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2018年10月16日 西村祐子

人口1,700人の山村にクリエイターが集まるコワーキングスペース「OFFICE CAMP HIGASHIYOSHINO」坂本大祐さんが考えるこれからのコミュニティとは?

奈良県東吉野村は美しい清流と深い山々に囲まれた1,700人ほどの小さな山村です。そんな小さな村に、2015年のオープン以来年間1,000人以上が訪れ、全国から視察も絶えない「OFFICE CAMP HIGASHIYOSHINO」というコワーキングスペースがあります。管理人の坂本大祐さんにオープンまでの経緯や移住を増やす地域のコミュニティのあり方についてお話を聞きました。

奈良・奥大和のクリエイティブ交流拠点「OFFICE CAMP」

奈良県東吉野村は、大阪から車で約1時間半の、奥大和とも呼ばれる奈良県東部地域のひとつで、人口1,700人ほどの小さな山村です。美しい清流と深い山々に囲まれており、林業を主な産業としています。

高見川

東吉野村を流れる清流・高見川

そんな小さな村に、2015年3月のオープン以降年間1,000人以上が訪れ、今も全国から視察が絶えない「OFFICE CAMP HIGASHIYOSHINO」というコワーキングスペースがあります。

「OFFICE CAMP」は、村の中心部を流れる清流・高見川沿いにある築70年の民家を改修した施設。都会のオフィス同様、Wi-Fi環境や、プリンタ複合機、仕事やミーティングができるスペースがあり、さらに誰もがふらりと訪れることができるコーヒースタンドや、地元デザイナーと協業して制作した木のプロダクト、オリジナルグッズなどを販売可能な展示スペースも備えています。

奈良県東吉野村

奈良県東吉野村は鉄道の最寄り駅まで車で30分かかる山間の村

OFFICE CAMP内部

すっきりとリノベーションされたOFFICE CAMP内部

実践者と直接話ができる移住・定住促進拠点としても運用

「こんな山間部にこんなカッコいい施設が!」と誰もが驚く古民家リノベーションのしつらいですが、「OFFICE CAMP」の特徴はそれだけではありません。この施設はオフィス機能だけでなく、移住・定住推進の一助となっています。しかもその運営者は移住者の先輩にあたる人。行政ではない民間の仲介役として「OFFICE CAMP」があることで「ちょっと移住に興味がある」というライトユーザーの心を掴んでいます。

オープンから3年が過ぎ、「OFFICE CAMP」が直接関わった移住者はなんと13組!直接関わっていない移住者も含めると60組ほどが東吉野村への移住を実現したそうです。特に私設図書館「ルチャ・リブロ」を開設した青木真兵さんをはじめ、ライターや写真家など、場所を選ばず仕事ができるクリエイティブな人たちが数多く移住しているのが特徴です。

この事業は東吉野村が担い、運営管理を合同会社オフィスキャンプ代表の坂本大祐さんに委託するというかたちで成り立っています。役場などの行政の担当者が勤務しているのではなく、この場所に行けば、この地で実際に住まう地元のクリエイティブな実践者たちに会って話ができる場なのです。

道路沿いの施設

高見川と役場近くの村の中心道路沿いに施設がある

管理人坂本大祐さんは東吉野と
かかわりの深い移住の先駆者

東吉野村は、過去30年間で人口が半分以下に。若者の定住・移住に向けてさまざまな取組みをしてきたものの、期待する効果は得られずにいました。どうしたらいいものか、と行政でも知恵を求めていた頃、ひょんなことから奈良県庁で東吉野村を含む奥大和地域の活性化を担う坂本さん曰く”スーパー公務員”の福野博昭さんと坂本さんが話をする機会があり、そこから事態が動いていきます。

管理人の坂本さんが東吉野村に移住したのは、今から12年前の2006年のこと。大阪で生まれ育った坂本さんはそのまま大阪で就職、建築関連のデザイナーとして深夜まで働く毎日。そんな頃、激務がたたったのか完治が難しい病気を患ってしまいます。「自分の人生、このままでいいのか?」と考えた坂本さんは、休養も兼ねて、中学生の頃に山村留学で1年お世話になった東吉野村に再び住むことを考えはじめます。

芸術家の顔も持つ坂本さんの父親もまたアトリエをこの地に構え、地元の人たちと交流を深めていたこともあり、自身も住まいを移すことにしました。ただ坂本さんが東吉野村に住み始めた当初は、「仕事も大阪時代の仕事でやっていけるから」と特に地元のコミュニティとの交流もないまま数年を過ごしていたそう。

管理人の坂本さん

管理人の坂本大祐さん。併設のスタンドでコーヒーを淹れることも

その頃出会ったのが前述の福野さん。「なんてもったいない。地方に若者がいないと思っていたのに埋もれている人材がいる!」と、地域のコミュニティに引っ張られたのだそう。そんな濃密な関係性のなか、解体寸前の建物との運命的な出会いもあり、村の施設として「OFFICE CAMP」が誕生したのです。

コーヒースタンド

コーヒースタンドがあることで地域に住む人も入ってきやすく自然と会話も生まれる

和室スペース

和室スペースもあり。ガラス張り戸の外に見える石垣が美しい

「遊ぶように働く」クリエイターのための新たな拠点

ところで、人が集まりにくくまわりに会社も少ない場所になぜコワーキングスペースをつくることになったのでしょうか?その理由は坂本さんの経験から導き出されたひとつの結論でもありました。

坂本さんが東吉野村に移ったあと、関西近郊の友人たちが家族を連れて坂本さんの自宅によく遊びに来るようになりました。やがて毎年のように来ていた友人の中から子育て環境のよさなどから「移住したい」と言う人が次々と出てきたのです。

目の前の川

目の前の川で渓流釣りができる環境!水の色が美しい

「今は自宅で人を迎えているけど、公にこの動きを見せていったら(人口減少に悩む)東吉野村でもっと違う動きが生まれるんじゃないかと思ったんです」

坂本さん個人の付き合いでは捉えきれない「寄り付く場所」への要望。ただそこで考えたのはどんな人でも誰にでもオープンにするのではなく、来てほしい人のターゲットを「クリエイター」に絞るというアイデアでした。

デザイナーや編集者など、クリエイターと呼ばれる人たちは、もともと会社を自分で興していたり、独立独歩で生きている人も多く、通勤という縛りがないぶん移住へのハードルが低い。また、坂本さん自身がクリエイターであることで、先駆者としてよいコミュニティをつくっていけると考えたのです。

OFFICECAMPは「遊ぶように働く」仕事をオフィスとして捉えるなら、遊びはキャンプ。そのどちらもやっていくような働き方をしてもらいたいと考えてつけられた施設名です。

清流が目の前を流れ、何故か都会とは違う時の流れがあると感じられるこの場所にいると、仕事で来たはずなのに、笑いが溢れ、クリエイティブなアイデアが湧いて出てくるような雰囲気になっているのが不思議です。オープン以来年間1,000人以上が「OFFICE CAMP」に来訪。それが契機となり、その中からふわっと移住が決まっていくというなんとも自然で良い流れが生まれています。

OFFICECAMP

転地効果か?自然とアイデアが湧いてくるのかここから生まれるプロジェクトも多数

これからの移住は「好きなことで集まる」
テーマ型コミュニティが重要

どうして東吉野ではこの自然な移住への流れが生まれていったのか?坂本さんが気づいたことは、ここには移住先の土地に地縁ではない「テーマ型」のコミュニティがあるということ。

「地方って基本的にエリア型のコミュニティしかないんです。区とか班とか、年齢や意思とは関係なく、住んだら入るコミュニティですよね。基本的にそこに帰属しないといけない。」

「でも、都市部とか、昨今よくできているコミュニティの成り立ちって、テーマ型なんです。例えば好きなものとか、主義主張が合うとか、要するに同じ日本語しゃべってても共通言語が多い人同士が集まるんです。」

さらに坂本さんが指摘するのは、エリア型のコミュニティは基本的に年功序列でトップダウン、下の者は逆らえないようなピラミッド構造の組織体系だということ。対するテーマ型のコミュニティはトップがいないこともあるし基本的に個人が並列として存在している。独立型で動いている人が集まりやすい傾向もある。

地方移住をした後、エリア型のコミュニティに入らないという選択肢はほぼないといってよいでしょう。日本の町村地域では町内会や区といった単位は、基本的にインフラのようにそこに存在しています。都会で育ち、そうした年功序列の濃いコミュニティに慣れていない場合、地域の自然環境などに魅力を感じていても、息苦しくなってしまう場合もあるのは想像に難くありません。

地域の中で、それとは全く別のテーマ型のコミュニティが加わることで、ときにテーマ型のコミュニティのほうで気持ちのガス抜きができたり、挽回できたりする。そうしたクッションのような役割を果たすのが、個人の趣味や志向に沿ったテーマ型コミュニティといえるでしょう。

東吉野村の場合、クリエイターというテーマに惹かれて集まった人が「OFFICE CAMP」を運営しています。

坂本さん

移住の先駆者としての鋭い意見をつぎつぎと発する坂本さん

「ここは最初からテーマ型のコミュニティではじめられるっていうのがポイントで、地縁で集まるのではなく、自分の興味に合ったコミュニティがあるから移住者が集まるのだと思います」

地方への移住者の満足度は、地縁以外のコミュニティの有無によって大いに変わると坂本さんは指摘します。テーマ型のコミュニティにとって場所は必須ではありませんが、具体的な場があるとより加速する。東吉野村ではそれがコワーキングスペースという存在ですが、地域によっては、その役割をカフェやゲストハウスといった存在が担っている場合もありそうです。

逆に、意外とやりがちなのがテーマのターゲットを絞らず誰でも間口を広くオープンにするイベントなどの催し。

「無作為に、人がワイワイと来るようなイベントって、行政が外向けに目標達成するためにするんだったらいいんですけど、実利的にはちょっとむずかしい。ひとつのイベントにテーマ型のコミュニティが何個も乱立することになるから、人同士がつながりにくいんです。」

これからのローカルコミュニティの作り方のヒントは、「テーマを絞ること」。これからのローカルエリアはその地域に合ったテーマ型コミュニティが醸成できるような場を持ったほうがいい、と坂本さんは話してくださいました。

坂本さん

「美味しいコーヒー」というキーワードでつながるコミュニティもありそう

地方のコワーキングスペースをつなぐ
動きや学びの場を増やしたい

坂本さんはこれまでの経験を通して得た知見をもっと多くの人にシェアしたいと考えています。全国各地で地方におけるコワーキングスペースの運営について話をしたり、コワーキングスクールキャンプという勉強会を行うなど、学びへの取り組みを少しずつ広げているところ。また、地域のコワーキングスペースをつなぐ組織の開設も準備中です。

定年退職後のセカンドライフではない若い世代の地方への移住ムーブメントは、今は能動的に行動を起こす第一世代とも言えます。今後この動きが加速していき、働く場の概念が変わり、人の往来の流動性が大きくなると、第二世代として会社を起こす独立型の人ではなく働き手として住まう雇用の場も必要になってくると予想もしている坂本さん。吉野地域は古くから林業が盛んな地域なので、その流通をデジタルの力で変えることはできないか?など、次の構想も浮かんできているようです。

移住とコワーキング。あたらしい働き方、あたらしい暮らし方の入り口。東吉野村の「OFFICE CAMP」は、どこにでもある美しい山と川に囲まれた地域ですが、実は日本の最先端を走るエリアなのかもしれません。興味が湧いた方はぜひ一度訪れてみてください。目の前を流れる素晴らしい川と美味しいコーヒーがあなたを待っています。

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西村祐子

西村祐子人とまちとの関係性を強めるあたらしい旅のかたちを紹介するメディア「Guesthouse Press」編集長。地域やコミュニティで活躍する人にインタビューする記事を多数執筆。著書『ゲストハウスプレスー日本の旅のあたらしいかたちをつくる人たち』共著『まちのゲストハウス考』。最近神奈川県大磯町に移住しほどよい里山暮らしを満喫中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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