台湾での体験と、子どもの頃の原風景から新事業がスタート
周東さんは、浦和美園エリアに隣接する東川口の出身。ご両親のルーツは台湾にあり、奥様も台湾出身の方です。
周東さんが日本ではまだあまり知られていない発酵ジンジャーエールの製造・販売を手がけることになったきっかけの一つは、奥様の帰省に合わせて台湾へ行ったときのことでした。奥様のご実家で、貰い物の大量の生姜があり、消費しきれずに困っていたそうで、その生姜で何か作れないかと考え、頭に浮かんできたのが、以前飲んだことのあった発酵ジンジャーエールでした。
「インターネットで見つけたレシピを参考にしてつくりはじめました。本当に飲めるものになるのか少し不安だったのですが、結果は大成功でした。」
「初めて経験する味で、体が温まる」と義父母に喜んでもらえたことがとても嬉しかったという周東さん。帰国後「見沼田んぼ」を自動車で走っていたときに、このときのことを不意に思い出しました。
さいたま市にある「見沼田んぼ」は、八代将軍・徳川吉宗の時代に水田として開かれて以来、耕作地として230年もの歴史のある地です。川口市の出身の周東さんも、幼少時代から何度も訪れており、原風景ともいえる場所。 今では多くが休耕地となってしまっている風景を見て、この休耕地を活用できないか…と考えます。
「見沼田んぼ」の休耕地で育てた生姜で、義父母を喜ばせた発酵ジンジャーエールをつくろう―。この考えにいたったのは、周東さんにとってそれぞれが大切な思い出だったからに他なりません。
思いついたらすぐに行動にうつす周東さん。知人の勧めで「世界を変える起業家 ビジコン in さいたま2019」にエントリーし、見事グランプリに輝き、翌年の2020(令和2)年には「株式会社しょうがのむし」を設立します。
さいたま市見沼区大谷に拠点を構え、発酵ジンジャーエールの醸造所の建設を開始しました。当初は2021年2月には内装工事が終わり、関連設備の搬入が始まる予定でしたが、コロナ禍をはじめ、想定外の出来事が重なったため大幅にずれ込んでしまったそうです。醸造所の命ともいえるタンクの搬入が完了したのは2021(令和3)年6月1日のこと。
7月上旬、いよいよ本格的に醸造を開始しました。
和装+ちょんまげの理由
和服姿が凛々しい周東さんですが、学生時代からすでに和服への憧れがあったようです。
「最初に仕立ててもらったのは高校生のときでした。そこまで高価なものではなかったのですが、羽織ったときの胸の高鳴りは今でも思い出します」
学業を終え、酒販店で働きはじめますが、より楽しく、よりやりがいのある仕事を求めて退職。台湾に渡り、日本食レストランを展開している企業の専属唎酒師(ききざけし)になりました。ところが周東さんのルーツが台湾ということもあり、自分から名乗らなければ、日本酒の本場・日本からやってきた唎酒師とは思われません。 どうすれば良いか思案した結果、行き着いたのが“スーツ代わりに和服を着る”ということでした。そして和服に合う髪型となれば、選択肢はひとつしかありません。
発酵ジンジャーエールを広めたい
発酵ジンジャーエールの誕生は約300年前のイギリスです。現地ではジンジャービア(ginger beer)と呼ばれ、子どもから大人まで飲まれているのですが、アジア圏にはマーケットがなく、日本ではジンジャーエールとの違いを説明できない人が大半です。
「発酵ジンジャーエールとジンジャーエールは全くの別物です。そもそも市販されている多くのジンジャーエールには生姜が入っていません。」
周東さんが手掛ける発酵ジンジャーエールは、「GINGER SHOOT(ジンジャー シュート)」という商品名で展開し、本格的に販売が始まる前からすでに多くの引き合いがあるとのことです。清涼飲料水でありながら、体の内側から温まっていく感覚はまるでお酒のようで、初めて飲む人にとっては驚きを伴うものかもしれません。蜂蜜が入っているものを除けば、全年齢が対象の嗜好品です。
フードロス対策への取り組み
周東さんの発酵ジンジャーエールの取組みは、休耕田となっている見沼田んぼの活用だけでなく、フードロス問題など他の社会課題への対策にもつながっていきます。
多方面の活動に多忙な毎日を送る周東さんですが、「私のなかでは、発酵ジンジャーエール以外のことはしていないつもりです」と言い切ります。
発酵ジンジャーエールの原価は高く、クラフトビールの2倍近くもするそうです。アルコールではないので、酒税が掛かるわけではありませんが、より広く展開していくためには原価率を少しでも下げたいというのが本音です。そこで周東さんが目をつけたのが、原材料のひとつであるパインを加工する工場でした。
カットパインを製造するその工場では、かなり厚めに皮を切り落としていました。その皮からはたくさんの果汁が取れるため、それをもらうことができれば原価率を下げることができます。これまで、有償で処理していた工場にしてみれば、この申し出を断る理由はありません。さらに、人参や玉ねぎなどの野菜も廃棄されていることを知り、少しでもフードロスの問題に貢献できればとの思いから、可食野菜は子ども食堂に寄付し、不可食品については堆肥にするという仕組みをつくりました。
発酵ジンジャーエールと和服をつなぐアイデア
あるとき、周東さんは売れ残った新品同様の和服が破棄さている事実とその量を知って驚きました。一見、一切の関わりのない発酵ジンジャーエールと廃棄される和服。この接点を探しはじめます。
「オンライン販売の場合、配送する際に瓶が割れないように緩衝材が必要です。その緩衝材として着物の生地を利用したらどうかと考えました。梱包を解いたときに色とりどりの生地が見えたら、それだけで嬉しい気持ちになってもらえると思います。さらに、近くに社会福祉法人が運営する施設がありましたので、梱包作業をお願いし、仕事を提供できればと思いました。」
周東さんならではのアイデアにより、結果として、発酵ジンジャーエールの製造・販売は、SDGsの取り組みにもつながっていきます。
地元農業を活性化する「美園ファーマーズマーケット」
「見沼田んぼ」の休耕地を生姜畑に変えることを目指してきた周東さんですが、発酵ジンジャーエールで使用する生姜の量だけでは、その実現に時間がかかってしまうということが分かってきました。そこで考えたのが地元農業を活性化する仕組みとしての「美園ファーマーズマーケット」でした。
駅前や公園などで、農家が農作物を販売するという形態は全国でも見られますが、周東さんが大切にしたのは、農家にとってよりメリットがあるようにすることでした。
「美園ファーマーズマーケット」をきっかけに、「見沼田んぼ」の農家と、人口が増える浦和美園エリアの消費者を結びつけ、野菜の定期販売を行うことで、地産地消を促進し、将来的に新規就農者の増加にもつなげたいと考えています。地元の新鮮野菜に対するニーズは高く、さらに浦和美園周辺エリアでの流通になるため配送コストも抑えられます。
国内マーケットを確立させ、アジアに展開
発酵ジンジャーエールの醸造が本格的に始まる中、フードロス問題や地元農業の活性化などさまざまな課題にも取り組む周東さんに、今後の展望を伺いました。
「現実的に難しいことは分かっていますが、1年目で10,000リットルを醸造し、50,000本の販売を目指します。5年後には国内における発酵ジンジャーエールのマーケットを確立させ、10年後にはアジアのマーケット形成の中心的企業となり、ゆくゆくはこの商品を欧米だけでなく、アジアのどこでも気軽に楽しめるものにしたいですね。」
人口の流出や耕作放棄地の増加といった地域課題の解決には、道徳や郷土愛に訴えるだけでなく、より現実的な方策を実践していくことが大切だと周東さんはいいます。
また、組織の大小に関係なく、誰もが地域課題に取り組むことができ、それによってビジネスも加速させられるというのは周東さんの確信でもあります。
浦和美園エリアで始まった、発酵ジンジャーエールという小さな取組みと今後の展開が、全国の地域課題解決のヒントになるかもしれません。