木を育てるように、人を育む―20年間学生を魅了し続ける「加子母木匠塾」―

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伊勢神宮の御神木を奉納することで知られる岐阜県中津川市加子母(かしも)。

山と木とともに生きるこの小さなまちに、約300人の学生が2週間滞在し木造建築を学ぶ「加子母木匠塾」は、2015年で21年目を迎える。

「夏は毎年加子母!」 参加した学生の多くがハマってしまうという「加子母木匠塾」とは?

今ではすっかり加子母の夏の風物詩となった「加子母木匠塾」の魅力を探る。

20年続く、木造建築の学び場

山の木を揺らす風に少しずつ秋の涼しさが混じり合う8月後半、加子母はひときわ活気を帯びる。人口3000人のまちに、「加子母木匠塾」に参加する約300人の学生が2週間滞在するのだ。「加子母木匠塾」は今年で21年目。加子母の人にとって、すっかりおなじみの光景だ。

木材の産地で木造建築について学ぶ「木匠塾」は、1991年京都大、千葉大、芝浦工大、東洋大、京都造形芸術大学の合同ゼミとして岐阜県高山市の旧高根村でスタートした。大学で建築を学んでいても、木造建築のカリキュラムは限られている。学生たちは、林業と関わりが深い地域で、その地域に溶け込みながら、木材や木造建築について実地で学び、チームでものづくりをすること、多くの大学が集って共同生活することを通して、大学ではできない体験を得る。

ここ加子母では、高根村で木匠塾に関わっていた中川護氏が、加子母の隣まち、付知営林署長として付知に異動になったのを機に、94年から木匠塾が行われるようになった。この20年間の総参加者は約3000人。毎年参加校、参加者数が増え続け、今年は京都大、滋賀県大、立命館大、京都造形大、東洋大、名城大、金沢工大の7校、過去最多の251人が参加した。

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当初はゼミということもあり、大学の先生の主導で行われてきたが、徐々に運営主体が学生に移った。10年を過ぎた頃からは学生の中から総幹事を決め、各大学の幹事と毎月1回幹事会を行いながら1年かけて準備を進める自主運営スタイルへと移行した。

今年総幹事の大役を務めたのは、京都大学修士1年の天野直紀さん。木匠塾には学部1年生から参加し、今年で5年連続の参加となる。

「1年生の時、サークルの勧誘みたいな感じで誘われ、18切符を渡されて、何も分からず加子母に連れてこられました。最初の3日間くらいは、『何でこんなことしているんだろう?』と思いながら木を削っていましたが(笑)、気がつくとハマっていました。」

加子母木匠塾に「ハマる」理由は、人それぞれだ。木を削ったり、実際に建物を組み立てたりする制作作業に魅力を感じる人もいれば、他大学や地元の人との交流に楽しさを見いだす人もいる。共通しているのは一度参加すると、「夏は毎年加子母」になってしまう人が多いことだ。

「天野君のように大学1年から大学院になっても、5年間毎年来てくるという子も増えています。初めて来る学生が3分の1くらい、あとは2年目3年目。毎年夏は加子母という子が多いですね」(伊藤満広さん)

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2015年、新たに生まれた7つの作品

加子母にはあちらこちらに、歴代の木匠塾生が制作した作品が点在している。木匠塾で制作するものは、毎年地域の人たちから要望を聞き、幹事会でどの大学が何を作るかをじゃんけんなどで決めていく。では、2015年は加子母に誕生した作品を順に見ていこう。

京都大学 松屋の改修

今年5年目となる古民家「松屋」の再生プロジェクトがいよいよ大詰め。長年住む人がいなかったため、傷みが進んでいた松屋だが、屋根の改修作業にはじまり、土壁や傷んだ木材などの補修作業を行い、少しずつ命を吹き込まれてきた。今年は仕上げとなる西側の壁にデッキを設置する作業に取り組んだ。

完成した松屋は、ゲストハウスとして、木匠塾期間中に加子母に帰ってくるOBのための宿泊施設として活用される予定だ。

「松屋は将来木匠塾で使うものなので、(西側の壁をどうするか)各大学から何名か出してもらってコンペを行いました。西側は良い風景なのに閉じているのはもったいないということで、デッキ案を採用し、それを基に制作を行いました。」(天野さん)

5年間にわたり、のべ200人以上がかかわってきた松屋。今後は加子母の人と全国にいる加子母を愛する人たちをつなぐ拠点として、木匠塾、そして加子母の象徴となっていくことだろう。

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滋賀県立大学 五右衛門風呂小屋

2010年以来4年ぶりの参加となった滋賀県立大学は、今後ゲストハウスとしての活用が見込まれる「松屋」の離れに五右衛門風呂小屋を制作した。一番のこだわりは、格子をスライドさせることで開閉できる無双窓。昼間は加子母の壮大な景色が、夜は満天の星空が楽しめる。

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立命館大学 加子母中学校の渡り廊下改修

立命館大学は、加子母中学校の体育館と武道場をつなぐ渡り廊下の改修を行った。中学生に事前にアンケートを行い、愛着を持ってもらえる渡り廊下を目指した。風雨の吹き込みを解決するために屋根や壁を設置しただけでなく、モンドリアン風デザインの可愛い靴箱と小さなベンチを配置したプラスのアイデアが中学生に好評だ。

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京都造形芸術大学 みどりの健康住宅の空間づくり

建築だけでなく、造園やランドスケープを学ぶが学生が多い京都造形芸術大学は、木匠塾初の試みとなる、「みどりの健康住宅」周辺の空間作りに取り組んだ。伊藤さんは「木匠塾ではなく、“土“木匠塾と呼んでいるみたいです」と笑うが、枕木を敷いたアプローチや木製のベンチを設置し、加子母の木を生かした、楽しく機能的な空間が生まれた。

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東洋大学 ふれあいのやかたの北西側デッキ

明るく元気に作業する姿が印象的だった東洋大学は、ふれあいのやかたの北西にL字型のウッドデッキを新設した。デッキと並行して靴箱も制作。高さの違う靴を収容しやすいよう、ランダムに配置した横板が、見た目にも楽しいアクセントとなっている。

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東洋大学+名城大学 小郷2班集会施設

東洋大学と名城大学の合同チームによる小郷地区集会施設の改修作業は今年で2年目。昨年の外装工事に引き続き、今年は天井、壁、床板を張って、内装を仕上げた。地区のつながりが強く、BBQなどの交流会が頻繁に開催される加子母。完成した集会施設では、さっそく10月にBBQが行われる予定だ。

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名城大学 ふれあいのやかたの薪小屋

木匠塾OBの柳沢究先生が教職に就かれたことをきっかけに、3年前から木匠塾に参加する名城大学は、今年初めて単独での制作を行った。ふれあいのやかたで使用する薪を3ヶ月分収納できる薪小屋を制作。片流れの屋根が今風の、スタイリッシュな小屋に仕上がった。

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金沢工業大学 ふれあいのやかたの薪小屋

単独チームとして初の参加となった金沢工業大学は、ふれあいのやかたの薪小屋を担当した。

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地元中津川市付知出身、金工大4年生の野澤咲季さんは、大学進学後に木匠塾のことを知り、「どんな形でもいいので参加したい」と2年前友人とともに個人参加。

「1、2年目は個人レベルで友だちと一緒に参加し、京大チームとして松屋の改修を手伝わせていただきました。最初は古民家の修復作業に興味をもっていたのですが、参加するうちに加子母のまちづくりを知るようになり、学生が地域に滞留して地域のために何かをするということがいいなと思い、続けています」

大学で参加者を募ったところ40名以上が集まり、今年は単独チームとして初参加した。金物を使わない伝統工法にこだわり、木匠塾期間中は加工までを行い、10月17、18日の幹事会で建て方を行う予定だ。

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木を育てるように、学生の成長を見守る

いずれの作品も2週間で学生が制作したとは思えないほど立派なものばかりだが、その影には指導を行う地元工務店の大きなサポートがある。今年は、京大、滋賀県大、立命館大を中島工務店が、京都造形大を辰喜建築工芸と田口土木が、東洋大と東洋大と名城大の合同プロジェクトを東濃ひのきの家が、名城大と金工大を熊澤建築事務所がそれぞれ指導した。

「最初は学生が手で削っていたりするんですけど、間に合わなくなりそうになると、最後は工務店の方が機械で一気に仕上げていくというのが、“木匠塾あるある“です」と天野さんは苦笑いする。学生の自主性を尊重してギリギリまで見守りつつも、しっかり成果を出す。そのサポートのバランスは絶妙だ。

金工大の学生にノミの使い方や刃物の研ぎ方を指導していた熊澤建築事務所の熊澤秀雄さんも21年前から木匠塾を支えてきたひとり。「同じくらいの歳の孫がいるから、学生さんが成長していくのを見るのはうれしいんだよねえ」と優しいまなざしで学生を見守る。学生もプロの仕事を真剣に見つめ、吸収していく。

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「地域の人の協力は本当に大きい。学生にもまずそれは伝えています。他の地域からも同じような取り組みをしたいと相談にみえたりするんですが、地域の協力が得られず、結局はできないという結論になってしまうことが多いようです」

目先の利益ではなく、まるで木を育てるような長い目で学生たちを見守る地域の人たちに、伊藤さんは感謝の言葉を繰り返し口にする。

「加子母の人は、ここで経験したことを生かしてそれぞれの人生を歩んでくれればという広い心で迎えてくれている。だから学生たちには、建築に限らず、どんな形でもいいので、地域に恩返しをしてもらえたらと思っています。OBになっても加子母を訪れてくれることが一番いいことですね」

今年もたくさんのOBが家族を連れて加子母に帰ってきた。「松屋」の完成で、より“帰省”しやすい環境が整ったことは、木匠塾にも新たな変化をもたらしていくだろう。

加子母村として10年、中津川市として10年。状況に合わせ少しずつ形を変えながらも、受け継がれ進化してきた「木匠塾」。50年、100年と、より大きな“木”へと育っていくのはこれからだ。

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山田智子

山田智子YAMADA-Tomoko

岐阜県出身。カメラマン兼編集・ライター。
岐阜→大阪→愛知→東京→岐阜。好きなまちは、岐阜と、以前住んでいた蔵前。
制作会社、スポーツ競技団体を経て、現在は「スポーツでまちを元気にする」ことをライフワークに地元岐阜で活動しています。岐阜のスポーツを紹介するWEBマガジン「STAR+(スタート)」も主催。
インタビューを通して、「スポーツ」「まちづくり」「ものづくり」の分野で挑戦する人たちの想いを、丁寧に伝えていきたいと思っています。

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