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2017年1月17日 清水美由紀

埼玉から愛媛へ。2年間の移住先探しから始まる、加藤家のストーリー~後編~

2015年春、埼玉から愛媛県西予(せいよ)市へと移住した加藤雄也さん・千晴さん、そして娘の悠風(ゆうか)ちゃん。東は高知県境の山々、西は宇和海(うわかい)に面しており、1,400mもの標高差がある山と海の恵みに恵まれた西予市での生活も1年半が経過しました。移住を考える上でまず気になるのが住居と仕事。雄也さんはまず地域おこし協力隊として働きながら、最大3年間の在任期間中に、これから西予の地で暮らしていくための住居と仕事を探すことに決めました。

 

⇒移住前の様子を取材した「前編」はコチラ

 

実際に移住してみてどうだったのか、どんな生活を送っているのか、住環境や食生活など「くらす」についてと「はたらく」について、またまた雄也さんと千晴さんが移住後に始めた活動についてお伝えします!

移住先の「くらす」の話

移住先である西予市での一家の住まいは、市街地ほど近くの平屋。市街地に近いとはいえ、近くには田んぼや果樹園が広がり、山もすぐそこに見える落ち着いた場所だ。移住当初は新築のアパートに居を構えながらも、自然の近くで暮らすことができる空き家探しを続行していた加藤家だったが、友人を介して現在の平屋を見つけることができた。賃貸ではあるが、大家さんが手を加えることを許してくれているため、壁に漆喰やペンキを塗ったり、床の張り替えをして、より居心地のいい空間へと、少しずつ改装している。

風が吹き抜ける平屋は、どこかおおらかな雰囲気があり、居心地は抜群。
千晴さんも「うちに帰ってくるとホッとできるんです。友達もうちにくるとホッとすると言ってくれます。格安で貸していただいているんですが、この場所があるから、これからのことも心配なくいられるんだと思います。」と満足している様子。

平屋
▲加藤さん一家が住む平屋

また、食生活の面でも、海の幸と山の幸の両方を味わえる西予市の豊かな食文化を満喫しているという。新鮮な野菜や魚は道の駅、歴史ある蔵で仕込まれた醤油や味噌に、牛乳やヨーグルトのおいしい牧場もある。友人夫婦が作るイタリア仕込みのパンやピザは加藤家の大好物。
「食材がおいしいから、味付けも調理も簡単なもので十分なんです。焼くだけとか、煮るだけとか。子どもに食べさせるものにも困ることはないですよ。自宅の庭で家庭菜園も始めたし、スーパーにはほとんど行かなくなりましたね。むしろどれだけ買い物せずに過ごせるかチャレンジしてる気分です。」と千晴さんは笑う。

買い物中の千晴さん
▲友人の作ったパンを買う千春さん

 

移住先の「はたらく」の話

雄也さんは、西予市の地域おこし協力隊として活動中。「四国西予ジオパーク」の担当となり、主にガイド養成講座の講師や、ジオパークについての市民向けイベントの企画・運営などを行っている。埼玉にいた頃は仕事中心の生活で、娘さんと遊ぶ時間はほぼなかったが、移住後は、勤務時間が大幅に減り、家族で過ごしたり、自分の時間が持てるようになったそう。

雄也さん
▲地域おこし協力隊として働く雄也さん

一方、千晴さんは移住前に東京都内のウェブ制作会社で働いていた経験を生かし、フリーランスとして自宅でウェブ制作の仕事をしている。移住前は深夜まで会社に残りハードな仕事をこなしていたが、現在は子育て中ということもあり、家族の仕事や生活のバランスを保ちながら仕事を受けている。

そして、今年からふたりで「ノヤマカンパニー」という環境教育団体を立ち上げ、「野山のおさんぽ会」と題し、子どもたちが自然としっかりふれあいながら遊ぶことができるイベントを企画・運営するようになった。きっかけは、身の回りにあるたくさんの自然の中で、娘や他の子どもたちを遊ばせたいと思ったこと。

千晴さん
▲千春さんは現在の生活についていきいきと話してくれた

千晴さんは、本などで学んだ幼児期の教育の重要性を認識しながらも、毎日一対一で子どもとしっかり遊ぶのは大変なことで、子育て以外のことはできなくなってしまうジレンマを感じていた。

一方、雄也さんは地域おこし協力隊として活動をする中で、行政の枠に限られた仕事に対しモヤモヤを感じ、自分自身が幸せを感じられる働き方へシフトしたいと思うように。また、移住後は娘と過ごす時間を増やしたいと思っていたため、今一番やりがいを感じエネルギーを注ぐことができるのは、”娘の教育に関すること”だとぼんやりと考え始めていたそう。

そんな折、あるシンポジウムのチラシが雄也さんの目に留まった。「教育×地方創生」というテーマやパネリストに惹かれ、休みを取って島根まで自費で行った雄也さん。講演を聞きながら、「教育という切り口で社会へアプローチすること」が自分のやりたかったことだと気付いたという。その後、「森のようちえん(※)」の全国交流フォーラムに参加したり、各地に視察に行くなど、「森のようちえん」についての理解を深めていくにつれ、娘を「森のようちえん」へ、という想いは強くなっていった。

そうは言っても、近隣には「森のようちえん」はなかったため、「自分たちで『森のようちえん』を始めるのが一番早い」と思うように。それは、これまでの仕事で子どもの教育に関わる経験があり、自然環境との付き合い方についての知識があったことも後押しした。「娘の成長は止まらないので、ぐずぐずしていられない!」そう思ったら即行動。まずは1年間「野山のおさんぽ会」を開催し、その中で活動場所や協力者を探して、「森のようちえん」の開園につなげることを目標とした。

※「森のようちえん」とは、北欧発祥の、自然環境を利用した幼児教育や子育て支援活動のことで、日本でも「森のようちえん」活動をしている団体が全国に存在する。

 

ふたりにとっての「ノヤマカンパニー」

「ノヤマカンパニー」は、「自然としっかりふれあうこと」「子どもの主体性を尊重し、見守る保育を行うこと」のふたつを大切にして運営をしている。

「多くの人が『子どもを自然と触れ合わせたい!』って思ってるんですよね。でもそれって明確な理由や意図があってのことではないと思うんです。 グローバル化が進んで、親の世代ですら何が起こるか想像がつかない、この時代を生きていく子どもたちにとって大切なのは、自分の頭で行動する力、つまり主体性なんです。そういった力を身につけるために、自然の中で五感を使って思い切り遊んで、試行錯誤してほしいんです。他の子どもとけんかしたり、自然の中で思い通りにならないこともあるかもしれない。でも、試行錯誤する姿を大人が忍耐強く見守ることで、子どもたちの主体性って伸びていくんだと思うんです。」

あぜ道をチェック中の加藤夫妻
▲おさんぽ会のためのチェックをするふたり

海に面し、山も有する西予市。ふたりにとっても、海・山・川・原っぱなど、身近に多様な自然があることが魅力だと語る。企画する「おさんぽ会」のためのチェックも兼ねて、よくふたりで田んぼや渓谷などを散策している。その時の夫婦の会話が面白い。
「あ、ここはタニシがおるね。」「この魚はなんだろうね。」と、生物や自然環境の研究や仕事に携わってきたふたりの目は小さな生き物も見逃さない。おさんぽ会に参加してこの目を養った子どもたちは、きっと自然の中で過ごす楽しみに目覚めるだろう。また、多種多様な生物や植物が身の回りに存在し、地域、そして地球を形づくっていると思えば、すべての物事の見え方が変わるかもしれない。

「地方は多様な自然環境が身近にあるので、環境教育に適しているというアドバンテージはあるんですが、自然が身近な分かえって自然体験の重要性が理解されていないと感じることもあります。自然体験の豊富な子どもほど学力が高かったり、倫理観や社会性などが身についているという調査結果もあるのですが、グローバル化して情報があふれている今の時代に、本当に必要な教育や子育てを考えた上で、環境教育を我が子に、と思っている保護者は少ないと思います。だから、環境教育へのしっかりした理解も含めて『いいね』と思ってもらえるような活動を、私たちもしていく必要があるんでしょうね。それから、指導者の存在についても改善が必要です。いくら豊かな自然環境があっても、子どもたちの成長を促すためには、教育的な視点を持った指導者がいないと、教育としては成立しないですよね。」

雄也さん
▲持続可能な地域づくりを目指す

月に一度のイベントとして始まった「野山のおさんぽ会」だが、今後は週に3日開催するなど日常型の「森のようちえん」活動への移行を目指している。また、野山の恵みを享受する教育活動だけでなく、地域の自然環境を保全していく活動も同時並行で行っていきたいと今後の抱負を語ってくれた。

「教育って、持続可能な地域づくりと真正面から向き合う活動なんだなって、最近感じるんです。」
地方は単に自然が豊かなだけではなく、都市が抱えきれない問題を肩代わりしている面も存在する。その中で持続可能な地域づくりとは何か、自分たちに何ができるのかを模索し、出来る範囲から行動に移す加藤夫妻の足取りは、着実かつ力強い。

加藤さん一家
▲加藤さん一家

「ここは何もない、っていう人もいるけど、私たちにとってはこんなにもたくさんある、って思うんです。」
そこにあるものの良さを楽しみながら、自分の欲しいかたちを自分で作る。言葉にすると単純なことだけれど、実際にできる人はなかなかいない。始まったばかりのふたりの挑戦を応援したいと思う。

清水美由紀
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清水美由紀

清水美由紀フォトグラファー。自然豊かな松本で生まれ育ち、刻々と表情を変える光や季節の変化に魅せられる。物語を感じさせる情感ある写真のスタイルを得意とし、ライフスタイル系の媒体での撮影に加え、執筆やスタイリングも手がける。身近にあったクラフトに興味を持ち、全国の民芸を訪ねたzine「日日工芸」を制作。自分もまわりも環境にとっても齟齬のないヘルシーな暮らしを心がけている。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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