在来野菜の種を守り、地域づくりの種をまく。実り多き雲仙ライフ

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「ちょっとこの子にご飯をあげてもいいですか」

取り出したタッパーには色とりどりの野菜。長崎県雲仙市に住む奥津爾さんが、慣れた手つきでスプーンを運ぶと、1歳の愛娘がぱくんと食べました。娘の小さな口を見つめる目は、優しさに溢れています。この何気ない親子の日常に、奥津さんが東京から移住した背景や現在の暮らしが凝縮されています。

『種』を守る人に魅了され、雲仙へ

子どもにごはんを奥津さん

元々は都内で自然食のカフェを経営していた奥津さん。自然食の教材や書籍の企画も手がけ、多忙な日々を送っていました。それが、雲仙に移住したことでライフスタイルが一変しました。
「当時は起きている間はほとんど仕事。家族でそろって食事を取る機会も少なかった。でも雲仙へ来てからは、夕方5、6時で外が暗くなったらパソコンを閉じて、家族みんなでご飯を食べられるようになりました。」

豊富な山海の食材を使い、近所の湯宿で温泉釜を借りて調理すれば、贅沢な逸品のでき上がり。東京から遊びに来る友人をもてなしたり、一緒に料理することも。都心部では考えられないリーズナブルな値段と味で好評だそうです。

昔ながらの農法で作られた長崎赤かぶ
▲昔ながらの農法で作られた長崎赤かぶ

雲仙へ移り住む決め手となったのは野菜でした。野菜といっても葉物でも根菜でもなく、その「種」であり、種を守る人に惹かれたのです。

「農業をやっていて種を採る農家なんて0.01%くらいですよ。ほとんどいない。趣味で種採りをするのではなく、種を採りながら農業で生活を維持するとなると、さらに難しい。それが、ここ雲仙の岩崎政利さんは1人で30年かけて80種類の種を守っているんですよ。しかも、ちゃんと生計を立てながら。」

 奥津さんが惚れ込んだ種採り農家の岩崎さん
▲奥津さんが惚れ込んだ種採り農家の岩崎さん

岩崎さんは在来種の野菜を育て、収穫して種を採る。野菜の一生を見届ける地道な農業をしています。市場に流通している交配種「F1」と言われる種での農業であれば、収穫量が多く、大きさも均一で効率的です。一方、在来種や固定種は収穫量が少なく、サイズもばらばら。また手作業で翌年の種まきに備えて種を実から一つずつ外していく作業が必要です。

一見すると非効率ですが、実は固定種にしかできないことがあります。それは何代にもわたり生命をつなぐこと。一つの土地に根を張り、風土に合った野菜になっていく。現代の農業の主流は一代限りで終わるFの種ですが、岩崎さんのように「種を採る」ことで、消えつつある日本の伝統的な野菜を残していくことが可能となるのです

2012年秋ごろから移住を考え、物件探しを始めた奥津さん。翌年春に種採り農家の岩崎さんと出会い、岩崎さんの実践する「生命をつなぐ」生き方に共感しました。「岩崎さんの近くにいたい」と直感的に移住先を雲仙に決め、その年の夏には生まれ育った東京・吉祥寺を離れました。現在は仕事のかたわら、岩崎さんの畑で、地元の若手農家と一緒に本格的な種採り勉強会を定期的に開いています。
「こうして在来種の種を守り続けていくことが、雲仙を唯一無二の場所にしてくれるはずです。」

 

今も変わらない仕事への覚悟

奥津さんは雲仙で種採りの勉強会を企画しながら、リモートワークで東京時代の仕事である書籍やイベント、料理教室の企画などを続けています。また、それまで吉祥寺にあった店舗を移転して2016年9月から福島で飲食店「ヒトト」 を経営しています。仕事の打合せなどで東京、福島へ毎月出向いていますが、都会での暮らしに未練はないそうです。
「今は自分の好きなことをやらせてもらっていますけど、もし東京での仕事がなくなったら、近くの旅館などで働かせてもらうつもりです。生活費は少なくてもいいんです。仕事は選ばずにやる、って覚悟だけは引っ越した時からありました。今もその気持ちは変わりません。」

子どもと遊ぶ奥津さん

都会暮らしの便利さや雇用形態にこだわらなければ、田舎にもいろんな仕事があります。考え方のベースを収入から支出に切り替えると、仕事に対する意識も変わるはずと奥津さんはいいます。
現在奥津さん一家が住んでいるのは家賃3万5000円の一軒家です。
「吉祥寺で倉庫として使っている小さなワンルームと同じ家賃なんです。東京にいた時には考えられない値段。それに美味しい野菜や魚が安く手に入り、近所の湯宿にある蒸気釜で調理すれば、最高の逸品になります。こんな贅沢、都内じゃできないですよ。」

105℃の源泉の蒸気で調理できる蒸し釜
▲105℃の源泉の蒸気で調理できる蒸し釜

雲仙への移住は直感で決めましたが、実際に移住に至るまではじっくりと検討したといいます。
「不動産屋を300軒は回りましたし、雲仙に来てレンタカーで500kmくらい走ったかな。住んでいる人ばかりに話を伺うのではなく、隣町まで行ってその土地の評判を聞きました。まちの外からも中からも総合的に聞き取った上で、小浜に決めました。生活は徒歩圏で成り立つし、子育てにもよさそうでしたから。」

地域や人に惚れ込み移住を決める例は少なくありません。しかし、憧れだけでは生活していくのが難しいのも移住の現実。勢いだけでなく、しっかりとしたリサーチがなければ、長く住み続けるのは困難です。

坂道の多い小浜の町並み
▲坂道の多い小浜の町並み

奥津さんが移住した雲仙市小浜町は湯けむりのたなびく温泉街。目の前には海、温泉街から少し離れると、数百に分かれた石垣の棚田が広がります。あちらこちらに湧水があり、水を汲みに来る近所の老夫婦や水辺で遊ぶ小学生たちが日常を過ごしています。

湧水を汲みに来る住民
▲湧水を汲みに来る住民

 

地域の役割を担うのがとけ込むコツ

道すがら出会う人、出会う人と奥津さんがあいさつを交わします。小さなまちとはいえ、移住して3年目とは思えないほど地域にとけ込んでいますが、特別な努力をしているわけではないといいます。
「地域に引っ越したら、地域の役割を引き受けることが大切。いかに自分自身が楽しみながらコミュニケートするかということです。」
子どもが通う学校では、PTAの広報部長を務め、保護者でつくる広報誌の編集に携わっていますが、
「仕事ではないけれど、せっかくやるからには本気で。地域の昔の話を掘り起こしたり、当時の地図を調べてまとめたり。打合せや取材で学校へ行くでしょ、そうすると地域が好きになるし、保護者や先生と知り合いになれる。顔を合わせて『こんにちは』って。たったそれだけで、地域での生活のしやすさが格段に変わるんです。」と暮らしのちょっとしたコツを教えてくれました。

小学生に教えてもらった抜け道を通る奥津さん
▲小学生に教えてもらった抜け道を通る奥津さん

転居当初は、雲仙に自分のような移住者をもっと呼び込みたいと考えていましたが、その考えを住みながら思い直したそうです。
「最初はイベントをして人を連れてきたりしたい、と。でもある時、それって本当に幸せかなって考えたんです。物見遊山の人で溢れて、いわゆる観光的な、消費的な人が通り過ぎていく。それってなんか違う、東京の発想で考えていたのだと気付いたんです。」

頭にあったのは奥津さんの地元、吉祥寺の街でした。「住みたい街ランキング1位」に定着したことで地価が上昇し、賃貸料は急騰。街に人が増えるにつれて、それまで多様な店でにぎわっていた商店街に、大型量販店やチェーン店が進出しました。
「吉祥寺は画一的な『小さな渋谷』になってしまった。小浜をそんなどこかに似てしまったまちにしないためにも、大勢の人を連れて来るより、まずはこのまちを愛する人を増やす方が先だと思うようになりました。一人ひとりに手紙を渡すように、雲仙の魅力を伝えていきたい。そして、小さなうねりをつくっていきたい。それにはどうすればいいか。自分の今の興味はその一点です。」

高台から望む小浜
▲高台から望む小浜

 

今、繋ぎたい想い

小浜の温泉街の表通りから1本入った場所に小さな商店街があります。小浜に暮らし始めてから気付いた場所でした。生活者と観光客の両方が来やすい好立地でありながら、観光客の姿はまばら。
「今動かないと、後は寂れていく一方になります。失ってからでは手遅れになってしまいます。」
地域に根ざした人々の暮らしがあってこそ、まちは生き生きと存続する、奥津さんはそう考えています。人々でにぎわう、活気あふれるまちを住民みんなでつくる、そんなシカケを考えられないか。いまはその『種』を仕込んでいるところです。
「野菜の種ってその土地に合った形で根付くまでに10年はかかるって言われているんですよ。それと同じで、焦ってやってもしょうがない。10年計画くらいで、いろんな人と一緒に商店街を復活させたいです。」
腰を据えて焦らずに着実に。奥津さんの目は種が芽吹く時を見据えています。

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取材先

「オーガニックベース」代表/ 奥津 爾(おくつちかし)

東京都出身。大学卒業後、薬物依存症の予防や治療を支援するNPO勤務を経て、2003年にマクロビオティックの教室やカフェを手がけるオーガニックベースを立ち上げる。日本の在来野菜をテーマにしたイベント「種市」のディレクションを担当。2013 年に長崎県雲仙市にIターンした。雲仙と東京、福島を行き来しながら、在来種の種を守り継ぐ活動をしている。

オーガニックベースHP:http://www.organic-base.com/

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「Furusato」は、NPO法人ふるさと回帰支援センターが運営するWEBマガジンです。
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