地域課題の距離を縮める「フードロス酒場」
今、地域問わず問題となっているのが、食べられる状態の食物が破棄されてしまう「フードロス」。流通時に発生する農水産物の規格外品、供給バランスによって発生する廃棄品など、さまざまな問題を抱えています。 一次産業が盛んな南房総でもフードロスは発生していて、地元野菜の地域流通の実証実験時には廃棄野菜が3割にも達しました。
また、近年注目されるようになって来た有害鳥獣も、ジビエとして食用になるものは1割以下で、9割以上は捕獲後破棄され、フードロス食材だと考えられています。
さらに、後継者不足でそのままになってしまっているウメやナツミカン、ビワなどの果物や昔ながらの製法で作られる食材(醤油やチーズ)の副産物などもフードロスといえる食材。新鮮できれいでおいしい食材の裏には、フードロスが生まれているのが現状です。
そんな中、ヤマナハウスにローカルメンバーとして参加する料理人・木村優美子さんと飲食店を展開する料理人のヤマナメンバー・中田亘さん、ヤマナハウス主宰の永森さんがフードロスとなる食材を使った活動を開始しました。それが飲食業許可を持つヤマナハウスでの企画「フードロス酒場」です。
「フードロスの活用など食べ物に関わることはエンタメ感が強く、食欲という欲求とつながっているので自分事になりやすいんです。フードロス酒場がフードロスという地域課題を身近に感じるきっかけになればと思います。また、活動を通じて、料理人がフードロス活用をテーマに実験的にチャレンジできる場になったり、まだ見つかっていないフードロス食材が見つかったりするといいですね。現在はまだ試作段階ですが、定期的なイベントにできたらと考えています」と永森さんはいいます。
小さな自給自足を楽しむ「ヤマナアカデミー」
里山での生活には、昔ながらの生活の知恵がたくさんあります。その知恵を南房総に住むローカル講師がシェアし、小さな自給自足を楽しもうというのが「ヤマナアカデミー」です。
知識だけではなくスキルとして生活の知恵を手に入る実践型の連続イベントで、南房総をフィールドとした講座が五つ用意され、身近でありながら一人で深めるのは少しだけハードルが高い題材を扱っています。
2021年春に実施された「野草講座」では南房総の里山に自生する野草を学び、実際に採取して調理。調理はスキルを身に付けるために参加者が分担して担当。昔ながらの調理法を基本にしつつ、ジェノベーゼソースやバーニャカウダソースなど新しい味わいを講師が披露し、テーブルセッティングには摘んできた素朴に美しい野草を飾るなど、多くの楽しみがあったそうです。
講座後には、「今まで雑草だと思っていたものが食べられると知り、山や道端の風景が一変しました」という感想も寄せられました。
このヤマナアカデミーのマネージャーを務めるのは、地域おこし協力隊としてやってきた20代後半の荒川さん。ヤマナアカデミーをどのように楽しんでほしいか聞いてみました。
「自給自足というとかなりハードルが高いと思うんですけど、言葉や概念としては魅力的ですよね。そこで、完璧な自給自足ではなく、『生活力』とも言うべき小さいけど自分で使える自給自足スキルや生活の楽しみを持ち帰ってもらえるヤマナアカデミーを始めました。都会に住んでいて、自然は好きだけど田舎に来ても何をして楽しんだらいいか分からない、という人に参加してもらえるといいなと思っています。知識だけではなく、実際に体験してスキルとして身に付けてもらえたらと」
「今、自分を含めて生活力に興味を持っている若い人が増えているように感じています。その人たちに、ちょうどいい感覚の自然に近い生活のスキルが提供できたらいいなと思っています。実際、南房総に住んでいる人の中には、ゆるやかな自給自足やお金を多く介さない楽しみを持っている人が少なくないので、そんな風に生活するきっかけになれたらいいですね。南房総は都心からすぐに遊びに来れる程よい距離感にあるので、ゆるい気持ちでヤマナアカデミーにも参加してほしいです」
SDGsにもつながる視点「里山素材研究所」
ヤマナハウスはシェア里山として、古民家とその裏山をフィールドに活動しています。そもそも里山は、手つかずの自然ではなく、自然の中に人の手が入って成り立っています。しかし、現代では少子高齢化による担い手不足で里山に人の手が入ることが減り、活用されていない里山の恵みがそのままになってしまうことが増えてきました。
そこで、里山に残されたままの素材を昔ながらの視点と現代ならではの視点で見直し、活用していこうと立ち上げられたのが「里山素材研究所」です。
実際にどのような素材がどのように活用されているのでしょうか。 南房総の温暖な気候では、みかんなどのかんきつ類の果樹がよく育ちます。現代の里山にも果樹はそのまま残っているのですが、担い手不足で管理が行き届かず、規格外になってしまったり、ただそのまま放置されてしまったりする果樹が多いのが現状です。
そのかんきつ類を活用し、「里山みかん」と名付け、皮の強い苦みを取り除き砂糖で煮て乾燥させ砂糖をまぶしたピールや、規格外の果樹を使ったジャムなどに加工。消費期限の短い生の食材を加工することで、おいしく食べられる期間を延ばす取り組みです。
また、地域課題になっている有害鳥獣も「里山素材研究所」では里山の貴重な素材です。捕獲した獣の骨や毛皮を処理して、オブジェやアクセサリーへ活用。骨の処理は全ての肉片を取り除く作業に2~3日の時間がかかりますが、そうして素材として生まれ変わり、自由な発想のアートや気軽に身に付けられるアクセサリーになるのです。
現在は、インテリア用のイノシシの頭骨やイノシシの牙のイヤリング・チョーカー、キョンの毛皮のキーホルダー・イヤリングなどがサイトで販売されています。
このように、ストーリー性の高い素材が集まる里山。自由な発想で里山を見直すと、たくさんの問題提起があり、その素材が見つかります。
このような視点は、持続可能な社会を作っていくために提言されているSDGsの発想にもつながります。SDGsで掲げられている目標に向かっての可能性の発掘、目標達成までのプロセスが「里山素材研究所」で行われているともいえるのです。
結節点となりうる南房総とヤマナハウス
現在、ヤマナハウスを拠点に行われている活動はいずれもサーキュラーエコノミーと呼ばれる、今までの大量消費の考え方ではない循環型経済を体現しています。
最後に、ヤマナハウス代表の永森さんに、南房総エリアの可能性や今後の活動について伺いました。
「南房総は、都心と田舎をつないだり、人や企業と地域課題をつないだりする結節点になれると思っています。南房総は範囲こそ狭いですが、今地方で起こっている少子高齢化や人口減少、有害鳥獣被害や農地荒廃などの地域課題が凝縮されています。ただ、里山の文化は多少なりとも残っていて、地域課題に取り組む地域内外のプレイヤーも少しずつ増えてきました。
その南房総で、地域課題への入り口をコンテンツ化したりプログラム化したりすることで、プロセスを伴った地域課題への取り組みが進むのではないかと考えています。都心のデスクの上だけで議論するのではなく、都心との距離感がちょうどよい南房総で実質的な部分の提供ができたらいいのではないでしょうか。
また、距離が離れることで非日常感が生まれ、エンタメ度も上がります。それを活かしながら非日常と日常を混ぜることのできる活動をすることも大切だと思っています」
おいしい料理を食べることでフードロス削減に関わることができる「フードロス酒場」、便利な世の中で自分の生きる力を上げ小さな自給自足への一歩を実現する「ヤマナアカデミー」、循環型社会を里山の素材で感じられる「里山素材研究所」。
いずれも、非日常にも思える深いテーマでありながら、エンタメ度が高く、自分の日常として考えるきっかけになる活動です。
地方と都心をつなぐ南房総のアイコンだけにとどまらず、拡張を続けるヤマナハウス。思い切ってジョインすれば、新しい世界が広がるのではないでしょうか。