豊かな食文化を持つ五戸町
▲あおもり倉石牛
青森県三戸郡五戸町(ごのへまち)。人口約1万7千人、主産業は農業だが、古くから馬の産地としても知られ、馬肉料理は五戸町の名物となっている。その他にも、年間300頭しか生産されない「あおもり倉石牛」が平成20年度に行われた全国肉用牛枝肉共励会で最高賞である名誉賞を獲得したり、南部杜氏伝承の技を受け継ぐ酒蔵「菊駒」や素朴な味わいの串もち、そば粉を練って薄く伸ばし三角に切り鍋などに入れて食べる「そばかっけ」など食の豊かな町だ。
そんな五戸町では、過疎の進む集落に地域や外から来る若者が集える拠点をつくるプロジェクトが進んでいる。このプロジェクトの舞台となるのは、五戸町の西側に広がる倉石地区の空き家だ。協力隊は、この空き家をリノベーションして、地域の拠点として活用できるように整えていくことになる。
空き家リノベーションプロジェクト
空き家を提供したのは、倉石地区で「たかむら農園株式会社」を経営する髙村國昭さん。
▲髙村國昭さん
髙村さんはこの空き家を、2年ほど前に買い取ったのだという。自分が買った空き家を、なぜ今回のプロジェクトに提供しようと思ったのだろうか。
「もともとは地区の人が集まれるように、公民館に改装するつもりだったんだ。それで、役場に支援や助成を相談しに行ったら『町に貸してもらえないか』って。」
空き家を提供することで、新たに若者が集まってくる場、地域の人たちが交流する場ができるならば、と提供を決めたという。
空き家は2階建てで、すべて合わせると10部屋ほど。公民館にするつもりだったというだけあり、20~30人は軽く入れるだけの広間もある。ワークショップや教室などのイベントはもちろん、キッチンもついているから、一部をカフェに改装するなど、活用方法はいくらでもありそうだ。
”みんなが一緒になってやってくれる”
農業に対して熱い思いをもつ髙村さんは、新たに農業を志す研修生を積極的に受け入れている。
五戸町、倉石地区の大きな課題は、人口減少と高齢化。農家の後継ぎ問題は特に顕著で、耕作放棄地が増えている現状がある。その課題解決に向けて、地区の先頭に立って取り組んでいるのだ。
高村さん自身も、55歳の時に脱サラして農業経営をはじめた。
「うちも『じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん』の3ちゃん農業だったから将来が見えていたのよ。昔から集落の集まりで飲むとみんな『まんず農業って儲かんねえんだよな』って言うんだ。だけど私は”本当に儲からないのか”っていうのがずっと心の中にはあったんだ。農家を消えさせたくないのと、農業も商売になるだろうと思ったからやってみようって。」
今では7人の社員を雇い、20ヘクタールの畑で畑で野菜を作っている。空いた農地があれば借り入れるなど毎年規模を拡大している髙村さん。
「私ももう67歳になるんだけれども、周りを見れば我々の年代が農業の中堅世代で若い感じなんだ。おかしいでしょ(笑)。だから若い人を育てないとダメだなって。」と農業研修生の受け入れを行う理由について語る。
「私は若い連中に農業だって民間企業の社長と同じようにベンツに乗れるよって言ってるんだ。実際に乗っているのトラクターだけどな(笑)。」
研修生を積極的に受け入れ、若い世代を応援し続ける髙村さんだけでなく、倉石地区の人たちはまるで日本昔話に出てくる人のような、純朴でいい人ばかり。そういう人間性が作っている地域だから平和な雰囲気を感じとれる。
「みんな優しくて人を嫌うっていうことをしないから、外から入ってきた人とも仲良くやれる集落だ」と髙村さん。
▲倉石地区で行われたイベント
「倉石地区は50代、60代が多いんだけれども、これまで地域活性化のためにいろんなことをやってきた連中だ。30代、40代もいる。みんな何かをやろうとなったら、一緒になってやってくれる人ばかりだ。」
高齢化の進む地域でも、”地域のために”という掛け声で一つになれる風土がある。そこに年齢や出身の違いは関係ない。
意見の違いは出るかもしれないが、新たに入る協力隊を必ず応援し、バックアップしてくれるだろう。
先輩移住者も味方に
高坂麻里さんは、出身地である青森へとUターンし、髙村さんの下で農業研修生として農業を学んでいた。
Uターンする前は東京のアパレルメーカーでデザインの仕事をしていたという。
「仕事によってはデザインと生地のイメージが合わなくて、生地を大量に捨ててしまうこともありました。そこから環境問題に興味が湧いて、日頃の食べ物にもこだわるようになりました。」
▲高坂麻里さん(取材当時は研修生)
2016年11月には独立を目指し髙村さんの下から卒業した高坂さんだが、この土地に来てDIYに取り組むようになったのだという。
高坂さんのような先輩移住者や農業研修生を巻き込むこともこのプロジェクトの成功には不可欠。また、青森県と東京の暮らしの両方を知っている移住の先輩である高坂さんのような人は、都会と大きく異なる五戸町での暮らしに関しても、良き相談相手になってくれるはずだ。
白紙だからこそ、描きがいがある
実際にリノベーションを行うにあたり、どんなことが求められているのだろうか。このプロジェクトと地域おこし協力隊のサポートを担当する五戸町地方創生推進室の中里誠さんに話を伺った。
▲中里誠さん
「一番の目的は若者が集まれるようなものにすることです。また、集落の人も気軽に来て、外から来た人とお互い刺激しあって、化学反応が起きればいいなって思います。研修生も受け入れているので、農業と研修生という取り組みで地域に若者が集まって、この場所で影響を受けた人が結果的に移り住む。今いる協力隊や地域の人とも協力しながら、地域がよくなっていく、(空き家が)この集落のシンボルになればいいですね。」
五戸町では、2015年から鳥谷部恵里子さんが地域おこし協力隊として活動している。鳥谷部さんは現在、主に町外からの観光客向けにまち歩きツアーを主催しながら、五戸町の魅力発信を行っている。
▲早乙女姿でまち歩きのガイドを行う鳥谷部恵里子さん
「協力隊としての今後の目標は、どんな形にできるか模索中ですが、地元の食材を使ったレシピをつくったり、五戸町の食を発信するような活動を続けていきたいと思っています。」
先任の協力隊である鳥谷部さんと協力して、町に新しい風を起こしてくことが期待されるが、単純な協力体制ではなく、リノベーション後の拠点で食のイベントやワークショップを行うなど、できることは多そうだ。
ただ、地域の拠点づくりといっても一筋縄ではいかないのも事実。
まずは、どういう施設にするかを地域の人たちや役場と一緒に考えるところから始まる。計画が固まれば、リノベーションに着手。水回りなど最低限の工事費は町が負担するが、それ以外の工事は自分たちで行う。だからこそ、間取りやデザイン、資材、費用はどうするかなど、主体的に進める力が必要となる。
さらに、完成後はどう活用していくかといったソフト面について考えることも求められる。もしかすると、その頃には協力隊の任期は終わっている可能性もある。
「任期が終わった後は、施設の指定管理者になってもらったり、NPOや一般社団法人などを立ち上げて、五戸町のグリーンツーリズムを組み入れて運営していくなど、そうやって一つ一つ実現してもらえたら嬉しいですね。」中里さんもサポートを約束し、期待を寄せる。
資源(ヒント)は地域にたくさん眠っている
髙村さんへ取材中、倉石地区をもっと面白くしたいと地域に生っている「木の実」を利用した観光農園を考案中だという話を聞いた。
そんな五戸町を「アイディアにあふれる地域」と協力隊の鳥谷部さんは話す。
「五戸町の人は『こうしたら面白い』っていうアイディアはすごくたくさん持っているんです。でもそれを実現するためのスキルが足りていない。だから、それを補ったり、一緒に実行してくれる人がこの町にはあっていると思います。」
まだ手付かずの一軒家と、豊富な資源、そして何より地域の人たちが協力を惜しまない地域性。地域の人を巻き込みながら、計画から着工まで行うのは、大変だからこそ、やりがいを感じられる仕事。
どんな人でも受け入れる土壌がある五戸町の環に入り、スクラムを組めば世界にただ一つの場所が出来上がるはずだ。
※この記事は2016年11月取材時点の情報です。地域おこし協力隊の募集は既に締め切っています。