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2017年10月26日 山田智子

セールスフォース・ドットコム 吉野隆生さんが実践する、仕事を変えずに実現できる気軽な“地方への移り住み”とは。

都市でのキャリアはそのままに、地方で暮らす価値を享受する。仕事を変えずに実現できる新しい“移住”を実践するオフィスが白浜町に開設された。海の見える居心地の良い環境は、ここで働くスタッフにも、白浜サテライトオフィス長を務める吉野隆生さんにも、予想以上の変化をもたらしている。

テレワークが広げる、地方移住の選択肢

地方への“移住”を考えるとき、大きなハードルとなるのが仕事の問題だ。特に都市部でバリバリ働いている人にとって、地方での暮らしにあこがれを感じながらも、職を変えて地方に移住することは容易ではないだろう。そんな中、IT技術を活用した、場所や時間にとらわれ柔軟な働き方である「テレワーク」は、移住の選択肢を広げる手段のひとつとして注目を集めている。

訪問者のほとんどが思わず「わー」っと声を上げる。白浜海岸が望める開放的な空間。ITC企業、セールスフォース・ドットコムの白浜サテライトオフィスだ。総務省が推進する「ふるさとテレワーク推進事業」の拠点として、2015年10月1日に開設された。

白浜サテライトオフィス長を務めるのは、宮崎県出身の吉野隆生さん。吉野さんを白浜へと導いたきっかけは、吉野さんがセールスフォースに転職した5年前まで遡る。最終面接で面接官を務めていた役員に「この会社で何がしたいのか」を問われ、「将来は故郷の九州に支店をつくり、そこの支店長をやりたいです」と答えた。
それから2年ほど経ったある日、吉野さんは突然川原社長から呼び出される。「入社時の思いは今も変わらないのか」。テレワーク事業の話を持ちかけられ、その場で「やります」と即答した。

すぐさま候補地選定に着手した吉野さん。九州を含むいくつかの候補地を視察し、最終的に白浜町を選んだ。「故郷の宮崎と白浜は要素がよく似てるんですよね。海、山、川といった資源もほぼ同じ。どちらもかつて新婚旅行のメッカと言われていた時代を経験した観光地で、のんびりとした県民性も似た匂いがするんですよね」。
加えて、地方の持つ魅力とリゾートのワクワク感の兼ね備えていることや羽田空港から1時間というアクセスの良さも決め手となった。「セールスフォースの社員は若いメンバーが多い。例えば里山の場合、私の家族はいいんですけど、若い社員は1年も2年もいると飽きちゃうだろうなと。若いメンバーがモチベーション高く仕事をするために必要なリゾート感、ワクワク感と、地方の良さの両方を兼ね備えている場所となると、我が故郷・宮崎とか、沖縄とか、白浜。その中でも白浜は1時間で東京オフィスに着けるというアクセスの良さが魅力でした」。

“地域貢献活動が仕事の効率を上げる”という思わぬ収穫も

白浜オフィスに常駐するのは、吉野さんと秘書の守田さんの2名のみ。他のスタッフは東京本社に勤務する社員が3ヶ月ごとに入れ替わる。開設から2年で3ヶ月以上滞在した社員は75名を数える。「ここでテレワークしているのはインサイドセールス(内勤営業)です。お客様とは基本的に電話やメールでコミュニケーションをするので、東京の丸の内にいようが、白浜町にいようが、全く変わらない。対応するお客様の層も、使うツールも、評価制度も同じであれば、こうした環境の良い場所の方が気持ちよく仕事ができるということを実証しているところですね」。

▲白浜の海に向かって、みんなで座禅

仕事が終わるとバドミントンやイカの夜釣りにみんなで出かけたり、土日も毎週のように社員同士で一緒に出かける。吉野さんの誕生日には、みんなでケーキを買ってきてお祝いしたそうだ。「東京ではないことですよね。スタッフとの距離が近く、家族のような感じです」と吉野さんもうれしそうに語る。
東京出身で4月から白浜オフィスに勤務する森田さんは「予想以上によかったです」と顔を輝かせる。「ここでは社員同士の距離がとても近い。関わりが密になったことで、人を良く知ることができています。電車から車へと生活スタイルが変わり、活動範囲も広がりました。カフェのような空間で、靴を脱いで、リラックスして仕事ができる。こうした外的要因が何より大きいですね」。

▲就業前の海岸清掃で街も心もきれいに

東京勤務時は2時間以上かかっていた通勤は、白浜では車で10分ほど。ワークライフバランスも大きく変わった。残業も減り、東京と比べて月に約64時間の自由な時間が捻出できているという。
「こうしてできた自由な時間で、就業前に海岸清掃したり、熊野古道の道を清掃をしたり、地域の問題に取り組む様々な社会貢献活動を行なっています。活動を通じて、社会の中で自分を認知してもらい、それが仕事のモチベーションに繋がっている。“社会貢献をすることが仕事の生産性を上げる”という想定外の効果が生まれています」。
わずか3ヶ月の滞在だが、白浜サテライトオフィスでの業務を経験した社員はマインドに変化が生まれ、東京に戻ってからも継続して高い生産性を上げているという。

故郷に似たまちで、本来の自分を取り戻す

吉野さんは奥さまと小学3年生の息子さんとともに白浜に移り住んだ。「夏休みに引越しをして、息子は運動会の練習が始まったこともあり、身体を動かしながらすぐに友だちができたようです」。サッカーや少林寺も習い始め、忙しい毎日を楽しんでいる。
一方、専業主婦の奥様は「会社や学校という接点がなく、最初は一番苦労したかもしれませんね。私が仕事で行くときにも、色々な町のイベントに家族みんなで行くようにして、積極的にネットワークを作りました。今はママ友も増え、白浜に来て良かったと言ってくれています」。

▲社員や家族一同で参詣した熊野古道

生活する上でのストレスも全く感じないと話す吉野さん。「宮崎と同じ匂いのする方が多いので、つき合いやすい、食のレベルが高く、特に魚が圧倒的に美味しい。お酒好きとしてはたまらない環境ですね」。
東京にいた頃は2時間半かけて行っていたキャンプも、今は15分で川原に到着する。「車にはいつもキャンプ道具を積んであって、お昼ご飯を食べにふらっと川原に出かけることもありますね」。

故郷に似た町で暮らして、吉野さんは「本来の自分に戻った」と話す。「マネジメントの仕方も変わりました。東京にいる時はルールに厳しく、皆から怖がられていた。九州から来て、毎日満員電車にストレスを感じながら、都会で働く社会人を演じていたのかもしれません。今は満員電車から逃れて、あれは異常だったとちゃんと思うようになりましたね」とおだやかに微笑む。

テレワーク環境があれば、東京と同じレベルの仕事や待遇を維持しながら、ゆとりのある暮らしを実現できる。
「私たち家族は “移住”というより“引っ越し”というような感覚で来ました。取材していただいた新聞の見出しに『家族とともに移住』と書かれているのを見て、『うちは移住したんだ』と家族で驚いたくらいです。“移住”という言葉は少し重い響きがありますが、こうした環境があれば、もっと気軽に地方で“移り住む”ことができると思います」
吉野さん一家の白浜での暮らしは、移住の新たな可能性を示してくれる。

取材先

セールスフォース・ドットコム/吉野 隆生さん

宮崎県出身。前職で外資系PCメーカーのインサイドセールマネージャーを経て、2013年に世界最大の顧客管理システムを運営する「セールスフォース・ドットコム」に転職。また2015年8月から和歌山県白浜町へ家族とともに移住し、テレワーク拠点である「Salesforce Village」の村長を務め、白浜オフィスと東京オフィスの二拠点のインサイドセールスチームのマネージメントに従事している。

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私が紹介しました

山田智子

山田智子岐阜県出身。カメラマン兼編集・ライター。 岐阜→大阪→愛知→東京→岐阜。好きなまちは、岐阜と、以前住んでいた蔵前。 制作会社、スポーツ競技団体を経て、現在は「スポーツでまちを元気にする」ことをライフワークに地元岐阜で活動しています。岐阜のスポーツを紹介するWEBマガジン「STAR+(スタート)」も主催。 インタビューを通して、「スポーツ」「まちづくり」「ものづくり」の分野で挑戦する人たちの想いを、丁寧に伝えていきたいと思っています。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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