古民家をみんなで改修して東京の真ん中に田舎をつくる
徳島県に生まれ香川県丸亀市で育った伊藤さん。人口10万人ほどの田園風景も広がる地域で高校まで過ごし、その後京都大学大学院農学科を卒業する。
「環境問題に興味があって、大学では農学を専攻して学んでいたんですが、そこから浮かび上がる社会的メッセージの受け皿となるような就職先がなくて(笑)、どうしようかと。とりあえず求人系のベンチャー企業に就職しました。雑誌の立ち上げをやらせてもらって、何よりお金のない会社だったんで、どうお金がないところから事業をつくるかという技を学べたのは今にも生きているように思います。」
起業経験を積もうと入社したこの会社は約1年で退職することになる。その後伊藤さんが「ナリワイ」をはじめるきっかけになったのは、仲間を募って改修しはじめたボロい一軒家だった。
「自分で仕事を作ろうとしていたので、まずは稼ぐことよりもいかに支出を削るかということを考えて、オンボロの家を仲間で借りて改修して住むことに。土間に藁を敷いたり、カマドを作って羽釜で大勢のご飯を炊いたり、これが思いのほか楽しくて、たくさんの人が訪れてみんなで改修を進めました。茶室のような存在を目指して東京の真ん中に田舎のような場所をつくろうという感覚でしたね。」
ナリワイの前に場所をつくることのすヽめ
昭和30年頃に建てられたという世田谷区の古民家を改修するこの過程は、のちに伊藤さんのナリワイの一つ「床張りワークショップ」につながっていく。ただ、伊藤さんはこの場作りにはそれをはるかに超える意味を持っていたと語る。
「小商いをつくるときには、いきなり何が儲かるんだって考えるのではなくて、できる限り多くの人でアイディアを出し合うことが大切です。何か新しいことにチャレンジしようとするときには、理解度が高く前向きな話ができる仲間の存在はとても重要。僕も「モンゴル武者修行ツアー」をやることになった時には、どのぐらいの価格帯でどこ集合にしてなど、様々な懸案事項を仲間にヒアリングして進めることができました。」
「また、こういう何がなんだかよくわからないけど面白そう(笑)っていう場所には、職種を問わずいろんな方が集まってくるんです。日々発見がある環境はありがたいですよね。特にこの時は若手の作家さんと知り合える機会にもなりました。今でも制作物を一緒に作っている方が多くいます。いずれにせよ小商いをはじめようとする時はまず場所をつくろう、と僕が勧めるのはこの時の経験からですね。」
「モンゴル武者修行ツアー」は、伊藤さんが年間二回モンゴルで行う小商いの一つ。モンゴルを訪れた際に出会った現地人と仲良くなり、面白い企画はないか相談されて生まれたモンゴルの生活の技を学ぶユニークなツアーだ。すでに12年目を迎えている。こうした小商いも現地との関係はもちろん大事だが、実は小商いを語り合える仲間の存在が後押ししていたことは興味深い。
農家にもメリットがあり、ナリワイにもなる季節限定の特産物
いくつかの小商いを分散して生計を成り立たせる道を歩みはじめた伊藤さんは、季節によって梅や桃の農家に変身しちゃうことでも知られている。ここでは南高梅の小商いが生まれた経緯を聞いてみよう。
「大学の同級生が会社を辞めて和歌山県の熊野にある実家の梅農家を継ぐっていうんで面白半分で遊びに行くことになったんです。しかし、東京から熊野までの交通費も滞在費も当然出ませんから、何かできないかと考えました。それで収穫期を手伝いつつ販売を自分でやったらどうなんだろうと思ってやってみたところ、予想以上に売れまして(笑)。次の年からHPも作ったりして、毎年6月あたりのナリワイとして定着しました。」
ちょっとした思いつきではじめた商売だったが、SNSなどを通じて販売は好調。伊藤さんはこうした小商いの可能性が今後ますます増えていくだろうと予測する。
「梅は剪定も大変ですが、特に6月前後に行う収穫に人手が不足しているんです。他にも農業では特定の季節に人が足りないことがよくあります。まずは、そうした人手不足を補う仕事が存在しているということ。さらに現代ではコミュニケーションの手段が増えました。こうした技術やシステムを駆使することで、自ら小商いにしながら農家さんの利益に貢献するモデルも全国各地で可能でしょう。」
伊藤さんの場合は、農家と話し合って原価を設定し、旬のシーズンにできる限り受注、その時限りの小売業者を担当している。複雑な流通を介さない直接販売は農家側が原価を高めに設定でき、何より完熟のものを鮮度を保って届けられるため、売り手と買い手の双方にメリットがある。大きな業者が入れば気構える農家も自ら作業を手伝う小商いであれば喜んで協力してくれることだろう。
1週間でバンブーハウスをつくるアカ族の技術を伝導
さらにモンゴル武者修行から派生したタイのバンブーハウス作りは面白い。武者修行の企画は「その土地の生活技術を学ぶこと」なのだが、タイで働いていた人から相談を受けて始まったプロジェクト。
「タイのアカ族は、竹で家を一週間ぐらいで建てると以前から聞いていたので、それを習いに行ったらどうだろう、と発案しました。実際に現地で習うと、ナタ一本で料理から家を建てることまで何でもできる。シンプルな道具だけで竹を活かす技が見事でした。
日本は竹だらけの国で、竹害のために行政が予算を割いているほど問題になっています。しかし今の活用方法といえば竹チップや竹炭ぐらいで使える量に限りがあります。バンブーハウスであれば、一度に相当の竹を使いますし、最近夏の猛暑が年々勢いを増しているし、日本でもバンブーハウスはサマーハウスとしてぴったりなんじゃないかなと思います。床は竹を割いてつくるのですが、床に通気性があるのは革新性ありますよ。」
伊藤さんはタイに通って4年が経つが、日本での活動も広がっている。昨年は、千葉県南房総市の里山にて初めてバンブーハウスを建てるワークショップを開催。その後も島根県津和野市の高校にて街の課題を解決する部活に呼ばれて竹を活用する技を伝えている。傷んだ床を張り替える「床張りワークショップ」と同じく伊藤さんのワークショップに共通しているのは、参加者が自らワークショップを開けるように反復実現性を追求しているところ。一方的に指導するのではなく、その技術やナリワイが各地で継続していくことを目標にしている。
地域にないナリワイを“埋める”という視点
その他にも老朽化して危険なブロック塀を壊すナリワイ「ブロック塀ハンマー解体協会」を立ち上げる(笑)など、ナリワイへのアイディアに事欠かない伊藤さん。最近では地域にない仕事を埋めるナリワイにも注目しているという。
「とある観光で知られる島に滞在していた際に、ホテルのシーツを洗濯する業者がなかったことから船で陸まで通っていたという話を聞いて驚きました。調べてみるとこうしたことって他にもたくさんあって、産業誘致せずとも域外にお金がダダ漏れしている現象を止めるだけで地方の人口減少が抑制されるという研究があります。」
「シーツの話以外でも、例えば中華屋やトンカツ屋。たいていの街には一軒はある飲食店ですが、高齢化や跡継ぎがいなくて突然閉店していたりするんです。すると中華やトンカツを食べたい人は、地域外に食べに行きます。これで実は、年間かなりの額のお金が流出してしまうことになるんですね。小商いというと新しいことに挑戦することも一つですが、地域にないものを調査して埋めるという視点も大切で、新しくはじめるよりも比較的楽に軌道に乗せることができると思います。」
特に地方における特定の業種の廃業は、人口減少や高齢化によって需要が減ったことによるものと、高齢化や担い手不足で廃業せざるをえなくなったものの二つが想定される。一つ目であれば、新規参入しても運営は厳しいのではとの声が上がりそうだが、これぞ小商いの腕の見せ所。一つのナリワイだけで生計を立てる必要がないので、特定の日や時間に絞り込むことや、新しい仕組みと組み合わせることでバージョンアップさせるなど選択肢はいかようにも広がっている。
二者択一ではなく、充実した“生”を導くナリワイ
伊藤さんが語るナリワイは何かを制限するものでもなく、変幻自在で柔軟性やアイディアに溢れている。もちろん、企業就職を否定するものではなく、全てを投げ打って小商いで生計を立てるべしと言っているわけでもない。それではナリワイがもたらす新しい暮らし方ひいては社会について伊藤さんはどのように考えているのだろうか。
「過激に映るナリワイもあるかもしれませんが(笑)、僕にとってはいたって普通のことをしているだけだと思っているんです。つい最近まで海上で生活している人が東京だけでも1万人弱いて、全国を渡り歩く日雇い労働者は季節限定の職を支えてきました。こうした小さな仕事が短期間の高度成長期で一気に減ってしまったことの方が異常で、人類の性質からすれば小商いをいくつか抱えて好きなところへ移動して生きる方がよっぽど普通だと思います。」
「また同時に、移住して3年生活してやっぱり合わないなって帰ったら“失敗”呼ばわりされるような成功設定には大いに疑問で、移住しても骨を埋める覚悟なんて考えなくていいんです。地球規模で考えれば地元も他元もありません(笑)。都会か地方か、定住か移住か、専業か複業か、という二者択一ではなくて、大事なことはその間にあるもっと充実したこと。自分の中に2拠点以上の複数の環境をもつと、自然に脳と身体が活性化して、新しいことを考えやすくなります。複数のナリワイで生きることや、多拠点で暮らすことがもう少し普通の選択肢として都会生活に取り入れられるといいですね。」
伊藤さんはナリワイについて、「自分一人で始められて、やればやるほど頭と技が鍛えられ、さらに仲間が増える」と語っている。大事なことは稼ぐことを目的にするのではなく、いかに自分の心身が健康であって人生が豊かになるかを念頭におくこと。事業が軌道に乗ればラッキーと考え、仮にうまくいかなくても大した損失がない持ち出しで始めるのがポイントだ。
地方では特に一つのナリワイだけで身を立てることが難しくなりつつある。しかし、だからと言ってそのナリワイが消えてしまったら地域全体に支障が出るナリワイもたくさんある。つまり複数のナリワイで身を立てる生き方は、働き手と地域の双方から要請がある新しい働き方と言えるように思う。伊藤さんは、昨年に引き続き2018年度「南房総2拠点大学」にて小商いコースの講師を務める。去年の参加者からはトンカツ屋やコーヒー焙煎所、廃材屋が生まれたというから期待大の講座である。一面では地方は疲弊し続けているように見えるが、伊藤さんのような視座に立てば、むしろ現代こそ人間らしく生きるための選択肢に溢れている時代なのではないか。筆者は武蔵小山での伊藤さんの取材を終えて、行きよりもワクワクしながら南房総への帰路へ着いたのだった。