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2017年7月19日 石原藍

「評論家はいらない」まちづくりを始めた新聞記者たちの挑戦(後編)

2014年に誕生した福井新聞「まちづくり企画班」では、記者としてキャリアを積んできた細川善弘(よしひろ)さんと高島健(たけし)さんが、新聞社の枠を越えてまちづくりに奮闘している。前編では空きビルを再生した「これからビル」をつくり、レストランとコワーキングスペースを併設した拠点がオープンするまでの道のりを紹介した。自らがまちづくりに関わることで、少しずつ手応えを感じた2人。ローカルメディアである地方紙にはもっとできることがあるはず。2人が挑んだ次のプロジェクトとは……。(前編はこちら

空想だから何でも言える、理想のまちづくり

「これからビル」がオープンした年(2015年)の冬、福井新聞「まちづくり企画班」の細川さんと高島さんは次の連載に向けて動いていた。 新連載をスタートさせるにあたって、高島さんにはこんな想いがあった。

「まちづくり企画班として約1年半活動し、『これからビル』を無事オープンさせることができました。無理だと思うことも動いてみたら仲間が増えて意外となんとかなるし、紙面の反応がダイレクトに届くのはこれまでの記者人生にはないくらい、とても新鮮でした。次はこの楽しさややりがいを僕たちだけではなく社内のメンバーに広めたいと思ったんです」

▲「僕たちの後ろに続く後輩記者たちにもまちづくりの面白さを知ってもらいたい」と語る高島さん

理屈や前提なんて後からでいい。「こんなまちになったらいいな」という妄想を、県内各地の担当記者とそこに住むひとが一緒に考えてみたら、同時多発的にまちづくりの動きが起こるかもしれない。2人が考えた次の連載は、新聞の堅いイメージを逆手に取り、紙面で空想のまちづくり事業を提案するというものだった。タイトルは「空想まちづくり」。

第一弾の記事を書くべく、細川さんと高島さんは東京に向かった。都内で活躍している福井出身者と座談会を開き、福井がどんなまちになったらもっと面白くなるか、率直な意見を聞いてみたのだ。

そこで出たアイデアは2人にとって非常に刺激的なものだった。

「福井は幸福度ナンバー1と言われているから、北欧にも負けない福祉のまちにしてみては?」 「バーチャルで恐竜が闊歩するまちとか面白そう!」 「世界的に有名な永平寺で禅マスターを目指すツアーを開催するなんてどう?」 「アクセスが悪いからこそ“秘境の地”として世界から注目を集める地域を目指すべき!」

尖ったアイデアが出るわ出るわ……。取材というより、もはや雑談のようなやりとりだったが、さまざまな空想が重なり合い生まれた壮大なアイデアに、福井のポテンシャルを感じずにはいられなかったという。

2016年、元旦の紙面には遊び心のあるイラストとともに「空想まちづくり」第一弾の記事が掲載され、読者の度肝を抜いた。

▲これが2016年元旦の紙面を飾った記事。全面に掲載され、インパクト抜群!

この記事を皮切りに、各市町を舞台にしたさまざまな「空想まちづくり」が連載された。

▲空想のアイデアを紹介するだけではなく「根拠編」や「調査編」の記事も掲載。実現可能性にまで踏み込んでいる

 

日本で目立つために、あえて世界に飛び出す

「福井は東京をすっ飛ばして世界に飛び出していいんじゃないかな」
東京の座談会に参加していた1人が言った言葉だ。

まちづくりに関われば関わるほど、地方都市のポテンシャルは高いと確信する。しかし、地方都市の多くが追いかけているのは、東京をはじめとした大都市だ。福井も右にならえと同じことをしていていいのだろうか……。ちょうどそんなことを考えていた2人に「世界」というキーワードは自然とフィットした。

「福井は暮らしや人自体が豊かで魅力的だと思います。しかし他の地方と同じように都市部に情報発信しても所詮後発に過ぎず、きっと埋もれてしまうと思うのです。ではどうやって存在感を発揮するか?いっそ日本を飛び越えて海外に発信することで『日本の福井って面白い場所らしい』と話題になれば、国内での福井の注目度も上がるのではないかと思いました」

2人が新たに考えたのは、海外向けの情報発信サイト。インバウンドは地方創生の有効手段だと言われているが、このサイトが目指すのは「観光に来てもらう」ことや「外貨を落としてもらう」ことだけではない。福井に息づいてきた伝統や食、文化を伝え、外の目からその魅力を再発見することが目的だ。

会社を説得するのはかなりの時間を費やしたが、福井が長年育んできた暮らしは、世界中の人たちを惹きつけるコンテンツになる、2人にはそんな確信があった。

日本の「地方」から世界の「地域」へ———。
こうして完成したサイト「ECHIWA」は多くの人にシェアされ、世界に向けて少しずつ広まりつつある。

▲海外向けサイト「ECHIWA」。写真や動画などビジュアルにもこだわった

 

福井で新聞を出す会社ではなく、福井をよくする会社になればいい

新聞の紙面は客観的な文体である“三人称”で書かれているが、細川さんと高島さんが連載する記事は“一人称”で書かれているのが特徴だ。2人の想いが文字から溢れ出た記事は新聞としては異質だが、読者の心を掴んで離さない。

「まちづくり企画班の活動は、新聞記者としてはタブーだと思うんです(笑)。新聞記者は本来、まちの動きをウォッチする立場でないといけないので。『僕らのやっていることはジャーナリズムなのか』という自問自答は常にありますが、当事者になったからこそ書けることも増えたと思いますね」と高島さん。

細川さんもこれまで歩んで来た3年間をこのように振り返る。

「普通に新聞記者をやっていたらつながることのできなかった人たちと関わらせていただけるようになりました。まちづくりの企画段階から相談されることも増えましたし、社内でも部署を横断して協力し合い、人の動きが有機的になっている手応えを感じています。別に新聞にこだわらなくても、福井をよくするためにできる発信があると思うんです。福井新聞社は“福井で新聞を出す会社”ではなく、“福井を良くする会社”になっていけたらいいなと思いますね」

さまざまな媒体が毎日のように誕生しているなかで、ローカルメディアは、まさに今曲がり角に差し掛かっている。地方紙も今までと同じことをしていては、これから先厳しくなることは確実だ、と細川さんと高島さん自身も危機感を感じている。ではどうすればいいか、その答えはまだ見えてはいないが、まちづくり企画班の3年間の活動が新しいローカルメディアの形を探るきっかけとなっていることは間違いないだろう。

まちづくり企画班の活動に後押しされ、地域に寄り添い、当事者として動く人たちが1人、また1人と増えていったら……。福井は今まで以上にもっと魅力的な場所になるはずだし、その動きを取り上げるローカルメディアもますます面白くなっていくに違いない。

(photo by Tatsuo Maeda)

取材先

福井新聞まちづくり企画班 / 高島健さん 細川善弘さん 

福井市出身。ともに1999年福井新聞社に入社。これまで地域回りやスポーツ担当、市政担当などさまざまな部署を経て取材を重ねる。2014年、2人を含めた計4名の記者・デスクによって「まちづくり企画班」を結成。記者がまちづくりを実践しながらその過程を紙面でレポートした連載は、大きな話題となっている。

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石原藍

石原藍大阪府豊中市出身。フリーランスライター兼プランナー。 大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、現在は縁もゆかりもない「福井」での生活を満喫中。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、自分にとっても心地よい生き方、働き方を模索しています。趣味はキャンプと切り絵と古民家観察。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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