トンネルを抜ける度に、雪は色を増していく。
名古屋から車で1時間半。冬の郡上八幡は夏のにぎわいとはうってかわり、モノトーンな風景が広がっている。建物の影に雪を残す旧庁舎記念館前の「郡上本染」の鯉のぼりだけが色鮮やかだ。
旧庁舎の裏から続く「いがわ小径(こみち)」を少し歩いたところに、「Takara Gallery Workroom」はある。
町家を改装したお店に着くと、入口の引き戸を開けて「今日の雪は積もりそうですね」と上村さんが顔を覗かせた。
郡上が発祥と言われるシルクスクリーン印刷で”マイ手ぬぐい“を作る体験が話題のお店だ。今年の夏で3周年を迎える。
約30種類の柄、約15種類の色、4色の生地を自由に組み合わせて、自分だけの手ぬぐいを作ることができる。
柄は季節ごとに変わる。
定番の郡上の町並み、踊り下駄、ドットなどに加え、冬の今は、郡上おどりを踊るジビエ(森の鳥獣)たちや、おでん、雪、つららなど郡上の風物詩がモチーフとなっている。未年の今年はニットと羊のイラストもおすすめだ。
これらのイラストはすべて上村さんご夫妻とスタッフが考え、描いている。どれも可愛く、なかなか決められないお客さんも多いが、そんな迷う時間もまた楽しい。
柄を選んだら、それをどの位置にどの色で印刷するかを決める。
版の上にインクをのせ、おそるおそる2度スキージでなぞると、真白な生地の上にイラストが鮮やかに描かれる。版を取り外す瞬間は、思わず「わー」と感動が漏れる。
ドライヤーで乾かしたら完成。この間わずか15〜20分。子どもから絵心に自信がない人まで、誰でも気軽に作ることができるので、観光やスキーなどのついでに立ち寄る人も多い。「観光の邪魔にならないというのも重要なポイントです。」という上村さん。夏の徹夜踊りの時期は1日50人近くのお客さんが途切れることなく訪れたという。
「今のままは嫌だ」という原動力
郡上の魅力がぎゅっと詰まった「Takara Gallery Workroom」だが、上村さんがお店を始めるモチベーションは意外なものだった。
「一番の原動力は田舎に行きたくないという思いでしたね(笑)。この見知らぬ田舎で楽しく生きていくためには『自分の仕事をつくる』ということが必要不可欠だったんです。なので、お店をオープンするというのは自然な流れでした。」
上村さんはトヨタ自動車のお膝元・愛知県豊田市の出身、典型的な新興住宅地で育った。愛知県の大学でデザインを学んだ後、愛知と東京でアパレルや広告の仕事につき、充実した日々を送っていた。
ご主人の大輔さんとは大学の同級生。大輔さんのご実家は郡上大和でスクリーン印刷の工場を営んでおり、ゆくゆくは地元に戻り家業を継ぎたいと考えていたそうだ。
「大学時代からつきあって10年で結婚しました。結婚する前にワーキングホリデーに行きたいと言って、1年間ニュージーランドに行きました。彼はUターンで郡上に戻っていたので、帰国後は必然的に岐阜での生活が決まっていました。」
今ではすっかり郡上での生活を楽しんでいる上村さんだが、実は当初田舎に住むということにかなり抵抗があったという。
特に不安を感じていたのは仕事についてだ。「どちらかというと結婚よりキャリアアップに興味があった」という上村さん。東京などの都会とは違い、仕事の選択の幅が少ない田舎で、「自分がやりたくないような仕事に就かなくちゃいけない状況になった時にも、楽しみながら何かできないか」と常に頭の片隅で考えていたという。
「ワーキングホリデーでの1年間は、その先のことが不安すぎて、結構考えながら生きていました。海外のアーティストの友だちがいっぱいできたし、スクリーン印刷の工場があるのでそれを生かせないかと考えた。ものを輸入するというのは難しいので、『作品のデータだけをもらって日本でプリントして販売すればいいじゃん!』って思いつきました。」
帰国した上村さんは結婚し、郡上の隣の美濃市で新生活をスタートさせる。
「いきなり郡上に行くことに抵抗があって、軽いジャブ程度に美濃に住みました(笑)。普通にパートに行って、ゆっくりした生活をすることもできたかもしれないですけど、私には全然物足りなかった。何をしたいかはまだ分かっていないけど、『今のままは嫌だ』っていうそれだけはあったんですよね。」
そこで、ニュージーランドで考えたアイデアを形にした「タカラギャラリー」というオンラインショップを立ち上げ、海外のアーティストのデザインをTシャツや手ぬぐいにして販売を始める。イベントなどにも出店したが、Tシャツも手ぬぐいも趣味趣向品。日用品と違い、事業として成り立つほどの販売数には至らなかった。
郡上と自分の「タカラ」を結びつけたお店
「もうちょっとお金が回るようになるアイデアはないかなと思って、今の形態をお風呂の中でハッと思いつきました(笑)。ものを売るより、体験を売ることの方がおもしろいんじゃないかと。」
家業でもあり、郡上の地場産業でもあるスクリーン印刷の工場があって、観光で人が訪れる。郡上は食品サンプル作り体験が以前から行なわれており、体験するという土壌が根付いている。いきなり体験型のお店を始めても、わりと受け入れられるのではという勝算もあった。
「シルクスクリーンは何にでも印刷が出来る。だからといって郡上に何にも関係ないものを作っても、お土産にならないなと思った。
それで、郡上踊りを見ていたら、みんな手ぬぐいを持っている。マイ手ぬぐいを作れる体験のお店だったら、ここに来てわざわざやる意味があるのかもしれないと考えました。」
そのアイデアを思いついてからは、周りの目にも明らかなほど「スイッチが入った」という。
郡上で物件探しをしながら、GWなどの連休には郡上のメインストリートで、「手ぬぐいの体験のワークショップ」イベントを行なった。
「やってみたら、ものすごい反響だったんですよね。スクリーン印刷7〜80年ぐらいの歴史の中で、体験ものにしたところはどこにもなかったので、受け入れてもらえたのだと思う。結果的にはこのワークショップが、「お店にしよう」という再決心にもなりました。」
前向きに動き出した上村さんを、ご主人の大輔さんや家族も応援した。
「今聞いてみると、彼は私が郡上に行くと決心したことがうれしかったみたいですね。お店も目標をもってイキイキと生活できるのなら応援しようと思ったと言っていましたね。
なんだか郡上という大きなうねりの中に引っ張られた感じがします。あんなに行きたくない行きたくないって拒否していたのに、郡上に行こうと決めたとたんに、ぶわーって一気に転がっていった。」
自分の生きる場所をつくることが、結果的に地域のためになる
上村さんのポジティブなエネルギーは、郡上という町にも変化をもたらした。
「『雇用を生んでいるよね』って、人に言われてハッとしたんです。
自分のことだけを考えて、自分の生きる場所を作ったことが、地域のために貢献できている。雇用を生み、うちの店を目的に来てくれた方が他でもお金を落としていく。そういうパズルのピースみたいになっているんだって。それは本当に予想していなかったことなので、ちょっと驚いています。」
最後に聞いてみた。「郡上は好きになりましたか?」
彼女は笑って、「好きになりました。やりたいことをやっていると、結果的に愚痴がなくなるし、土地について悪く言わなくなる。今は田舎に対しての漠然とした嫌悪感は全然ないですね。」
どんな場所にも、良いところ、煩わしいところの両面がある。
自分の生活が思うようにいかないと、その不満が「土地」への批判に向かう。それが積み重なり、田舎から出て行ってしまう若者も少なくない。
「結局はどこに行くかじゃなく、何をするかが重要だと思うんです。
私の場合は(都会に)帰ってしまうのではなく、「なりたい自分」という漠然としたものを叶えるために、自分でその場所を作ろう!と考えました。」
「以前は保守的な田舎のイメージで嫌だったのが、今は自分なりにやりたいことで生き方を作っていこうとしている若者たちが集まってきている気がします。 同じことを目標としている仲間たちもいますし、けっこう楽しいですよ。ちょっと郡上が熱くなってきた感じがしますね。」
取材を終えて外に出ると、雪はさらに勢いを増していた。
この雪も、きれいと感じるか、煩わしいと感じるかは、その人次第。
「どこに行くかじゃなく、何をするかが重要」という上村さんの言葉を反芻しながら、寒くて熱い郡上をあとにした。