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2022年5月27日 西村祐子

「泊まれる出版社」真鶴出版の現在地~静かで小さな暮らしを充実させる試みとは?

神奈川県真鶴町に「泊まれる出版社」として2015年にオープンした「真鶴出版」。
2018年3月にココロココでも記事をご紹介しました。
宿×出版「真鶴出版」~真鶴の魅力を地域の内外へ発信する、泊まれる出版社

その後、元の宿の目の前にあった古家を若手建築家ユニットと共にリノベーションし、新たな拠点としてリスタート。コロナ禍を経て変化しつつある宿の事情や仕事の幅が広がった出版事業のこと、ここ数年で移住者が一気に増えた真鶴のまちの様子について代表のおひとり、川口瞬さんにお話を聞きました。

同世代の建築家とともにつくった真鶴出版2号店

神奈川県の西端に位置する真鶴町は、真鶴半島という2時間あれば歩いてまわれるほどの小さな半島を中心に構成する人口約7000人、神奈川県内で2番目に小さい自治体。東京駅からは乗換なしで1時間半で来られる距離にあります。

真鶴町の高台から見た真鶴港の風景

真鶴出版は、真鶴駅から徒歩7分、背戸道(せとみち)と呼ばれる路地を入った民家を拠点に「泊まれる出版社」として、主に宿部門を担当する来住友美(きし・ともみ)さんと、出版部門を担当する川口瞬(かわぐち・しゅん)さんの夫婦を中心に事業を営んでいます。 2015年、真鶴に移住して借りた古民家の一室を民泊で貸し出すところからスタートした宿としての活動は、2017年に向かいの古民家を新たな「2号店」として改修することになったところから、大きく発展していきました。

来住友美さん、川口瞬さん(と生まれて2ヶ月目のお子さん)

真鶴出版の2人と同世代、冨永美保さんと伊藤孝仁さんの若手建築家ユニット「トミトアーキテクチャ」(※現在伊藤さんは独立)と組み、クラウドファンディングで300万円以上を調達、借り入れも行ってスタートした2号店プロジェクト。2018年6月にリノベーションが完了し、再オープンを果たします。古民家の改修施工にあたっては、地元の4代目大工、原田建築の原田登さんをメインに、地域で活躍する職人さんとともに、自分たちでできることは汗を流し、知恵を出し合いながらつくりあげました。 「真鶴に調和するようなリノベーション」をテーマに完成した新たな場には、地場産業のひとつで石材業を象徴するものとして、地元で採れる小松石を荒く削り出してつくった洗面台や、漁港で調達した錨を地元の金属彫刻家が加工したドアの把手など、細部にわたって思いとこだわりが詰め込まれています。 また、改築で取り壊される近くの郵便局のアルミサッシを救出し、リユースした玄関横の大きなガラス扉からは背戸道を通る人の様子も垣間見えて、外と内がゆるく繋がるイメージが体感できるようになっています。

宿泊時にいただく朝食は自身でパンとスープを温めるスタイル

それほど大きくない一軒家に、宿と出版オフィスとしての機能、さらに書籍やその他販売を行うショップスペースも備えるというプロジェクト。すべてを叶えるためには、本当に必要な機能はなにか?を考え、何度も設計をやり直し、なんとか予算内に収めるという苦労もありました。 玄関から入ってすぐのショップ兼受付・オフィススペースは、空間の抜けがあるつくりで、小さなイベントなどもできるようになっています。工夫に工夫を重ねてつくられた新たな空間ですが、以前からずっとそこに存在していたかような、落ち着いた心地よい空気が広がっています。

入口のほか3方向に窓を入れ、天井を抜いたため開放感と明るさいっぱいの空間

真鶴出版の宿に泊まるゲストは、開業当初こそインバウンド観光増加の波を受けて外国人が多かったそうですが、2号店へ移転したタイミングで宿泊料金を変更、自社のサイトのみで集客したこともあり、現在はほとんどがWEBや雑誌の記事や口コミ経由、既に真鶴出版の存在を知っている人が宿泊予約をしてくれる状況だそう。

2階にある客室の様子 和室の雰囲気を残しつつすっきりとリノベーション

宿泊するゲストは、真鶴や周辺観光地巡りの人だけでなく、3割ほどの方は真鶴に限らず地方移住や転職を希望して、真鶴出版で新たな情報や出会いのきっかけを求める人たちでした。 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言もあり、2020年は数ヶ月の休業をしたものの、その後は基本的に宿泊客を1組限定と絞り、宿泊可能日も限定して営業をしています。

自社本の刊行を機に本格化した出版事業

真鶴出版のもうひとつの事業、主に川口さんが活動する出版・編集事業は、自治体からの受託のほか、オリジナルの出版物の制作も開始。地元の画家・山田将志さんと共に真鶴の生活風景を丁寧に描いた「港町カレンダー」は制作を重ね、4年目となった2022年には、地元のデザイナーとともにカレンダー内の絵を再編集してZINEのような遊び心も加えた画集『真鶴生活景』も発売しました。

山田将志さんの生活風景画はまるで写真かと見間違うほどの精細な描写

また、2019年には真鶴出版2号店をつくる物語を中心に綴った書籍『小さな泊まれる出版社』を刊行。まちへの思いや地方での仕事づくりの意味や実際について、リノベーションのスケジュールや予算などのリアルな情報も含めてエッセイ形式で掲載し、全国の感度の高い読者が集まる独立系書店などで取り上げられたこともあり、現在もなお好調な売り上げを記録しています。 さらに、真鶴出版が行う宿と出版が織りなす活動を、人と地域の関係性を編み直して地域とつながる楽しさを伝える「リローカル・メディア」と定義し、それを表現する2号店の建築のあり方が評価され、トミトアーキテクチャと真鶴出版の合同チームが、建築とまちづくりのための賞「LOCAL REPUBLIC AWARD 2019」最優秀賞を受賞。単なる「まちおこし」の言葉にとどまらない、未来の人と建築、地域との関係性のあり方に一石を投じる高い評価を受けました。

「LOCAL REPUBLIC AWARD 2019」最優秀賞受賞時のプレゼンテーション資料

「日本まちやど協会」加入と雑誌『日常』

宿泊部門においては、2018年に日本まちやど協会 (以下まちやど協会)に加入したことが、活動の幅を広げるきっかけとなりました。「まちやど」とは、まちをひとつの宿と見立て、宿泊施設と地域の日常をつないで、まちぐるみで宿泊客をもてなす宿や事業で、まちやど協会は2022年4月現在、全国23の事業者によって構成されています。 まちやどでは、宿のスタッフがまちのコンシェルジュとしてまちの魅力を伝え、地域の人とのコミュニケーションをつなぐ役割を果たします。夕食は宿を出て、地元の人たちが日常的に楽しんでいる食事を楽しんでもらうことで、暮らしているような感覚でまちを楽しんでもらうことをモットーとしています。 2020年初頭、新型コロナウイルス感染症の影響で、協会のメンバーが運営する事業が一斉に止まってしまったことをきっかけに、まちやどを案内する書籍制作企画が立ち上がりました。真鶴出版の川口さんを編集長として、協会会員で富山県射水市で「BED&CRAFT」を運営する建築家の山川智嗣さん、香川県高松市「仏生山まちぐるみ旅館」の岡昇平さんなど全国のまちやど運営者5名が編集チームを構成。最終的には1年に1回刊行する雑誌というスタイルで発行することになりました。 「ー書籍だとページ数の制限もあるし、単なるパンフレットのようなものにはしたくない。今、まちやどいう概念自体も、コロナの影響もあってどんどん変わってきているので、深みのある記事を定期的に更新できること、情報をいろんなスタイルで伝えられることを考えて、雑誌という形態に落ち着きました。」と川口さんはその意図を話してくれました。

川口瞬さん

雑誌のタイトルは「日常」。 旅は非日常を味わうものという認識が一般的ですが、地域の日常こそが楽しい、その魅力を再発見するヒントを探ることを目的としてつくられています。内容は、個別のまちやど紹介に加え、建築家が間取り図とともに解説する「客室心地分析」や、まんがエッセイやなぜかクロスワードパズル?などもあって、読み応えもあり、まちやどを知らない人にも楽しめる内容となっています。 表紙には、山形を拠点に活動するデザイナー・吉田勝信さんによる装画を使用。山の草花や海の海藻など、日々の暮らしのなかで拾ったモノをカーボン紙で挟み込んで特殊印刷。3000部、ひとつずつ全て手作業で印刷し貼り付けました。

一階店舗部分に置かれた雑誌『日常』 どの表紙にするか選ぶ楽しみも

ひとつひとつの事業を、自分たちの力で少しずつ積み重ね、実力をつけていった真鶴出版。移住して今年で7年目、2人の子供が生まれ、家族が増えたこともあり、現在は川口さん、来住さんのほか、新たに移住して真鶴にやってきた常勤スタッフ2名も加わり、宿と出版から派生するさまざまな仕事に、真摯に向き合い続けています。

左からスタッフの渡辺純子さん、山中美友紀さん、来住さん、川口さん

真鶴出版が契機となり20〜40代の移住・開業者が増加

真鶴町では、ここ数年じわじわと増加していた移住希望者がコロナ禍で加速しています。まちには新たに移住した人が小さなお店を開き、そこにまた人が訪れるという、よい人の循環も生まれています。以前は宿のすぐ近くにあって大人気となったピザ食堂「KENNY PIZZA」は駅前に拡大移転し、近隣にパン屋さんと珈琲焙煎店もできました。

岡山で珈琲焙煎店をしていたWatermark・栗原しをりさん 真鶴出版宿泊後、すぐに真鶴へ移住し店舗移転することを決めたそう

真鶴出版では、宿で希望者に町内を歩いて案内する「まち歩き」体験のほか、真鶴町から委託を受け、お試し移住施設「くらしかる真鶴」の運営や移住者支援にも関わっていますが、彼らを通じてまちに移住した人たちは、2022年5月現在28世帯62人。以前は別荘利用の比較的年齢層の高い世代が多かった町外からの転居も、ここ最近は20〜40代の家族や単独移住を中心に、バラエティ豊かになりました。
真鶴はまちの規模が小さく、反応がダイレクトに伝わることもあり、都会と比べて独立開業に挑戦しやすいのかもしれないと川口さんは指摘します。真鶴出版のスタッフの美友紀さんも、以前、真鶴出版に宿泊したことがきっかけで、まちの佇まいにも惹かれるようになり、スタッフに応募、真鶴に移住してしてきたひとりです。 ただ、川口さんは移住者を増やしたいからという理由で活動をしたことは一度もないと話します。 「まちを活性化したいというよりも、自分たちが好きな真鶴というまちに住み、好きな仕事をして暮らすことがまず第一義で、その上で、移住に限らず、同じような感性で生きる人を増やしたいんです。旅人も移住者でも、やっぱり真鶴に合う人に来てもらいたい。例えば静かな場所が好き、だとか。」

まちの穏やかさと「美の基準」の関係性

真鶴町は、東京からそう遠くないにも関わらず、ほどよい田舎感があり、穏やかでのんびりした空気感が漂います。坂や細い背戸道も多く、車の往来もしにくい地理的な条件もあり、住民以外は、目的意識を持ってわざわざここに来る人だけが訪れるような場所であることが、そうした空気感がある理由でしょう。

町内には人しか通れない幅の背戸道が多数あり、ゲストも「迷路のよう」と楽しく散策

真鶴半島の名産「小松石」を使った石垣や階段も数多い

もうひとつ、真鶴特有の理由として「美の基準」の存在も見逃せません。「美の基準」とは、バブル経済が最高潮の頃だった1993年に制定された真鶴町のまちづくり条例のこと。真鶴町では、1980年代後半から多くの建築計画があったリゾートマンションなど、まちを荒らされるような開発のあり方を防止するために、アメリカの建築家が提唱した「パターンランゲージ」理論を応用し、まちと法律家や都市プランナー、建築家が協働してひとつの基準(デザインコード)をつくり、冊子としてまとめました。

真鶴町が発行する『美の基準』冊子 1992年初版、2007年に第3版が発行された

「美の基準」では、通常のまちづくり条例では数値で規定される道幅や建築物の高さを、「座れる階段」「小さな人だまり」といった情緒的とも言えるキーワードで綴った8つの基準と69個のキーワードで制定したことに大きな特徴があります。 真鶴町では、新たに建物をつくる際には、この基準に外れていないかを確認することが求められています。真鶴港をぐるりと囲む山の斜面に、大きなビルなどがほとんどないのは、「美の基準」内にある「斜面に沿う形」「舞い降りる屋根」というキーワードで制定された風景が凸凹にならないような建築物の工夫があるから。

どの家も階下の日差しを遮らないよう工夫して建てられている

真鶴出版2号店は、そんな「美の基準」の影響を受けてつくられた建物でもあり、宿のゲストは、まち歩きと建物の両方で、その雰囲気を感じ取ることができます。 バブル期以降、このまちづくり条例により真鶴町での大きな開発計画はなくなり、その分経済発展の幅は減少。町内には条例制定の是非に関して賛否両論があったようですが、制定後約30年経った現在、この条例の存在は、まちの景観と人々の生活を守るための貴重で大切なものとして再認識されるようになりました。 「真鶴は、古いまちの風景が残されている分、不便なところもある。ただ今は、便利さを求め過ぎると、まちの魅力って下がっていく気がしていて。多少の不便さは許容できる、このまちに合う人にいかに来てもらうか?というのが、僕らが考えないといけないところだと思っています。」 今年、町から委託を受け、真鶴出版を含む真鶴のクリエイティブチーム(写真、デザイン、編集、ライティング、イラスト)で、「30年使える観光情報」をコンセプトとしたまちの魅力を伝える案内冊子『真鶴手帖』を制作しました。この冊子はまずは非売品として100冊程度を町内のショップや案内所などに設置し、町民や訪れた人に読んでもらう予定です。

真鶴の案内冊子 そのデザインも「美の基準」の冊子と似せて制作

全国の地域同士で繋がり、新しい関係性をつくる

最近の真鶴出版の活動については「仲間が増えたので、やれることが大きくなった」と話してくれた川口さん。 『真鶴手帖』制作とあわせ、カメラやデザイン、イラストなどをチーム真鶴とも言える移住者メンバーで構成した真鶴で暮らす人たちのインタビュー動画を撮影したり、以前のスタッフが現在勤務する長野県松本市のカフェ兼書店の「栞日(しおりび)」と栞日が運営する銭湯・菊の湯で「真鶴フェア」を開催するなど、活動の幅を広げています。

2021年12月に松本市「栞日」で開催された真鶴フェアの様子

今後の真鶴出版の活動について、川口さんはこんな風にアイデアを話してくれました。 「地域を越えて、地域同士で繋がりながら何か作っていくことに興味があって。「栞日」でやった「真鶴フェア」を別の場所でまたやってもいいし、例えば、デパートでやる物産展のようなものを、僕らが真鶴の人たちを引き連れてやってみてもおもしろいんじゃないかな、と思います。」 ひと昔前なら、情報はすべて都会・東京に集まり、テレビや雑誌などを介して地方に伝搬していくのが当たり前でした。けれど、今はWEBやSNSといった個人の草の根ネットワークのようなコミュニケーション手段があり、自分の趣味や嗜好に近い人や情報に直接触れることが可能な時代。 ひとつのまちが単独で移住者を増やす試みだけでなく、全国のさまざまな地域でおもしろいことを仕掛けている者同士が情報交換をしたり、共同でイベントを行いながら繋がる時代がもう既に始まっています。 「もちろん真鶴の地域内のことも引き続き関わっていきたいのですが、他の地域に伺うと、空き家の物件を借り上げてシェアハウスやお店を始めたり、まちの人たちと組んで会社を設立したり、新しいまちの動きをつくっていく活動に刺激を受けていて。自分たちはそこがまだできてないので、今後、まちの人が気軽に集まる公民館のような場所を、町内のみんなでつくる動きもやっていければいいなと思っています。」 真鶴出版は、まち歩きと宿泊という地域に根ざした活動と、出版という大きなスケールの活動の、ベクトルの違う2つの動きを並走させることで、彼らが真鶴に合うと感じる価値観が近い人の注目を集め、静かに少しずつまちに関わる人を増やしてきました。 2人の子供の子育てもしつつ、宿も出版もと多忙な日々が続く真鶴出版ですが、2人の様子はあくまでも自然体。「2つの事業の両方をバランスよくやっていければ」と穏やかな表情で話してくれました。 真鶴出版では、宿泊だけでなく、近隣のアーティストや作家とコラボしたショップイベントなども随時開催しています。真鶴半島と真鶴出版の静かで穏やかな雰囲気を味わいに、ぜひふらりと真鶴駅へ降り立ち、まちを歩いてみてください。

取材先

真鶴出版

“泊まれる出版社”として、出版物を発行しながら宿泊施設を運営している。真鶴のコミュニティの拠点として、全国に魅力を発信中。次々と生み出される新たな試みにワクワクが止まらない。

真鶴出版HP
http://manapub.com/

 

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西村祐子

西村祐子人とまちとの関係性を強めるあたらしい旅のかたちを紹介するメディア「Guesthouse Press」編集長。地域やコミュニティで活躍する人にインタビューする記事を多数執筆。著書『ゲストハウスプレスー日本の旅のあたらしいかたちをつくる人たち』共著『まちのゲストハウス考』。最近神奈川県大磯町に移住しほどよい里山暮らしを満喫中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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