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2017年7月12日 石原藍

「評論家はいらない」まちづくりを始めた新聞記者たちの挑戦(前編)

最近、ローカルメディアという言葉を耳にすることが増えた。Webやフリーペーパーなどさまざまな媒体が各地で誕生しているが、ローカルメディアの元祖と言えば、やはり地方紙(新聞)ではないだろうか。

1899年に創刊された「福井新聞」は、福井県内で7割以上の世帯が購読する、全国でもトップクラスの普及率を誇る地方紙だ。2014年3月、新聞記者がまちづくりを自ら企画・実践し、そのリアルな体験や気づきをレポートする連載「まちづくりのはじめ方」がスタートした。記者として取材を続けてきた彼らが“まちづくりの当事者”となって試行錯誤した3年間を、前編・後編の2回に分けて紹介したい。

まちづくりの当事者になることを選んだ新聞記者

福井のまちって、好きですか?———。
2014年3月13日、福井新聞の1面に掲載された連載「まちづくりのはじめ方」は、こんな問いかけから始まった。

連載を手がけるのは「まちづくり企画班」。その中心メンバーである福井新聞社の細川善弘(よしひろ)さんと高島健(たけし)さんは、これまで地域回りから市政、スポーツ、政治など数々の分野で経験を積んだベテランの記者だ。

そんな記者たちが、実際に「自分たちでまちづくりを実践する」と決意表明した記事は、読者の間でちょっとした話題となった。

まちづくり企画班の細川さん(左)と高島さん(右)

▲まちづくり企画班の細川さん(左)と高島さん(右)

「まちづくり企画班」の誕生は、新聞社内であるお題を与えられたことがきっかけだった。2013年6月、当時の上司から細川さんや高島さんをはじめとした4人の記者に、「まちづくり」をテーマにしたプロジェクトを考えるようお達しがきたのだ。

2013年と言えば、北陸新幹線の金沢開業を控えた時期。福井への延伸はまだまだ先になるなかで、北陸3県のうち福井だけが取り残される危機感や、今のうちにこのまちの未来と向き合わなくてはという焦りをまち全体が抱えていた。人口は減少し、中心市街地でも空き家や空き店舗が増え続けている。まちの動きに敏感な新聞社にとって、「まちづくり」を取り上げるのは必然的であったが、一筋縄ではいかない難しいお題だった。

中心地である福井駅前エリアも空き店舗が目立ち、空洞化が問題になっていた

▲中心地である福井駅前エリアも空き店舗が目立ち、空洞化が問題になっていた

当初細川さんたちが考えていたのは、まちづくりに関連した事例の紹介やインタビューを連載するようなオーソドックスな企画だった。なぜなら新聞記者の本分は取材し、記事を書くことだから。しかし、どんなアイデアを出しても「これでは今後まちづくりの中心を担う若い世代には響かない」と、上司に突き返されてしまう。
どうずればいいんだろう……。なかなかOKをもらえず頭を抱えていた時、ある取材のことを思い出した。

それは以前まちづくりの協議会を取材したときのことだ。市民団体のメンバーの1人が言った「評論家はいらない」という言葉が、細川さんはずっと引っかかっていたのだという。

「これまで福井では、行政主導でおこなう一過性のプロジェクトが多かったように思います。議論をして立派な計画はできるのに、誰がやるの?というところで自然消滅してしまうものがいくつもありました。記者である僕ら自身も行政に近い目線で取材をしていたので、市民レベルの動きが見えていなかったこともあると思います。『評論家はいらない』という言葉は僕ら記者たちに向けられていたものなのかもしれないと思いましたね」

「『評論家はいらない』と言われても、最初は正直ピンときていませんでした」と細川さん

▲「『評論家はいらない』と言われても、最初は正直ピンときていませんでした」と細川さん

たどり着いた答えは「評論より実践」。
論じる前にまずは自分たちで動き、失敗や成功もありのまま紙面で伝えていこう。半ば無茶な企画だったが、上司からはようやくGOサインが出た。「ただし、ちゃんと楽しんでやるように。記者が楽しんでなければ、誰もまちづくりをしようなんて思わないから」という条件つきで。

「なんだか面白そう!やってみたい!」そんな共感の積み重ねは、きっとこのまちの未来につながる。「まちづくり企画班」の誕生は記者人生を歩んできた2人にとって、評論する立場から当事者に変わる大きな転換点となった。

郷土の豊かな食を発信し、人をつなぐレストラン

まちづくり企画班として何を始めるか? 2人が目をつけたのは「福井の”食”」だった。コシヒカリや越前がにだけではなく、県内各地に息づく豊かな食文化を、もっと多くの人に発信できないだろうか。まちづくりで地産地消のレストランをつくってみたら面白いのではないだろうか。早速記事に掲載すると反響も大きく、「何か手伝いたい」という声が数多く届き、仲間も増えていった。

メニュー考案の一環として、地元の生産者たちと地元の食材を使った野外レストラン「ふくいフードキャラバン」を県内各地で開催した

▲メニュー考案の一環として、地元の生産者たちと地元の食材を使った野外レストラン「ふくいフードキャラバン」を県内各地で開催した

しかし、ここから現実の壁が立ちはだかる。「実際に商工会議所に相談したり、不動産屋に飛び込んだりしてみると、物件選びや資金面でいくつもの壁があって……。やはり記者の自分たちがやるなんて無理があるんだと限界を感じてしまったんです。まずは期間限定のオープンにしようと紙面で発信したのですが、『それじゃ単なるイベントだ』と読者から厳しい意見をいただいてしまいました。市役所の職員からも『行政の一過性の取り組みを批判してきたのは新聞じゃないの?』と皮肉られることもありましたね(笑)」

当時のことを思い出して苦笑いする2人

▲ 当時のことを思い出して苦笑いする2人

融資や補助金が対象外ならクラウドファンディングで出資を募ろう、開業コストを抑えるなら物件をリノベーションにしよう。周囲からの叱咤激励を受け、「一過性でない、常設のレストラン」という原点に立ち返った細川さんと高島さん。
社内から「現実的ではない」とたしなめられながらも、自分たちにできる方法で一つずつ突破口を探し、当時、駅前商店街の代表を務めていた加藤幹夫さんらの協力もあって、ようやく福井駅前商店街の空きビルと契約に至った。

契約した物件は元ファッションビル。空き店舗が増えていた商店街は人通りもまばらになっていた(提供:福井新聞社)

契約した物件は元ファッションビル。空き店舗が増えていた商店街は人通りもまばらになっていた(提供:福井新聞社)

さらに増え続ける空き店舗を活用し持続可能なまちづくりを目指すべく、2014年11月には、加藤さんをはじめとする地元商店街有志メンバーとまちづくり会社「福井木守り舍(きまもりしゃ)」を設立した。

新聞記者が会社を設立するなんて、一体誰が予想しただろうか。おそらく2人が一番予想していなかったに違いない。

創造と交流の拠点「これからビル」の完成

契約した空きビルは”福井のこれからをつくる場“として「これからビル」と名づけた。1階はレストランに、上の階は異業種が交わりながら福井に新たなビジネスを生み出すコワーキングスペースとしてリノベーションすることになり、細川さんと高島さんも率先してDIYを手がけた。

コワーキングスペースの棚やデスクは細川さんや高島さんが手づくりしたもの。地元大工さんの指導を受け、慣れない電動工具を扱いながらつくった棚やデスクに愛着もひとしおだ。

つなぎを着て棚をつくる新聞記者なんて、全国探してもそう見つからないだろう(提供:福井新聞社)

▲つなぎを着て棚をつくる新聞記者なんて、全国探してもそう見つからないだろう(提供:福井新聞社)

2015年7月にはカフェレストラン「su_mu(すむ)」が、その2ヶ月後にはコワーキングスペース「sankaku(さんかく)」がオープンした。人通りが少なくなっていた商店街は少しずつ若者たちの姿が増え、コワーキングスペースは業種を超えて多くのひとが集う場となった。まさに2人が思い描いた空間が出来上がったのだ。

完成した「これからビル」

▲完成した「これからビル」

「これからビル」のプレオープンにはまちづくり企画班の動きを見守っていた多くの仲間たちが集った(提供:福井新聞社)

▲「これからビル」のプレオープンにはまちづくり企画班の動きを見守っていた多くの仲間たちが集った(提供:福井新聞社)

sankakuの名前には「ユニークな人材が集まってとんがったアイデアを打ち出し、福井の未来に参画していこう」という思いが込められている(提供:福井新聞社)

▲sankakuの名前には「ユニークな人材が集まってとんがったアイデアを打ち出し、福井の未来に参画していこう」という思いが込められている(提供:福井新聞社)

自分たちのアイデアが「これからビル」という形になり、もっと多くの人たちにまちづくりの楽しさを広げていきたいという新たな目標ができた2人。後編は、ローカルメディアの新しい形を探るべく、まちづくり企画班が始めた次のチャレンジを紹介したいと思う。

(photo by Tatsuo Maeda)

取材先

福井新聞まちづくり企画班 / 高島健さん 細川善弘さん 

福井市出身。ともに1999年福井新聞社に入社。これまで地域回りやスポーツ担当、市政担当などさまざまな部署を経て取材を重ねる。2014年、2人を含めた計4名の記者・デスクによって「まちづくり企画班」を結成。記者がまちづくりを実践しながらその過程を紙面でレポートした連載は、大きな話題となっている。

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石原藍

石原藍大阪府豊中市出身。フリーランスライター兼プランナー。 大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、現在は縁もゆかりもない「福井」での生活を満喫中。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、自分にとっても心地よい生き方、働き方を模索しています。趣味はキャンプと切り絵と古民家観察。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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