災害レベルの豪雪でまちが財政難に
まずは今回の発端となった出来事からご紹介したい。2018年2月、福井県は記録的な大雪に見舞われた。他県からの物流が途絶え、スーパーの陳列棚は空に。県内の交通インフラは麻痺し、国道では何十キロに渡り車が立ち往生した。
災害レベルの豪雪に、福井市では今年度12億円の財源が不足。市役所職員の給与をカットする異例の措置が取られたが、それでもあと5億円がどうしても捻出できない。
そのため市では、2018年度に予定していた事業のうち、151の事業を中止・縮減せざるをえなくなってしまった。
まさか、子どもたちの◯◯がなくなるとは……
151の事業を見てみると、道路保全・河川整備といった土木系事業やまちの景観整備・インバウンド施策といった観光系事業、さらに中心市街地活性化事業や図書購入費、敬老事業など、暮らしに身近な項目も並ぶ。そのなかでも市民に衝撃を与えたのが「夏休みのプール開放事業中止」というニュースだった
福井では毎年夏休みの間、小学校のプールが開放される。全国的にみても共働きが多い福井の家庭にとって、プールは子どもたちの貴重な遊び場だ。そんなプール開放が中止の危機にさらされるとあって、市には撤回の要望が相次いだ。最終的に全面中止は免れたものの、保護者や地域住民の手に運営が委ねられることに。しかし、プール監視員などの人員が確保できない地域では、プール開放を実施することができなかった。
誰もが予想しなかった、フェス開催という展開
市の財政難に関するニュースが連日報じられていた6月末、ある合宿が行われた。福井市出身・高野翔(たかの・しょう)さんの呼びかけで、県内在住・出身の会社員やデザイナー、公務員や新聞記者など約30名が集まり、福井のまちづくりについての意見交換が行われた。
合宿ではそれぞれがざっくばらんに話し合うなか、中止・縮減となった151の事業についても議題にのぼった。対象となった事業の一覧を皆で眺めていると、ふと誰かがこんなことをつぶやいた。
「小学校のプール開放ができなくても、みんなが家庭用のプールを持ち寄ればいいんじゃないかな」
例えば、図書購入費用が削減されてしまうのなら、みんなが一冊ずつおすすめの本を交換すればいい。老若男女が集って映画や音楽を楽しめる空間をつくれば文化事業だと言えるだろうし、大それたことができなくてもおじいちゃんやおばあちゃんたちが喜んでくれたら、それはれっきとした敬老事業になるのではないだろうか。
「この事業ならこんな風にできるね」とメンバーたちから次々に代替案が挙がっていく。すると、驚くことに中止になった151の事業のなかでも、結構な数の事業が実現できるように思えた。
中止だ削減だと嘆くのではなく、みんなができることをシェアするだけで、できないことが「できる」に変わっていくのではないだろうか。話はトントン拍子に進み、みんなの小さな「できる」を集めたフェスを開催することが決まった。名前はそのまま「できるフェス」。異様な盛り上がりと熱気に包まれた瞬間だった。
その時のことを高野さんはこう振り返る。
「あれができる、これもできるとみんなが言い出し、わー!何か動き出すぞ!と興奮しました。まさかフェスを開催することになるとは想像もしていませんでしたね。行政が予定していた事業の内容通りにはできませんが、自分たちが好きなことやできること、やりたいことをまちに表現していけば、どんな景色になるだろうとワクワクしました」
市民の「できる」がどんどん集まっていく
「できるフェス」の開催が決まると、メンバーたちの動きはさらに加速した。行政職員が市の担当課に掛け合い、会場となる公園の使用許可を取得。地元デザイナーたちがロゴやポスター、パネルを作成し、建築に携わるメンバーが会場レイアウトを描いていく。ミュージシャンと親交のあるメンバーはフェスの趣旨を熱心に伝えたことで、チャリティーライブの開催にこぎつけた。もちろん公的な予算は一切なく、これらはすべてそれぞれの想いから動いたものだ。
開催が本格的に告知されると、物資の無償提供や当日のボランティア協力など、多くの人から嬉しい反響があった。みんなの“できる”が次々と広がっていく。こうして、2018年8月11日(土)、ついに「できるフェス」が開幕した。
期待と不安が入り混じった「できるフェス」
「できるフェス」の開催が決まってから当日まで約1ヶ月半。ゼロから準備を始めるには限られた時間であったし、十分な告知ができたわけでもなかった。今夏の暑さのなか、一体どんな人が来てくれるのだろう……、正直、関係者全員が期待と不安が入り混じった気持ちだったに違いない。
しかし、蓋を開けてみると、会場となった福井市中央公園は多くの人たちで賑わい、子どもから大人まで楽しそうな声が響き渡った。
大小さまざまなプールに子どもも大人も大はしゃぎ
「できるフェス」の会場を彩ったのが、多くの人たちによって持ち込まれた30近くの家庭用プールだ。大小さまざまなプール空間が生まれ、たくさんの子どもたちがプールを“はしご”しながら水遊びを楽しんだ。
来てくれた子どもたちからは、「プール開放がなくなったからたくさん遊べて嬉しい!」という嬉しい声も。今年は猛暑による熱中症のニュースが相次いだこともあり、安全対策にも注意を払った。当日はプールの水温管理や熱中症対策はもちろん、災害用備蓄水を使ったかき氷や地元農家による新鮮野菜の振る舞い、市内の民間団体による協力で健康チェックができるブースなどが設置された。
本の交換、記念撮影……、手づくりアイテムが笑顔を生む
お気に入りの本を持参し、会場にある好きな一冊と交換できる「本の交換市」ブースでは、本と人との新しい出会いが生まれた。
「ブックカードを読むことで、普段なら手に取らないような本にも興味が湧きました」と嬉しそうに本を持ち帰る来場者の姿も。図書購入とは違う形で新たな本との出会いが提供できる場になった。
敬老事業の削減を受けて実現したのは、来場者の写真を撮影しメッセージを添えて、おじいちゃんやおばあちゃんにプレゼントする試み。三世代同居率が高い福井だからこそ、感謝の想いを祖父母に伝えようというコンセプトで行われた。
縮減事業とアイデアを掛け合わせたさまざまなブース
会場内には、まだまだみんなの「できる」空間が並ぶ。訪れた人たちに自分たちの「できる」ことを書き込んでもらうコーナーや、福井に来てくれた人へのおもてなしを考えるコーナー、制作が中止になった市政要覧をみんなでつくるコーナーなど、それぞれが知恵をしぼることで個性のあるブースが誕生した。
全部で13のブースが並んだ「できるフェス」。主催者・来場者という垣根を越えて、その場にいたすべての人たちの楽しむ様子が、写真からも感じられるはずだ。
「平成最後の夏にふさわしい市民フェスを、みんなで実現させることができて、感謝の言葉しかありません。こんなにも主催者たち自身が楽しんでしまう市民フェスを、私はほかで体験したことがなかったです(笑)。
福井の歴史を紐解くと、今回の豪雪だけでなく、さまざまな自然災害がありました。しかし、その度にみんなが心を一つにし、ともに歩んできました。自分たちの内側にある創造力を活かせばいろんなことができる。今回のできるフェスは、そんな気持ちと姿勢を、みなさんと共有できた2日間になったと思います」
と高野さんも締めくくった。
「できるフェス」が示した、これからのまちの可能性
これまで当たり前に行われてきた行政の事業が、ある日突然打ち切られてしまうこともある。豪雪による財政難は、多くの人の意識を変えた出来事だった。
どのまちに住もうかと考えたときに「行政サービスの充実度」を重視する人は多い。昨今の移住ブームでも、全国各地の自治体が自分たちのまちの手当や助成の手厚さを熱心にアピールしている。しかし、今回のような自然災害はもちろん、今後人口が減少すると言われている日本では、どんなに“整っている”自治体であっても、その基盤が揺らいでしまう事態は十分に想定できるだろう。
そうした時に私たち市民には何ができるのだろうか。指をくわえてただ見ているのではなく、自分たちの手でまちを面白く、楽しく変える方法があるはずだ。
一人ひとりにできることは小さくても、集まれば大きなムーブメントになる。「できるフェス」はそのことを示してくれた。今回のようなイベントにとどまることなく、市民の小さなアクションが日常的に起こっていけば……まちの景色は間違いなく変わっていくだろう。
そう、私たちはなんでも「できる」。まちの未来は自分たちの手でつくり出せるのだから。
Photo:高野友実、高野麻実、木曽智裕、棟田崇仁、石原藍