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2021年3月16日 佐藤文香

柳田國男『遠野物語』に挑む!地域文化を発信するローカルプロデューサーの軌跡

岩手県遠野市は岩手の中央に位置する山々に囲まれた小盆地です。柳田國男『遠野物語』の舞台として有名であり、「しし踊り」や「神楽」といった土地に根付く郷土芸能が今も継承されている、豊かな文化と土の香りがする場所です。

東京の広告代理店で働いていた富川岳さんが遠野に移住したのは5年前。遠野の豊かな地域文化に傾倒し、土地の物語にデザインを掛け合わせて魅力を発信してきました。2019年10月に「株式会社富川屋」を設立。現在は「企画/デザイン」「観光」「商品開発」「人材育成」の4つの事業を軸にさまざまなプロジェクトに挑戦しています。地域に根を張りながらクリエイティブの新天地を目指し続ける富川さんに、お話を伺いました。

29歳で遠野へ移住。あまりにも勇気がいる決断

東京の広告代理店で働いていた富川さんは、都会ではなく地域で仕事をすることに昔から興味を持っていましたが、中々きっかけが掴めずにいました。

「自分がいることで誰が喜ぶのか、誰に影響を与えているのか、それをもっとダイレクトに感じたい。」

実家である新潟県長岡市や、大学時代を過ごした群馬県高崎市のことを頭に浮かべながらも、足を踏み出せずにいました。

そんな時、知人から岩手県遠野市で立ち上げるプロジェクト「Next Commons Lab」の誘いを受けます。ローカルで新たな取り組みに挑戦するチャンス。しかし、縁もゆかりもない岩手、初めて耳にする地名。これまで積み上げた東京でのキャリアや友人をリセットすることになる…。あまりにも勇気が必要な選択に一度は断ったものの、信頼する人から「東京で”地方”と言ってても説得力がない。つべこべ言ってんじゃねえ!」と背中を押されてというか、むしろ蹴られて、ようやく移住の決断ができたそうです。

「地域おこし協力隊」の制度を利用して遠野に移住した富川さんは、1年間「Next Commons Lab」の立ち上げに関わり独立。ローカルプロデューサーとして地域文化とデザインを掛け合わせたプロデュースワークを始めました。

しかし、はじめは地元の方から“ソトモノ”として見られることも多かったといいます。受け入れてもらってはいるものの、「いつまで遠野にいるの?」と、いつか帰ってしまう前提で話される。それを受けて富川さんは、「土地の人たちとしっかり向き合って、圧倒的にこの土地に潜ろう」と考え、地元の人たちとの対話を大切にしながら活動してきました。

「師匠」との出会いから、遠野の土地と文化に傾倒

大きな転機をもたらしたのは、長年『遠野物語』を研究してきた大橋進先生との出会いでした。「『遠野物語』について深く知るためには、本を読むのも大事だけどとにかく野に出よう」と富川さんを外に連れ出し、物語が残る遠野のさまざまな場所を案内してくれました。大橋先生とのフィールドワークを重ねるうちに、富川さんは遠野という土地が生んだ文化と脈々と紡がれてきた歴史の面白さにぐっと惹き込まれます。

「遠野は、現世と異界が限りなく近く、クロスオーバーしています。その“境界”の魅力を、もっとたくさんの人に感じて欲しい。また、それを深く体験できる仕組みを作りたいと感じました。」

大橋先生が最初に出会った頃にこぼしていた「俺は後継者を作れなかった」という言葉。それを胸に、大橋先生を師匠と呼び、先生も富川さんに全力で遠野の文化を教えました。いつの間にかできた師弟関係に、富川さんは楽しさだけではなく、使命感も覚えたと言います。

2017年10月には、遠野の地域文化の魅力を発信する団体「to know」を設立。「その土地の物語を編み直し、“いま”を生きる人々の糧とする。」をビジョンに掲げ、遠野物語を楽しく学ぶイベントやフィールドワークを重ねてきました。この時師匠のもとで学んだ知識が、今の富川さんの礎となっています。

土地と深く接続し、面白がりながら内と外をつなぐ

遠野に住んで5年。2016年に突然遠野にやってきた“ソトモノ”の富川さんは、徐々に土地に根を張る「内の人」になっていきました。はじめは観る側だった郷土芸能「しし踊り」も、演じる側になって気づいたことがあります。

「しし踊りは500年以上も前から続いている郷土芸能なので、しし頭を被って踊る時に、500年前の人と同じ視点を追体験できる面白さを感じますね。歴史ある素晴らしい文化だと実感するとともに、地元の人たちにとっては日常で暮らしの一部になっていると感じます。こうして遠野で活動してきたことで、内と外、両方の感覚がわかってきました。映画『もののけ姫』でアシタカが人と“もののけ”の共存を信じたように、自分は「風」と「土」を混ぜることが役割だと思っています。」

「内と外をつなぐ者」としての役割。それを実践し続ける富川さんの根底には「遠野の魅力を伝えたい」という思いがあります。遠野には『遠野物語』や郷土芸能を始めとした魅力ある資源がたくさんあるにも関わらず、それが十分に伝わっていない状況に歯痒さを感じていました。自身が惚れ込んだ遠野の豊かな文化をたくさんの人に届けたい。そのために富川さんは土地と深く接続しながら、内と外をつなぎ、この魅力が「どう伝わるか」を設計しています。

プロデューサーとして遠野で実績を積み重ねた結果、今では遠野に興味を持つ人が増え、関わる人も多くなりました。まちが活発になってきた様子を見て、地元の人たちから応援と感謝の声をいただくことも増えました。「地域の力になれていると実感できることが、次への原動力になっている」と、富川さんは話します。

地域にプロデューサー的視点を持った人材を増やす

2019年からは人材育成にも力を入れてきました。岩手には人と人との間に立ってプロジェクトを率いる「プロデューサー的人材」が不足していると感じた富川さん。自身の経験を生かして企画・プロデュースのノウハウを伝えるべく、「考えて動かす学校」を開講しました。全5回の講座を通して基礎から学ぶことができる場として、岩手で活動する志の高い若者が集います。これまでおよそ50名の方が受講しました。

「講座の中で基本的なノウハウは伝えますが、大事なのはそのあとの実践。現場に立ち続けることで経験が積み上がっていくので、仕事を任せたり一緒に動いたりして若手が活躍できる舞台を作っていきたいと思っています。ローカルに企画とプロデュースのノウハウを身につけた人が増えて、地域の魅力がこれまで以上に発信されるようになったら嬉しいですね。」

受講したメンバーは、終了後もお互いの近況報告をしたり仕事を依頼しあったりしていて、岩手の未来を担っていく人たちが互いに高め合うことのできる場になっています。現役でローカルプロデューサーとして活動している富川さんだからこそ、その熱量に突き動かされる若者が集まってくるように感じます。

コロナ禍で模索する地域の魅力の伝え方

「地域の魅力をどう伝えていくか」という大きなテーマを持って活動してきた富川さんは、コロナ禍に直面し、その方法を改めて考えてきました。自由な移動が制限されている今、土地の魅力を身近に感じてもらうにはどうしたらいいか。

そこで開発したのが、離れていても遠野を身近に感じてもらえる商品。「遠野が香るアロマスプレー Sense of Tono」です。五感に訴えかける「香り」に着目し、商品開発からパッケージ制作まで「オール岩手」にこだわって制作しました。

パッケージにはビールの原料となる遠野産ホップのつるから作られた「ホップ和紙」を使用。地元の高校生たちが手間をかけて作った手触りの良い和紙です。他にも遠野三山のひとつ、霊峰・早池峰山の雪解け水を配合したり、岩手のオーガニック米から蒸留したエタノールを使用したりと、岩手らしさをたっぷり詰め込んだ商品となっています。

2021年3月1日までクラウドファンディングを実施し、目標金額を大幅に超える支援が集まりました。4月以降には一般発売を予定しています。「遠野の新しいお土産として、多くの人に届いて欲しいです」と富川さんは話します。

時代を越えた柳田國男との対決

今後の新たな取り組みとして、遠野を舞台にしたオリジナル作品を制作予定の富川さん。

「地域文化を発信する表現の仕方はたくさんあると思っています。今後は、遠野の豊かな文化と自分が好きなポップカルチャーを混ぜて、自分なりの世界観を表現したいです。それをきっかけに、今まで地域文化や歴史に興味を持っていなかった人たちにも、その魅力を届けられたら嬉しいです」と富川さん。

遠野の文化と世界観に傾倒し、自らのやり方を信じて魅力を発信していく富川さんに、柳田國男の姿が重なります。柳田國男は35歳で『遠野物語』を発表しています。富川さんは現在34歳。「負けたくないという気持ちで挑戦します」と話します。柳田が『遠野物語』を通して表現した遠野を、富川さんはどう表現するのでしょうか。時代を超えた対決は、まだ始まったばかりです。

取材先

株式会社富川屋 富川岳さん

1987年 新潟県長岡市生まれ。岩手県遠野市在住。

岩手県経営・技術支援事業専門家。都内の広告会社(spicebox / 博報堂常駐)を経て2016年に岩手県遠野市に移住。Next Commons Lab 立ち上げを経て独立。デザインや情報発信を生業としながら、東北の豊かな地域文化に傾倒し、民俗学の視点からその土地の物語を編み直し、”いま”を生きる人々の糧とするべくフィールドワークや商品開発、デザイン、教育機関と連携した取り組み等様々なプロデュースワークを行う。 プロデューサーとして岩手ADC2018コンペ&アワード グランプリ受賞。遠野文化研究センター運営委員。遠野文化友の会副会長。遠野遺産認定委員。宮城大学非常勤講師。

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佐藤文香

佐藤文香宮城気仙沼市出身。岩手県民歴8年。ライター、ゲストハウスの女将を経て、現在はライター兼ディレクターとして県内を中心に活動中。岩手の豊かな自然に癒されながら、思いやりの心を大切にして生きています。特技は「美味しそうに食べること」。岩手には美味しいものがたくさんあるので日々幸せに暮らしています。Twitter:@fumipon30note:https://note.com/fumipon30

人と風土の
物語を編む

 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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