浜比嘉島に魅せられて。漠然と家探しをスタート
沖縄県うるま市の景観保護地区に指定されている浜比嘉島は、その自然の美しさはもとより、琉球がはじまった地として「神が降り立った島」の伝説でも知られています。
写真のスポット「アマミチューの墓」は、琉球をつくった女神が眠っているとされるパワースポット。すぐ近くには女神が住んだとされる洞窟「シルミチュー霊場」もあり、浜比嘉島は琉球創生神話になくてはならない神秘的な島として知られています。
永元さんは13年前、仕事をきっかけに沖縄に移住しました。仕事を通して県内のあらゆるスポットを取材してまわり、改めて沖縄の魅力を知ったと話します。中でも特に惹かれたのが浜比嘉島。あるとき某有名雑誌の特集で、編集者より「永元さんの一番好きな場所について書いてください」と言われ、すぐさま浜比嘉島を選択したほどです。
現在、沖縄県中部にある読谷村に家族とともに暮らしている永元さんですが、子どもの成長にあわせて浜比嘉島に移り住むことを考えはじめました。利便性など不安な点もありましたが、まずは探してみようと思ったそうです。
「特に夕陽の美しい浜比嘉島ビーチ近くに、いいお家ないかなぁと探しました。経営している出版社名を『アコークロー(沖縄の言葉で、黄昏時の意味)』にするくらい夕陽が大好きで。」
ですが、手つかずの自然が魅力の浜比嘉島には物件自体が多くなく、また、昔から暮らしている人が大半を占めているため、物件探しは難航しました。永元さんはすぐに見つからないだろうと思いながらも、浜比嘉島に数ある拝所(うがんじゅ/神様に祈りを捧げる場所)で「いいお家に巡り会えますように」とお願いをし、待ってみることに。
100歳のおばあちゃんが、ていねいに暮らしたお屋敷
すると、とてもいいタイミングで希望条件にあった物件が見つかったと連絡が入ったそうです。すぐさま現場に足を運んだ永元さん。そこで100歳のおばあちゃんが暮らしていたというお屋敷に出会いました。
はじめてお屋敷を見た瞬間、永元さんはお屋敷の佇まいがあまりに魅力的で、一目惚れしたそうです。
「気付けば1週間に5回も足を運んでいました。踏ん切りがつかないまま、ついに5回目に訪問したとき、駐車場に車を停めた瞬間、車から”キーンコーン”という音がしたんです。何だろうと思ったら、走行距離が55555kmになったよというお知らせで。びっくりしたけど、”ああこれはもう、そういうことだ”と、決めました。」
自然の流れや縁に敏感な永元さんは、縁を大切にしようとお屋敷の購入を決意。とはいえこの時点ではまだ、自宅として暮らす予定でした。
「この場所をひとり占めしてはいけない」と、ホテル経営へ
購入後、息子さんや周辺住民とコミュニケーションを取る中で、お屋敷に暮らしていたおばあちゃんがとても地域の人に愛されていたことを知りました。
「料理上手でアクティブなおばあちゃんが暮らすこの家は元々、人が集まってくる場所。だからこんなに心地いいのだと思いました。」
永元さんは会ったことのないおばあちゃんに思いを馳せるうちに、徐々に「この場所を独り占めしていいのだろうか」という疑問が芽生えはじめたそうです。そしてある日、ひとつのきっかけが訪れました。それは近隣住民に挨拶に行ったときのことです。
この島には神人(かみんちゅ/沖縄で神職を司る人の総称)が多く暮らしており、その日挨拶に行った家にも神人が暮らしていました。その方は永元さんに会うなり「あの家は登記上はあなたのものだけど、土地はみんなのものだからね」と言ったのだそうです。
ストレートだけど決して嫌味ではないとわかるその言葉に、永元さんはとても納得したのだそう。ずっと感じてきた「このエネルギーを独り占めしてもいいのだろうか」という思いとあわさり「暮らす」以外の選択肢を考えるようになりました。
そしてふたつめのきっかけは、ある日突然訪れました。縁側に座り、のんびりと過ごしていた日のことです。あまりの心地よさと、大自然に包み込まれる安心感に圧倒された永元さん。唐突に「ここは我が家だけで過ごすのではなくて、多くの人と分かち合う場所にした方がいい。そうだ、ブックホテルだ」とひらめきました。
ひらめきはすぐに確信へと変わり、決断へと導きました。「ごく自然な流れだった」と永元さんは振り返ります。こうして聞くほどに魅力的なおばあちゃんの人柄と神人の言葉、エネルギッシュな空間のすべてが絡み合うようにして、ブックホテル計画ははじまったのです。
趣はそのままに、妥協なく改装したこだわりの空間
そして約10ヶ月の工事を経て、会員制ブックホテル「浜比嘉別邸」は誕生しました。100歳のおばあちゃんが丁寧に暮らした畳や縁側の味わいなど、尊敬すべき趣は残しながらも、ブックホテルとして読書と静寂な時間をとことん味わい尽くせるホテルにリノベーションしています。
入ってすぐ、まるでガジュマルの木のようにドン!とそびえ立つ大きな本棚があり、そこには絵本、文庫、小説、ビジネス書、医学書、洋書、スピリチュアル本、漫画シリーズなどが約1000冊びっしりと並べられています。これらがすべて読み放題!本好きにはたまりません。
また、事前に送られる公式LINEのアンケートに回答すると、永元さんがその人にあった本をセレクトしてくれる選書のサービスも。ベストセラー作家に本を選んでもらえるなんて、とてもわくわくしませんか?
選書は本と絵本を5~8冊。絵本は選書のほかに、季節の絵本が5冊ほどシーズンごとに並べられています。
ホテルのコンセプトは「海と本とお昼寝の宿」。コンセプトの通り、そのすべてが堪能できる安らぎの宿となっています。ビーチはホテルから徒歩1分のため、「海に行くぞ!」と意気込まなくても、ちょっと泳ぎにぶらりとでかけたり、夕陽を眺めに缶ビール片手に足を運んだりと、とことん気ままに過ごせます。
海遊びを終えた後は畳でお昼寝をしたり、部屋の中心にあるソファベッドをベッドにしてダラダラと読書を楽しんでもOK。広々とした縁側に腰をおろし、ゆったりと絵本を読むのも最高のひとときです。
縁側で読書をしたりボーっとする時間を味わっていると、なにもかもが些細なことに思えてくるから不思議。目の前には大きなフクギの木がそびえ立っており、あまりにも近くて、大きくて、木の呼吸が聴こえてきそうです。
このお屋敷は自然に満ちた集落の中にあり、周辺住民はとても静かに暮らしています。都会で暮らす人がなかなか味わえないような静寂に包まれることができること、そして浜比嘉島のもつ厳かな雰囲気があいまって、屋敷全体が瞑想空間となっています。
癒やし空間の豊富さに加えて、集中して読書や仕事に打ち込みたいという方には書斎スペースもつくられています。
シークヮーサーやサガリバナ、ハイビスカスなどが植えられたお庭の植栽を眺めながら、自然をBGMに仕事や読書に集中!ここなら突然インスピレーションが降ってくるかも。洗練された集中空間の必要性を誰よりも感じる永元さんならではの発想です。
そして浜比嘉別邸は、本の扱いさえ注意してもらえれば小さなお子さんとの宿泊も可能。かわいらしいキッズルームに、子どもたちも大興奮間違いなし!
このベッドの向かいには、子どもがひっそりと隠れられる秘密のスペースもあり、子ども心をくすぐります。大人が隠れてもOK!
作家として書き続けた「暮らすように旅をする」を限りなく再現
永元さんは、これまで作家としてたくさん書いてきた「暮らすように旅をする」という言葉を、浜比嘉別邸で限りなく再現したのだそうです。
たとえば一般的なホテルは、一棟貸しであってもお米や調味料を持参しなければいけませんが、浜比嘉別邸にはお米も基本的な調味料(塩、醤油、砂糖など)も用意されており、キッチン用品や家電も充実しています。
ドリンクは泡盛と沖縄産ビール、ドリップコーヒー、さんぴん茶が人数✕宿泊日数分が予め用意され、近くにはスーパーもあるので、買い足しも便利。
沖縄の作家さんがつくったやちむんの食器も色とりどりに用意されているため、好きな器と料理を組み合わせる楽しみも。やっぱりやちむんには、沖縄料理が合う気がします。
車で20分ほどの場所には「うるマルシェ」という直売所があり、うるま市を中心とした沖縄県産のとれたて野菜や果物、お肉やお魚を購入することができます。
こちらは、うるマルシェで偶然安く売られていたマンゴーを縁側で食べてみた様子。掘り出し物があるのもマルシェの楽しみですね。
絶対的な「安心安全の場所」で、ゲストと共に進化し続ける
永元さんはこの場所を絶対的な「安心安全の場所」にしたいのだと話します。永元さんの考える「安心安全の場所」とは、どんな自分も受け入れられ、認められ、ただ、そのままで愛される場所のこと。
ここに来れば、繭の中でじっと過ごすような時間を味わうことができ、やるべき仕事も集中して進めることができる。安心して帰ってこれる場をみんなで共有する。そのためには、訪れる人や情報にフィルターをかける必要がありました。
フィルターとして行った施策は3つ。ひとつめはテレビを置かないこと。ふたつめは住所を公開しないこと。3つめは「会員制」にすることです。
会員になるには入会費1万円の支払い(代表者1名でOK)と会員規約への同意、初回滞在時のウェルカムオリエンテーションへの参加が必須です。そうすることで、ホテルのコンセプトやルールを理解した人だけが泊まれる場所にしています。
さいごに
永元さんは「どれだけ積み上げるかではなく、どれだけ分かち合えるか」という言葉を大切にしているそう。そんな気持ちではじめたからか、プレオープン中の現在、宿泊した友人からは「ここに来て仕事が増えた」「何かが変わった」という声が続々と届いているといいます。
また、コロナ禍によって、多くの人が自分の生き方に目を向ける機会になっていると永元さんは話します。「自分の内面に気付き、大事にしようと思う人に必要なのは静寂です。浜比嘉別邸は道場のようにシーンとしているので、自分と向き合うのにぴったりな場所になりました。」
最近「微住」「ゆるさと」という言葉を知りました。少しだけ地域で暮らしてみることや、移住永住のトライアル旅を指すようです。住むとなると難易度の高いこの島で、静寂につつまれながら、何にも縛られず、気取らず、ていねいに暮らすことが許される浜比嘉別邸は、まさに「微住」「ゆるさと」にぴったりな場所なのではないでしょうか。