出張のつもりが、自然と文化に惹かれて移住
福岡市内でカフェを営んでいた吉田さんが、国東にやって来たのは2013年。きっかけは知人の誘いだった。”旅としての芸術祭”と銘打ち、国東半島の各所で行われる「国東半島芸術祭」に出張カフェを出店しないかと持ちかけられた。当初はイベント期間中の50日間だけのつもりだった。
「もともとは5年ほどかけて福岡県糸島市で田舎暮らしのできる移住先を探していたんです。国東へ来たのは偶然で、期間が終わったら帰る予定でした。それが、イベントの間暮らしてみると国東の豊かな自然と文化に惹かれていました。地域を知るには50日間では時間が全然足りません。それで移住を決めました。」
海に囲まれ、振り返れば深い山並みが続く。雄大な自然に、平安時代から今なお続く修験文化が融合した半島に魅了された。散策中の海岸線では朝日にきらめく白波に夫婦で心を奪われ、雪の降った翌日は真っ白な山道に2人の踏み跡を残す。何気ない日常生活の一コマが美しかった。
▲車で少し走れば出会える雄大な自然
国東で知り合った人たちの飾らない人柄にも惹かれた。
「近所の人がいきなり家の中に入ってくるんです『今、家にいる?』って(笑)。そんな親しみやすいところが良さですね。海を隔ててフェリーで20分の姫島に遊びに行った時には、温泉の中で、地元の人が気さくに話しかけてくれて。オープンな雰囲気なんです。」
居心地のよさもあり、流れに身を任せるように移り住んで、自宅兼店舗でカフェの営業を始めた。
移住前は福岡で暮らしていた吉田さん。設計事務所で働いた後、自然農法を実践したり、薪窯を使った料理を学ぶためのイタリア料理店での修行を経て、カフェを経営していた。新天地で生業をつくることに迷いはなかった。
「周りの人は歓迎してくれましたけど、お客さんはほとんどが地元以外の人。地元の人は住んでいるところよりも、ちょっと遠出をしてお金を使いたくなるじゃないですか(笑)」と吉田さんは冗談めかす。カフェのほかに、狩猟やケータリングなど自分の興味、関心を結びつけて生計を立てた。地元の野菜やイノシシ、シカなどが獲れる、自然に恵まれた国東という土地は、季節の出会い物を大切にする吉田さんにぴったりだった。
▲ワイルドなアウトドア料理を得意とする吉田さん
生活は徐々に落ち着き、すでに付き合っていた真由美さんを国東へ連れてきた。2015年3月には野外の教会をモチーフとした「国東半島芸術祭」の展示作品を舞台にして、森で結婚式を挙げた。現在、真由美さんは「六郷満山峯入行(ろくごうまんざんみねいりぎょう)」のコースを、楽しく、そして心地よく歩けるよう再構成した「国東半島峯道ロングトレイル」の認定ガイドを務めるなど、自然を感じ、自然と遊ぶ生活を過ごしている。
「でも、以前彼女がアルゼンチンに恋をして、1年半ほど向こうの山小屋に住んでいたことがあったんです。ひょっとしたら戻って来ないかもと思い、それをひっくり返すのに、自然の豊かな国東はもってこいだなと。国東のよさをいろんな手でアピールしました。」吉田さんの作戦は見事に成功。なかなかの策士である。
ユースホステルとの出会い
結婚した翌年の5月にユースホステルの運営を前オーナーから引き継いだ。準備期間はわずか1カ月。引っ越しもそこそこに、施設改修を進めながらのスタートだった。
ここにもひとつの出会いがある。
▲ユースホステルの交流室
「前オーナーと知り合って、顔を合わせるうちに『ユースホステルの営業をやめるんだ』という話を聞きました。最初はそれだけでしたが、しばらく経ってから『ぴったりだと思うから、やってみない?』と誘われて。カフェをやりながら遊びに来た人たちに泊まってもらえたらいいなとは思っていたんです。1度は断ったんですが、周りからも『ぴったり』だって言われて、それで引き継ぐことにしました。ユースホステルというのは自分が思い描いていたよりも予定外のでかさでしたけどね。」
ユースホステルはただ泊まるだけでなく、世界中のユースホステルとネットワークを持ち、ホステラー(宿泊者)同士の交流や情報交換、体験プログラムがあるなど、学びの場としての側面がある。移住までの経緯を含めて、吉田さんは人や自然との出会いを通じて、自ら動き、暮らしを変化させてきた。その姿はユースホステルの在り方にどこか似ている。
▲庭の景色を楽しめる食堂
「ユースの特徴は普通のホテルとは違って、若い頃に泊まりに来ていた60代のホステラーが、ユースホステルの先輩として若者に施設の使い方や食事の配膳がセルフサービスというマナーを教えたり、それをきっかけにコミュニケーションを取ったりするんです。」人と人がつながっていく交流に魅力があるのだという。
飲食業の経験が豊富な吉田さんだが、ユースホステルの運営となると話は別。「まだ新入社員のようなものです。(ハイシーズンの)夏場をこなして、ようやくこんな感じかとつかめました。」と笑顔と自信をのぞかせる。
ユースホステルの運営を軌道に乗せつつ、今も毎月1,2回はケータリングの仕事を行っている。「ここ(ユースホステル)だけでも生活は完結できるけど、何もしないでいると外とのつながりが減ってしまうので。かといって広げすぎると、国東での生活が楽しめなくなるし、ほどよいバランスを保つようにしています。」
マンネリを嫌うのは、出会いを大切にする吉田さんらしさと言える。柔軟に変化を受け入れ、その変化を楽しめるのは、「食」「田舎暮らし」という確かな軸を持っているから。ぶれることなく様々な経験を自分の糧にできるのだ。
▲庭からは姫島や海などの風景も楽しめる
「ケータリングは『旅するアサード』という屋号を使っています。”アサード”とは南米スタイルのバーベキューです。」豚やイノシシを1頭丸ごとを開き、”バンザイ”のポーズをさせて火にくべるという。豪快であるが、吉田さんが大切にしたいのは、調理法ではなく、火を囲むこと。焼き上がるまでの2~3時間を仲間と過ごす、そのプロセスこそが大事なのだという。
過程を楽しむことに意味がある。それは、移住であり、仕事にも当てはまる。思い描いた明日とは違っていても、次に進むためにその日を受け入れる。吉田さん自身がそうした暮らしの移り変わりを誰よりも楽しんでいる。