南房総市初の地域おこし協力隊として「南房総をサイクリストの聖地に」
30代の頃から、健康志向で自転車に乗り始めたという瀬戸川さん。ロードバイクとクロスバイクの2台を使い分け、都内で45分ほどの自転車通勤に利用したり、気分転換に乗ったりしていましたが、都内の交通量は言わずと知れた状態。
アクアライン開通後に南房総を訪れたとき、「東京からこんなに近いところに、日本の原風景が残る“とり残された田舎”があったことに驚かされました」と瀬戸川さんは言います。
2016年12月から南房総市初の地域おこし協力隊として活動した瀬戸川さんは、南房総サイクルツーリズム協会を立ち上げ、南房総エリアのサイクルツーリズムやインバウンド観光に取り組んできました。
→「外国人旅行客の少ない地域で、南房総サイクルツーリズム協会を立ち上げた”インバウンド観光プロデューサー”の思いとは」
自転車で日本一周中に南房総と出会い、地域おこし協力隊に
瀬戸川さんの後任として、2019年から南房総市地域おこし協力隊となった目黒さんは東京の立川市出身。小学校のころから一般的に“ママチャリ”と呼ばれる自転車に乗っていました。所属していたサッカーのチームメイトと、練習や試合に行くのも自転車。立川市内から海を見るため、40数キロ離れたお台場まで自転車で行ったこともあるそうです。建築の専門学校卒業後は建築事務所に就職し、クロスバイクで通勤するようになりました。
仕事を辞め、東京から7カ月かけて自転車で日本一周した旅の終盤、令和元年房総半島台風直後の南房総を訪れました。 「何か地域のためにできることがあれば……」と考えるようになった目黒さんは、旅を終えてから再び南房総へ向かいます。そこで滞在したゲストハウスのオーナーから、地域おこし協力隊を募集していると聞いて応募し、現在は、瀬戸川さんの後任として平群クラブハウスに勤務しています。
平群クラブハウスでは、レンタサイクル、自転車用工具、サイクリングや観光情報の提供などを行っていて、各地から訪れるサイクリストたちのハブ(中心地)になっています。 目黒さんは、ここでクラブハウスの運営やサイクルイベントの企画などを担当しています。
レンタサイクルはクロスバイクとイーバイクがあるので、今回はイーバイクで坂の多い林道を走る、次回はクロスバイクで景色を堪能しながら距離を走る、というような使い分けができます。
地域おこし協力隊任期を終えた瀬戸川さんの新たなチャレンジ
3年の任期を終えたあと、東京で働くという選択肢もあったという瀬戸川さんですが、 「月曜の朝に満員電車に揺られて会社へ行くことを想像したら、鳥肌がたって(笑)。一度この密でない自由さや、こっちの味を覚えちゃうと、もう無理ですね」 と笑います。
南房総に残ることを決めた瀬戸川さんは、妻の美奈さんが代表を勤めていた不動産賃貸業の会社、株式会社南房コーポレーションに地域限定旅行業を加え、瀬戸川さんが社長になって引き継ぎました。
「平群クラブハウスがある南房総平群地区、旧保育所の立地は、“南房総の玄関”としてさまざまなサイクリングコースがとれるので、協力隊員だったときから、市にお願いして建物を借りていました」と瀬戸川さん。 その後、市の「旧平群保育所跡地施設利活用事業」の公募に株式会社南房コーポレーションとして応募し、2021年3月に契約。地域おこし協力隊の任期を終えた瀬戸川さんの、新たなステージが幕を開けました。
複合施設「HEGURI HUB」のオープンへ向けて
サイクリストたちが集うハブとして機能してきた平群クラブハウスでは、サイクリストたちから、シャワーの利用や宿泊、キャンプ、飲食の場を求める声が寄せられていました。瀬戸川さんはそれらに応えるべく、平群クラブハウスに加えて、デリ&カフェ、ソロキャンプ場、ゲストハウス、レンタルシャワー、コワーキングスペースなどの機能を備えた複合施設として、HEGURI HUBのオープンを目指しました。
「サイクリストだけではここのビジネスはまわっていかないので、サイクリストからの意見はあくまでも一つのきっかけであって、それぞれが独立して採算がとれるようにならないといけないと思っています」と瀬戸川さんは言います。
ソロキャンプ場は、建物の裏に登山口がある伊予ヶ岳(いよがたけ)を目指す登山客や、サイクリストをターゲットに、1人でも心地よく過ごせる場を提供しています。1人ずつテントを張れば、グループでの利用も可能。
ゲストハウスの利用者には「金曜の夜から南房総入りして翌日朝から丸一日楽しんでほしい」とのこと。登山やサイクリングで汗をかいても、レンタルシャワーでさっぱりして帰路につけるのも魅力です。
デリ&カフェのこだわりと、コワーキングスペース
デリ&カフェでは、コーヒーやハーブティー、ビールなどのドリンク類のほか、地元の食材を活用したデリメニューを、イートインとテイクアウトで提供しています。
なぜふつうのカフェではなくデリ&カフェにしたのか、コワーキングスペースを併設したのかを瀬戸川さんに聞いてみました。
「南房総は、食材がすごく豊富な地域なので、鮮度の良い素材を、おいしく調理して提供する場所を作りたいという思いがありました。コロナ禍で密を避けるという意味では、テイクアウトができて、外のピクニックテーブルでも食べられる空間を作りたいと考えて、今のかたちになりました。コワーキングスペースは、横のつながりができてビジネスや文化が生まれる場所が必要だと考えていたので。」
デリ&カフェでは、地域の生産者から素材を仕入れています。近藤牧場の低温殺菌牛乳や、百姓屋敷じろえむの平飼い有精卵、農薬・化学肥料を使わずに育てているAwasome(あわさむ)の野菜や、漁港で水揚げされた魚など、鮮度の高い食材ばかり。これらを料理するのは、都内で日本料理店を営んだ経験のある料理長。彼の料理を目当てに訪れる客も少なくありません。
コワーキングスペースでは、オープンラックスペースのレンタルサービスも行っていて、収納以外にも自己紹介や宣伝用に活用し、利用者同士がつながりやすいよう工夫しています。カラー複合機やラミネーターの便利な備品はもちろん、息抜き用にオフィスグリコが設置されていて、地元「サルビアコーヒー」のコーヒーを利用することもできます。
HEGURI HUBが目指すもの
平群クラブハウスとして始まったサイクリストのハブが進化し、「HEGURI HUB」になった今、今後目指していることを瀬戸川さんに聞きました。
「文字通り、ハブになりたいですね。これはサイクリストだけじゃなくて、食も。鮮度の高いものをおいしく提供して食品ロスを無くすとか、コロナ禍でのライフスタイルとか、房総流の新しいスタイルを提唱していきたいですし、コワーキングで生まれる新しい人の流れのハブになりたいと考えています。」
利用者同士の横のつながりを生むために、今後コワーキングスペースでは定期的にイベントを開催していく予定だそう。サイクリストたちの声に応えて、平群クラブハウスからHEGURI HUBへと進化したように、今後も訪れるみなさんの声を反映させ、臨機応変に対応しながら、大きなハブへと成長していくことでしょう。