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2018年6月14日 手塚 さや香

3人の移住者がブルワリーパブ 「遠野醸造」をオープン。ホップの産地ならではのクラフトビールが生まれるまで

「民話の里」「日本の原風景」として知られる岩手県遠野市。実はビールの製造に欠かせないホップの産地だということ、ご存じですか?岩手県はホップの生産量が全国1位で国内作付面積の半分ほどを占める大産地。その中でも遠野は50年以上にわたり日本随一の主要な産地なのです。そんな遠野で、3人の移住者がブルワリーパブ「遠野醸造 TAPROOM」をオープンさせました。代表取締役の袴田大輔さんらは「ビールを通してこの場所から遠野の地域資源の魅力を発信していきたい」と夢を膨らませています。

減少するホップ農家 最盛期の7分の1に

ビールの原料であるホップは国内では東北地方を中心に栽培されており、岩手県遠野産のホップはキリン「一番搾り」の原料になっています。しかし栽培に手間がかかることなどから高齢を理由に引退する農家が多く、最盛期の7分の1ほどの40軒程度にまで減少、地域課題となっていました。

ホップ畑

ホップ畑とホップ。ホップはビールの苦味や香り、泡などを決める重要な原料。

遠野産ホップ

危機感を抱いた遠野市やキリン、ホップ生産者らが「ホップの里からビールの里へ」を合言葉に新しいまちづくりに挑戦していました。その動きを加速させるため、「Next Commons Lab 遠野」が地域おこし協力隊制度を活用し、ホップを使ったビジネスを立ち上げる起業家を募集することになりました。

そこに手を上げたのが袴田さんと太田睦さんでした。さらに起業家の募集段階からかかわってきた田村淳一さんも加わりました。袴田さんは、株式会社ファーストリテイリングに入社し、ユニクロの店長としてマネジメントや新規店舗の立ち上げにかかわった経験を持っています。太田さんは長年大手企業で開発部門に在籍した研究者であり、田村さんはリクルートで新規事業の収益化などを担当してきました。

起業家の皆さん

左から、田村さん、太田さん、袴田さん

「産地ならではのクラフトビールを」と移住を決断

代表取締役となった袴田さんとクラフトビールとの出合いは学生時代。世界30ヶ国を旅するなか、各地で多種多様なクラフトビールが作られその土地に根付いていることを知りました。「旅先で出合ったビールは味も楽しみ方も自由で、ビールがあることで地元の人たちも観光客もコミュニケーションが取れる場になっていました」と魅力を語ります。

ビール醸造タンク

クラウドファンディングなどで資金を調達し購入した醸造タンク

アパレルで経験を積みながらも、大量生産大量消費のビジネスに疑問を感じ、自問するようになった時、頭に浮かんだのもクラフトビールのことでした。「自分で作ったものを顔が見えるお客さんに販売したい」という思いが募り、横浜のビール会社に転職、醸造のアシスタントとして入社し、製造の勉強をしていました。

そんな折に「Next Commons Lab 遠野」の募集を知り、遠野での起業を決断。「ビールは通常は乾燥させペレット状にしたホップで作りますが、産地である遠野なら生ホップを使ったビールを作ることもできるし、ホップ生産者とコミュニケーションを取りながらビールが作れる。これ以上、ビールづくりに適した場所はないと思います」。ビールへの熱い思いでそれまで縁もゆかりもなかった遠野への移住に踏み切りました。

ブルワリー開業に向け醸造修行 クラウドファンディングで資金調達も

そして遠野を通じて出会った3人。当初はホップやビールにかかわる構想をそれぞれ持っていましたが、話し合いを重ねる中で、醸造所(ブルワリー)と飲食店を併設した“TAPROOM”(バー、酒場の意味)をつくることになりました。

袴田さんと太田さんは2016年秋から3ヶ月間は都内の醸造所で研修、その後も三重県など4ヶ所で修行を積み、さらに全国30以上の醸造所に足を運ぶなどして、ビール醸造のノウハウを学んできました。2017年夏からは遠野でクラフトビールのイベントやワークショップも重ねてきました。

研修やイベント開催を通じて、ブルワリー開業に向けた思いが一層高まるなか、遠野駅から歩いて3分ほどの物件が借りられることに。もとは酒屋だった2階建ての物件です。この物件が見つかったことで、ブルワリーはいよいよ実現にむけて動き出しました。

遠野醸造外観
遠野醸造内観

現在の「遠野醸造 TAPROOM」外観、内観。木材をふんだんに利用して改装し、照明の一部は酒屋時代のものを活用

初期投資を抑えるため、可能な部分はDIYで改装。ビールの品質を左右する醸造設備はクラウドファンディングを活用するなどして資金を調達しました。タップルーム内はあえて鉄骨の梁をむき出しにしたり、スツールは参加型のワークショップで組み立てるなどして、カジュアルで親しみやすい雰囲気を目指しました。酒屋時代の照明の一部をそのまま生かすなど、建物の記憶も残しました。タップルームの座席数はカウンターとテーブル席を合わせて約25席。その奥にはガラス越しに4基の発酵タンクと「ブルーハウス」と呼ばれる仕込み用の設備が並んでいます。

店内で発酵・醸造 遠野産ホップからつくった商品も

ブルワリーの醍醐味といえばやはり、1ヶ月かけて発酵・熟成した出来たてのビールをその場で味わえること。袴田さんイチオシのビールは、定番ビールのひとつとする予定もある、遠野産のホップ・IBUKI(いぶき)を使用した「ESB(Extra Strong Bitter)」!

「麦の甘みにIBUKIの奥ゆかしい香りが載ったバランスのよい味に仕上がった」と解説いただきました。今後は、さまざまな食材を配合したビールにも挑戦する予定です。「ビールは多様で自由なものです。遠野の名産のわさびや地域で採れるはちみつなどの地域資源を使ったビールを楽しんでもらいたいと思っています」

遠野産クラフトビール

定番ラインナップのほか様々なビールの醸造を計画

ビールだけでなく、料理にも地元の食材をふんだんに使っています。ビールに合うおつまみとしてスペインでは定番の野菜・パドロンも遠野産のものをフリッターに。ポテトサラダには地元の漬物・どべっこ漬をアクセントに加えています。

国産は珍しいスペインの定番おつまみパドロンも遠野産(右下)

5月3日のオープン以来、タップルームは遠野の人たちはもちろん、テレビやSNSでオープンを知った遠方からのお客さんでにぎわっています。

「資金調達も醸造免許も初めてのことで不安ばかりでしたが、誰もが自由に気軽にビールを楽しめるイメージ通りの店になってきました。ビールがあることで遠野の内外の人たちが集っていい循環が生まれる、そんな場所に育てていきたいですね」

休日は日中からにぎわう店内

世界にはおよそ80種類ものホップがありますが、現在、遠野で栽培しているのはIBUKIのみ。袴田さんたちは生産者に依頼して試験的に10種類のホップを栽培してもらうなど、ブルワリーを通してホップ栽培にも新しい風を吹き込もうとしています。

取材先

遠野醸造 TAPROOM/代表取締役・袴田大輔さん

住所:岩手県遠野市中央通り10-15

http://tonobrewing.com

手塚 さや香
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私が紹介しました

手塚さや香

手塚 さや香2014年10月より釜石リージョナルコーディネーター(通称「釜援隊」)。釜石地方森林組合に派遣され、人材育成事業「釜石大槌バークレイズ林業スクール」の事務局業務や、全国からの視察・研修の受け入れを担当。任意団体「岩手移住計画」を立ち上げ、UIターン者や地域おこし協力隊・復興支援員のネットワークづくりにも取り組む。新聞記者の経験を活かし、雑誌等への記事執筆のほか、森林組合のプレスリリース作成や取材対応、県内の事業所、NPOのメディア戦略のサポートも行う。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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