材へと材料も変わり、職人の伝統的な技術を必要としなくなりました。

古いものを再利用することも、振り返る必要もありません。母親の世代は、貧しさから脱出するように高度成長を成し遂げ、日本は世界屈指の経済大国になりました。それは「所有する豊かさ」の時代とも言えます。その時代の想いからすれば、古い家に住むことは貧しいことなのです。もちろん、この成長のおかげで現在の日本があるわけです。

 

「伝統的な技術で建てられた」家から学ぶ

今の「空き家」には、前に挙げた「戦後の復興のために建てられた家」と「明治~大正時代に伝統的な技術で建てられた家」があります。次は、伝統的な技術で建てられた家について考えてみます。

古民家第4回0▲明治時代(1907年頃)の生活(From The New York Public Library)

明治~大正時代には、自動車を始めとする機械の使用が日常的にはなく、家は馬や牛、自然を利用し、手づくりでした。自然と共に暮らしていたので、当時の日本人は今よりも自然現象を理解していました。その技術を継承する者たちが職人でもあります。

しかし今の時代は、伝統的な技術で建てられた古い家を直したいと工務店に相談しても「建て直した方が早くて安い」と言われてしまうのです。それもその通り、自然素材でつくられた家をメンテナンスしたり直す技術は特定の専門家しか使えないのです。

つまり、古い家を再利用するための安価な商品やサービスが存在していません。古い家に住みたいという想いと現実のギャップが、DIYやセルフビルド、古民家を改修したカフェなど、ユーザー側がアクションを起こすきっかけになり、その事例や技術に注目が集まっているのです。

 

現代は誰でも古い家を直すことができる

最近のDIYやセルフビルドに注目が集まっている状況で面白いのは、専門外の人たちが、その市場を開拓してきたことです。業界がつくったのではなく、消費者側から価値が再提案され、それに便乗するようにマーケットが動いているのです。

その背景には、インターネットの発達があります。情報の格差がなくなり、知りたいことを調べればいつでも手に入れられるようになりました。ある程度のことは、専門家に頼らなくても自分でやれるようになったのです。

古民家第6回0▲のみを使って木を加工する

ぼくが偶然愛知県津島市で出会った空き家は、築80年の木造長屋群でした。つまり、1930年代、戦前の住宅です。その家の天井裏には立派な梁があり、壁は、竹を編んだ木舞に土壁でした。

後で知ったことですが、家主の水谷さんは京都大学で土木工学を学んだ後、大学院では橋梁の耐震振動を研究し、アメリカの大学院でセメント材料の研究で修士号と博士号を取得していました。

その後、長い間その世界からは遠ざかっていたのですが、相続で引き継いだ借家に長年住んでいる老家族を追い出すことだけはできない、と周囲の反対を押し切り、それまでの知識を基にインターネットで情報を集めて、安価で素人でもできる改修方法を独自に開発してしまったのです。

水谷さんは「これからの時代は、ハードとソフト全てにおいてDIYだよ。インターネットが、誰でもマルチスキルの“百姓”に戻ることを可能にした。融通の利く木造なら、ノコギリと金槌とのみ、矩計とインターネットがあれば誰でも古い家を直せるようになる。」と言ったのです。

 

自然の側から考える

誰でも家を直せるようになった時代だからこそ、何のために家を直すのか、と考えます。快適で豊かな暮らしのためでしょうか。一体誰が快適に豊かに暮らすためなのでしょうか。

雑草を例に挙げます。庭のある家は、放っておくと雑草が繁ってきます。除草剤を散布するとか、焼き払うなどの方法もありますが、あるお寺の庭づくりを見て納得しました。そのお寺は、雑草も生きていることを理由に最低限の手入れで済ませていました。ドクダミ草やミントをお茶にしたり、試しに食べてみたりと付き合い方を工夫していました。

古民家第6回0▲好き勝手に生える雑草たち

雑草は、人間が開拓した場所にばかり生えるのです。自然の森には生息しないというのです。どうして、そんなことが起きているのでしょうか。

雑草たちは、人間が切り拓いた過酷な環境でも生き延びる特殊な能力を持っています。そうまでして、生き延びる理由があるのです。 雑草たちは、順番にリレーをするように種を撒き散らし、繁殖し大地に生え変わります。異なる種類同士でバトンを渡して大地を耕し、やがて樹々が生え森になるというのです。空き家の観察を続けていると、放棄された家屋が雑草に覆われていく姿を何度も目撃しました。その自然に呑み込まれていく姿に美しさを感じました。

古民家第4回0▲自然に飲み込まれる朽ちた家

しかし、雑草たちのそうした働きは、人間の経済活動の役には立ちません。むしろ邪魔な存在です。 自然の側に立ってみたらどうでしょうか。人間と雑草のどちらが、邪魔をしているでしょうか。

 

地球の未来を創造するものたちへ

気がつけば、ひとつの時代が終わりを迎えようとしています。「所有する豊かさ」の終焉です。DIYやセルフビルド、空き家再生などの取り組みに出会う度に、ライフスタイルの革命を感じるのです。
人間は経済から生まれたのではなく、自然に育まれてきた命なのです。人間が動物であるなら、家は巣なのです。明治~昭和初期に建てられた家から多くのことを学んでいます。これからの未来に託すべき日本の伝統文化や先人たちの知恵が埋もれているのです。

目の前のことやお金のことばかりを思考し動き続けるなら、わたしたちの未来は先細りになってしまいます。なぜなら、人間は自然の恩恵を受けずに生きていくことはできないからです。いくら貨幣があっても、自然をコントロールすることはできないのです。
自然と人間の付き合い方の歴史が「家」に詰まっています。「空き家」と名付けられると使えない家のように思いますが、見方を変えれば、手放すことのできない文化遺産が日本中に転がっているともいえます。古い家に興味を持たれた方は、ぜひ足を踏み入れてみてください。

古民家▲住もうと思えば住めるのか?自然に飲み込まれる小屋

みなさんがそれぞれの場所で、現在から過去を見渡し、これからの未来のために日々の暮らしを営むことを願い、ぼくは家の冒険を続け、この連載で伝えていきます。(続く)

石渡ノリオ
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石渡ノリオ

石渡ノリオ1974年生まれ。地球人、生活者、芸術家、ライター。妻と2人で、あちこちの古い家に暮らしながら、生活芸術を推進中。ぼくはここにいます。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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