村の半分が田んぼの田舎館村
田舎館村(いなかだてむら)は、村全域が津軽平野で、そのほとんどが肥沃な沖積土。村の中央には浅瀬石川、西端には平川が流れ、これ以上ないほど稲作に適した地形をしている。村の面積のおよそ半分が田んぼで、農家の8割が稲作を行っている。これまで「10アール当たりの反収」の日本一に11度も輝いているほどの米どころだ。また、1981年には弥生時代の水田跡656面などを含む「史跡 垂柳(たれやなぎ)遺跡」が発見されるなど、古くから米作りが行われていたことが分かっている。
世界に誇る「田んぼアート」
今年で24年目を迎える田舎館村の「田んぼアート」。今年の作品「真田丸より 石田三成と真田昌幸」は12品種、「シン・ゴジラ」は9品種の稲を使って多彩な色を表現した。公開時期は気温や天候によっても変化するが、毎年6月上旬~10月上旬頃で、7月中旬~8月中旬に一番の見ごろを迎える。
「田んぼアート」は、「村の主産業である稲作で村おこしができないか」と1993年に始まった。最初の作品は、三色の稲を使い、田んぼに青森県西部にそびえる岩木山(いわきさん)の絵と「稲文化の村いなかだて」という文字を描いた。その後、一般の人が田植えや稲刈りを昔ながらの手作業で体験してもらう体験型イベントとして行うと好評だったため、毎年行われるようになった。
▲2014年の第1田んぼアートで描いた「富士山と羽衣伝説」
この頃は「田んぼアート」ではなく「稲文字」と呼んでいたが、2003年に転機が訪れる。よりアート的な作品が作れないかということで、「モナリザ」に挑戦。だが、完成後に村役場6階の展望台から眺めると絵柄が歪んで見え、「太ったモナリザ」と不評だったという。
この失敗を機に、遠近法を取り入れ、上部が大きく下部が小さくなるように苗を植えるように工夫されるようになった。その後は絵柄が年々緻密になり、使う稲の種類も増えていった。現在では、海外メディアからも取り上げられるほどになり、毎年来場者数は増加。開始当時は数十人から始まったイベントが、今では30万人が訪れる大きなプロジェクトとなったのだ。
▲田舎館村役場
全国的に有名となった「田んぼアート」だが、30万もの人が村を訪れる大イベントの効果を生かし切れていない。田舎館村役場の企画観光課、阿保(あぼ)和紀さんにその理由について聞いてみた。
「理由の一つは、『田んぼアート』だけが有名になり、独り歩きしていることだと思います。」
つまり、「田んぼアート」を目的に来る観光客ばかりで、田舎館村の魅力に気づいてもらえていないため、会場周辺の施設にではなく、近隣市などに流れて行ってしまっているという。また、「田んぼアート」は、田舎館村役場前の第1会場(田んぼ)と、弘南鉄道弘南線「田んぼアート駅」東の第2会場で行われているが、展望台に一度に登れる人数には限りがあるため、待ち時間が発生する。現状では、その田んぼアートを見る前後の人たちの受け皿が少ない状態なのだ。
続けて「『田んぼアート』の経済効果を獲得していくには、『田んぼアート』以外の村の魅力も知ってもらうことが必要です。地域おこし協力隊には、その情報発信の面でも期待しています。」と話す阿保さん。 村のさらなる活性化のためにも、「田んぼアート」による経済効果の獲得は喫緊の課題だ。この課題を解決するためには、村と地域おこし協力隊だけでなく、地域に多くの担い手が必要になる。
「田園」未来を築く会
田舎館村には、2006年から農業体験をメインに、特産品の開発やイベントなどを行っている「『田園』未来を築く会(以下、築く会)」という任意団体がある。今回募集される地域おこし協力隊員は、ここを拠点としながら活動を行う予定だ。
「築く会」では、復元した弥生時代の田んぼオーナーを村内外や県外から募集する農業体験の取り組みや、夏には田んぼの中で行う「どろリンピック」などのイベントを開催。また、12月には古代米の稲穂を使ってリース作りを行うなどの活動を展開。
「築く会」会長の小野正幸さんは、「田舎館村の稲作文化を大事にした活動を行っている」と話す。
▲小野正幸さん
「農業体験を通じて食の大事さ、農業の大変さ、楽しみ、収穫のありがたさを感じていただきたいと思っています。私たちはオーナーさんから元気を頂き、オーナーさんにはふれあいを楽しんでいただいています。田舎館村では約2,100年前から稲作が行われていたので、私たちの活動も弥生時代の人たちが作ったものを引き継いでいるのだと思っています。稲にこだわった事業でやっていこうというのが会の柱です。」
村の将来を担う存在に
▲「築く会」が管理し、拠点としている「遊稲の館」
「築く会」が現在、取り組んでいるのが、観光客に向けた特産品の開発だ。
「築く会」が開発した商品の中でも、「築く会」が管理・運営する「遊稲の館」で人気なのが「紫黒米おはぎ」。「紫黒米おはぎ」は、餡で米を包む通常のおはぎとは逆で、中に餡を入れ、外側をまるであんこに見える紫黒米で包むという面白い一品。さらに、来年の「田んぼアート」の時期に向けた商品を開発中だという。
小野さんは、この特産品開発に「協力隊員が都会で培った感覚を生かして関わってほしい」と期待を込める。
▲紫黒米おはぎ
「『田んぼアート』にはせっかく30万以上もの人が来られるわけですから、田舎館村でしか食べられないような物があればいいですし、村のためにもなるのだろうと思います。新しくいらっしゃる協力隊員の方が持つ、”都会の人はこういうものを好んでいる”という感覚をどんどん出して、それを会のみんなで形にしていきたいと思っています。」
村企画観光課の阿保さんは、「築く会」や協力隊員に、新たな活動の担い手として期待を寄せている。
「『築く会』の活動は、田んぼアートに続く村の起爆剤として期待しています。地域おこし協力隊で来た外部の人材が、新しい知識を助言してサポートしてくれれば、そのスピードもすごく上がっていくと思っています。より大きな取り組みへと発展し、地域活性を担う存在として、村としても協力隊や『築く会』の活動を支えていければと思います。」
▲阿保和紀さん
田舎館を一緒に盛り上げたい
田舎館村では2016年8月から須藤琴恵さんが地域おこし協力隊員として活動している。まだ1年目の現在は、村についての知識を深め、村や「築く会」のイベントに携わっている。
▲「築く会」の小野会長(左)と地域おこし協力隊の須藤琴恵さん(右)
様々なイベントに携わりながら、SNSなどで情報発信をする須藤さん。今後は新しく募集する協力隊員とともに「築く会」で商品開発やイベント・新規プロジェクトの企画などを担うこととなる。
「田舎館村に協力隊として来て思うのは、村内の方とはもちろん、村外の方とも出会いが多いんです。協力隊という仕事じゃなかったら、こんなにたくさんの人に出会えないだろうなと思います。例えば、稲刈りの時には、日本でお仕事をされている外国の方々が来られていたんですけど、日本の文化に興味があるみたいで嬉しいなって思いました。村全体で国際交流ができて、もっとたくさんの外国人の方に来てもらえるようにしたいと思いました。」
新たな取り組みを巻き込む
そのほかにも、村では未来に向けた取り組みが始まっている。 村では弘前大学の「共育型地域インターンシップ」という地域の活性化を学生が手伝う取り組みと連携し、学生が田舎館村での観光ツアーを企画している。今夏にはテストツアーを行い、今後の商品化に向けて動き出したところだ。村との連携で新たな観光資源の掘り出しやイベントの開催を狙う。
2016年2月には「冬の田んぼアート」を作るべく、イギリスのスノーアーティスト、サイモン・ベックさんを招き「スノーアート」をつくる取り組みが行われた。サイモン・ベックさんが8時間をかけ制作したスノーアートは、数日後に降った大雪により消失してしまったが、有志の人たちが新しくスノーアートを作ろうと立ち上がり、一日半かけてオリジナルのスノーアートを製作した。とても初めてとは思えない出来栄えだった。
▲有志が制作した「スノーアート」
「みんなの”やるんだ”という意気込みで行うことができました。これで、来年以降は自分達でやるというレールが敷かれたのかなと思います。やっているときの楽しさ、終わった時の楽しさ、皆さんに見ていただいた楽しさが、来年もやらなければというエネルギーに代わっていったと思います。」と小野さん。
今後の展開が期待される「インターンシップ」や「スノーアート」の取り組み。新しい取り組みを含めて、田舎館村では一年を通してイベントが開催されているが、実はそれぞれのイベントが連携できていないことも課題の一つだ。これから、地域おこし協力隊には、各イベントや関係者をつなぐ役割も求められる。
自然も人も素晴らしい田舎館村で未来をつくる
東に八甲田山、西には岩木山。浅瀬石川と平川に囲まれた田園風景。その自然の素晴らしさが田舎館村の魅力だ。
「田んぼアート」を通して、その名が広まる田舎館村。米どころだけあって米へのこだわりは強く、そのこだわりこそが将来を作る鍵となるだろう。
「田んぼアート」の”次”を生み出すプロジェクトが、動き始めている。