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2021年1月21日 前田 有佳利

和歌山県美浜町にあるカナダ移民の歴史の地「アメリカ村」に、移住者が増えつつある理由

和歌山県日高郡美浜町には、明治時代に多くの若者が太平洋を渡りカナダと行き来をしていた「アメリカ村」と称される三尾地区があります。風光明媚な景色と興味深い歴史を持つこの地区が、今、移住希望者から注目を集めていることをご存知でしょうか。人々を惹きつける理由を解き明かすために、カナダ移民の歴史や、次世代にバトンをつなぐ現在のまちづくりの活動、移住経験者の声などをご紹介いたします。

明治時代にカナダ移民を輩出した「アメリカ村」

紀伊半島の西端にある美浜町。JR和歌山駅と南紀白浜空港からほぼ中間の場所に位置し、それぞれ車で1時間ほどの距離です。面積は県下で2番目に小さく、人口は約7,000人。2020年度における空き家の賃貸・売買の成約率が3年前と比較して約3倍に伸びているなど、コロナ禍による地方ニーズも相まって移住希望者が増加しつつあります。

そのなかで特に注目を集めているのが、通称「アメリカ村」と呼ばれる三尾地区です。

湾岸沿いに広がる漁村で、明治時代に工野 儀兵衛(くの ぎへえ)という名前の大工がカナダの漁村・スティーブストンに鮭漁業の出稼ぎに行って成功を収めたことをきっかけに、カナダへの出稼ぎ移民を多数輩出した特異な歴史を持っています。

美浜町を構成する5つの地区の一つである三尾地区。旧・三尾村

明治以降、出稼ぎから帰国した人々が洋風の住宅を建築したり、英語まじりの日本語を話したりと、異国文化との融合が色濃く見られたことから、次第に三尾地区はアメリカ村と呼ばれるようになりました。「なぜアメリカ?」と疑問に思われるかもしれませんが、その頃の日本人はカナダとアメリカの区別があまりできていなかったためだそう。

最盛期から約1世紀が経った今、異国情緒漂う当時の建築物はほとんど残っていませんが、入り組んだ細い路地に古民家が建ち並ぶ漁村らしい町並みは変わらず息づいています。

薄れゆくカナダ移民の軌跡を後世に残そうと、地域の人々約10名が中心となり「NPO法人 日ノ岬・アメリカ村」を2018年1月に設立。カナダ移民の資料館「カナダミュージアム」や、特産品を用いた飲食店「アメリカ村食堂 すてぶすとん」なども運営しています。

カフェ併設のカナダミュージアム。建物は和洋折衷の造りになっている

グローバルな地域の担い手を育成する「語り部ジュニア」

NPO法人 日ノ岬・アメリカ村が展開しているさまざまな活動のなかでも特筆したいのは、2018年4月から始動している「語り部ジュニア」です。

アメリカ村の歴史を綴ったオリジナルの日本語版と英語版のテキストをもとに、英語とプレゼンテーションのスキルを磨きながら、子どもたち一人一人の視点で地域の歴史や魅力を世界に発信できる語り部になることを目指した、人材育成プロジェクトです。

旧三尾小学校の教室を用いて、毎週日曜日に2時間開講される2年間のカリキュラムとなっています。現在2期生が学習中で、これまで約20名の小学生から高校生までが参加。日系アメリカ人の大学生を迎えたガイドツアーや、外国語大学の大学生との交流、カナダへの交流訪問など、教室を飛び出した実践的な体験学習も積極的に行っています。

語り部ジュニアの講師は、熊野古道ガイドでもある出石 美佐さんや、現役教諭・元教諭など約7名

語り部会リーダーの柳本 文弥さんは「人づくりがまちづくりにつながります」と会話を切り出し、この語り部ジュニアの活動に込めた思いを語ってくださいました。

「人口減少や少子高齢化が進むなかで、どうやって地域を蘇らせるかは大きな課題です。『ここで暮らしたい』や『いつか帰ろう』と思っていただける地域になるために、この活動は重要だと考えています。子どもの成長につなげながら、定住人口の前段階にある交流人口を地道に増やすことで、UターンやIターンのきっかけをつくっていきたいですね」

新型コロナウイルスの影響で、海外との交流が難しくなっている昨今ですが、今後はオンラインも駆使しながら、子どもたちの発表の場を設けていく予定だそうです。

左:語り部会リーダーの柳本さん。右:テキストを参考にオリジナルのガイド原稿を準備する子どもたち

子どもたちが制作したウォーキングマップで紹介されている龍王神社。樹齢約300年のアコウの木がシンボル

地域と連携するゲストハウスオーナー・大江 亮輔さん

アメリカ村のまちづくりの活動がはじまったのとほぼ同時期に、地域のキーマンとなる移住者も増えはじめました。その代表的な存在として最初にご紹介したいのが「Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド」を運営する和歌山市出身の大江 亮輔さんです。

美浜町に母方の実家があったことから、小さな頃は長期連休の度に祖父母のもとを訪れ、海や山で遊んでいたという大江さん。その後、アパレル業界で接客の経験を積んだのち、独立してバーを経営。34歳の時に昼夜逆転の働き方を変えようと、和歌山市との往復生活を経て美浜町へ移住し、2019年4月にゲストハウスをオープンしました。

店名を聞いてピンと来た方がいれば、ご名答。人気ドラマ『ビーチボーイズ』の影響で「いつか海の近くで、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が行き交う宿を開きたい」と、昔から憧れを抱いていたことが、ゲストハウス開業に至った原点だといいます。

オーナーの大江さん。2018年7月にオープンした「アメリカ村食堂 すてぶすとん」の立ち上げも担当

アメリカ村の高台に建てられた平屋を改装したダイヤモンドヘッド。宿泊定員は10名

オプションとして、SUPのインストラクター資格を持つ大江さんの指導のもとマリンスポーツを体験することができ、地元の食材を用いた朝食や夕食を味わうこともできます。Barのみの利用もできるため、国内外の宿泊者だけでなく、20歳になりたての若者から副町長まで、美浜町の幅広い年齢層がダイヤモンドヘッドを訪れています。

さらに、まちづくりに関する研究を目的に美浜町への短期移住を希望した東京大学の大学生・岩永 淳志さんを准スタッフとして約1年間受け入れていたこともあったそう。

左:冬の夕食には、美浜町名物である伊勢海老が登場することも 右:Barカウンター

SUPを体験する岩永さん(右)。語り部ジュニアの日本語版テキストの編集を担当した

アメリカ村をはじめとする美浜町の魅力は何ですか?と大江さんに尋ねたところ、「地域内の連携がスムーズなところ」と開口一番。小さな町だからこそ一人一人の距離が近く、組織や肩書きを超えたストレートな意見交換がしやすいといいます。

「今後はもっと、近隣の空き家を借りて宿を拡張したり、接客を通じて地元の可能性に気付けるよう高校生をスタッフとして受け入れたり、漁師さんの空き時間に漁船を借りて新たなレジャーコンテンツをつくったりと、いろんな人たちと連携していきたいですね」

元地域おこし協力隊のWEBデザイナー・白濱 亜聖さん

続いてご紹介したい地域のキーマンは、元地域おこし協力隊の白濱 亜聖さんです。

大阪市出身の白濱さんは、2015年にフリーランスのWEBデザイナーとして独立。2017年11月に親子で美浜町に移住し、地域おこし協力隊を3年間兼業して、空き家対策や移住推進、美浜町のPRを中心に、動画制作やデザイン関連の業務も幅広く行っていました。

移住のきっかけは、子どもにとっての良い成長環境を求めて。「大阪で暮らしている時、中学生だった息子が『将来何になりたいかわからない』と話していて。都心は選択肢が多い分、逃げ場もたくさんあるから、息子がもっと自分の力で考え抜ける環境をと、地方に移住することにしました」と白濱さんは当時を振り返ります。

シングルマザーの白濱さん。カナダミュージアムのカフェスペースにて取材

都心で開催される移住相談イベントでは、他の自治体メンバーらと共にPR活動に励んだ

地域おこし協力隊を募集する地方のなかでも、白濱さんが美浜町を選んだ理由は2つ。小さな頃に家族で美浜町にほど近い海辺にたびたび訪れていたことによる親近感と、マリンスポーツ好きが高じて、いつか海の近くで暮らしたいと思っていた憧れからでした。

「カナダ移民の歴史があるためか、美浜町の人たちは外部の人に対してウェルカムな雰囲気があって溶け込みやすかったです。あと、今でも家の中にいながら波の音が聞こえるのには感動しますね。今年で17歳になる息子は昨年漁師になったんですけど、本人は『天職やと思う』と言って楽しそうに働いていて、移住して良かったなって思っています」

最近は、町内にある築50年の空き家を借りて、2021年4月から自宅兼オフィスとして稼働できるようにと、親子でセルフリノベーションを着々と進めているそうです。

老朽化した天井を張り替えるなど、大掛かりな改装も楽しみながら自分たちで挑戦

耳を澄ますと心地よい波の音が聞こえてくるのが、アメリカ村の日常

Iターン移住者が美浜町で暮らす1つのモデルケースを示すかのように、イキイキとした日々を送る白濱さんに、今後の地域に対する思いを教えてもらいました。

「地方はインターネットが武器になりやすいです。エンジニアさんやイラストレーターさんなど、私と同じようにパソコンがあればどこでも働ける職業の方は、人口の少ない場所に住みながら都心の仕事を遠隔で行うことができるので。いろんなスキルの個人事業主が美浜町に移住して、一緒にプロジェクトを企画できる仲間が増えたら嬉しいですね」

あなたも、この地域に関わってみませんか

カナダ移民の歴史を後世に残しながら、さらに新たな形で地域を盛り上げようと奮闘しているアメリカ村。NPO法人 日ノ岬・アメリカ村や、大江さん、白濱さんなど、今回ご紹介した活動や人物は全体のほんの一部ではありますが、この地域が移住希望者を惹きつける理由を少しばかり理解いただけたのではないでしょうか。

移住や起業、ワーケーションの候補地として検討される際は、わかやま空き家バンク移住支援制度などもぜひご活用を。空き家改修補助金や起業補助金などがあり便利です。

なにより百聞は一見にしかずなので、まずはダイヤモンドヘッドに泊まって、地産地消の美味しいものを食べたり綺麗な海でSUPや釣りをしたり、はたまた語り部ジュニアのガイドを受けたりするところから、関わりはじめてみませんか?

取材先

NPO法人 日ノ岬・アメリカ村

薄れゆくカナダ移民の軌跡を後世に残そうと、地域の人々約10名が中心となり2018年1月に設立。「語り部ジュニア」という人材育成プログラムのほか、カナダ移民の資料館「カナダミュージアム」や、特産品を用いた飲食店「アメリカ村食堂 すてぶすとん」なども運営している。

Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド

アメリカ村の高台に建てられた平屋を改装したゲストハウス。2019年4月に、和歌山市出身の大江 亮輔さんがオープン。オプションでSUPなどのマリンスポーツも体験できる。

前田 有佳利
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前田有佳利

前田 有佳利全国200軒以上のゲストハウスを旅する編集者。 WEB「ゲストハウス情報マガジンFootPrints」代表。書籍『ゲストハウスガイド100 -Japan Hostel & Guesthouse Guide-』(ワニブックス)著者。和歌山出身。京都の大学を卒業後、株式会社リクルートに入社し、大阪と東京で勤務。約10年間地元を離れていたが、ローカルの面白さに惹かれてUターン移住。現在はフリーランスとして、ゲストハウスとまちづくりを専門分野に、複数のメディアで執筆・編集・企画などを担当。

人と風土の
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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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