片道切符の覚悟で移住した先で出会った運命の人とサステナブルな暮らし Bar & Stay Yuzaka 諏訪芳明・英子さん

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秋田県にある大湯温泉郷でバー併設の宿を開業した諏訪さん夫妻。夫の芳明さんは神奈川県出身、妻の英子さんは地元出身ですが、早くに故郷を出て首都圏でカフェを経営するなど、郷里に戻ることは全く考えていなかったそう。
そんな2人が偶然大湯で出会って意気投合し、2019年秋、新しいスタイルの宿Bar & Stay Yuzakaを開業。彼らが移住に至った経緯と実現したいサステナブルな暮らしについてご紹介します。

秋田県北、大湯温泉郷に登場した新スタイルの宿

秋田県北部、鹿角市にある大湯温泉は、大湯川沿いに旅館やホテル、4軒の共同浴場がある歴史ある温泉郷です。自然湧出した温泉は温泉効能も素晴らしく、現在も豊富な湯量を誇ります。約800年前から文献に登場し、江戸時代にはこの地を治めていた南部藩の保養温泉地に指定されていたのだとか。

近年は、国立公園十和田湖や八幡平観光の中継となる温泉地として栄えてきましたが、観光客や宿泊客の減少が続き、廃業する旅館も多く出るなど厳しい状況に置かれていました。

その状況を打破するべく、地域振興の一環として数年前には建築家の隈研吾さんが監修した道の駅「湯の駅おおゆ」がオープン。ここ数年はインバウンド観光客が増えるなど、少しずつ動きは見えていたものの、まちの小さな旅館などは苦境が続いています。

道の駅「湯の駅おおゆ」は広い敷地と芝生もあり人気スポットに

そんな状況のなか、2019年11月に本格オープンしたのが「Bar & Stay Yuzaka(バーアンドステイ ユザカ)」。神奈川から移住した芳明さんが廃旅館を改修し、バー併設で共有スペースのあるゲストハウス形式の新たなスタイルの宿として営業をはじめました。

古民家スタイルを残しつつ、スタイリッシュに仕上げた館内

「Bar & Stay Yuzaka」は10年以上使われていなかった廃旅館を大幅にリノベーションし、源泉を引いた家族風呂を新設した宿。和の雰囲気を残しながらも、部屋は洋室中心でスタイリッシュなインテリアが印象的です。

共有ラウンジから見える石庭

部屋は和の雰囲気を残しつつ洋室中心に構成

宿名にある「ユザカ」の名前の由来は家の屋号から。近くに引き継いだ家があり、地元では屋号で呼び合うため、この名を告げると「ああ、あの家ね」とすぐわかるのだとか。湯坂と呼ばれる屋号は歴史も古く、実際家から坂を下りたところに温泉があるといいます。

大きな館内は、1階が共有ラウンジとバースペース、2階に5部屋の個室があります。開業当初はドミトリー(相部屋)もありましたが、現在は個室のみで運営中。

外国人旅行者も意識した和洋折衷の空間

キッチンにはオーガニックで美味しいお茶などもあり、無料で楽しめる

1階のバーは夜営業、昼間は近くの元カフェオーナーに場所貸しをして週4日ほど営業しています。

朝食会場にもなるバー・カフェスペース

館内にシャワーも2ヶ所あり 鹿のイラストがかわいい

新たに十和田石でつくった貸切温泉風呂もあり

宿の目の前には一番歴史が古いとされる「下の湯」が。基本は地元住人のための共同浴場ですが、宿泊客がその雰囲気を楽しむこともあるそう。

共同公衆浴場「下の湯」は鹿角市が管理している

「祖母の家がなくなる!」危機感から会社を辞め移住を決意

芳明さんは、以前は国際物流の仕事に就くサラリーマンでした。数年前のある日、当時中国に駐在していた彼の元に、祖母が住んでいた大湯温泉の家が敷地ごと売却されるかもしれないという話が耳に入ってきました。

両親の代からずっと神奈川育ちだった芳明さんですが、「いつかは自然のそばで暮らしたい」という思いはあったため、子供の頃に遊びに行っていた祖母の家がなくなるかも?という突然の話に「だったら自分が引き継ぐ」と、自身の生活も思い切って方針転換したのです。

当時は中国の武漢に赴任中。田舎暮らしへの憧れで物件情報を見たりするものの現実味は乏しかった

そうして継いだ家は敷地がかなり広く、草刈りや雪かきなどのメンテナンスが困難で、ただ取得しただけでは家の管理が立ち行かないことはわかっていました。

「誰かがここに住んで、何かビジネスを起こさなくては。」今は斜陽気味ではあるけれど、歴史あるこの温泉街には新たな可能性もあると考え、2018年4月、芳明さんは会社を辞め、ご自身が横浜に持っていた投資用マンションも売却、当面のビジネス資金を確保し、鹿角市大湯へ移住しました。

「完全に”片道切符”のつもりで行きましたね」との鉄道好きの芳明さんの言葉には強い決意と覚悟が伺えます。

家族総出で物件取得、着実にビジネス計画を立てて実行

家族も芳明さんの「孫ターン」に乗り気で、特に郷里が大湯温泉である父親は積極的に応援の手を差し伸べました。芳明さんの移住への決意を受け、家とは別に、平成の初めまで「かめや旅館」として営業していた家屋に目をつけ、芳明さんとともに遠縁だったという家主と交渉、現在の宿となる物件を格安で譲ってもらえることになりました。

ただしかなり傷みも激しく、床も抜けるような状態。家族総出で尽力した残置物処理には相当苦労も多く、「ゴミが600袋分出たんですよ」と笑いながら振り返ります。

かめや旅館時代 昭和初期頃の写真

「かめや旅館」の写真をイラスト化したアートが2階壁面のアクセントに

移住を考えはじめた当初は、引き継いだ旧祖母宅での民泊や古民家カフェの運営を考えていましたが、仕事で使っていた中国語や英語も活用でき、地の利もあるため、外国人利用も多いゲストハウスに可能性を感じるようになりました。中国から帰国後もすぐには退職せず、移住先での今後のビジネスを考えて自ら地方勤務を志望して九州に赴任、古民家カフェや宿などを精力的に訪問、研究を重ねました。

晴れて退職後、そのまますぐに大湯に移住。予想外に早く物件取得の話がまとまったため、現在の場所でゲストハウスをつくることになりました。宿の内外装は、秋田市の木造建築・木質化が得意な女性設計士に基本設計をお願いし、大工さんだけでなく芳明さん自身もリノベーション工事に加わり、1年半かけて完成。移住後は、地元から程近い、十和田湖のリゾートホテルで3ヶ月ほど修行を兼ねてアルバイトをし、経験を積みました。

建物の筐体や樹木は残しつつ黒の塗装で外装もスタイリッシュに

祖母の家があったこと、思いのほか物件取得がうまくいったことなど、運にも恵まれているように思えますが、芳明さん自身で今の自分に何が必要かを考え、どのようにビジネスを仕掛けていくか? 周到に準備して実行に移していることがわかります。

工事途中で、地元に帰省中の英子さんと出会い意気投合

一方、妻の英子さんは地元が大湯温泉、現在も近所に母親が経営する飲食店がありますが、本人は高校を卒業後に郷里を出てからは、戻るつもりは一切ありませんでした。

Uターン前、神奈川県逗子市でフェアトレードの商品を扱うショップ兼カフェを経営していた英子さん。首都圏で人通りもある海辺のカフェでしたが、それでも経営は苦労の連続だったため、移住した同世代が郷里で何かやっているという噂を聞いても、「過疎化が進んでいる場所で(新しいことをして)やっていけるのかな?」と思っていたそう。

故郷での思わぬ出会いで人生がガラリと変化した英子さん

とはいえ、郷里のことはやはり気になります。たまたま帰省で実家に戻っていたときに、母親から聞いていた新しい宿の改修作業を見にいきました。

英子さんは、芳明さんと会って話してすぐに、ご自身の描いていた将来像を「イチから考え直さないといけない」と強く感じたそう。それまで全くUターンを考えていなかった英子さんですが、彼となら、地元で一緒に自分のやりたいことを叶えられるのではないかと考えるようになったのです。

それぞれ別々に生きていた二人が、故郷で運命的な出会いをしたというお話に、こちらもなんだかときめいてしまいました(笑)。その後、逗子のカフェを引き渡し、英子さんが本格的に合流したのが2019年6月。一緒に内装仕上げ、家具・備品配置などを進めていきました。

開業半年、地域に根づきはじめた開かれたバーと宿の存在

現在は新型コロナウイルスの影響もあり、毎週休館日を入れながら、予約の数も絞って営業をしている状況ですが、地元での存在感は確実に上がっている様子。

誰でも利用できる一階のバーにご近所のおじいちゃんがふらりと訪れ、お酒を2、3杯飲んで帰るのは日常の光景に。また、鹿角市内中心部にはない古民家バーの雰囲気に惹かれ、車で20分ほどかけて来店するグループもいるそう。シネマ会などのイベントを重ねることで、同年代の移住組仲間が集まる場にもなっています。

さらに、宿から徒歩3分の自宅敷地内にあった大きな蔵を活用し、蔵の貯蔵性を活かした自然派ワインの店「 Kura Wine Oyu – 蔵ワイン大湯 」もオープンさせました。

大きな蔵を改装したワインショップは保存状態も良好に保てる

店の半分は道具や絵画、古文書などを展示するギャラリースペースに

朝食から感じるオーガニックと持続可能なエネルギーへの思い

今回の取材はこちらで1泊し、朝食もいただきました。朝食はおかずひとつひとつ、おふたりのこだわりが光るものたちばかり。

地元の山菜「そでこ」や「みず」「とんぶり」なども使われている朝食(1,100円 前日までに予約)

ごはんは地元の友人が無肥料無農薬でつくっている「ゆきのこまち」を玄米か七分づきにして雑穀を入れ、土鍋で炊いた手の込んだもの。家の裏庭を開拓しオーガニックにこだわって作っている畑から採れた野菜もたっぷり入っています。

宿の運営も「サステナブル精神を活かしたい」と話す芳明さん。 サステナブルとは持続可能性のこと。大勢が一気にやって来るのではなく、ゲストがこの場所を知り、また来てもらう。建物も梁や建具など使えるものは再生し、人間も自分たちが無理なくからだも壊さず、自然も汚さずに続けていける世界観で運営していく。

「例えば、何かを使ったり食べたりするときには、エネルギーが使われてゴミが出ます。その行為をできるだけ環境にやさしく、地産地消で 自然に分解できるものを出来る限り利用したい。無駄なエネルギーを使わない運営をしたいんです。」(英子さん)

そのため、例えば冬は薪ストーブとエアコンで暖房を賄い、厳冬期は営業しない。温泉は源泉を利用し、水も可能な限り天然水を利用する。ここにあるもので元気になってもらう健康的なライフスタイルを提供したいと考えています。

秋田県鹿角市は、古くから水力・地熱発電所などの施設が市内各地にあり、仕入れ先でもある近所の酒屋さんでも自社で小水力発電所を稼働させるなど、日頃の会話の中でもクリーンエネルギーに関する話題がよく上がるのだとか。Bar & Stay Yuzakaでも100%再生可能エネルギーの電力を使用しています。

過去のものを大事に残し、新たな価値として見せる工夫があちこちに

サステナブルな暮らしのあり方をもっと宿から発信したい

現在はまだ自分たちのサステナブルな暮らしに繋がる世界観を伝えきれていないというお二人ですが、今後の方向性としてやりたいことは数多くあります。

将来的にはここでリトリート(日常から離れ、心と体を癒す場所・拠点を提供する場)を提供したいと考え、英子さんはプログラム化できるヨガのインストラクターの資格も取りました。また、自分の畑と連動させて、化粧品や食品などお土産になるようなものを商品化したり、ご近所農家さんの通常では出荷できないフルーツをフードバンクのような形で必要な人に届ける取り組みにも興味があるそう。

宿では現在、定期的に社会の課題解決を目的にした映画上映会「サスティナカフェ」などのイベントも行っています。この場所が「小さなまちのことから世界の環境や社会情勢にも視野を広げる場になっていけたら」と英子さんは目を輝かせながら話してくださいました。

自宅裏の畑で今後の構想を語る英子さん

芳明さんの冷静沈着、計画的にものごとを推し進める力と、情熱的に未来像を考え、実現に向けて突破していくエネルギーを持つ英子さん。それぞれ違うキャラクターの二人が一緒になって宿というひとつの場所を運営していくと、それぞれ別々に何かを成し遂げるよりも遥かに強い力が生まれるのだろうな、と感じました。

2020年夏現在、バーや宿泊に関しては事前予約制で営業をしています。気になる方はぜひ周囲の自然や温泉を楽しむとともに、二人の自然体の笑顔に会いに行ってみてください。

「秋田鹿角市・大湯温泉でお待ちしています!」

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Bar & Stay Yuzaka

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯19
TEL: 0186-22-4825
https://www.yuzaka.info/


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西村祐子

西村祐子nishimura-yuko

ゲストハウスプレス編集長・ワンダラーズライフデザイン代表。
ゲストハウスの存在がローカルと旅人をつなぐのみならず「あたらしい旅のかたち」「あたらしい生き方」につながる!と、ゲストハウス紹介メディアGuesthouse Pressを運営中。旅と暮らしの情報発信基地Wanderers! Osakaをベースに世界中を旅しながら仕事をするライフスタイルを目指しています。

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