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2022年3月29日 フジイ ミツコ

「パクチー銀行?アーティストinレジデンス?鋸南町が今面白い!」経験と直感を活かした場づくり仕掛人

千葉県安房郡鋸南(きょなん)町は、名前の通り千葉県で有名な鋸山(のこぎりやま)の南側のふもとに位置する人口約7000人の小さな町です。この町に縁があってたどり着いたのが、知る人ぞ知る経歴を持つ佐谷恭(さたに きょう)さん。鋸南町での新しくて面白い活動についてお話をうかがいました。

Googleでは見つけられない面白さを鋸南町に

佐谷さんが鋸南町で2022年1月1日にオープンしたのが『パクチー銀行』です。場所は、JR内房線保田(ほた)駅の目の前で、外見も金融機関にそっくり。無人駅に突如現れる不思議な名前の建物に、おどろいて写真を撮る人も少なくありません。

目を引く「パクチー銀行」の文字

このキャッチーな仕掛けには、佐谷さんの経歴が大きく関係しています。 佐谷さんがこれまで手掛けてきたのは初めての試みばかり。パクチー好きの聖地とも呼ばれ、惜しまれながらも2018年に閉店(その後、世界各地で“無店舗展開”中)した世界初のパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』、東京初のコワーキングスペース『PAX Coworking』、街と人がつながるランニングイベント『シャルソン(ソーシャルマラソン)』。
知る人ぞ知るブームの火付け役だった佐谷さんが2007年から続けている活動が、パクチーの種を配布しパクチーを普及するシードバンク『パクチー銀行』。そのリアル店舗が旧金融機関の建物を改修した鋸南町の『パクチー銀行』本店だったのです。

パクチー銀行のウッドデッキテーブル

「あえて、Googleマップには『パクチー銀行』と表示されないようにしています。その方が実際に見つけた時に驚きがあって面白いから(笑)。一種のインスタレーションアートであり、店を利用する人もそうでない人も楽しめるパブリックアートを目指しています。駅の改札を出てすぐ目の前にあるこの建物で、鋸南を訪れた人に圧倒的なインパクトをあたえて、鋸南にまた来なければと思ってもらいたいですね」
パクチー銀行の表向きの顔はカフェ。佐谷さんがカウンターに立ち、佐谷さんが納得した美味しさのコーヒーとパクチーを使ったお茶やクラフトビール、『いのパク』と名付けられたパクチーとジビエを組み合わせた料理を提供してくれます。

「人との交流が魅力的な旅」を楽しんでほしい

現在47歳でバイタリティ豊かな佐谷さんの原点は『旅』。神奈川県秦野市出身で学生時代から世界中を旅しており、今に到るまでに60カ国・地域を訪れたそうです。
「僕が旅を始めたのは90年代で、ゲストハウスを泊まり歩いていました。ゲストハウスのロビーにはいろんな国の人がいて会話するじゃないですか。そこで親しくなったりするのが面白くて。いろんな国を見たくて旅に出ましたが、実際に行くと大きな観光地は疲れちゃって、人に会うのがメインになりましたね。で、旅っていいなと、もっとみんなが旅に出たらいいなと思って、ネットで旅をしてもらいやすくなるような情報発信をはじめました」

「それから、旅で出会った人って連絡先を交換したとしてもなかなか再会が難しいんですね。当時は携帯電話もネットもまだそんなに普及してなかったので。出会いは楽しいだけだけど、再会ってパワーがあってそこから何かが始まることだと思うんです。そこで、当時住んでいた京都でバックパッカーの呑み会を企画して人と人を引き合わせたり再会させたりすることになりました」

広々とした店内で語る佐谷さん

「大学を卒業して一度サラリーマンになったんですが、複数のキャリアチェンジを経て、子どもが生まれるのをきっかけに31歳でサラリーマンから足を洗いました。子どもと同じぐらい成長したい、未来のために自分の経験を還元したいと思ったんです。ただ、その時点でプランは全くなくて(笑)自分ができるのは、人を集めて呑み会を開催することぐらいしかなかったんです。その能力を活かして、旅のように知らない人との交流の場をつくることができれば、旅と同じことが日本でもできて面白いんじゃないかと。そもそも日本にはコミュニケーションがもっと必要だとも思っていたので。そうして考えたのが、相席などゲストハウス的な気軽に発生するコミュニケーションの仕掛けを持った交流する飲食店経営でした」

『ありえないをブームに』した後は

以前からパクチーがおいしくて楽しいと思っていた佐谷さんが交流する飲食店のアイディアとパクチーを組み合わせて誕生させたのが世界初のパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』。
東京都世田谷区にオープンした店は、「パクチー料理専門店なんてありえない」と言われていたにもかかわらず一大ブームを巻き起こし、パクチーがおいしく楽しくて面白い店として予約でいっぱいの繁盛店となりました。この流れで、交流するオフィスとして東京初となるコワーキングスペース『PAX Coworking』も開始。たくさんの出会いとつながりが生まれましたが、10年続けた後、計画的に『パクチーハウス』はリアル店舗を閉店。無店舗展開をはじめます。

パクチーハウス東京でのイベント

「無店舗展開のいいところは自由があっておもしろいところ。定価やさまざまな固定費などに縛られず活動できるんです。また、新しい場所でコラボしやすいのも魅力。行った先々でレストランを開くことができます。高知県の限界集落でパクチーイベントを開いたときに、パクチーを初めて食べた年配の方が『パクチーで新しい世界が広がった』と言ってくれたのは印象的でしたね。また、コワーキングについての講演や、僕が執筆した『「ありえない」をブームにするつながりの仕事術』の講演などで、全国を旅することが多くなりました」

アートのあるコワーキング『鋸南エアルポルト』

たくさんの名前が並ぶ鋸南エアルポルトの看板

全国を旅して活動する中、鋸南町に縁ができたのは2018年。鋸南町で企業誘致活動をしている友人に鋸南町へ誘われたのをきっかけに、千葉県の名山・鋸山や、地元飲食店、鋸南町に住む人々と関わるうち、佐谷さんは鋸南町に魅力を感じていきました。

「すぐに鋸南町で何かする、と検討したわけではなかったのですが、2019年に講演会で鋸南町を再訪し、講演後のディスカッションがすごく盛り上がったんです。それで、この町は面白い人が集まる不思議な魅力があるに違いないとイメージできました」

そこで、コワーキングにアートを組み合わせる以前からのアイディアを実現すべく立ち上げたのが保田中央の『鋸南エアルポルト』。エアルポルトは、AIR-portと書き、Artist In Residence(アーティストインレジデンス)の頭文字(AIR)と港や人が集まる場所意味するportという単語を組み合わせてつくりました。英語読みでエアポートと読ませると空港をイメージしてしまう人が多いと思ったので、そのスペルをインド英語読みしてエアルポルトと読ませ、新しい言葉として定着させたいそう。
名前の通り、アーティストが集まり滞在して創作するスペースとシェアハウス、仕事ができるコワーキングスペースが一体となり、コタツや卓球台などもある、交流するオフィスが鋸南町に生まれたのです。

鋸南エアルポルトでコワーキング中の利用者

「場所は保田駅から徒歩3分の『ファッションセンター フナト』という地域の人に愛された旧ショッピングセンター。広い2階建てで、さらに居住区もつながっているという珍しい作りで、アーティストが滞在するのにもピッタリだったのと、面白い構造に惹かれて決めました。ただ、この物件を借りようと決めたのが2019年8月だったのですが、直後の2019年9月に令和元年房総半島台風が来て鋸南町は大きな被害を受けました。現在ではかなり復興していますが、当時は大変で鋸南エアルポルトの立ち上げの傍ら、週一でボランティア活動に参加させていただきました」
現在、鋸南エアルポルトは佐谷さんと仲間とで共同運営しています。その仲間、まさやんは、週末に道の駅保田小学校に弁当を卸しているほか、縄文アーティストとして野焼きなどでの縄文土器作成、竪穴式住居を作るワークショップなどを行っています。

縄文土器の作品

また、アフリカの布を使った洋服を作る複業アーティストの展示販売や、すでにふたりの20代が利用した89日間起業家応援プランなども展開。
鋸南エアルポルトに滞在するアーティストやコワーキング利用者はその時々で違いますが、全国各地からうわさを聞きつけ、いろいろな人が訪れているそうです。

鋸南とのつながりを生み出す『パクチー銀行』

東京・世田谷と鋸南町の二拠点生活をしながら、鋸南エアルポルトを立ち上げて2年が過ぎたころ、保田駅前にある旧金融機関の建物が貸し出されるタイミングで『パクチー銀行本店』の立ち上げを思いついた佐谷さん。2022年1月1日のオープンを実現し、今に至ります。

「二拠点生活なので、パクチー銀行の営業日は僕の予定次第なんですけど、鋸南町の方やパクチー銀行に興味を持ってわざわざ来てくれる近隣市町の方も増えてきました。鋸南エアルポルトは誰もが気軽に入ってもらえる場所なのですが、コワーキングスペース=仕事場と解釈して、地元の方は遠慮して入りにくいと言う方も多かったです。パクチー銀行は表向きにはカフェなので「入りやすい」と言われることが多いです。まだオープンから数ヶ月ですが、おかげさまで、町内にさらに知り合いが増えましたね」

町民とカウンター越しに色々な話で盛り上がる

「駅前という立地と名前と外観のインパクトで、保田駅を利用する鋸山への登山客も興味を持ってくれ、登山後に立ち寄ってくれたり電車の待ち時間に寄ってみたという人も少なくありません。クラフトビールを置いているので、ビールを飲みながら電車を2本くらい遅らせて話していった人もいます。ライブをしたい、アート展をしたいというご意見をたくさんいただいているので、町の人と観光客が楽しく交流する文化の発信基地にしたいと思っています。たまたま鋸南に来た人が、町に楽しい印象を持ってもらって、再訪してもらい、つながっていってほしいなと思いますね」

名前に惹かれ、登山前に立ち寄る若者も

また、金融機関の姿をほぼそのまま残す外観のパクチー銀行ですが、アーティストのギャラリー利用もできる建物内はアートな遊び心にあふれています。この内外装に使われているのはSOTOCHIKU素材。SOTOCHIKUとは、株式会社グリッドフレームが提案する、雨風にさらされて崩れたり錆びたりなど経年変化した素材を使ったアートな内外装技法を言います。

SOTOCHIKU素材を使ったスタイリッシュな店内

「パクチー銀行はSOTOCHIKUのコンセプトを広めるショールームとしての役目もあるんです。実際に今建物の壁に貼ってある鉄板はSOTOCHIKU素材として錆びさせている最中で、最終的には東京都内へ納品されるんですよ。もともと鋸南町には古い家が多く、台風での被災や高齢化で空き家も増えています。それは逆に言うとSOTOCHIKU素材が存在しているということで、鋸南のSOTOCHIKU素材が知られ、世に広まれば、鋸南町の新しい魅力のひとつになるのではと思っています」

SOTOCHIKU素材の壁材

クリアなアイディアが生まれる鋸山と鋸南町

鋸南町で新しく面白い仕掛けを持った活動をする佐谷さんに、鋸南町の一番の魅力を聞いてみると「空気感」という答えが返ってきました。

鋸山・照前展望台からの景色

「鋸南町は空気感がすごくいいです。すぐ近くの鋸山は素晴らしく、僕はいつも鋸山手前の金谷港からランニングで鋸山を縦走して鋸南町に入るんです。僕は同じことをするのが好きではなくて飽きやすい性格なんですが、山や自然はいつも変化があって飽きないですね」

「今の世界は情報過多で、知ろうと思えばなんでも知れると思う人も少なくないでしょう。でも、ネットで検索した情報と自分の目で見た事実は同じではありません。余計なノイズが入らないクリアなものは自分で経験しないと手に入らないと思います。僕は、街で刺激を受けた後に鋸山へ登ると、思考がクリアになってアイディアが出てくるんですけど、みんな一緒じゃないかなと。浄化されているような感じがすると思います。実は、パクチー銀行本店の構想も鋸山の照前展望台で思いついたんですよ(笑)こういうことができる鋸南町だからこその空気感があると思います」

そんな空気の良い鋸南町に佐谷さんのアイディアある場づくりが広がりつつあります。交流速度が上がり、もっと面白くなりそうな鋸南町に注目です。

取材先

パクチー銀行頭取 佐谷恭さん

世界初のパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』を立ち上げた仕掛け人。2007年から、パクチーの種を配布しパクチーを普及するシードバンク『パクチー銀行』の活動を続けている。2022年1月1日、そのリアル店舗として、内房線保田駅前の旧金融機関の建物を改修した『パクチー銀行』本店を開業。

鋸南エアルポルトHP
https://kyonan.art/

パクチー銀行HP
https://paxi.coffee/

パクチー銀行 Instagram
https://instagram.com/paxibank

佐谷恭 Instagram
https://instagram.com/paxi/

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フジイミツコ

フジイ ミツコ山口県出身のフォトライター。海を愛するパートナーに連れられて千葉県南房総に移住。男児ふたりの母。個性的な人材が集まる南房総で子どもがつなげてくれたご縁がふくらみ、ライターを中心にパラレルワークを楽しんでいる。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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