Uターン僧侶に触発された二人の漁師
「海峡ロデオ大畑」が結成されたのは下北半島と北海道の間にある津軽海峡に面した大畑漁港。同じ下北半島にある「大間のマグロ」や「風間浦鮟鱇」といった地域ブランドと並び、大畑町には「海峡サーモン」があります。しかし、水産資源の減少や燃油価格の高騰などにより漁師の数が減り、年間の漁獲量も1,137トン(2018年の大畑町漁業協同組合の漁獲量)と低迷しています。そんな漁港で生まれた「海峡ロデオ大畑」の中心的メンバーは、発起人でもある佐藤敏美さんと濵田一歩さんの二人。
佐藤敏美さん。海峡ロデオ大畑の会長を務める

副会長の濵田一歩さん。佐藤さんとは4歳年下

事務局長の長岡俊成さん
「地元を元気にしたい」と、まずは森で活動をスタート
長岡さんは、会長である佐藤さんと同級生。高校卒業後に上京し、東京の広告制作会社でプランナーを経験したのち、2011年4月にUターンしました。 東京での仕事は充実していましたが、同級生の死にふれ、生き方について悩むようになったといいます。それがきっかけで、故郷に恩返しがしたい、地に足をつけて生きていきたいと思うようになったそうです。「駆け込んだ先が実家の寺。本来は出家なのに実家に戻るという寺の息子ならではの矛盾を抱えています」と長岡さんは笑います。 地元に戻った後、町に元気がないことに危機感を覚えた長岡さんは、東京で得た経験を生かしたまちづくり活動を仕掛けていきました。 「大畑を知ってもらいたい、元気にしたい」という思いから2012年5月に、僧侶・市職員・会社員など20~30代の大畑町出身者で「イカす大畑カダル団」を結成。 ※カダルは地元の方言で「参加する」の意味 「忘れられないようにインパクトのある名前にした」というこの団体は、大畑の活性化のために自分たちがワクワクする楽しい活動をコンセプトに開始。最初の大きな活動は大畑漁港から車で10分ほど内陸にある「薬研(やげん)温泉」に、コミュニティカフェ「 薬研温泉カフェkadar(カダール)」をオープンさせたことでした。
2020年冬開催のグランピングイベント「Yagen Grand Snow2020」ではレストラン会場に

イベントの運営は、カダル団やロデオのメンバーが協力して担当

「薬研温泉カフェkadar」に隣接された森で開催された「codama」の様子

薬研には、全国から集められたヒバの木の見本林や、人工林と自然林を比べて見られる実験林などが整備されている
森から海へ。「海峡ロデオ大畑」の誕生
森の活動から始めた長岡さんでしたが、海の活動につなげる手段は模索していたといいます。そこへ長岡さんに触発された「海峡ロデオ大畑」の漁師2人が現れました。 「最初は森の活動だからとそんなに関わってはいなかったが、毎年楽しい企画を仕掛けていることを目の当たりにして、自分たちも何かやりたいという気持ちが生まれた」と佐藤さんは振り返ります。 毎晩、会って話をしたり電話をしたりしながら少しずつやりたいことを固めていった時に生まれたのが「海峡ロデオ大畑」でした。 「やると決めたからには、みんなを巻き込もうと、漁船に乗せることから始めました」と佐藤さん。長岡さんはむつ市大畑町出身ですが、それまで漁船に乗ったことはありませんでした。初めて漁船に乗ったことで、漁師たちの日常に新しい気づきがあったといいます。
定置網を引き上げる漁師。長岡さんは漁業のたいへんさを船に乗って初めて知ったと話します

定置網のメンテナンスをする漁師たち
オール大畑で仕掛けるまちづくり
「海峡ロデオ大畑」には長岡さんと佐藤さん、濵田さんのほか、神社の息子、市職員、県職員などいろいろなプレイヤーが関わっています。団体のロゴマーク作成は大畑にUターンしカフェ「艮珈琲店」を始め、またWebデザイナーでもある山田修一さんが担当しました。市職員は旅行会社への営業や資格や許可申請などといった事務関係を行い、それぞれの得意ジャンルを生かして活動をしています。 「自分たち(漁師仲間)だけだと、飲みながら、やりたいことを好き勝手に話すだけで、次の日には忘れてしまう。でも、他のメンバー(長岡さんたち)がいると、次の日には資料になって残っているから、やらないわけにいかないんです(笑)。事業を始めるための申請書などは仲間たちと相談しながら準備することができ、自分たちだけではできなかったことが実現できるようになりました」と笑顔の濵田さん。 アイデア・企画を出すのは漁師の2人、長岡さんをはじめとするまわりのメンバーが、それを実現するために自分ができることをやる、というチームワークがプロジェクト成功の秘訣のようです。
海峡ロデオ大畑の旗。荒波や魚を暴れ馬にたとえたロゴ
漁師の日常を知ってもらうことが、地元の価値の再認識に
これまで、「海峡ロデオ大畑」では漁獲体験ツアーを4回行い、県内外から60人近くが参加しました。その内容は、定置網漁の網おこしを体験し、市場を見学するほか、獲った魚をさばいて酒を飲みながら漁師と一緒に食べるというもの。いずれの回も好評で、青森県内からの参加者でも漁船に乗るのは初めてといった声も多く、中にはリピーターもいたといいます。 ※現在は新型コロナウイルスの影響で体験ツアーは開催していません ツアーで外から人を呼ぶことについて、「地元の人間は地元の魅力に気づいてないことも多いんです。だから、外から来た人が、漁師の日常を体験して、すごい!美味い!と褒めてくれることが、地元の価値を再認識する機会にもなっています」と、長岡さんはいいます。 また、現在の活動について「高齢化や人口減少が進む下北半島にも若手でがんばっている人たちがたくさんいることが、何よりも活動の励みとなっています」と明かしてくれました。
日が昇らないうちに沖に出る
漁師、僧侶、それぞれが語る「海峡ロデオ大畑」の未来
「大畑で水揚げされる魚介はどれも美味しい。それなのに、そんな海の幸を味わえる料理を出す店が大畑にはほとんどない。例えば料理経験のある人がUターンしてくれるなら全面的にサポートして、一緒に新しい大畑を作り上げていきたい。そんなことを考えると夢が広がりますね」 今後やってみたいことについてたずねると、佐藤さんはこう語ってくれました。
漁獲体験ツアーでは、老若男女問わず定置網漁業を楽しく体験できる

静かな動作の中に熱い思いを感じさせる長岡さん
