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2021年9月2日 西村祐子

若い移住者パワーが地域の力を引き出す。山梨県大月市「ローカルディスタンス」

新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから一年以上が過ぎ、地方への移住や、都会と地方の両方に住まいを持つ「二拠点生活」を希望する人が増えています。最近のトレンドは、一気に田舎暮らしに向かうのではなく、「たまには都心に通勤もできる」首都圏からぐるっと半径100キロ圏のエリアが人気のようです。

山梨県大月市は、東京都のすぐお隣で、都内まで電車や車で1時間ほどの立地でありながら、急峻な山に囲まれ美しい川が流れ、富士山エリアの玄関口にもなる自然豊かな土地。

その大月市に今、若者が次々と移住する動きがあります。その流れに一役かっているのが「ローカルディスタンス」という名称で活動しているグループ。いったい大月に何が起こっているのか?その動きを探るべく関係者のみなさんにお話を伺いました。

フリーランス移住者チームが始めた地域団体が、地元も巻き込み拡大中

「ローカルディスタンス」は、もともと東京中心に活動していたフリーランスのメンバーが、2020年春から大月に移住してスタートしたグループ。「大月ラボ」というWEBサイトを立ち上げ、自分たちの移住体験や仲間の起業、大月市内の面白い人や活動などの情報をWEB記事やYouTube、SNSなどで記事や動画として発信し、大月市の魅力を集めたポータルサイトとして運営しています。

大月の魅力発信とローカルディスタンスの活動報告を行う「大月ラボ」WEB

彼らの活動で驚くべきは、その規模の広がりとスピード感です。

移住者メンバー5名でスタートした団体ですが、移住者仲間の他、地元の若者や学生なども続々と加わり、現在では総勢約80名の大所帯に。

活動内容の方も、単なる地元の情報発信だけに止まらず、コロナ禍で苦しむ地元の飲食店を支援するクラウドファンディングを成功させたり、空き家を改装したカフェを開業したり、猿橋観光船の復活プロジェクトを継承したり、急激に活動の幅を広げています。

都会ではできなかった「自分の店を持つ」という夢を大月で叶える

2021年3月、大月市笹子地区に開業した「アフロカフェ」は、海のない山梨県だからこそ、ということで海の家がコンセプト。ローカルディスタンスで活動中の「アフロたまき」こと玉木優一さんがこの地に移住し、スタートした飲食店です。

玉木さんは、東京農大を卒業した後、食の現場を知りたいと飲食業に多く携わり、自らの店を持ちたいという夢を持っていました。働きながら開業資金を貯めてはいたものの、都内での開業には多くの自己資金も必要で、なかなか具体的な動きまでは至らなかったと言います。

住居兼店舗のアフロカフェ全景。気軽にベンチで休む地元住民も

そんな折、先に移住していたローカルディスタンスのメンバーから誘われて、大月の家に遊びに来たことがきっかけで、この地での開業と移住を決意。今のカフェがある場所は、「不動産屋さんでテナント付き住居を探したら、ここが唯一出てきた物件だった」とのことで、ほとんど偶然だったと言います。

仲間とDIYした店内。砂浜もあり海の家風の内装となっている

元コンビニだったという物件には残されていた備品なども多く、整理や改装に人手が必要でしたが、物件を所有している大家さんの理解と応援もあり、仲間の協力を得て半年ほどの準備期間を経て開業にこぎつけました。

「資金的にも融資は受けずに、都内などでは考えられないほど安価で実現できました。」と玉木さん。

すぐに覚えてもらえるようにと、移住を機にアフロヘアにした玉木さんと、大家の小林さん

玉木さんがお店を始めるにあたっては、大家の小林さんも一緒に、集落のみなさんに挨拶まわりをしてくれたのだそう。

「最初、この髪型が地域の人に怖がられたらどうしようかと思ったんですが(笑)、玉木くんは話しやすいので、すぐに受け入れられました」と小林さんは笑います。

今は、物件を貸しくれているだけでなく、アルバイトとしてお店を手伝ってくれることもあるとのことで、「本当に恵まれています」と玉木さんは話してくれました。

コロナ禍で苦しむ地元店舗を応援!「大月スマイルプロジェクト」

新型コロナで苦しむ大月市の地元飲食、宿泊、観光業者等をクラウドファンディングで応援しよう!と立ち上がった「大月スマイルプロジェクト」でも、ローカルディスタンスのメンバーが活躍しました。

多くの支援者を集めた大月の飲食・観光事業者支援のクラウドファンディング

大月市の商工会や観光協会が実行委員となったこのプロジェクトですが、実際の現場でリーダーシップを執ったのは、アフロカフェによく遊びに来ていた地元の若者、今泉航さんでした。

アフロカフェの近くに住んでいるという今泉さんは、玉木さんが「カブトムシを取りに行こう」と遊びに誘ったのがきっかけでローカルディスタンスの活動に参加しました。

以前は仕事場と家の往復という単調な生活でしたが、今は夜勤もある本業の仕事の合間に動画編集を覚え、このプロジェクトのリーダーを打診された際も「自分の世界が広がる」と、快諾。

地元出身メンバーの今泉航さん

最初は団体の支援もなく支援金額も伸び悩んでいましたが、仲間の励ましも得て一念発起、いろんな飲食店に自ら足を運び、趣旨を説明。観光協会にもお願いして後援を取り付けるなど積極的な行動をした結果、地元住民の応援も得られ、最後の1週間で50万円以上を上積みするなど、目標を大幅に超える520万円もの支援を達成することができました。

今泉さんのように、ローカルディスタンスで移住者と関わる中で、地域の活動や情報発信に興味を持ち、行動する地元の若者が増えているというのが、この団体の大きな特徴です。

一人の移住から始まった、ローカルディスタンスの活動

都会からの移住者と地元の若者が一緒になって新しい「地元」を応援しようとするローカルディスタンスの活動ですが、始まりは、都内に住むフリーランスチームの一人が大月に移住したことがきっかけでした。

最初に大月に移住したのが、都内でゲストハウスを運営していた横山べるさん。「アーティストハウスのような宿を本格的に運営したい」と物件探しをしている中で見つけたのが大月。たまたま紹介された売買物件をそのまま購入することにしたのだそう。

メンバー内で一番最初に大月に移住した横山べるさん

ローカルディスタンスの主要メンバーは、もともと都内の同じ拠点で仕事をしていたフリーランスの仲間でした。ちょうどコロナ禍でリモートワークが進み始めた頃、横山さんが移住した大月に遊びに来ているうちに、「東京である必要はないんじゃないか?」ということに気づき、一人また一人と移住して、今の流れに繋がりました。

チーム名も、当時盛んに使われていた「ソーシャルディスタンス」という言葉をもじったかたちで、自分たちと地域の距離感を縮めようということで考案されたのだとか。

移住した当初は一人でひっそりと自らの事業をやるつもりだった横山さん。続々と移住を決める仲間たちとさまざまなプロジェクトに携わるうちに、「みんなでやったら規模や効果も5倍6倍になる」と気持ちに変化が生まれてきたといいます。

横山さんの移住がきかっけで大月に移り住んだ範馬さおりさん

2020年4月に大月に移住した範馬(はんま)さおりさんやプロデューサーの下牧零さんも、東京で横山さんと同じチームで働いていた仲間。コロナ禍で都内の雰囲気が変化するなか、「大月なら密にもならず、楽しいことも多そう。仕事は今のままどこでもできるよね」と、移住を決めました。

移住というと、少し前までは一生に一度の大決心、というイメージもありましたが、まだ20〜30代で独身が多い彼らの捉える移住はとても軽やか。気軽な気持ちでどんどん新しい環境に溶け込み、長年若者の流出に悩んでいた大月のまちに風を起こしているようです。

「茂さんは銀座のママ」活動を支えて地元と繋げるキーマンの存在

このような若い移住者の流入や活動について、長年暮らす地域の人たちはどのような印象を持っているのでしょうか?

中央道の大月ジャンクションから車で3分、国道20号沿いにある老舗食堂「いなだや」主人の幡野茂さんは今の彼らの動きを「歓迎しかない」と話します。

看板が渋くて印象的な食堂「いなだや」の幡野茂さん

「もともと大月には30年ほど前からアーティスト村のような集落ができるなど、芸術家が多い土地柄で、都内へのアクセスも良いため、今でも通勤通学で関東圏に通う人もいます。人の交流が活発なのも受け入れやすさにつながっているのかもしれないですね。」と幡野さんは分析します。

ご自身は大学進学で横浜に出た後、食堂を営む実家に戻って家業を継ぎました。現在、地元出身の豊富な人脈を活かして、ローカルディスタンスのメンバーと大月市長の面談をサポートしたり、二拠点居住を推進する研究会を立ち上げたりと精力的に活動しています。

ローカルディスタンスメンバーの下牧さんは「茂さんと出会わなければ、僕らの活動がこんなふうに発展することはなかった」と尊敬と謝辞を隠しません。

幡野さんの「こんな本を読んでみたら」「そういうことならこの人に会ったらいいよ」という言葉に素直に従い、知見を深め繋がりを広げる下牧さん。

幡野さんについては「すぐにいろんな人に繋げてくれる姿はまるで銀座のママのよう」と笑いながら話してくれました。

大月で活躍するキーパーソンの方もお招きしての記念撮影

ローカルディスタンスは夢を叶える環境をつくるためのプラットフォーム

ローカルディスタンスの活動は、幡野さんのような理解ある地元の方の後押しや、大月市が政策として二拠点居住やワーケーションを推進しているということもあり、市の広報誌やテレビにも露出し、急速に市内に認知が広がりました。

現在では総勢約80名となったローカルディスタンスですが、幹部やスタッフのような存在が10名程度いるほかは、組織だった形態はなく、所属の証もありません。仕事としてしっかり取り組むメンバーもいれば、バスケをしたり遊び企画への参加中心のメンバーもいて、関わり方も多様で緩やか。

それについて、プロデューサーの下牧さんは、「夢を叶える環境をつくりたいからあえて法人にはせず、アメーバのような組織体にしている」と話します。

地域の若者育成や全国展開などビジョンを語るプロデューサーの下牧さん

「会社になると、お金や組織だけが優先されてしまいがちですが、ローカルディスタンスは会社ではありません。単なるグループでもサークルでもなく、フラットな関係性で仲間がいて、仕事や遊びを共有できるプラットフォームとして存在できればいいかなと思っています。」

さらに、「地元の若者でも移住者でも、ひとつのプロジェクトを担い、責任感を持って仕事をすることで、若者が育ってくるのではないかと思う」と下牧さん。

ローカルディスタンスがプラットフォームとなり、若者に仕事や機会を提供することで、地域のリーダー人材育成にも繋がるのではないか、と考えています。
そして、大月をモデルケースにいずれは全国に展開、世界に発信していきたいと夢を語ってくれました。

コロナ以降の新しい移住は自然体

たった一人の大月移住から、ほんの1年前に始まったローカルディスタンスの活動。

移住後に始めた彼らの活動内容は、カフェの開業や情報発信など、これまで他の地域でも行われてきた活動と、大きな違いがあるわけではありません。

印象的なのは、新型コロナウイルスの蔓延とそれに伴う社会情勢の変化によって、ごく自然に地方に目を向けて、ごく自然にプロジェクトを進めている点です。

「移住」「地域おこし」を成功させねばという気負った感じがなく、20〜30代という若い世代ならではのフットワークの軽さとポップな感覚が、新たな移住者の呼び水となり、さらには地元住民の力をも引き出し、新たな動きへと結びつけています。

また、地域に生きる少し上の世代が、彼らの積極性を素直に受け止め、応援していることが大月でのローカルディスタンスの活躍に寄与しているのではないでしょうか。

彼らの活動がどのように発展していくのか、今後の展開にも注目です。

取材先

「ローカルディスタンス」

もともと東京中心に活動していたフリーランスのメンバーが、2020年春から大月に移住してスタートしたグループ。「大月ラボ」という大月市の魅力を集めたポータルサイトを運営し、自分たちの移住体験や仲間の起業、大月市内の面白い人や活動などの情報をWEB記事やYouTube、SNSなどで記事や動画として発信している。

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西村祐子

西村祐子人とまちとの関係性を強めるあたらしい旅のかたちを紹介するメディア「Guesthouse Press」編集長。地域やコミュニティで活躍する人にインタビューする記事を多数執筆。著書『ゲストハウスプレスー日本の旅のあたらしいかたちをつくる人たち』共著『まちのゲストハウス考』。最近神奈川県大磯町に移住しほどよい里山暮らしを満喫中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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