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2016年9月13日 ココロココ編集部

群馬県内の5市町で地域おこし協力隊募集!~文化遺産からアートプロジェクトまで、多彩な魅力に迫る~

東京から100キロ圏内に位置しながら、豊かな自然が広がる群馬県。
今回ご紹介するのは「富岡市」「下仁田町」「甘楽町」「中之条町」「玉村町」の5市町。
地域おこし協力隊を募集予定(一部、募集中)の各市町の魅力をたっぷりとお伝えします!

【富岡市】「日本三奇勝」と「世界文化遺産」があるまち

斜めから見た東置繭所_クレジット入り

▲旧富岡製糸場・東置繭所

妙義山をはじめとする山々の眺望や、鏑川などの水の恵み、ゆとりある里山の風景など、豊かな自然に恵まれた富岡市。なかでも下仁田町・安中市との境界にそびえる「妙義山」は上毛三山のひとつで、独特な形をした奇岩怪石の多さから、九州の耶馬渓・四国の寒霞渓とともに日本三奇勝と呼ばれています。春には桜と新緑、秋は紅葉の名所として知られ、登山愛好家にも人気の妙義山。麓には「妙義神社」があり、樹齢500年の大杉3本杉に囲まれた三角形の空間がパワースポットとして話題を呼んでいます。

歴史的建造物も多い富岡市の中でも、最も有名なのが「富岡製糸場」でしょう。富岡製糸場はフランスの技術を導入して1872年に政府が設立した日本初の本格的な器械製糸工場で、当時その規模は世界最大級。「養蚕が盛んで生糸の原料である良質な繭が確保できる」「工場建設に必要な広い土地がある」「製糸に必要な水が確保できる」などが、富岡がその地に選ばれた理由です。

115年間にわたって活躍し続け、日本の近代化のみならず、世界の絹産業の技術革新・交流にも大きく貢献した富岡製糸場。開業当時の繰糸所、繭倉庫などは現在もほぼ完全な形で残されており、そうした保存状態の良さも認められて、2014年6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産に正式に登録されました。世界的にも注目が集まる中、富岡市では自然・歴史・産業・文化の調和のとれた「世界遺産にふさわしいまちづくり」を進めています。

【下仁田町】江戸大名までとりこにした「下仁田ネギ」の産地

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▲畑一面に広がる下仁田ネギ

町域の約85%を山林・原野が占め、美しい山並みや清らかな渓流など、雄大な自然風景が広がる下仁田町。町の北部から西部の長野県境にかけて「妙義荒船佐久高原国定公園」が広がり、奇岩で知られる「妙義山」や、平らな山頂が荒波を割って進む船のように見える「荒船山」などがそびえています。また「神津牧場」は、地すべり地形を利用した日本最古の洋式牧場。なだらかな斜面の草原に多くのジャージー牛が自然に近い形で放牧されており、動物との共生や自然を満喫できる様々な体験プログラムが行われているほか、乳製品なども人気を集めています。

下仁田町は、古くは関東と信州を結ぶ街道により交通の要衝として栄えた歴史ある町でもあります。国道254号が町の東西を横断しているほか、上信越自動車道の「下仁田インターチェンジ」があり、東京圏とも約1時間20分ほどで結ばれています。さらに、下仁田インター近くには池袋発(一部新宿発も)の高速バスの停留所もあり、マイカーを使わなくても都心や軽井沢方面へ気軽に行き来ができてとても便利です。

下仁田町の特産品といえば、ネギ! 独特の土壌と気象環境を生かして農家の人たちが15ヶ月もかけて育て上げた「下仁田ネギ」は、加熱すると甘くなるのが特徴。とろけるような舌触りと味わいは絶品で、かつては江戸大名をもとりこにしてしまったことから「殿様ネギ」とも呼ばれています。

【甘楽町】城下町の歴史散歩で江戸時代にタイムスリップ!

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▲雄川堰と武家屋敷の様子

甘楽町は群馬県の南西部にあり、南部に山間地、中央部に丘陵地、北部に平坦地と変化に富んだ地形をしています。豊かな自然に囲まれた風光明媚な町で、上毛三山(赤城山・榛名山・妙義山)をはじめ上信越国境の山並みや浅間山が一望できる素晴らしい景観を誇ります。

町のほぼ中央にある小幡地区は江戸時代、織田信長の二男・信雄(のぶかつ)から8代にわたって、その後松平氏に4代にわたって治められた城下町。町を貫くように流れる一級河川・雄川から水を引く「雄川堰」に沿って、江戸時代の面影を残す武家屋敷が建ち並び、風情ある町並みが続いています。この「雄川堰」は、織田氏によって整備された由緒ある用水で、水奉行をおいて大切に保護してきたもの。現在は住民の手によって守られており、日本名水百選に選ばれているほか、世界かんがい施設遺産にも認定されています。

雄川堰の流れに沿って続く桜並木も実に見事で、とくに4月の桜の季節には足を運んでみる価値あり。毎年、城下町小幡さくら祭り「武者行列」が開催され、桜の花びらが舞う中、馬上の大将とそれに続く織田隊が出陣し、城下町小幡を勇壮に練り歩きます。織田氏によって造られた群馬県で唯一の大名庭園「国指定名勝 楽山園」をはじめ、甘楽町にはこうした史跡や文化財が多く残っており、タイムスリップ気分を味わいながら歴史散歩が楽しめます。

甘楽町の地域おこし協力隊募集情報(甘楽町公式ホームページ)

【中之条町】 「アートと山里の融合」も楽しめる山紫水明の町

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▲中之条ビエンナーレの様子

群馬県北西部の吾妻郡にあり、新潟・長野県との県境に位置する中之条町。面積の8割以上を森林が占めており、町のシンボル的な「嵩山」や、四季折々に姿を変える雄大な自然に囲まれた「野反湖」、ワタスゲ・ミズバショウなど高山植物の宝庫である「芳ヶ平」など、美しい自然景観が広がっています。また比較的平坦な南部では古くから市街地が形成され、吾妻郡の行政・経済・文化の中心を担っています。

中之条町は、古来より数多くの偉人が訪れた温泉地でもあります。「四万(よんまん)の病に効く伝説の湯」として知られる四万温泉、「一浴玉の肌となる美人の湯」ともいわれ女性にも人気の沢渡温泉、「川の湯」で知られる秘湯・尻焼温泉をはじめとする六合温泉郷など、9つもの多彩な温泉が湧き出ており、いつの時代も訪れる人たちを安らぎとぬくもりで包み、癒してくれています。

こうした恵まれた自然環境のもと、2007年より「中之条ビエンナーレ」という2年に1度の現代アートの祭典も開催されています。アーティストと地域が一体となってつくりあげるもので、総勢130組を超えるアーティストによるアート展示、演劇、身体表現などのパフォーマンス、ワークショップ、マルシェなどが行われます。会場は美術館ではなく、木造校舎だったり古民家だったり森の中だったり。地域活性化を図りながら中之条独自の美しい文化を未来につないでいくための試みのひとつです。

中之条町の地域おこし協力隊募集情報(中之条町公式ホームページ)

【玉村町】上毛三山を一望できる自然豊かな田園地帯

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▲たまむら花火大会の様子。群馬の初夏の夜空を彩る

群馬県の南部にあり、前橋市・高崎市・伊勢崎市・藤岡市といった主要都市に囲まれている玉村町。のどかな田園地帯が広がる自然豊かなまちで、北には利根川、南には烏川が流れ、群馬県を代表する「上毛三山」である赤城山・榛名山・妙義山を一望できるという素晴らしい立地にあります。都心から100km圏内で、2014年に関越自動車道の高崎玉村スマートICが開通したことで、東京などへのアクセスも一段と向上しました。

この玉村町の夏の風物詩となっているのが、「群馬の夏はたまむらの花火から」といわれるほど県内でも一番早い時期に行われることで知られる「たまむら花火大会」です。毎年7月に上陽地区で開催されるもので、田園地帯で打ち上げられることから「田園夢花火」とも呼ばれています。全国的にも珍しい4色の層をなす「四重芯菊」や、大玉の連発、夜空一面を埋め尽くす超特大スターマインなど、打ち上げ数は約1万発。周りに高いビルなど視界をさえぎるものがないため、360度どこからでも美しく迫力のある花火が堪能できるのが特徴です。

また玉村町では、国の重要無形民俗文化財に指定されている樋越神明宮の「春鍬祭」をはじめ、江戸時代元禄年間より続く上福島の「すみつけ祭」、利根川と烏川が合流する五料の「水神祭」、現在はふるさとまつりとして盛大に行われている上下新田の「祇園祭」、飯塚・藤川の「悪魔払い(祓い)」、箱石の「地蔵祭」など、数々の歴史ある伝統行事が各地で大切に受け継がれています。

5市町で、地域おこし協力隊を募集します!

今回ご紹介した5つの市町にて、地域おこし協力隊を募集予定(一部募集中)!
シティ・プロモーションや観光、林業、養蚕などなど、活動内容は各市町の魅力に合わせて多岐にわたります。
10月1日(土)には、地域おこし協力隊募集相談会が東京で初開催されます!
相談会では、県内で活躍している団体のトークや、各市町のプレゼンのほか、市町の担当者に直接相談できるコーナーもあり!詳細は関連情報をご覧ください。

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ココロココ編集部

ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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