気がつけば10年。移住同期のふたり
――萩原さん、永吉さんともに岐阜に移住されていらっしゃるかと思います。きっかけを教えていただけますか。
萩原:私は「岐阜県立森林文化アカデミー」の教員になることをきっかけに、美濃市に移り住みました。その前はオーストラリアのタスマニア島という、すごく自然が豊かな場所に住んでいたのですが、岐阜を見にきて「川も山もあっていいじゃん!」とすぐに気に入りました。移住後は、野外自主保育「森のだんごむし」の立ち上げや「みのプレーパーク」設立も行いました。最初は2、3年くらいのつもりでいましたが、気づいたらもう10年。それだけ快適ですね。
永吉:私は、神戸で自然体験を広めたいと考えていた矢先、ボランティアで関わっていた企業から、自然体験を学ぶために岐阜に派遣されて、しばらく川遊びの仕事をしていました。そこで「田舎っておもしろいな」と思い始めて。一緒に働いていたメンバーも楽しかったので、少し住んでみようかなと思ったのが始まりですね。
――萩原さんが「森のだんごむし」を立ち上げた経緯を教えてください。
萩原:岐阜に移住した翌年から子どもが幼稚園に行くタイミングで、地元の保育園や幼稚園を探していましたが、どこも部屋の中で完結していて、周りにこんなに山も川もあるのにもったいないなあと感じました。 その頃「森のようちえん(野外自主保育)」というものがあることを知って、剛君(永吉さん)の奥さんと縁のあった「森のたんけんたい」を見学しました。「あ、これできるな」と思って、地元の保護者の皆さんとうちの奥さんに声をかけて始めたのが10年前ですね。
永吉:その頃、妻は月に1回くらいのペースで「森のひだまり」という「森のようちえん」のようなサークルをやり始めていたんですよ。東京のフォーラムにナバさん(萩原さん)と一緒に行った時に、帰りの車でナバさんが「森のようちえんをやる」って宣言して、すごいなあって思った。
萩原:そんなこと言ってた?(笑)
永吉:言ってました。熱いなあって思った(笑)。あれが10年前?
萩原:2007年だね。
永吉:僕らが岐阜に来た年ですね。
萩原:同期だ、移住同期!
永吉:移住同級生ですね!(笑)
――萩原さんが「森のだんごむし」を立ち上げた2009年まで、岐阜県には「森のようちえん」がなかったんですよね。これだけ自然に囲まれていて、今までなかったことが意外に感じます。
萩原:はい。岐阜は、大半の県民が川と山に簡単に接することができるところに住んでいます。全国的に見ても、こんな場所はないと思います。県の中心都市である岐阜市だって、川と山が町の真ん中にドーンとあって、しかも泳げる。僕はそこが岐阜のすごいところだと思っています。毎日が「森のようちえん」みたいなものだから、あえて必要がなかったのかもしれませんね。
永吉:そう思います。
――確かに山と川は岐阜の財産ですね。他には岐阜、中濃の魅力はどんなところだと感じていますか。
永吉:民宿に泊まるキャンプを担当したときに、女将さんが食事に使う野菜を裏庭に取りに行き、お父さんが夜釣りで魚を穫ってきたことがありました。猟師もしていたので車庫にイノシシがぶらさがっていたりするのを見て、「田舎って、野菜も魚も肉も買わなくても手に入るんだ」って驚いたんですよね。
僕は子どもの頃に入退院を繰り返すほどアトピーがひどくて。食材にはかなり気を遣っていたので、安心安全な食材を自分で作ったり、手に入れることができる暮らしができることにとても魅力を感じました。実際に岐阜に来てからアトピーが治ったんですよ。水がいいからか、ストレスがないからか、理由はよく分からないのですが。
萩原:人間は元々森の中にいたのだから、当然なんじゃない?逆に今までが不自然だったんだろうね。
僕が思う中濃のいいところは「岐阜県立森林文化アカデミー」があることですね(笑)。森林文化アカデミーは、森と木に関わるスペシャリストを育成する専門学校ですが、移住準備のための学校みたいに考えてもらってもいいと思っているんですよ。林業にしても、木工にしても、建築にしても、僕が担当している環境教育にしても、岐阜の森の資源を生かした何かを学んで仕事にしていく。しかも県立なので信頼感があるから、移住のひとつのステップとして頼りになる存在なのでは、と思います。
――移住といえば、永吉さんのいる郡上も移住者がとても多いですよね。
永吉:「ふるさと郡上会」を中心に色々と繋がっていって、ますます面白くなってきていると感じています。僕は面白くなかったら神戸に帰ろうと今でも思っているんですけど、どんどん面白くなっていくのでずっといますね。日本全国移住する場所はどこでもあるので、やはり人で繋がっていることが大事だと思うのですが、郡上に来る人は面白い人が多くて楽しいです。
自然はハプニングだらけ。だから楽しい
――永吉さんが代表理事を務めている「メタセコイアの森の仲間たち」の活動について聞かせてください。
永吉:18年前にできた団体で、僕は4代目になります。当時は「郡上八幡自然園」というキャンプ場に入っていて、林間学校に来た子どもたちにラフティングや山登りなど、環境教育の体験プログラムを提供していました。
僕は7年前に加わったのですが、毎日のように何百人と子どもが来るので、川遊びでも大体やることが決まっていて。子どもたちもそんなにやりたくないけど、スタッフの腕でなんとか子どもをやる気にさせるというようなやり方に少し違和感を感じていました。5年ほど前に当時の代表が「より地域に密着した活動をしたい」とキャンプ場の外で活動することを決めて、それを機にもう少し自由なスタイルの「こどもキャンプ」に変えました。おかげさまでリピーターも増えてきて、軌道に乗ってきました。
――「森のだんごむし」も「こどもキャンプ」も、子どもたちが自然体験をするという点で共通していると思うのですが、自然の中での子育てすることの良さはどんなところにあると思いますか。
萩原:意外かと思われるかもしれませんが、保護者にも良い影響があることが良さのひとつだと感じています。「森のだんごむし」は、保護者が中心でやっているので、子育てを通じた生涯学習というか、子どもよりも保護者の方が成長していると感じることがあります。
開放的な場所の方が保護者たちがおおらかになれるのかもしれません。自然の中ってそういう魅力がありますよね。保護者は子どもにとって一番近い存在だから、おおらかにしていると、子どももゆったりできると思います。
永吉:「森のようちえん」の場合は、保護者が自然の中で子育てすることに興味がある。でもキャンプは、もちろん子どもに自然体験をさせたいということもありますが、大変だから子どもを預けたい、というニーズもあります。
萩原:なるほどね。ここの場合はどちらかというと保護者がやりたくてやっているから、僕なんて、邪魔者なんですよ(笑)。
保護者の世代で、真剣に何か意見を交換する、ぶつけあったりする機会って少ないじゃないですか。子育てをきっかけに、バックグラウンドの違う人と価値観を共有しながら何かを真剣に考えるって、大変だけど楽しいんだろうね。けっこう面倒くさいことをやっていると思います。
――面倒くさいからこそ、楽しいのでしょうか。
萩原:自然の中の遊びも、田舎の暮らしもそうですよね。面倒くさいは楽しいだし、危ないも楽しい。
子どもにとっても、色々な大人に育てられることはとても大事なこと。いつも言うのですが、これほど他の親に自分の子どもを見てもらえる機会はないだろうねって。
永吉:昔は隣近所でそういうことができていたんだと思います。今はそれがないから、おそらくこういう形になったんでしょうね。
萩原:そうだね。
永吉:あと、生き物を飼うことは教育的にも面白いと感じています。先日家で飼っていたニワトリがキツネにやられたんです。一番下の子の誕生日プレゼントとして飼い始めたニワトリだったので、大泣きして。でも「どうしてキツネはやったんだろう?」と話をしていたら、「お腹がすいてたからかな」とキツネが悪いばかりでもないと子どもなりに考えたみたいで。小屋に残っていた最後の卵で親子丼を作って、「ありがとう!」って食べたら吹っ切れたようです。こういうことって、口で言ってもなかなか伝わらないですよね。動物は本当に良いインストラクターだなと感じています。
—今日こうして「森のだんごむし」を見せていただいて、ヤギのえさをずっと探している子がいれば、ずっとロウソクづくりに集中している子がいて、遊具で遊んでいる子もいる。他の幼稚園だとみんな一緒に決まった遊びをすることが多いと思うのですが、それぞれが自由に自分の興味のあることをやっているのがいいなと感じました。
萩原:自然に身を置けば、誰かにフィットするものが必ずあるし、受け身の遊びが少ない。何もないから、遊びも、道具も、自分で作る楽しみがある。だから子どもが没頭しやすいんだよね。
永吉:「森のようちえん」ほど自由ではないですが、キャンプでも子どもたちが集まってから遊びを決めるんですよ。50人の子どもが集まって、「遊び会議」でやりたいことをとにかくどんどん出していく。それをまとめて、川遊び、森遊び、おやつ作りのグループに分かれて遊びます。会議の司会も子どもたちがするので、僕たちは時間や安全面の管理、道具の使い方の指導をするくらい。例えば、秘密基地を作るグループでも、「ブランコを作りたい」とか、子どものアイデアで内容がどんどん変わっていったりしますね。
萩原:その方が子どもも楽しいし、見ている大人も楽しい。何回も同じキャンプをずっと回していくのは大人も飽きてしまう。「えっ、そこ行くの?」「そこに乗るの?」っていうのが一番楽しい。
永吉:でも決められたことをやるタイプのキャンプに一度行ったことのある子だと、うちのキャンプでは何をしていいか分からないみたいですよ。育ち方も関係あるかもしれないけど。
萩原:森林文化アカデミーの学生でも多いよ、「何をしていいか分からないから、指示してください」って。
でも本当の楽しさって、ハプニングの中にあるんだよね。自然の中はそれこそハプニングだらけ。予想外のものがあるし、いろんな現象があるし、様々な生き物とも出会える。大人が作ったものより圧倒的に刺激が多いですよね。それが自然の良さかなと思います。
何が起きるか分からない自然の中だからこそ、子どもも大人も自由に、クリエイティブになれるのかもしれないな、とお二人の対談を通して感じました。岐阜の自然が子どもたちを育む大きな基盤の一つなのかもしれません。