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2018年6月21日 EDIT LOCAL

新駅ビル工事の仮囲い壁面を季刊誌に「have a Yokohama」~市民・行政・企業が一体となった編集室を結成し、地元市民と関係をつくる~

2015年から横浜駅西口で始まった新駅ビルの造成工事。完成する2020年まで、工事のために長期間、巨大な工事用の仮囲いが出現している。利用者が毎日目にする仮囲いの風景を、鉄道事業者としてどう活用したらいいのか? その答えは、地域とつながるメディアづくりだった。

※メイン写真:「ヨコハマ・ブルー」をテーマにした第4号。デザインを手がけたAizawa Officeは「日本タイポグラフィ年鑑2018」の環境・ディスプレイ・サイン部門にて、『ベストワーク賞』を受賞 写真: 菅原康太

ターミナル駅の工事用仮囲いから街を発信

いつからか工事用の仮囲いにアートワークを施したり、地域の人々の絵画や写真を掲出して、工事現場の雰囲気を明るく柔らかくする取り組みを各地で見るようになった。この『have a Yokohama』もまた、仮囲いを活用したプロジェクトである。一味違っているのは、メディアとして“定期刊行”している点だ。

『have a Yokohama』は駅構内から西口の地上に抜ける通路に出現した仮囲いの、縦3メートル、約70メートルの仮囲い面を使用して地元情報を紹介し、行き交う人を楽しませている。雑誌のようなレイアウト構成で、横浜ゆかりのクリエイターが手がける特集面に加え、工事の進捗を知らせつつ駅周辺のイベント情報を紹介する告知面、そしてSNSを通じて街に暮らす人々と一緒につくる参加型記事面などで構成されている。旬のヨコハマ情報を逃さないよう、年4回、3ヶ月に一度のペースで更新されている。

長い壁面サイズを生かしたインパクトのあるデザインが特徴

長い壁面サイズを生かしたインパクトのあるデザインが特徴 写真: 菅原康太

創刊号の記事面

創刊号の記事面。地元メディアとのタイアップ記事や、横浜の「ヒト」、「コト」を紹介する記事も

創刊号(2015年10月創刊)のテーマは「Good Morning Yokohama! お気に入りの朝」。以降「海に出かけよう Let’s Go for a Walk to See the Ocean.」や「ヨコハマ エキ トリエンナーレ Yokohama Eki Triennale」など、季節や催しにあわせたテーマで現在(2018年5月末)は10号まで刊行されている。駅ビルが完成する2020年までに全17号の刊行を予定しているそうだ。

ターミナル駅に寄せられる地元愛

スタート時には全くの手探りだったというこのプロジェクト。2年半が過ぎ、10号まで掲出を終えた今、『have a Yokohama』を牽引するJR東日本事業創造本部開発推進部門課長の木村一哉さんはこう話す。

「本来は駅周辺の開発推進が仕事なので、通常はやらない・やれないプロジェクトです。当初は全17号をやりきれるのか不安でした。3ヶ月に一度掲出をするのは思ったよりもハード。関係者に助けられながらここまできて、SNSでの広がりの手応えも含めて、地域に浸透している実感がありますね。いまでは特集面を自分からやりたいと手を挙げてくれるクリエイターさんが多くいます」(木村さん)

編集会議で発言する木村さん(右)

編集会議で発言する木村さん(右)

1日平均220万人が利用し、JR東日本の駅別乗車人員ランキングでも、新宿、池袋、東京についで4位を誇る横浜駅。なじみのある横浜のために何かできたらと、10号の特集面を担当したのは、横浜で生まれ育ち、長年地元を撮り続け、「横浜にこの人あり」といわれる写真家の森日出夫さんの「都市の記憶」がテーマの写真群だ。

森日出夫さん担当の10号特集面

森日出夫さん担当の10号特集面

白塗りの娼婦

森日出夫さんが取材した、映画『ヨコハマメリー』で知られる白塗りの娼婦も登場した

「私は、東京や新宿の開発も手掛けていますが、横浜は地元愛の強い方が多く、とりわけクリエイターの方々からは、横浜を盛り上げたいという意志を感じます。今回のプロジェクトは、横浜に強いネットワークを持つランドスケープデザイン事務所のSTGK inc.さん、本プロジェクトでコーディネーター役を担当してくれているデザイン事務所のNOGANさんをはじめ、行政以外にも様々な市民の協力により、写真家の森さんのような横浜に馴染みのあるクリエイターの参加が実現しています」(木村さん)

市民とのタイアップにより、横浜らしいメディアが実現

『have a Yokohama』のプロジェクトが現在のようなコンセプトで始まったきっかけは、工事のための仮囲いという、景観面でのマイナス要因を、多くの人が行き交うため人目につくことをメリットと考え、プラスに転じようと、横浜に拠点を置くランドスケープデザイン事務所STGK inc.が「情報メディア」という方向性を打ち出したことによる。

「ただ、すぐに壁にぶつかったんです。横浜市の条例(横浜市屋外広告物条例)で、仮囲いの情報掲示は盤面の30パーセント以内と規制されています。いわゆる景観コントロールのための条例ですね。それでは現在のような豊かな表現は不可能です。そこで、屋外広告物条例の緩和を審議会にお願いして、特例で許可をいただきました。審議会からは2つの条件を課されました。横浜の情報発信に資することと、“仮囲い編集室”を設けて、行政や市民アドバイザーと常に意見を交わしながら制作することです」(木村さん)

横浜駅西口仮囲い編集室の体制の図

横浜駅西口仮囲い編集室の体制

横浜市は「創造都市」構想を掲げ、先駆的なまちづくり事例が全国の自治体からも注目をされている。民間企業や地元クリエイターとの協働に前向きかつ柔軟でもある。告知面で掲示する駅周辺のイベント情報については、横浜市の都市整備局および文化観光局が毎号、情報を提供している。

「毎号かかさずに行う編集会議は、行政によるチェックが目的というよりも、よりよいコンテンツをみんなで議論するための場になっています。市民アドバイザーの方々もプロのクリエイターばかりなので、アイデアがどんどん溢れてくる。僕らが追いつかないくらいです(笑)」(伊藤さん)

『have a Yokohama』の“仮囲い編集室”はいわば、JR東日本と行政、そして地元クリエイターがフラットな関係性の中で協働する、珍しいチームだと言える。

「編集会議がとにかく楽しいんですね。期間限定の仮囲いだからこそ、思いついたことをなるべく実現したい。条件にがんじがらめになるどころか、むしろ自由な空気に満ちています」(木村さん)

中川憲造氏と木村さん

グラフィックデザイナーで編集室の市民アドバイザーでもある中川憲造氏(中央)と、掲出されたhave a Yokohamaを確認する木村さん(左)

SNSやイベントで、誰でも関われる仕組みをつくる

『have a Yokohama』は「横浜の横浜による横浜のためのメディア」と銘打ち、駅の利用者から届けられる情報の発信も柱の一つに据えている。創刊号と2号では、SNSで呼びかけた一般市民に、スタジアムや中華街などの横浜の名所に集まってもらい、そこで撮影した写真を特集面に掲出した。すると、ほぼ等身大に近い大きさの自分の姿が仮囲いの壁に現れる。そんな“自分”と一緒に記念撮影をして、さらにSNSにアップする人も。これが大きな話題になった。

また、『have a Yokohama』ではコンテンツをつくるだけでなく、特集に紐づいた市民参加イベントも多数展開している。コーディネーターとして『have a Yokohama』に参加するクリエイターを紹介したり、関連イベントを開催しているNOGAN・浅野宏治さんはこう語る。

「特にプロジェクトに関係のない、横浜で開かれるイベントの場でも、have a Yokohamaが話題になり、参加した人が『私、4号に出ました』というと、隣の人が『僕は8号に出ましたよー』と、会話を弾ませている様子を目にするようになってきました。自分ごととしてプロジェクトを捉えてくれる人が多くいるんです。横浜市にもこれを先駆事例として仮囲いを使用した情報発信を奨励する動きがあります」(浅野さん)

「海に出かけよう」というテーマで制作した第3号では、特集面を担当した写真家の川野恭子さんと一緒に、海に出かけて写真を撮影するワークショップを開催した。川野さんの持ち味である「ゆるかわ」写真の撮り方を知りたいと、多くの市民が集まった。

川野恭子さん

旗を持って先導するのが写真家の川野恭子さん。中華街にオフィスを構えている

川野さんに写真の撮り方を教わる参加者

山下公園や大桟橋などの海辺をめぐりながら、川野さん独特の女子力の高い写真の撮り方を教わる参加者

こうして市民が撮影した写真は、SNSを通じて仮囲い編集室に送ってもらい、編集室がテーマに沿ったものを選定して仮囲いに掲出する。多いときは1号につき200件を超える投稿があるそうだ。

「回を重ねるごとに応募いただく写真の量も質もあがってきています。毎回、テーマに即した写真に“仮囲い大賞”を贈っているのですが、選ぶのが大変で(笑)。編集会議で応募いただいた写真をすべてならべて、編集室メンバーで選ばせていただいています。毎号投稿してくださる方もいて、嬉しいですね」(木村さん)

期間中に、SNSで投稿された写真が、次々と掲出されていく

期間中に、SNSで投稿された写真が、次々と掲出されていく

また、第6号では、横浜駅から最も近い「横浜市立青木小学校」の児童の卒業制作を掲出した。作品は、卒業後の3月から6月にかけての3ヶ月間、通り過ぎる人の目を楽しませた。なんとこの企画は、木村さんが地元の祭りで青木小学校の校長先生と出会い、『have a Yokohama』の話題で盛り上がったのがきっかけで生まれた。校長先生から打診され、ふたつ返事で了承したという。地元の人々との近さとスピード感が、『have a Yokohama』の魅力の一つでもある。

青木小学校の28年度卒業生、107名の集合写真と、制作風景とともに卒業制作が掲出された

培われた地元ネットワークは、新駅ビルの財産に

横浜は、ともすると「東京のベッドタウン」と解釈されることも多いが、市内在住の市民たちは「いち地方都市」と感じている人が多いように思う。暮らしてみるとよくわかるが、横浜には独自の文化や人と人とのつながりが色濃く存在しているのだ。『have a Yokohama』は、東京の影響下に隠れがちな”横浜らしさ”を可視化するのに貢献している。新駅ビルの開業後も、このプロジェクトで培ったネットワークを活かしていくつもりだと木村さんは語る。

「私も神奈川県内の出身で、横浜駅は学生時代から馴染みがありました。しかし、『have a Yokohama』を通じて、新たな発見や人とのつながりが生まれました。こうして発掘された視点やネットワークは、私個人にとっても、組織にとっても宝だと思います。私たちがやりたかったのはこれなんです」(木村さん)

9号のGood Night Yokohama

9号のGood Night Yokohama横浜の夜に灯す光というテーマにあわせ、女性ベルタクシー運転手を紹介。夜まで働き、街を支える人々に光が当たった 写真:菅原康太

老舗映画館シネマ・ジャック&ベティ

9号には老舗映画館シネマ・ジャック&ベティも登場 写真:菅原康太

一方、STGK inc.の伊藤さんはこう語る。

「横浜にはまだまだ掘り起こせるコンテンツがたくさんあります。メディア制作を通じて、様々なコンテンツを蓄積させながら新駅ビルの開業を迎えられる意義は大きいと思います」(伊藤さん)

メディアとしては2020年に終了することが決まっているが、地元のクリエイターが多数参加し、横浜の魅力を掘り起こす『have a Yokohama』は、鉄道駅の情報発信のかたちの新しいモデルとして語り継がれるようになるかもしれない。

「『have a Yokohama』は、横浜だからこそ実現したプロジェクトではありますが、STGK inc.さんやNOGANさんのようにハブになってくれる方々と、地元の有識者、行政とのタイアップという枠組みは、他の地域でも参考にできると思います。どういう内容にするかは、その枠組みの中で議論すればいい。地元を盛り上げたいという気持ちは、民間企業も行政もクリエイターも一緒ですから」(木村さん)

JR東日本 本社前にて。中央がJR東日本の木村さん。STGK inc.伊藤さん(中央右)、NOGAN浅野さん(右)、JR東日本の松谷さん(中央左)、JR東日本の田中さん(左)

駅利用者にとっては少々不便な工事中の仮囲いを、地域の魅力を発信するメディアに転換することで、駅と地域をつなぐ新たな回路を生むユニークな試み。“仮囲い編集室”という仕組みが、日本各地の鉄道駅に飛び火することを期待したい。

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ライタープロフィール
友川綾子(Ayako Tomokawa)
アートギャラリー勤務や、3331 Arts Chiyodaの立ち上げスタッフなどを経て2011年に独立。個人オフィスoffice ayatsumugiとして、執筆・編集のほか、アートイベントのコーディネートや企画・運営も手がける。日本各地と世界のカルチャースポットを訪ねる旅と、手作り感あふれる地図集めが趣味。好きな本屋は京都の「三月書房」。

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EDIT LOCAL より転載(http://edit-local.jp/interview/have-a-yokohama/

取材先

横浜駅西口仮囲い編集室

横浜の企業や住民、クリエイター、アーティストなどと共に仮囲いをつくる団体。have a Yokohama(横浜駅西口の仮囲い)は、横浜を体験したり、横浜と出会うことが出来るメディアとして、横浜の、横浜による、横浜のためのメディアとなることを目指す。構成メンバーはJR東日本株式会社、株式会社スタジオゲンクマガイ、ノガン株式会社。アドバイザーに中川憲造(グラフィックデザイナー)、野原卓(横浜国立大学准教授)、岩谷真史(グラフィックデザイナー)。

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