糸満に住むことを前提に、世界旅行をスタート
沖縄のディープなスポットにも足を運ぶようになった生駒さんは、沖縄の作家さんがつくる手仕事に興味を持ちはじめました。ギャラリーなどに足を運び、次第に「作家さんの作る作品を取り扱うお店をやりたい」と思うようになりました。
当時雑貨屋さんをイメージして象られた「沖縄での店舗経営」。それが徐々にカフェ経営に変わる過程の中でも、「糸満に住む」ということは揺るぎませんでした。
「糸満でカフェを経営する」という夢を確実に叶える決心をしながらも、「だけど今すぐに沖縄に行ってイメージした通りの店をやるよりも、今しかできない、今やった方がいいことがあるはず」と生駒さんは考えました。
そして考えた末に出た答えは「世界旅行」。
「今しかできない経験を積み、色んなものを見て吸収し、自分のお店に活かしたいと思いました」と生駒さんは当時を振り返ります。
その後、岐阜を出て2年間オーストラリアで働き、その後8か月にわたり32か国を巡りました。海外旅行を通して改めて日本に興味を持った生駒さんは、帰国後すぐに日本縦断の旅に出発。海外と日本を3年間かけて巡ったのちに、当初の目的どおり糸満に移住しました。移住後は働きながらお金を貯め、同時に物件探しを行いました。物件が見つかってからは、働きながらテナントに泊まり込みで内装整備を行い、1年後の2017年に「cafe MONDOOR」を開業しました。
ドアの向こう側の「非日常」を提供
この店の特徴は、ひとたびドアを開けるとまるで別世界のように洗練された空間が広がっているということ。生駒さん自身も、扉を開く前と後のギャップを大切にしています。
ドアを開くまでは、町の人々がゆんたく(沖縄の方言で「お喋り」)したり買い物を楽しむ糸満市場「いとま~る」や小さな居酒屋、昔ながらの菓子店に住宅など、完璧なまでに「糸満」らしい、雑多でノスタルジックな雰囲気が広がっています。この場所を選んだのも、ギャップを大切にしたい生駒さんのこだわり。
階段をあがる時点では、この2階にカフェがあるとは思えない雰囲気。2階にあがると右側にお店の扉があります。
ひとたびドアを開くと、外の雰囲気からはまったく想像もつかない、洗練された空間がお出迎えしてくれます。
このギャップを設計するためにあえて、ノスタルジックな町並み、しかも2階という一見カフェを経営するには不利とも思える場所を選択しました。
「以前どこかで目にした『日常と非日常はそんなに離れてなんかない』という言葉がずっと頭に残っていて。糸満で仕事をするサラリーマンや毎日ここに日常がある主婦の方、そういった人々が日常と非日常を出入りできる場所をつくりたかったんです。」
ノスタルジックな糸満の町と、ドアの向こうに広がる隅々までお洒落な空間。それはこれまで生駒さんが培った経験や目で見た景色、感覚を研ぎ澄ませることで得たクリエイティブの集大成ともいえるのではないでしょうか。
洗練された空間でいただく、極上の一杯
「cafe MONDOOR」で提供されるのは珈琲がメイン。スペシャリティコーヒー(品質の高い豆)だけを使用したブレンドが2種類と、シングルオリジン(単一産地の豆)を自家焙煎で4~6種類用意しています。
珈琲の中でも、ぶれない人気商品であるブレンドの2種類は、沖縄県那覇市のディープ街として知られる「栄町市場」でコーヒーショップを営む「COFFEE potohoto(ポトホト)」オーナー山田哲史さんと共同で開発したもの。
世界旅行中、本場イタリアのエスプレッソを何杯も飲んだ生駒さんは、沖縄移住後に理想のエスプレッソを求めて珈琲を飲み歩いていました。そこで出会ったのが「COFFEE potohoto」のエスプレッソ。実は世界旅行前にも足を運んだことがありましたが、世界の美味しいとされる珈琲を飲んだ後に訪れ、改めてその美味しさに感動したのだといいます。
「これはイタリアのより旨いんじゃないかと思い、すぐにオーナーの山田さんに声を掛けました。お店をやろうとしていること、そして理想のブレンドを模索していること、ぜひ協力いただきたいことを話すと、山田さんは快く受け入れてくれました。」
そこから二人三脚でブレンドづくりに励み、約3か月間の試行錯誤の末、生駒さんの理想のブレンドが完成。生駒さんの理想の珈琲はお客さんにも好評で、通年を通して看板商品となっています。
美味しい珈琲を味わってもらいたいという想いから、食べ物はスイーツ2種類と仕入れている焼き菓子のみ。それらもあくまで珈琲を楽しむために用意しています。
珈琲を注ぐマグカップやスイーツをのせる器にもこだわりがあります。写真の器はどちらも近くに工房を構える陶芸作家・今村能章さんの作品。元々雑貨屋をやる選択肢もあった生駒さんならではのチョイスで、自然と「この器はどこで買えますか?」という会話にも繋がっているのだとか。
珈琲がつなぐ人との縁
お店に訪れるお客さんはどんな人が多いのか尋ねると、「下は10代から上は70代、糸満市民から県内北部の方、地元民から観光客まで、お客さんは幅広いですね」と生駒さん。
「糸満らしさ」と「らしくなさ」を融合したつくりに、追求された一杯とそれを注ぐ器の面白さ、「珈琲」と「糸満」と「世界」という唯一無二感。訪れるたびに新しい味わいに出会えるこの店に、あらゆる属性の人が惹かれることは容易に想像ができます。
そして、生駒さんの柔らかくもはっきりと意思を持った人柄もあり、生駒さんとの会話を楽しみに訪れる人も多いようです。実際、カウンターでの生駒さんとの会話を通して、隣り合ったお客さん同士が仲良くなることもあるのだとか。
実は、珈琲が繋いでくれた出会いもありました。ある日夫婦で訪れたお客さんと、珈琲について話していると、帰り際に「実は近くで珈琲農園をやっている」と告白されたのだそう。
「珈琲について、とても真摯に話を聞いてくれるなぁと思ったら、ここからほんの10分くらいの場所で珈琲農園を営んでいると聞き、驚きました。しかも豆を見せてもらったらすごく綺麗で、飲んでみたら美味しかったんです。すぐにpotohotoの山田さんにも共有しました。」
実はそのご夫婦、どこかの珈琲屋さんに自作の豆を持ち込もうと、いくつかカフェを巡っていました。生駒さんとの会話を通じて「この店に自分たちの豆を預けたい」という気持ちになり、帰り際打ち明けたそうなのです。
自分の目で見たものを売る珈琲屋を目指したい
珈琲農家の夫妻と出会い、実際に畑にも足を運びました。「収穫から発酵まで経験させてもらい、世界中の珈琲屋がやりたいと思ってもやれない経験ができたと思いました」と話します。
世界旅行しかり、自身の目で見て感じたことを大切にする生駒さん。今後の目標について伺うと、生駒さんらしい答えが返ってきました。
「今は商社から情報を聞いて珈琲豆を仕入れていますが、いずれは自分が直接農家に足を運んで、そこで分けてもらったものを、お店でお客さんに提供できるようにしたいですね。やはり耳で聞くのと自分が実際に見た情報とは違うと思っているので。逆に、うちで提供している『モンドアブレンド』を海外に持っていきたいという野望もあります。」
旅費を考えると、赤字ですよね。と恐る恐る尋ねると、「そうですね、でももう仕事というより、ライフワークなので、それでいいんです」と生駒さんは笑いました。
糸満が好きで、珈琲が好きで、世界も日本も巡ってきた生駒さんが、その目で見てきた日常と非日常を面白がりながら営む「cafe MONDOOR」。このドアを開くと、まるで世界に繋がるどこでもドアを開くような気持ちになります。また、開いた瞬間の珈琲の香りが心地よいこと。ぜひ糸満に足を運ぶ際には、糸満の日常と非日常を融合して作り出された空間を、のぞいてみてはいかがでしょうか。