荒廃しつつある里山を農業で守りたい。秋田で8代目農家として米作りに取り組む坂本寿美子さん

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秋田県鹿角(かづの)市の坂本寿美子さんは、代々続く農家の8代目。こだわりの米作りをしながら、農閑期にはタイ古式マッサージのセラピストとネイリストの仕事も掛け持ちしています。
2017年、自分で一から作った初めてのお米は、トラブルに見舞われながらも完売。これからの米作りの自信にもなりました。最近では、里山の環境を守る活動もスタートさせた坂本さんに、これまでの経歴や力を入れている米作りに対する思いについてお話を伺いました。

妊娠を機に食環境を変えようと地元にUターン

坂本寿美子さんは、鹿角市内で農業を営む家で3姉妹の末っ子として育ちました。寿美子さんが高校3年生の時に長女のお姉さんが嫁ぐことになり、その時から実家の農業は自分が継ぐと宣言していたそうです。

「後継である姉が結婚相手に選んだのが長男で、誰かが家を継がなくてはという状況になりました。その時、祖父が楽しそうに農作業をしている姿を思い出して、私も農家になりたい、私が継ぐと宣言しました。」

高校を卒業した坂本さんは華やかな世界への憧れもあり上京。タイ古式マッサージのセラピストの仕事をしていた28歳の時に結婚し、妊娠を機に鹿角市にUターンしました。

「タイ古式マッサージの前はエステティシャンをやっていた時期もあったのですが、自分で受けたタイ古式マッサージがすごくよくて、こっちのほうが天職だと思い、すぐにセラピストとして転身しました。そうやってまだ東京にいた28歳の時に結婚したのですが、妊娠をきっかけに、スーパーに並ぶ食べ物の産地や生産者など、食を巡る環境がすごく気になるようになってしまって、東京で生活するのが難しくなりました。」

食への不安は「半ばノイローゼ気味だった」と話す坂本さんは、その後、同郷だったご主人とともに2005年にUターン。地元に戻り、食べ慣れたものを口にすることができた坂本さんの不安は解消され、無事に出産を迎えました。しかしその後、様々な事情で離婚。現在は小学生のお子さんを筆頭に3人のお子さんを持つシングルマザーです。

思いがけないことから生まれた「ゆきのこまち」

その後坂本さんは鹿角市の創業支援制度や、空き店舗を活用して独立開業に向けた実践経験を積む「チャレンジショップ」という制度を活用し、2014年3月にタイ古式マッサージのセラピスト兼ネイリストとして開業しました。2016年11月までは店を持っていましたが、一定数のお客様がついていたこともあり、固定費を浮かせるために店を閉め、出張という形で事業を継続することにしました。その背景にはこんな理由もあったようです。

「農繁期には実家の米作りも手伝っていたのですが、だんだんと米のことを学びたいと思うようになって、生活の中心を農業にシフトしようと思いました。市役所の農林課に相談して、研修制度や活用できる補助金のことをアドバイスいただきながら、2017年4月に就農しました。」

米作りの魅力のとりことなった坂本さんは、現在、岩手県との県境、八幡平(はちまんたい)の山間部にある小さな集落・黒沢で暮らし、農業に従事しています。黒沢集落はあと数年もすれば限界集落になりそうな状況ですが、空気がきれいで上流に人が住んでいない盆地であることから、山からは汚れることのない豊富な伏流水の恵みがあり、時には昼夜で18度も差がある大きな寒暖差も手伝い、おいしい「あきたこまち」を育むことのできる地域です。

坂本さんの田んぼ

坂本さんは、この地で田植えをしてからは一切の農薬を使わないこだわりの米作りに挑戦しています。2017年産のあきたこまちが坂本さんの初めてのお米でしたが、こんな苦労もありました。

「稲刈りのタイミングが遅くなり、初雪が降ってしまって。稲に雪が被る様子を見て本当にどうしようかと思ったのですが、ここで長年米をやっている母親からは、ハリが強い良い苗だと褒められました。雪に降られてもその重みで稲が垂れることがなかったんですね。これを『ゆきのこまち』と名付けて販売しました。通常の栽培だと同じ面積で10俵とれるところ、農薬を使わないと8.5俵(30キロで17袋)に留まります。それでいて単価も安くはないのですが、SNSなどで宣伝しただけで知人を中心に完売しました。ごはんに炊き上げても粒がしっかりしているので、そのままで食べても美味しいし、塩むすびなどシンプルな食べ方がいいと感想をいただきました。」

稲刈り前の「ゆきのこまち」。雪に負けず、強くたくましい。

完売となった「ゆきのこまち」。

里山を守る活動もスタート

坂本さんは米のほかに大豆も手がけていますが、これも農薬を使わない栽培方法で育てています。インターネットなどを使い、独自で学んだそうですが、そこまで無農薬にこだわるのにはこんな思いがあるようです。

「用水路でイワナを見つけた時に『こんなところに?』という驚きがあったんです。ここにはまだ守れる環境があるなと気づいた瞬間でした。それにこの2年くらいの間、熊の被害が頻発しているんですが、昔と違って熊と山里の境界線がなくなりつつあるというのも気がかりでした。何かおかしいなと。すべてが昔に戻ればいいというわけではありませんが、この黒沢集落の里山を少しでもいい環境に戻して子供たちにも残したいと思うようになりました。」

里山守子・守男の活動のきっかけとなったイワナの稚魚

里山の環境保全に関心を強めた坂本さんは、2017年11月から『里山守子(もりこ)・守男(もりお)』活動もスタートさせました。いずれ非営利団体として組織化することも視野に入れています。

「高齢化で荒廃しつつある里山を、農業の力で守りたい。里山を守るのは農業だと思っています。だからこそ規模は小さくてもいいので、同じ思いを持って頑張っている農家さんたちを『里山守子(もりこ)・守男(もりお)』というふうに呼んで、つながっていきたいです。里山ブランドも立ち上げて、安心・安全な農作物を販売するマルシェのようなこともできたらなと思っています。」

『里山守子・守男』の活動も農業も「楽しく取り組む自分の姿を子どもたちに見せたい。」と話す坂本さんの表情はとてもいきいきとしています。

鹿角でかなえる米農家の夢

最後に、鹿角の良さや今後取り組みたいことについて、お聞きしました。

「鹿角市は大日堂舞楽、花輪祭の屋台行事とふたつのユネスコ無形文化遺産があります。花輪祭では各地区の町内会がそれぞれ華やかに飾り付けた山車が並んだり、テンポの良いお囃子があり、そういう伝統芸能文化が残っているのは自慢です。水も空気もおいしいので食は豊かですし、その恩恵を受けたブランド肉もおすすめ。八幡平ポークやかづの牛、そしてジビエも食べられますからぜひ一度味わってほしいです。」

秋田県人らしく「日本酒が大好き」という坂本さんは、農家としてこんな目標も持っています。

「秋田市の新政酒造さんは、市内山間部にある鵜養(うやしない)という地域で農薬を使用しない酒米作りに取り組んでいます。上流に人が住んでいない盆地という点で、鵜養と黒沢集落が似ているので、どんな米作りをしているのか大変興味があり、何度か見学にも行きました。酒米は秋田酒こまちや美山錦、亀の尾などありますが、私もいつかこういった酒米をつくって、自分のお米でできた日本酒を飲んでみたいです。」

代々続く農地を継ぐと高校生のときに宣言し、一度は上京したものの、Uターンし現在は無農薬の米作りに熱意を注ぐ坂本さん。米作りは一からのスタートでしたが、市の制度などを活用して、前向きに楽しく、志を持って取り組んでいる姿が印象的でした。
「楽しく取り組む自分の姿を子どもたちに見せたい。」と語る坂本さんの姿は、きっとお子さんにも届いていることと思います。ますますパワーアップしていくであろう坂本さんのお米や今後の活動が、とても楽しみに感じられました。

秋田にUIターンした女性5名にインタビューをしたシリーズ「秋田の美の人」。5名へのインタビューを終えて感じたことは、どの方も秋田に自然に引き寄せられていて、秋田は引き寄せる不思議な魅力を秘めているのではないかということ。
もちろん何かきっかけがあってUIターンをされていますが、どこか秋田に呼ばれて移住しているかのように感じました。秋田出身の人は、秋田の暮らしの良さを身をもって実感していて、秋田が戻るに値する場所であると無意識にインプットしているように感じられましたし、出身ではない方も、肩ひじ張らずに秋田暮らしを満喫していて、秋田にフィットしているようでした。
また、どの方も自分のやりたいことにのびのびとチャレンジしていることも印象的でした。自分にフィットした暮らしを実現しながら、やりたいことにもチャレンジできる環境は多くはないと思います。「秋田の美の人」の笑顔が輝いているのは、そうした環境があるからなのかもしれません。

聞き手:藤野里美(株式会社キミドリ)

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坂本寿美子さん

秋田県鹿角市在住、農家を営む。一切農薬を使わないこだわりの米作りに挑戦中。農閑期にはタイ古式マッサージのセラピストとネイリストの仕事も行う。

ココロココ編集部

ココロココ編集部cocolococo

ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。
目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。
東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

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