鋳金に魅せられ富山県高岡市へ。ものづくりが生活に溶け込んだゆるやかな暮らし

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奈良県で生まれ育った上田剛さんは高校まで野球一筋の生活を送り、心機一転、金沢の美大に進学。そこで出会った「鋳金」という技術に惹かれ、工芸技術の知識を深めようと東京の大学院に進みました。博士課程への進学も悩む中で、上田さんが選んだのは高岡銅器の産地である、富山県高岡市への移住。会社員として作家として鋳金に携わる上田さんの日々の暮らしや、これから高岡で実現したいことについてうかがいました。

野球に打ち込んだ高校時代から心機一転、美術の世界へ。

高岡駅から車で15分くらいの場所にある住宅地。昔ながらの純日本家屋や畑が広がる静かで穏やかな雰囲気が漂う地区に、鋳金作家である上田剛さんの住まいがあります。

「鋳金」とは金属を溶かし、鋳型(いがた)と呼ばれる型に流し込んで成形する鋳造技術の一つ。江戸時代、高岡城を築いた前田家当主の利長が7人の鋳物師を呼び寄せたことから、鋳造は高岡の伝統産業として発展してきました。
上田さんが鋳金と出会ったのは大学時代の頃。高校までは野球一筋のスポーツ青年だったそうです。

「小学校から野球を始め、高校まで続けていました。引退のタイミングでこれからの進路について考えるわけですが、大学受験となった時にさて、どうしようかなと迷って。もともと自分で手を動かしながら作るのが好きだったので、美術系に進もうと決めました」

美術系の中でも立体のものづくりに惹かれていた上田さんは、当初は彫刻を学びたかったのだそう。しかし、進学した金沢芸術工芸大学で鋳金のことを初めて知り、その魅力にハマったと言います。

 

どんな風にでき上がるかわからない。それが面白い

「例えば彫刻は完成したものを自分の頭の中でイメージしながら作っていくのですが、鋳金は出来上がるまでどんな風に作品が仕上がるのか、作り手自身もわからないんです。普段は硬い金属が1000度以上の温度でドロドロに溶ける様子や、熱や薬品、空気の触れ方の違いで予想外の色に変化していくのを見て、これは面白い!と思いました」

▲熱や薬品、空気に触れることによってさまざまな表情を見せる金属▲熱や薬品、空気に触れることによってさまざまな表情を見せる金属

当時、大学を卒業しても自分がどんな風になりたいか、何をしたいかなど未来に対するビジョンはなかったという上田さん。未来のことを考えるよりも、奥が深い鋳金のことをもっと知りたい!という思いが強く、知識を深めるために東京藝術大学大学院に進学。精力的に作品を生み出す中、さらに博士課程へ進もうか迷っていた時に大学時代訪れた高岡銅器の会社のことを思い出します。

「大学3年の頃、高岡銅器の着色を行う(有)モメンタムファクトリー・Orii(オリイ)でインターンをさせてもらったことがありました。化学反応を起こすことで銅器にさまざまな着色を施すOriiは、皇居の装飾具にも使われるなど全国でも大変珍しい技術を持つ会社なんです。卒業研究で金属への着色技術をテーマにしていたことや、大好きな鋳金にずっと携わりたいという思いなどから、Oriiへの就職を決意し、2012年に暮らしの拠点を高岡に移しました。」

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▲Oriiで作業を行う上田さん

 

ものづくりができる場所にたどり着いたら、たまたま高岡でした

高岡へ移住するとなると、覚悟が必要だったのでは?そうたずねると、

「暮らしの拠点を移すことへのドキドキや不安よりも、ここで自分のものづくりができるんだという喜びの方が大きかったですね。奥さんも同じ美大出身だったので、ものづくりへの理解がありました。ものづくりができる場所がたまたま高岡だった、だからここにいる、と言った感じでしょうか。どこの場所でもよかったと言えばそうかもしれません。でもこれも何かの縁なのかなと思っています」

と、あくまで自然体。

学生時代に作った上田さんの作品。繊細な色や模様が美しい
▲学生時代に作った上田さんの作品。繊細な色や模様が美しい

北陸特有の雪や寒さも慣れると大したことはないし、人間関係に煩わされることもない。「移住」という言葉はとても大きな決断をしたような印象を与えますが、その土地に飛び込んでしまえば、思っていたほど大きなハードルはなかったと上田さんは言います。

 

現在はOriiで日用品や建材などの着色を手がけながら、仕事後や休みの日には自宅で作品の制作を行うなど、作家活動も両立している上田さん。高岡市には「デザイン・工芸センター」があり、個人ではなかなか揃えられない鋳造設備も使えるため、ものづくりを志す人には理想的な環境が整っているそうです。

 

ものづくりと異ジャンルのコラボで高岡のまちを盛り上げたい

とはいえ、実際に住んでみると高岡のまちについて思うところもあったそう。

「高岡には今まで受け継がれてきた魅力ある文化がたくさんあります。しかし、若い人が遊びにいくのは郊外のショッピングセンターや市外の繁華街ばかり。高岡銅器が伝統工芸だといっても地元の人ですら知らないということも珍しくはありません。高岡にやってきた当初は、自分のものづくりと向き合っていただけだったので、まちについて考えることはありませんでした。しかし、あらためて“自分が住む場所”として高岡のまちと向き合ってみると、やっぱり活気があって楽しい方がいいよなと思うようになりました。自分のできることから何かアクションを起こせたら…と、考え方も変わっていったように思います」

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▲ものづくりを通じ仲間を増やしている

高岡に暮らして5年目。最近では個人のものづくりの枠をこえたコミュニケーションに興味が広がっているという上田さん。外に出ていくことで、少しずつ違うジャンルの人たちとも仲良くなり、新しいものやことを生み出すきっかけを作れるようになってきました。若手工芸作家と一緒に企画展を開催したり、DJや花屋さんとコラボしてインスタレーション作品を作り出したりなど、若者にも工芸に親しんでもらうためのさまざまなアイデアを形にしています。

▲風情のある金屋町。ここで展示や企画展を開催▲風情のある金屋町。ここで展示や企画展を開催

「地元の多様な魅力に気が付いていない人たちが『高岡ってやっぱりいいところだね』と再発見してもらえるような何かができれば嬉しいですね。それが“まちづくり”だと言われると、私にとっては少し大げさで正直しっくりこない言葉ですが(笑)」

ものづくりだけではなく、音楽も好きだし落語も好き、歴史も気になると、普段からアンテナが高い上田さん。自分たちが積極的にアクションを起こすと必ず反応が返ってくるし、新しいことを生み出そうとする人が多く集まってくるのは高岡のこれまでの5年間で経験済み。ものづくりに何かを掛け合わせることで、このまちが本来持っているポテンシャルを引き出せたらと、上田さんの頭の中ではいろんなアイデアが浮かんでいるようです。

▲普段からさまざまなジャンルの本を読むなど探究心旺盛な上田さん▲普段からさまざまなジャンルの本を読むなど探究心旺盛な上田さん

 

目指すのは、ものづくりも子育てもゆるやかにつながる暮らし

上田さんは現在、奥さまと生後3ヶ月の赤ちゃんと3人暮らし。奥さんは美大時代の同級生で、陶芸作家という一面も持っています。二人で子育てをしながら作家活動も両立できるようにと、自宅内の一室に自分たちのアトリエを作っているのだとか。

▲自宅は築50年の大きな一軒家。この場所がアトリエに生まれ変わる予定▲自宅は築50年の大きな一軒家。この場所がアトリエに生まれ変わる予定

「子どもが生まれたことで生活のスタイルや考え方が大きく変わりましたね。自然の豊かさや、食べ物も美味しさなど、この土地の素晴らしさにもあらためて目を向けるようになりました。のびのびとした環境の中で子どもを育てながら、ものづくりと暮らしがゆるやかにつながっている毎日を過ごしたい、それが今一番実現したいことですね」

気負わず、いい感じに力が抜けている上田さん。高岡という土地でこれからどんな作品を生み出していくのか楽しみです。

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鋳金作家/「有限会社モメンタムファクトリー・Orii」勤務/上田剛(うえだつよし)さん

奈良県出身。金沢美術工芸大学時代に鋳金に出会い、作品を作り始める。その後、東京藝術大学大学院美術研究科修了後、2012年、富山県高岡市に本社のある(有)Oriiへの就職を機に移住した。現在は会社勤務と作家活動を両立する毎日。さまざまなジャンルのものづくりとコラボし、市内での展示や企画展なども運営している。2011年「第6回佐野ルネッサンス鋳金展」奨励賞受賞。

有限会社Orii:http://www.mf-orii.co.jp/


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