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2015年2月13日 ココロココ編集部

大都会東京から、大自然の飯島町へ
自ら地域に飛び込み発信する 木村彩香さんの取り組みとは

長野県上伊那郡飯島町。360度山に囲まれ、2つのアルプスが見えることでも知られるこの自然豊かな町に、一人の女性が移住した。都内の会社に勤め、休日は友人と飲んだり、クラブに行ったりと、仕事もプライベートも充実した生活を送っていた木村彩香さん。そんな彼女は今、この飯島町で「地域おこし協力隊」として活動している。彼女は、今回の取材でこのような言葉を残している。

「人との出会いが、人生を加速させました。」

彼女はなぜ、大都会東京ではなく、訪れたこともない町に移住することを決意したのだろうか。彼女の飯島町に対する熱い思い、そして自ら地域に飛び込み発信する「町の魅力」。移住するきっかけから今後の展望まで、お話を伺った。

 

都会にあるものが地方にはない。けれど都会にないものが地方にはある。

カラーコンタクトに、高いヒール、クラブが身近にある生活が当たり前だったという木村彩香さん。仕事もプライベートも充実していた彼女が日常生活で感じた都市と地方とのギャップ。木村さんが自分自身に問いかけた物質的な部分では得られない”心の豊かさ”とは何だったのでしょうか。

地域おこし協力隊

「アパレル、専門学校の講師、企画営業…など様々な業種を経験してきました。都内で働きながらも、毎朝、満員電車に揺られ、会社に向かう道では人と人がぶつかり合う、高級な服に身をまとう人、ふと反対に目を向ければ、ホームレスが寝ている。事件で道が封鎖されることもしばしば。日本の今後が怖くなりました。営業で、都会や地方を回っていたのですが、その時に”地方の良さ”に気付き、徐々に地方と都会のギャップに違和感を感じ始めていました。」

「東京は人が溢れていて、いろいろな情報が錯乱しています。便利すぎる世の中で様々なものも失いますし、まわりに居たシングルマザーの友人も、窮屈な都会に居ながら頑張っていました。そんな中で、”もっと住みやすい場所で子育てをしてほしい!”とずっと思っていました。
都会での住みにくさ、地方での住みやすさは人それぞれですが、『都会にあるものが地方にはない。けれど都会にないものが地方にはある。』と私は思っています。都会は物質的な部分で便利なものが沢山あり、物欲は満たされますが、地方には物質的な満足ではない”人のあたたかさ””心の豊かさ”があります。
『地方の良さを発信し、少しでも多くの方の人生のヒントになってほしい』
と思い、地方に飛び込む決心をしました。」

飯島町に一目惚れ

さまざまな地方の自治体が募っている「地域おこし協力隊」の中で飯島町を選択した木村さん。初めて訪れた地域で出会った人、まち、風景が彼女の心を動かします。

飯島町風景

「飯島町は少子化対策として『結婚による定住促進』の活動を模索し、出会いの場の創出に取り組み始めた自治体でした。

また、現地での見学会に行った際に、飯島町の景色に惚れ「ここならやっていける」と決意したことも大きかったですね。コンビニもあるし、田舎すぎないところも魅力的で、いろいろな可能性を感じました。そして、今の上司と出会い「この人と一緒に仕事をしたい」と強く思いました。」

「この町に来たのも、運命ですね!やはり冬は寒いですが、人はとても温かいです。人との出会いが、人生を加速させました。昨年の1月に、地域おこし協力隊を知り、2月には内定が決まり、3月には飯島町に引っ越しをしていました。」

“役場の木村さん”から”彩香ちゃん”と呼ばれるように

地域おこし協力隊を知ってから、2か月で飯島町へ飛び込んだ木村さんですが、知り合いのいない町で暮らすことに不安はなかったのでしょうか。

町の方と一緒に

「都会からやってきた若者が、何かしに来た。と最初は警戒心を抱かれていたと思います。ですが、『この町を好きになって欲しい!』という気持ちはひしひしと伝わってきました。

まずは私が、警戒心を抱かないこと、素直なままで相手に飛び込むことです。”本気で町をよくしたい!”という思いは、なかなか地元の方に伝わるのに時間がかかるかもしれませんが、本気でぶつかれば、本気で向き合ってくれます。そして何よりも大事なのは”ありのままの自分で居ること”です。自分の芯はしっかり持ちながら、地域に柔軟に入っていくことも大切かと思います。

私は、飯島町に来て、多くの家族が出来ました。お母さんやお父さん。お兄ちゃんやお姉ちゃん、妹や弟!地域の皆様を家族だと思っています!“家族のために、何かしたい”その気持ちが原動力です。地域の方に最初は“役場の木村さん”、“地域おこし協力隊の木村さん”と呼ばれていましたが、徐々に“木村さん”“彩香ちゃん”と呼ばれるようになったときは、嬉しかったですね。」

人口減少の地方で、婚活イベントに取り組む

地域おこし協力隊としてのミッションが「出会いの場の創出」だった木村さん。どのような取り組みを行っているのでしょうか。

婚活イベント

「どこの地方でも嫁不足に悩んでいます。どうしたら人口が増えるのか、どうしたら嫁に来てもらえるのか。悩みは共通ですが、考えることは様々です。現代社会では、男女が出会う場所が少なくなってきたといいます。今でこそ、自由恋愛になっている日本に対して、昔の生活や風習を呼び起こすようなムーブメントが必要なのではないかなと思っています。私には、まだそんな力はないので、「町を知ってもらうキッカケづくり、出会いのキッカケづくり」に励んでいます。」

イベントチラシ

「これまで、参加しやすい出会いのパーティーから、真剣度の高いお見合いイベントまで企画しました。地域資源を生かしながら、地域の方々と共に取り組む婚活が軸にあります。また、独身男性と話をしながら、こんな企画がいい!とかこんな出会いがいい!とか、町のこれからの婚活についても考えています。みんな本気ですし、私も本気です!」

田舎暮らしのよさを発信!

木村さんの活動は、イベントを企画・運営するだけには留まりません。Facebookで「移住系女子。」のページを立ち上げ、田舎暮らしを発信しています。どのような目的、想いでこのページを作られたのでしょうか。

移住系女子

「1年前と今では、真逆の生活をしていました。『そんな私でも、田舎暮らし出来ます!』という想いを伝えるために作りました。『都会ではこうだったけど、今はこうだよ。』など、都会暮らしと田舎暮らしの違いや、日々の気付きを更新しています。田舎暮らしをしたいと思っている方に、一歩踏み出す勇気や何かのキッカケになればいいなと思っています。」

高層ビルが立ち並ぶ大都会から、360度山に囲まれた町での生活。環境だけでなく、自分自身にも変化があったそう。

「まず第一に言えることは、都内で暮らしていた時と飯島町で暮らしている今とでは、顔が違います。(笑)ナチュラルに生きよう!と思い、つけまつげや10年付き合ってきたカラーコンタクト、濃い化粧も辞めました。1年前と比べると、服装も違いますね。10センチくらいあるヒールを普通に履いていましたが、今はペタンコオンリーです。クラブのない生活や、いつもみんなで集っていた飲み屋もない生活が出来るのかなーと思っていましたが、田舎は人と人の繋がりも深いですし、田舎の飲み屋も充実してます!」

「友達と離れるのが何よりもさみしかったですが、長野に遊びに来てくれますし、SNSを通して、友達の近況も知れるので、いつも近くにいるような感覚ですね。
飯島町に来てから畑も始めたり、今までの生活になかったことが日常になっています。爪が泥だらけでも、それでOK!自分で育てた野菜の美味しさは別格ですね。夏は、畑の野菜やもらい物で過ごしていたので、スーパーに行っていませんでした。都会で住んでいるときは、24時間営業のスーパーやコンビニが必須だったのに。車の運転も苦手なペーパードライバーでしたが、今では安心して運転できます。『夜道は危険だから歩くな!』と小さいころから言われた、神奈川県二宮町育ちの私。飯島町の夜道は、安心して歩けます。夏は、獣が怖いですけどね!
四季の山々や自然の移り変わりを身近で感じることができ、『生きてる!』って実感します。朝すれ違う、子供たちとの「おはようございます」から始まり、満天な星空の下で一日を終える。こころの中に再び感情が生まれたような気持ちです。ココロココにあらずの生活から、こっちに来てココロココな生活へと変化しました。」

“地域おこし協力隊”ではなく、”一住民”として

一人で街に飛び込んだ木村さんですが、一女性として、「結婚」や「出産」など、これから訪れるであろう未来のことを考えたとき、その一歩がなかなか踏み出せない方も多いのではないでしょうか。一人で街に飛び込み、活動していく。その上で木村さんが大切だと思う点について伺いました。

イベント集合写真

「人生のステージは、自分の手によって変わっていきます。女性ですと、今後の結婚や子育ても視野にいれると、なかなか動きずらいかもしれません。私は、都内で一生を暮らすか、それとも地方でその地域のために何かをして暮らすか、その2つの選択肢しかなかったです。
地域おこし協力隊も様々な見られ方があると思います。最初は、“地域おこし協力隊”として意識していましたが、今は意識せずに“一住民”として活動しています。この町が好きで、この町のために何かしたいという気持ちは、住民の方と一緒ですから。

1年目は、土台作り。
2年目は、種まき。
3年目に、花を咲かせる。
栄養は、地域の方の声です。地域の方の声を多く吸収することで、大きな花が咲くと思っています。
任期3年、限られた時間に入った当初は焦っていましたが、今は焦っていません。町が好きで、ここに居れる事に感謝しているからです。“地域おこし協力隊”という呼び方だと、プロフェッショナルが来た!と思われがちですが、私はありのままの28歳の、周りの人よりお酒をよく飲む、普通の女子です。地域の方に、『お酒の飲める姉ちゃん来た!』と思ってもらえること、それだけでいいんです。」

一人でも多くの方に出会い、人と人を繋げること。

都会と地方とのギャップに違和感を感じてから、飯島町に移住し、一住民として活動を広げていく木村さんに、今後の課題・展望について 伺いました。

定住促進室集合写真

「私のミッションは「出会いの創出」、結婚による定住促進です!出会いの場が、常に町にあるのが理想です。女性に『こんな人紹介して!』と言われたら、『合う人いるよ!』と言えるように、町内の独身者を全て把握したいくらい!”出会いの場歩くスポット木村”になれればいいですね。
消滅都市ではなく、人口発生都市になるように、結婚する若者を増やし、いつまでも飯島町が残るように、定住促進対策に関わっていきます。そのために、お嫁さんやお婿さんに来た方々も受け入れる体制づくりも考えていかなきゃ。と意気込んでいます。そして最大の目標は、都会と地方を繋げること。独身男性がいつでも女性を迎えられる体制づくり。「この町に住みたい!」と思ってもらえるような仕組みづくりから始め、都会のブラックホールから抜け出したい!と思っている方に、ぜひ“心が豊か”になる地方に来て頂きたいです。」

大好きな家族がいつまでも笑顔で、大好きなこの町に居る。大好きなおばあちゃんが息を引き取る寸前に残した「みんなで手を取り合って仲良く生きなさい」という言葉。今の日本にとって大事なのは、地方で感じる人と人とのつながりや温かさなのではないでしょうか。私はこれからも、地域の方と一緒に飯島町づくりに取り組んでいきます。」

一人の女性として、今の環境から変化することは、とても勇気がいることかもしれません。けれど、木村さんのように、踏み出したその一歩が、新たなステージの幕開けです。飾らず常に前向きに取り組む木村さんの姿に、強い信念が光って見えました。

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ココロココ編集部

ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

人と風土の
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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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