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2022年12月2日 オダギリダイキ

“ 地方には仕事がない ”は本当?地元の仕事と企業に出会う「遠野しごと展」イベントレポート

みなさんは地元にある企業名をいくつ思いつきますか。
さらに、思いついた企業がどんな事業をしているか知っているでしょうか。
岩手県遠野市で開催された「遠野しごと展」は、製造業を中心とした市内企業の人材確保のためのイベントです。求職者や市民に企業をより身近に感じてもらうために、市役所の開放的なスペースに企業が集まり、オープンファクトリー形式で実施されました。普段は見たり聞いたり、そして触れたりすることができない"しごと"に直に触れてもらうことで、親しみを感じてもらい、来場者に地元の企業について知ってもらうことを目指したそうです。今年は2日間で遠野市内外から570人もの来場があり、遠野市ではこれまでにない企業のPRイベントになりました。
「遠野しごと展」は、これまでの求職イベントとはなにが違ったのか。成功の秘訣を交えながら、イベント当日の様子をレポートします。

誰でもウェルカム!な明るい会場

カラフルに彩られた遠野市役所本庁舎
市役所前の駐車場にはおいしそうなキッチンカーが並びました

イベント当日。遠野市役所はいつもと違ったカラフルな装いに。
駐車場にはキッチンカーが並び、通常の求人イベントとは違ったオープンで明るく楽しげな雰囲気です。鮮やかな3色で統一されたデザインで会場が彩られ、参加者だけでなく出展企業もワクワクしている様子でした。

遠野しごと展のロゴ。3つの色はそれぞれ緑は遠野の自然、青はものづくり、ピンクは人を表しているそう

会場に入ってまず1階には、メインとなる7つの企業ブースがありました。製造業7社のブースには、自社で製造している製品や機械のモデルなどが展示されています。

会場内もテーマカラーに彩られています。オープンで明るい雰囲気に

ブースでは各社の若手社員さんが中心となって、製品や事業内容、会社の雰囲気などを紹介。手に取りやすい自社製品を並べたり、モニターで流れる映像や資料を使ったりして、それぞれの企業について丁寧に説明していました。

来場者は、一見馴染みのない製品に見えるものも、実はコンビニのATMの中で使われていたり、世界中で使われているインスタントカメラに使われていることを知って、「遠野でこんなすごい製品を作っていたんだ」と驚いていました。普段見ることのできない工場の機械や部品に触れられることも、オープンファクトリー形式ならではの展示です。

会場の開放感もあってかどのブースも、とても話しかけやすい雰囲気でした。また自分たちの事業をもっと深く知ってもらえるように工夫をこらしたワークショップも開催。内容は、後ほど詳しくレポートします。

2階にもさまざまな業種の企業が出展

2階には製造業以外の市内企業12社がブースを出展。ケーブルテレビ局や工務店、介護施設など多岐にわたるブースがあり、それぞれの魅力を発信していました。

3階では、岩手県立産業技術短期大学校水沢校が、子ども向けのものづくり体験スペースを出展。廃材で作る木箱キットを使用した、ものづくりの楽しさを感じてもらえる企画を行い、来場した子どもたちが夢中になってオリジナルの木箱を制作、装飾していました。

また、プロジェクトにデザイナーとして参加していた阿部拓也さんが、自身が運営する「遠野美術クラブ」でも出展。子どもたちに将来やってみたい仕事をテーマに缶バッチを制作してもらうコーナーは、たくさんの子どもたちで賑わっていました。

オリジナルの木箱作りに夢中な子どもたち
遠野美術クラブの缶バッチ制作の様子

遠野市出身で、現在は盛岡市在住の大学生の来場者に話を聞くと「会場も明るく、オープンな場だったのでとても入りやすかった。今まで知らなかった遠野市内の企業を知ることができて良かった」との声を聞くことができました。

働いている社員も知らないことがある

企業ブースには各社の若手職員が中心でした

実際に企業ブースで来場者に説明しているのは、企業の若手社員さんです。

説明に慣れているように見えた若手社員さんたちですが、実は「遠野しごと展」に向けて4回の研修を受けたとのこと。

そもそも普段は工場でものづくりに励む方々だと消費者と直接コミュニケーションをとることがほとんどありません。そうなると、自社の事業内容や魅力を深く考えることも、それを説明しようとする機会もなかったそうです。研修に参加していた社員さんにお話を聞くと、「最初は自分の会社の事業について、詳しくは知らなかった」と言っていました。

丁寧に来場者の質問に答えている様子

しかし、研修で求職者が企業に求めていることや、自社の魅力をプレゼンする方法を学ぶことで、次第に自社の魅力を自覚し、またそれをどのように発信すれば良いかコツを掴んでいけたそうです。

研修後には若手社員の成長ぶりに企業からも感謝の声が届いたそうです

出展企業の一つである株式会社クライン岩手事業所の佐々木さんは入社一年目。「もともとは、このイベントに出展することで、会社の知名度を上げることが目的でした。しかし、来場者に会社を知ってもらうためには、私自身が会社のことを知り、さらに魅力を伝えられるコミュニケーション能力が必要だとわかりました。仕事をしながらの出展準備は大変でしたが、自信につながりました」と話してくれました。

小学生の来場者にも優しく対応するクラインの佐々木さん

また、筑波ダイカスト工業株式会社遠野工場に事務職として勤務する高野さんは「知人の紹介でこの会社に就職した私は、これまで自分の会社が何をしているのか詳しくは知りませんでした。今回の出展を通して会社のことを理解し、さらにそれを説明することもできるようになりました。今まで自社の製造品を外部の方たちに触ってもらう機会はあまりなかったので、多くの人に興味をもってもらえたと思います」と聞かせてくれました。

自社製品を自信を持って説明する筑波ダイカストの高野さん

来場者に遠野市内の企業を知ってもらうだけでなく、出展した企業の社員が自社を見つめ直すきっかけにもなった今回の取り組み。来場者に自社をPRするためには、まず自分たちが会社について知らなくてはいけません。研修を経て生き生きと自分たちの会社について説明する若手社員の皆さんを見ていると、自分たちの会社を見つめ直すことで、改めて働きがいや魅力に気づけたのだと感じました。

ワークショップでものづくりをより身近に

製造業7社の社員が自分たちで企画したワークショップも、各回盛況でした。

どんな体験をしてもらえば企業の魅力が伝わるのか。各社、企画にとても苦労したそうですが、限られた時間で何に触れてもらうか、製品や工場の様子をどう伝えようか、考え抜いたワークショップに参加させてもらいました。

ある企業は、12個の金属でできたコマのなかから4個の不良品を探すゲームや、実際に簡易的な電子基盤を組み立ててパズル感覚で製造工程を学べるキットを用意しているところもありました。

ワークショップに夢中になる参加者の様子

ワークショップには、小学生の子どもたちも参加。企業の方と会話をしながら、真剣に用意されたゲームに取り組んでいました。回路を自作するワークショップでは、制限時間内に正しい回路を作れなかった子もいて悔しそうに何度も社員さんに教えてもらっていました。イベントを担当する遠野市役所商工労働課の糠森さんからは「子どものうちから遠野市内の企業を知ってもらい、市内にこんな企業があるんだなということを覚えてもらいたい。そうすることで、将来の選択肢になれば」と将来の地域の担い手に想いを馳せていました。

子どもたちも回路の組み立てに挑戦

ワークショップに参加していた遠野市外で働く男性に話を聞くと「地元の遠野市内で転職を考えている時にこのイベントを両親から教えてもらいました。事業内容は、企業のホームページを見ればわかりますが、実際にどんな人たちが働いているかまではわかりません。こうしたイベントで働いている人たちと触れ合うことができて良かった」と話してくれました。

始まりは製造業界からの声だった

遠野市役所には製造業界から「求人で人が集まらないので困っている」という相談が度々来ていたといいます。これまでも求職者と企業をつなぐ就職ガイダンスや、企業にむけた求人セミナーを開催していました。しかし、人材を求めてガイダンスに出展する企業は集まっても、PR方法などを学ぶセミナーに参加する企業は少なかったそうです。この問題に対し、遠野市も常々課題意識を持っていたそうです。


そこで就職ガイダンスを担当していた商工労働課では、国の助成金を取得し現状を大きく打開するべく動き出しました。遠野市にとって一大事業となるこのプロジェクトについて、「セミナーで求人のスキルを身につけて、ガイダンスに参加するという流れがないと人材を集められないという現状は変わりません。今回の”遠野しごと展”は、研修から出展までを一連の流れにすることが一つの目標でした」と担当の糠森さんは話してくれました。

会場を見守る遠野市役所商工労働課の糠森さん

そして、どういうプロジェクトが遠野市の製造業の人材確保に効果的なのか。さまざまな地域の事例を集め、遠野市に適した手法を見極めながら企画を考えたそうです。

「オープンファクトリー形式を取り入れたのは、企業が積極的に求人に対し工夫ができるようになって欲しかったからです。他の地域のオープンファクトリーでは、製造業の企業同士が協力して、魅力を発信している成功例があることを知りました。遠野でもそういった、企業が積極的に自分たちの事業を市民に開いていく土壌を作りたいと思ったのです」と糠森さんは語ります。

実際に、研修に参加した企業の若手職員さんたちからは「求職者が求めていることを意識するようになった。これまでは職場がアットホームな雰囲気であることが良いことだと思っていたけど、一人で淡々と仕事をしたいという人もいる。求職者の立場になって考える意識を身につけることができた」との声もありました。

見たことのない機械に興味津々な来場者の様子

来年度以降の「遠野しごと展」は、実際に工場を開放し、作業工程の見学や製品にふれることができる企画も検討しているそうです。

イベントには多田一彦遠野市長も来場しました。会場の様子を見て「イベントとして成功したと思います。市役所を会場とする案も良かった。今回出展してくださった企業以外にも、まだまだ遠野には、人材を必要としている企業があります。より多くの人材を集めるためには、持続的な情報発信が不可欠となるでしょう。イベントの成功だけで終わらないよう取り組んでいきたい」とこのプロジェクトにより一層力を入れていく意気込みを教えていただきました。

イベントの成功を確信した多田一彦遠野市長(写真右)

企業の「人材不足」は地方の課題の根本

「遠野しごと展」を市から委託を受け企画運営しているのは、遠野に拠点を置く地域プロデュース会社「株式会社富川屋」です。富川屋代表・富川岳さんは最初にこの事業を知ったとき、「地域の課題の根本に取り組むことになる」と感じたそうです。「これまで僕は遠野の魅力を主に文化面で発信してきましたが、人口減少など地域が抱える課題について考えると、やはり"仕事"の問題を解決しなければならないと感じていました。遠野出身で県外で働いている知人に、Uターンの意向などを聞いてみると『仕事があれば戻って来たいんですけどね…』と言われていたのもあって。やはり生きていくための仕事があってこそ、安心してUIターンできると思ったんですよね」と富川さんは語ります。

会場で指揮をとる富川岳さん

遠野市のように人口規模の小さい地域では、就職においても「口コミ」が重要です。親族や知り合いが働いていて企業の雰囲気がわかることが就職のきっかけに繋がります。出展企業の社員さんたちも親や高校の先生に勧められて就職先を決めたと話す方が少なくありませんでした。

富川さんは「これまでの求職イベントは求職者のみを対象としたクローズドなイベントでした。今回は求職者だけでなく、子どもから年配までさまざまな方に遠野の企業をまず知ってもらい、その結果、口コミで求職者にも情報が伝わるというようなイメージで全体を設計していきました。そのためにも、初回となる今回は集客にこだわりましたね」と話してくれました。そのねらいもあって、オープンな市役所を会場とし、キッチンカーを呼んだり、子どもも楽しめるワークショップやものづくりブースも用意したそうです。こうして2日間で、子どもから大人まで570人を集めることができるイベントに。

実際に大勢の来場者が来たことで、出展企業のやる気もさらに増加しているそうです。早くも来年度に向けて「参加社員数を増やそう!」など意気込みを語ってくれる社員さんもいたとのこと。集客が成功したことで出展企業にも”自分たちが注目されている”という意識が生まれ、さらに活気を生むことができたようです。

子どもから大人まで幅広い層の来場者が訪れていました
遠野の仕事や暮らしの魅力を伝えるトークイベントも大盛況でした

来年度も引き続き開催される予定の「遠野しごと展」。これからの展望について富川さんは「遠野にはさまざまな企業と仕事があり、それを誇りに思っている大人がいるということを、次世代を担う子どもや若者に見せていけたらと思います。来年度は平日にも開催して中高生が参加しやすいようにもしたいですね。遠野の企業や仕事をまずは知ってもらうこと。そして、遠野で働くという選択肢を持ってもらうこと。そういう未来につながるイベントにしたいと思います」と話してくれました。

「遠野しごと展」は、遠野市役所と富川屋を中心に、市内を拠点に活動するプロデューサーやデザイナー、ライターなどによる官民連携チームで運営されています。地域の未来のために立場を越えて取り組む姿勢が、出展企業や来場者、そして市民の心をたしかに動かし始めているように感じました。

遠野しごと展の運営チームのみなさん

地域の重要な課題である"しごと"をテーマにした活気溢れた2日間のイベント。来年度以降も開催予定とのことですので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

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オダギリダイキ

オダギリダイキ山梨県甲斐市出身。岩手県民歴2年。 歌舞伎の舞台制作やバレエ団のマーケティングなどを経て、2020年に遠野市の地域おこし協力隊に就任。現在は、ライターと怪談師として活動中。怪談師とは、現代を生きる人々が体験した不思議な体験談を取材、編集して語りとして残すという仕事。みなさんのゾッとするようなお話を聞かせてください。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

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