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2016年9月7日 齋藤 めぐみ

宮崎県日南市にIT企業が続々と集結!「東京の2号店」ではない地方の新しい働き方とは

(▲画像 建築設計:水上哲也建築設計事務所  写真:鈴木研一)

宮崎県日南市にある「油津商店街」。この約400mの小さな商店街に、全国のIT企業のサテライトオフィスが続々と集まってきています。自治体と企業が二人三脚で地域課題の解決に挑みながら、企業本体の価値もあげていくという、東京の補完ではない新しい地方の働き方を作り出している日南市と企業マンたち。なぜ、彼らは日南に集結するのか?その秘密を探りました。

田舎の商店街×IT企業!?

油津商店街は、寂れたシャッター商店街からたった3年で元気いっぱいに蘇ったことで、経済産業省の「はばたく商店街30選」にも選ばれ、地域活性のモデルとして全国から注目を集めている商店街です。今年4月にIT企業のサテライトオフィスが進出したのを皮切りに、わずか4ヶ月で徒歩圏内に6社の立地が決定。現在進出検討中の企業も続々と視察に訪れています。ITって何??と戸惑い気味だった住民たちも、今ではもうすっかり慣れたもの。IT企業で働く若者と、商店街のおじちゃんが笑顔で交流する、化学反応が起こっています。

商店街に進出した全ての企業に共通しているのは、ただ「東京の2号店」としてオフィスを出すのではなく、地方だからこそできることに取り組んで新しい価値を生み出し、企業価値そのものをあげていこうという前向きなスピリット。そして、雇用改革や人材育成など地域課題にも取り組み、行政と力を合わせて日南に貢献したいという熱い想いです。

彼らをそこまで突き動かす秘密は「日南市の熱意」にありました。新しいIT集積地のトレンドとなり、全国のベンチャー企業から熱視線を浴びる日南市。その熱意に乗って油津にオフィスを出した3社にお話を伺いました。

油津商店街▲たくさんの人で賑わう油津商店街。前向きなパワーと活気で満ちあふれています

 

人気の秘密はスピード感溢れる「ベンチャー行政」にあった

なぜ、県庁所在地でもない日南市に企業が集まるのか。その秘密は、真摯に企業と向き合う崎田市長と行政の姿勢にあります。仕掛人は、日南市に民間から雇われたマーケティング専門官の田鹿倫基(たじか ともき)さん。田鹿さんは、発信力のある企業と次々と手を組み、斬新なアイデアと施策で「日本一企業と協働しやすい日南」を作り上げてきました。そのスピード感と柔軟性は、「ベンチャー行政」と言われるほど。

田鹿さんは、自治体と企業が手を携えることで、双方にメリットを及ぼす未来を構想してきました。企業にとってはビジネスチャンスの提供を、自治体にとっては地域の問題解決の糸口を。企業と自治体がともに新しい価値を生み出していくという強い信念に共感した企業たちが、同じ想いでどんどん集結してきているのです。

日南にオフィスを出したポート株式会社の野村葉月さん、株式会社キャリアイノベーションの増田典紀さんは、日南に進出を決めた理由と日南市のスピード感についてこう語ります。

野村さん「日南以外にも探していたのですが、日南は行政とのやりとりで全くストレスがなかったんです。場所を検討中に、社長が崎田市長に47都道府県の誘致制度を全てだして、日南市に無いものをお伝えしたら、すぐにその部分やITに必要な制度を整えてくださいました。地域の抱える問題意識がはっきりしていたこと、小さな課題でも凄く真剣に向き合って一緒に解決してくれるズバ抜けたスピード感にすごく惹かれました。」

増田さん「日南市は何もかもが既存型の行政と違っていて、間合いがすごく近くてスピード感が全然違うんですよ。正直、最初は人口の少ない日南に出すことを迷っていたんです。でも、崎田市長が東京の本社を訪ねてきて、地方で起業することの課題を出してくれました。その課題を解決しないと我々は日南に行けないと言うと、半年後くらいに答えが返ってくると思ったら、2週間後に返ってきたんですよ。これにはさすがに驚いて、こういう真摯な姿勢の行政とならしっかり組んでいけるという確証が持てましたので決めました。」

ポートのオフィス▲商店街らしからぬとてもおしゃれなポートのオフィス。女性向けの婦人服屋が入っていた空き店舗をリノベーションしてオープンしました

 

信頼関係で結ばれた企業と行政が、力を合わせて地域課題に挑む

街にIT企業が入ることは、商店街の人々にとっても大きな刺激となっています。ITという見えづらい世界も、小さな商店街の中では透明ガラスと同じ。働いている人の顔が見えることで、商店街の人々に新しい夢や希望を与えています。

特に、今までITという業界に触れる機会のなかった子どもたちにとっては将来の夢の幅が大きく広がり、就職を迷う高校生や大学生にとっては、地元での就職の選択肢が増えるチャンス。つまりそれは、日南市の地域課題でもある雇用創出や定住促進、人口流出の防止に直接生きてくることでもあるのです。

4月に先陣をきってサテライトオフィスを出したポート株式会社は、雇用創出や人材育成による「民間だからできる地方創生」を一つのテーマに掲げています。先日は、オフィスリーダーの野村さんが地元の中高生にITとは何かという講習を開催。30名以上の地元の中高生が集まりました。さらに、日南市、串間市、職業訓練法人日南職業訓練会と協働で「若者定着プロジェクト」を締結。日南の雇用創出の仕組み作りを始めました。それらの取り組みが評価され、日経ニューオフィス賞を受賞。全国から注目され、東京本社の採用にも応募が増えたといいます。

野村さん「地元の中学生と話をすると、日南が大好きで地元に残って仕事をしたいという子が多いのに驚きました。だからこそ、今まで選択肢が狭まっていたのもあるかもしれません。そんな中で、こういう職種もあるんだよと知ってもらうだけでも、自分の興味と仕事と暮らしのバランスを考えられたりするんじゃないかなと思います。」

中高生向けイベント▲中高生向けに油津商店街内で開催された講義「ITって何がすごいの?」。学生からはITが身近になったという声が聞かれました

ポートのスタッフ▲スタッフは11名、全員が宮崎出身です。ポート株式会社の春日社長は、雇用創出により地方創生を行い日南に新しい働き方を提供したいと意気込みます

ポート株式会社は地元の高校生からも将来、就職したい企業としても人気を集めています。オフィス立ち上げのために千葉から移住してきた野村さんも、市民の期待をひしひしと感じると言います。業務内容は基本的に東京と同じ。地方にいても東京と同じ働き方をできるというのが魅力の一つです。その中でも、日南ならではのペースや働き方を摸索しながら、地元雇用した新スタッフと一緒に目標設定をしています。

「今は商店街のどこにいても“ITの人だよね”って声をかけられます(笑)。オフィスにも、商店街の方がパソコンのここを教えてくださいとか、写真データの取り込み方を教えてくださいとかいらっしゃったり、商店街の子どもが見学に来てくれたりもするので、今まで遠い存在だったIT業界の敷居をまたぐ第一歩のお手伝いになっていたら嬉しいです」

ウェルカムパーティー▲ウェルカムパーティーは市民60名が参加する大盛況。移住してきた社員と市民との交流の場も設けられ、地元の中学生吹奏楽部によるファンファーレでスタートするなど、街をあげての歓迎ムードとなりました

オフィス見学▲オフィスを見学にきた地元の小学生に、話をする野村さん

祭り▲ポート株式会社の職員たちが商店街の祭りに神輿を担いで参加。すっかり地域になじんでいます

 

都会に出ないとできなかった仕事が、地元にあるという素晴らしさ

5月にサテライトオフィスを出した株式会社リトルクラウドは、視察の時点で日南への進出を即決。わずか2週間で調印式を迎えました。日南市出身の石元麻美さんはUターンをして日南オフィスの拠点長に就任。地元の元気な変わり様に驚きつつ、上京前よりずっと地元と密着した日々を送っています。

「5年前の自分を思い返すと、日南で働きたいというのは正直なかったですね。今の子どもは凄く選択肢が広がっていて、都会に出ないとできなかったような仕事が地元にあるという選択の幅は素晴らしいし、そういう場に長く地に足をつけ、ちゃんと拠点として働く場があるのだよということを皆さんに知っていただくのはやりがいを感じます。夢も広がるかなと思っています。

オフィスに関しては、田舎に行くことが左遷ではなく、むしろ栄転と喜ばれるような空間にしていくことが理想です。本社からもどんどん日南に来て欲しいですし、長くリトルクラウドで働いてもらうという点では、新しい雇用だけではなく、日南の人口を増やしていくことにつながれば一番いいのかなと思っています。」

東京本社との連携もばっちり。本社のメンバーが実際に日南に来て働いたり、方言を覚えてみたりと日南と融合してうまくやっていくために努力しています。遠隔でも本社と常時リアルタイムで話ができるようになっていて、まさに現代の新しい働き方を体現しています。

リトルクラウド集合写真▲SNS広告の運用などを手がける「株式会社リトルクラウド」。拠点長の石元さん、Iターン1名と地元雇用4名でスタートしました。5年で48名の採用を見込んでいます

リトルクラウドロゴ▲日南オフィスのロゴは、地元雇用のクリエイター佐土原さんが作成。「地元で腕を生かせる仕事に出会えると思っていなかったので運命を感じています」

新オフィスは、市民の皆さんと一緒にDIYで壁塗りをして、開業前から市民と交流を持ち互いに歩み寄ることができました。オープニングパーティーでは、市民がオリジナル市場を作ったり、パソコンに触ってみたりと、さらなる交流をはかりました。

石元さん「どういう企業なんだろうと遠巻きに見るのではなく、私たちの事を知るために積極的に寄って来てくださって、日々、商店街の方の優しさを感じています。今は商店街を歩いているとおはよう、おつかれさま!と皆さん声をかけてくださって、それは東京ではなかったことなので、とても嬉しいです。」

ケーキカット▲オープニングでケーキカットをする崎田市長、広報の江頭さん、石元さん、神原社長(左から順)。リトルクラウドの得意とする感性マーケティングで市民のためになることを行っていくことが目標です

壁塗り▲市民と一緒にオフィスの壁塗り。石元さんは、会社に関係のない人でもオフィスに気軽に寄ってもらって、業界に興味を持ってもらう入口になりたいと語ります

 

社名に方言をいれて、地域を背負う覚悟を示す

ゲーム制作会社として県内初の事業所設置となる、株式会社キャリアイノベーション。宮崎支社の正式名称は「キャリアイノベーション日南G&GセンターCalau」です。この「Calau=からう」という言葉、実は宮崎の方言で「背負う」という意味。この社名は、自分たちが地域を背負っていこう、将来を背負っていこうという覚悟の表れでもあります。

ゲーム制作という、憧れだけど遠い存在の業界が身近に来て、地元の若者や子どもたちは大興奮。先日行われた会社説明会では、まだ開業していないにも関わらず70人もの高校生が殺到しました。

次長の増田さんは「地方には専門学校という入口はあっても、就職という出口がない現実があるので、その出口の受け皿として一役買いたい。」と語ります。

キャリアイノベーション集合写真▲キャリアイノベーションの皆さん。女性2名を含めた4名の地元雇用を行い、半年間の研修ののち業務がスタートしました。5年間で21名の採用を予定しています

キャリアイノベーションでは、ゲーム制作という特性を生かし、日南だからこそできる事業、日南じゃないとできないオリジナルの事業に取り組む事で、日南に進出した意義を生み出し、企業としての価値さえも高めようとしています。

「我々の会社は、すでに高知と山口に支社を出していて地方展開のビジネスモデルがあるので、さらに広げるべく日南に支社を出しました。高知ではプログラミングの講習をしたり、専門学校を卒業したけれど受け皿がなくて違う仕事に就いた人にセミナーを開くなどの人材育成にも力を入れてきました。日南でも同じ事をしていきたいと思っています。

我々だけがここで利益を上げるのではなくて、地元の方たちと一緒になって、何かしらの地方活性の起爆剤になりたいという想いがあります。この想いは、同じ志を持つ日南市とでないと共有できなかったでしょうね。」

増田さん小松さん▲次長の増田典紀さん(左)とエンジニアの小松和人さん(右)。高知から移住してきた小松さんが、持ち前の才能を活かして地元の若者にスキルを伝授します

そして、これから人材育成を担うことになる小松さんも胸に秘めたる熱い想いは同じ。
「日南には優れた人材が埋まっていると思うので、発掘して育てて、日南オフィスの規模を大きいゲームが短期間で作れるくらいに成長させたいです。そして東京やよそのゲーム会社に負けないゲームを作って、日南から勝負をしかけていきます!」

 

IT企業進出には、街の希望が託されている

分野の異なるIT企業が集まることで、コラボなどの相乗効果も期待でき、商店街内で気軽に情報交換できるメリットも生まれます。

行政と企業と市民が一致団結して街を盛り上げていくという気概に溢れた油津商店街。
日南だからできることを逆に強みに生かして企業の成長に繋げていく。そうすることで日南市の魅力も高まり、企業と行政がともに持続可能なまちを作る未来が可能になります。IT企業進出には、たくさんの街の希望が託されているのです。

商店街×IT企業×市民のコラボレーションがこれからどんな化学反応を起こしていくのか、あなたもぜひ見守ってみませんか?

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齋藤めぐみ

齋藤 めぐみ1983年、宮崎県生まれ。東京都渋谷区在住。 出版社で書籍・雑誌の企画編集、ライティングに携わったのち、2012年に独立。 現在は、地域を盛り上げる活動をしている人々の取り組みを中心に、記事を執筆。そのほか復興業界誌、音楽誌、医療雑誌等に関わる。とくに、故郷宮崎の町おこしには大いなる興味を抱き、東京から宮崎を鼓舞するべく奮闘している連携団体や移住問題を追いかけ目下奔走中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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