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2021年5月20日 佐藤文香

花巻市の歴史ある窯元「台焼」と地域おこし協力隊のコラボから生まれた生活に馴染む器「najimi」

宮沢賢治が生まれ育った場所として有名な岩手県花巻市。実は焼き物や和傘、こけしなどの歴史ある工芸品が作られている場所でもあります。2019年に花巻市地域おこし協力隊に着任した今野陽介さんは、花巻の工芸品の美しさや職人の思いをさまざまな形で発信しています。

2021年1月から販売を開始したフリーカップ「najimi」は、今年で創業126年となる窯元「台焼」の五代目・杉村峰秀さんと一緒に製作した商品です。「生活に馴染む器」をコンセプトに、代々受け継がれてきた伝統を活かして生み出されたもの。長い歴史の上に生まれた新たな挑戦について、杉村さんと今野さんにお話を伺いました。

協力隊として赴任した花巻で出会った「台焼」

今年で創業126年を迎える窯元「台焼」は、古い歴史を持つ花巻の温泉郷「台温泉」の近くにあります。初代・杉村勘兵衛氏が、台温泉で使われていた窯を利用して開窯し、花巻の良質な陶石を原料にして、東北では珍しかった磁器の焼き物を作りました。現在は五代目である杉村峰秀さんが伝統を受け継ぎ製作を続けています。

「花巻市の伝統工芸を盛り上げる」というミッションのもと2019年10月に地域おこし協力隊として花巻にやってきた今野さんが、市内の職人さんに挨拶しようと最初に訪れたのが「台焼」でした。そこで杉村さんと出会ったのをきっかけに、二人は関係性を深めていきます。

今野さんは当時をこう振り返ります。
「花巻に来たばかりの時に職人さんを紹介してもらったり、ものづくりについて学ぶ機会があれば連れて行ってもらったり、さまざまな場面で人とのつながりを増やしていただきました。自分でも器を作りたいと思っていたので、ろくろの挽き方も教えていただきました。もともと焼き物が好きだったこともあり、台焼には頻繁に訪れていたと思います。」
一緒に時間を過ごすうちに、杉村さんは、今野さんのものづくりに対する誠実さや美しいものと出会った時の目の輝きに触れ、いつしか信頼を置いていました。

二人で理想の形を追求した「najimi」。絵柄から感じる先代の思い

2021年1月に発売した台焼の新商品「najimi」は、今野さんと杉村さんが一緒に作り上げたものです。「普段の生活に馴染む器」をコンセプトにしたフリーカップで、台焼で代々受け継がれてきた釉薬や絵柄を取り入れています。

そのきっかけを今野さんはこう話します。
「もともと物が好きで、毎日使いたくなるような、生活に馴染む器が欲しいなとずっと思っていました。頭の中には自分の理想の形があったので、杉村さんに『こういうものを作りたいんです』と話したら、快諾してくださって。まずは自分が理想とする形を紙粘土で作って、それをもとに杉村さんがろくろを挽いて実物を作ってくれました。」

サイズや角度、曲線や厚みなどを吟味するために、杉村さんは20個以上のパターンを作って今野さんと細かい調整を重ねました。
今野さんは「おこがましいとは思いながらも、角度や厚みなどを理想のものに近づけるために細かい注文をさせていただきました。自分の理想を説明しながらその場で削ってもらったりもして、徐々に近づけていきました」と当時を振り返ります。
上の写真は、今野さんがようやく出来上がった器と初対面した時のもの。杉村さんいわく「今野さんは少女漫画のようにキラキラした目をして喜んでいた」そうで、その時の今野さんの表情を忘れられないといいます。

半年ほど試行錯誤を重ねて完成した「najimi」は、思わず手のひらで包みたくなるような柔らかい形に仕上がりました。絶妙なバランスで描かれるなだらかな曲線とぽってりした厚みが器に温かみを感じさせます。そして一番の特徴は、台焼の伝統的な絵柄です。
写真左は初代から大切に受け継がれてきた海図。日の出、松、海岸線の柵、二艘の船の四つの絵柄が描かれており、山間に暮らしていた初代の海への憧れを感じさせます。写真中央は三代目・良介氏と四代目・龍郎氏が作り出した青緑色の優しい色合いの釉薬「糠青磁」で、花巻の米糠を原料としています。写真右は三代目・良介氏が考案し、四代目・龍郎氏が輪郭線の優しい花紋「柊紋」として形にした絵柄で、柊には魔除けの意味が込められています。
すべて花巻で採れる陶石を原料とした磁器で、杉村さんがひとつひとつ丁寧に気持ちを込めて作り上げています。現在は今野さんが運営するオンラインショップ「日々工芸、花巻」と台焼で販売しています。

ロゴやパッケージ、商品に同封するリーフレットは、花巻市在住で二人と関わりの深いデザイナー、「723DESIGN」の高橋菜摘さんにお願いして、納得がいくまで何度も話し合って作り上げました。「私たち以上に思いを汲み取って形にしてくれました」と杉村さん。リーフレットの家系図と筆文字を見ていると、杉村さんと今野さんだけでなく先代からの思いが感じ取れるように思います。

今野さんの根本にある、ものづくりに対する誠意

najimiの販売を開始してから印象的だった反響を今野さんが教えてくれました。
「結婚式の贈り物にしたいとオーダーがあり、特別に名入れしてお送りしました。お相手は子どもの頃からの大切なご友人で、気持ちの込めたものを送りたいと思っていたそうです。大切な人の贈り物として選んでいただけたことが嬉しかったです。」
ほかにも自分の分に加えて贈りたい人がいるからと追加で注文してくれる人がいたり、市外から訪ねてきた人が「こういうのを探していました!」と喜んで買って行ってくれたりと、二人のもとに嬉しい反応が続々と届いています。
今野さんが特に嬉しかったのは、工房に訪れた何も知らないお客さんがnajimiでコーヒーを飲みながら、無意識に手で包んでよく触っていたのを見た時でした。「ほっとするような、手に馴染む柔らかい形を追求したので、自分がnajimiに込めた思いが自然と伝わっているのを感じました」と嬉しそうに話します。

取材を通して今野さんから感じるのは、「良いものづくりがしたい」という素直な気持ちです。
「その気持ちは商品を受け取ったお客さんにも伝わるので大事にしています。自分が作りたいと思ったものを職人さんが一緒に作ってくださって、それがいろんな人の手に渡って喜んでもらえるのは嬉しいです。ありがたいことに杉村さんは『今野さんのやりたいことは何でも言ってください」と言ってくださっています。そう思ってもらえるほどの関係性を築くことができたのが嬉しいですし、だからこそそれに甘んじずに誠意を込めて一緒にものづくりをしていきたいなと思っています。」
今野さんの誠実さ、そして静かに熱い思いが、良いものづくりにつながっていくのだと思います。

物で溢れるこの時代に残せるものは何か

杉村さんはnajimiの製作を通して、「今野さんから一生をかけて追い求めるテーマを頂戴した」と話します。
「najimiの製作は、私がやってきた方法とは全く違うやり方です。重さや器の厚さなど、既存の『良い器』とは正反対のアプローチ。だからもっとnajimiに馴染めるようにと試行錯誤しています。これは僕らの挑戦です。この業界がどんどん衰退していくだろうということも、物が溢れて満ち足りている時代であることもわかっています。ただ、美しいもの、自分が良いと思えるものを今までと違うやり方でやってみて、皆さんに受け入れていただけるか。ここに自分は賭けたいなと思いました。」
杉村さんの職人人生の中でも、大きな挑戦であることが伝わってきます。

najimiの製作で新たなスタートを切った今野さんは「今後も花巻の職人さんと一緒にものづくりをして商品化を目指していきたい」と話します。今はSNSの発信に力を入れていて、海外向けに花巻の工芸を紹介しようと英語での発信にも挑戦しています。
「物を作って終わりではなくて、発信や伝え方も磨いていきたいです。発信の幅を広げれば広げるほど、心から良いと思ってくれる人に出会う可能性も増えるので今後も広く発信していきたいです。」

二人がnajimiに込めた思いが、たくさんの人に届きますように。

取材先

台焼 / 杉村峰秀

岩手県花巻市にある1895(明治28)年創業の窯元「台焼」の五代目。父である四代目・龍郎氏の背中を見て育ち、高校卒業後に修行のため愛知県瀬戸市へ。2年の時を経て花巻に帰郷したのち、さらに修行を重ねて五代目となり、現在も陶磁器の製作を続ける。

花巻市地域おこし協力隊 / 今野陽介

2019年10月、協力隊への採用を機に花巻市に移住。「花巻の伝統工芸を活用したシティプロモーション」というミッションのもと、工芸や職人さんについての情報発信や製作体験の受け入れ、工芸品の特長を活かした商品開発などを行う。オンラインショップ「日々工芸、花巻」を運営中。

https://note.com/proral/n/n9c32c9d66f19

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佐藤文香

佐藤文香宮城気仙沼市出身。岩手県民歴8年。ライター、ゲストハウスの女将を経て、現在はライター兼ディレクターとして県内を中心に活動中。岩手の豊かな自然に癒されながら、思いやりの心を大切にして生きています。特技は「美味しそうに食べること」。岩手には美味しいものがたくさんあるので日々幸せに暮らしています。Twitter:@fumipon30note:https://note.com/fumipon30

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

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