記事検索
HOME > 移住する > Uターン >
2020年12月23日 工藤健

下北半島の海と森を舞台に、Uターン僧侶と地元漁師がタッグを組んで実現した「海峡ロデオ大畑」の取り組み

本州最北端の下北半島にあるむつ市大畑町。この地に2018年2月、漁師らを中心とした有志グループ「海峡ロデオ大畑」が結成されました。漁船で荒波を乗りこなす様子を例えた団体名で、漁師の日常を観光コンテンツとして人を呼び込み、漁業や魚のさばき方などを学ぶといった体験を提供します。この活動の背景には漁師だけでなく、地元で働くさまざまな人たちの故郷に対する思いがありました。

Uターン僧侶に触発された二人の漁師

「海峡ロデオ大畑」が結成されたのは下北半島と北海道の間にある津軽海峡に面した大畑漁港。同じ下北半島にある「大間のマグロ」や「風間浦鮟鱇」といった地域ブランドと並び、大畑町には「海峡サーモン」があります。しかし、水産資源の減少や燃油価格の高騰などにより漁師の数が減り、年間の漁獲量も1,137トン(2018年の大畑町漁業協同組合の漁獲量)と低迷しています。そんな漁港で生まれた「海峡ロデオ大畑」の中心的メンバーは、発起人でもある佐藤敏美さんと濵田一歩さんの二人。

佐藤敏美さん。海峡ロデオ大畑の会長を務める

副会長の濵田一歩さん。佐藤さんとは4歳年下

佐藤さんと濱田さんは漁師で、近所づきあいのあった幼なじみ。 「海峡ロデオ大畑」の立ち上げについて二人は、同じ大畑町の『森』で活動をしていた長岡俊成さんから受けた影響が大きいと話します。 長岡さんは「海峡ロデオ大畑」立ち上げメンバーの一人で、事務局長を務めており、大畑町にある曹洞宗圓祥山大安寺の副住職でもあります。

事務局長の長岡俊成さん

「地元を元気にしたい」と、まずは森で活動をスタート

長岡さんは、会長である佐藤さんと同級生。高校卒業後に上京し、東京の広告制作会社でプランナーを経験したのち、2011年4月にUターンしました。 東京での仕事は充実していましたが、同級生の死にふれ、生き方について悩むようになったといいます。それがきっかけで、故郷に恩返しがしたい、地に足をつけて生きていきたいと思うようになったそうです。「駆け込んだ先が実家の寺。本来は出家なのに実家に戻るという寺の息子ならではの矛盾を抱えています」と長岡さんは笑います。 地元に戻った後、町に元気がないことに危機感を覚えた長岡さんは、東京で得た経験を生かしたまちづくり活動を仕掛けていきました。 「大畑を知ってもらいたい、元気にしたい」という思いから2012年5月に、僧侶・市職員・会社員など20~30代の大畑町出身者で「イカす大畑カダル団」を結成。 ※カダルは地元の方言で「参加する」の意味 「忘れられないようにインパクトのある名前にした」というこの団体は、大畑の活性化のために自分たちがワクワクする楽しい活動をコンセプトに開始。最初の大きな活動は大畑漁港から車で10分ほど内陸にある「薬研(やげん)温泉」に、コミュニティカフェ「 薬研温泉カフェkadar(カダール)」をオープンさせたことでした。
カフェカダール

2020年冬開催のグランピングイベント「Yagen Grand Snow2020」ではレストラン会場に

カフェカダール

イベントの運営は、カダル団やロデオのメンバーが協力して担当

薬研温泉は400年の歴史がある温泉郷。現在は2軒しか温泉宿がなく、冬季期間は1軒のみの営業となります。そんなさびれた温泉地で、カフェを拠点に、クラウドファンディングで資金を集めたイベントや冬のグランピングをテーマにした体験型コンテンツなどを仕掛け、2015年には開湯400年を記念した「ミナカダ祭」を開催。大畑の人口を上回る8,000人もの集客に成功しました。また、2019年から森のクラフト市「codama」をスタートしました。
薬研温泉イベント

「薬研温泉カフェkadar」に隣接された森で開催された「codama」の様子

「薬研温泉の企画は『森』がテーマですが、そこには、『海を豊かにするために、森を豊かにしなければいけない』という考え方があります。つまり、森を守ることでそこから流れる川が豊かになり、それが海、そして美味しい魚を守ることにつながるのです」と長岡さんは話します。

薬研には、全国から集められたヒバの木の見本林や、人工林と自然林を比べて見られる実験林などが整備されている

森から海へ。「海峡ロデオ大畑」の誕生

森の活動から始めた長岡さんでしたが、海の活動につなげる手段は模索していたといいます。そこへ長岡さんに触発された「海峡ロデオ大畑」の漁師2人が現れました。 「最初は森の活動だからとそんなに関わってはいなかったが、毎年楽しい企画を仕掛けていることを目の当たりにして、自分たちも何かやりたいという気持ちが生まれた」と佐藤さんは振り返ります。 毎晩、会って話をしたり電話をしたりしながら少しずつやりたいことを固めていった時に生まれたのが「海峡ロデオ大畑」でした。 「やると決めたからには、みんなを巻き込もうと、漁船に乗せることから始めました」と佐藤さん。長岡さんはむつ市大畑町出身ですが、それまで漁船に乗ったことはありませんでした。初めて漁船に乗ったことで、漁師たちの日常に新しい気づきがあったといいます。

定置網を引き上げる漁師。長岡さんは漁業のたいへんさを船に乗って初めて知ったと話します

「海峡ロデオ大畑」の発起人である二人は定置網漁を営んでいます。太陽もまだ昇らない早朝から沖に出て、数カ所に仕掛けていた定置網を手分けして引き上げます。獲れた魚は船上ですぐに仕分けし、帰港。午前中には水揚げした魚を市場に出荷し、昼には自分たちで獲った魚なども食べます。 「午後には網のメンテナンスなどを行い、仕事が終わればお酒を飲みながら飯を食い、20時21時には就寝して明日に備えます。そんな漁師の日常を体験してもらおうと、体験ツアーを企画しました」と佐藤さん。

定置網のメンテナンスをする漁師たち

オール大畑で仕掛けるまちづくり

「海峡ロデオ大畑」には長岡さんと佐藤さん、濵田さんのほか、神社の息子、市職員、県職員などいろいろなプレイヤーが関わっています。団体のロゴマーク作成は大畑にUターンしカフェ「艮珈琲店」を始め、またWebデザイナーでもある山田修一さんが担当しました。市職員は旅行会社への営業や資格や許可申請などといった事務関係を行い、それぞれの得意ジャンルを生かして活動をしています。 「自分たち(漁師仲間)だけだと、飲みながら、やりたいことを好き勝手に話すだけで、次の日には忘れてしまう。でも、他のメンバー(長岡さんたち)がいると、次の日には資料になって残っているから、やらないわけにいかないんです(笑)。事業を始めるための申請書などは仲間たちと相談しながら準備することができ、自分たちだけではできなかったことが実現できるようになりました」と笑顔の濵田さん。 アイデア・企画を出すのは漁師の2人、長岡さんをはじめとするまわりのメンバーが、それを実現するために自分ができることをやる、というチームワークがプロジェクト成功の秘訣のようです。

海峡ロデオ大畑の旗。荒波や魚を暴れ馬にたとえたロゴ

漁師の日常を知ってもらうことが、地元の価値の再認識に

これまで、「海峡ロデオ大畑」では漁獲体験ツアーを4回行い、県内外から60人近くが参加しました。その内容は、定置網漁の網おこしを体験し、市場を見学するほか、獲った魚をさばいて酒を飲みながら漁師と一緒に食べるというもの。いずれの回も好評で、青森県内からの参加者でも漁船に乗るのは初めてといった声も多く、中にはリピーターもいたといいます。 ※現在は新型コロナウイルスの影響で体験ツアーは開催していません ツアーで外から人を呼ぶことについて、「地元の人間は地元の魅力に気づいてないことも多いんです。だから、外から来た人が、漁師の日常を体験して、すごい!美味い!と褒めてくれることが、地元の価値を再認識する機会にもなっています」と、長岡さんはいいます。 また、現在の活動について「高齢化や人口減少が進む下北半島にも若手でがんばっている人たちがたくさんいることが、何よりも活動の励みとなっています」と明かしてくれました。

日が昇らないうちに沖に出る

「漁業だけではいい時もあったり悪い時もあったりと安定はしない。いつかは海峡ロデオ大畑でも事業として成立できるように成長させていきたい」と佐藤さん。 安定しないとはいえ、「毎日、朝が来ることが楽しい」と語る姿を見て、次の世代も育ってきました。1人は佐藤さんの息子で、昨年4月から父の船に乗り始めました。ほかにも大畑出身で、高校卒業後にすぐに船に乗った20代も「地元で仕事があるなら地元にある仕事をやりたい」と大畑で一人前の漁師を目指しています。

漁師、僧侶、それぞれが語る「海峡ロデオ大畑」の未来

「大畑で水揚げされる魚介はどれも美味しい。それなのに、そんな海の幸を味わえる料理を出す店が大畑にはほとんどない。例えば料理経験のある人がUターンしてくれるなら全面的にサポートして、一緒に新しい大畑を作り上げていきたい。そんなことを考えると夢が広がりますね」 今後やってみたいことについてたずねると、佐藤さんはこう語ってくれました。
漁獲体験ツアー

漁獲体験ツアーでは、老若男女問わず定置網漁業を楽しく体験できる

長岡さんは「海峡ロデオ大畑による漁獲体験ツアーの継続はもちろんだが、薬研温泉での活動も続けたい。大畑は海だけでなく森と川というコンテンツが間近に感じられることが大きな魅力。森、川、海といった資源を活用し、もっと大畑の魅力を発信していきたい」と意気込みます。

静かな動作の中に熱い思いを感じさせる長岡さん

むつ市大畑町の人口は現在、約6300人。むつ市と合併した15年前と比べるとすでに2割以上も減少しています。また漁業組合の組合員はピーク時の1997年と比べると半数以下。さらに近年、イカの不漁が続き、漁業を基幹産業としている大畑にとって厳しい時代が続いています。 そんな中でも、長岡さんのように一度地元を離れた人たちが戻り始めたり、もともと地元で活動していた人たちに影響を与えたりして連携し、「海峡ロデオ大畑」のような新しい活動が生まれてきました。 森・川・海がコンパクトにまとまっている半島の地形を生かし、「海峡ロデオ大畑」という海の活動と、薬研温泉などの森・川をテーマとした「イカす大畑カダル団」を連携させていこうとしている長岡さん。 漁師、僧侶、市職員などさまざまな職業・立場の人がチームとなって、森・川・海というフィールドを舞台にどんどん新しいことを仕掛けているむつ市大畑町から、今後も目が離せません。 自分のできることを活かして、これらの活動に関わってくれる方を募集していますので、興味を持った方は、ぜひ「海峡ロデオ大畑」「イカす大畑カダル団」のSNSなどからご連絡ください。 現在は新型コロナウイルスの影響で中止している漁獲体験ツアーですが、収束した後には必ず再開させたいと「海峡ロデオ大畑」の3人は意欲を見せています。まずはぜひ、大畑地区に足を運んでみてください。

取材先

海峡ロデオ大畑

下北半島のむつ市大畑町にて、2人の漁師が発起人となって結成された有志グループ。漁師の日常を観光コンテンツとした漁獲体験ツアーなどを企画している。

工藤健
記事一覧へ
私が紹介しました

工藤健

工藤健青森在住のライター。埼玉出身。2012年まで都内でウェブディレクターやウェブライターを生業にしていたが、地域新聞発行の手伝いをするために青森へ移住。田舎暮らしを楽しみながら、ライターを続けている。自称りんごジャーナリスト。

人と風土の
物語を編む

 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

人と風土の物語を編む