記事検索
HOME > 移住する > Iターン >
2015年6月19日 大川富美

有機の里「吉賀」で新規就農して7年。農業研修生も受け入れる、頼れる先輩就農者 伊藤都さん

島根県南西部に位置する山あいの町、吉賀町。
町の総面積のうち、92.2%が森林、約6,500人の町人口のうち42.5%が65歳以上という町には、自然の中で共生する暮らしを求めて移り住んだ若者たちも少なくありません。
どんなきっかけで町を訪れ、そして何に魅了されて住み続けているのでしょうか。
3人の移住者にお話を聞きました。

今までの人生で見たことのないものが見たい

「”ここに来たきっかけ”をたどっていくと、コスタリカでさなぎが蝶になる瞬間を目にした時から始まったんだと思います。」

新規就農者として町に住んで7年目となる伊藤さんの話は、さなぎの話から始まりました。青年海外協力隊員として、小学校などで環境教育を行うため、コスタリカに滞在していた時のことだそうです。

「うわあ、すごいなあ、初めて見た、と感動して、思ったんです。世の中には、私が見たことがないものがまだまだあるはずだ、それが見たいなと。」

しかし、どこに行って何をして働けば、そんな経験ができるのか。2007年に帰国して、今後の身の振り方について迷いました。

その中で、伊藤さんが強く思ったのは、
「自分がどれだけ一人でやれるかやってみたい。自立した暮らしをしたい。」
ということ。
日本の食糧自給率への問題意識も持っていた伊藤さんは、農業に挑戦しようと、静岡県伊豆の国市にある農業大学校で1ヵ月間、自然農法を学びました。

有機農業で知られた吉賀町との出会い

大学校で学んだ後、自然農法を実践できる場として、先生が紹介してくれた場所の1つが、「有機の里」として知られる吉賀町でした。

棚田の農家

さっそく町を訪れた伊藤さん。山に囲まれた里で行われる吉賀の農業は少量多品種で、これまで畑で成っている姿を見たことがない野菜もたくさんありました。

また家族経営の農家では、分業の仕方にも感心しました。

「若い人は、体力を使う仕事をして、子どもやお年寄りは力の要らない袋詰めなどの手作業をする。ここには、誰もがその年齢に応じて、できる仕事があるんですね。ここなら、自分が年をとっても、こうして働けるなあと思ったんです。」

まわりの人に支えられた新規就農

2008年、伊藤さんは吉賀町に移り住みました。1年目は農家で農業研修をし、2年目から農地を借りて、本格的に就農しました。

「分からないことは、まわりの人にどんどん教えてもらいました。本当にみなさんの知識の量がすごいんですよ。私だけが今まで気づいてなかったんだな、ってことばかりです。」

現在は、4か所に合わせて5千平方メートルの畑と田んぼ7畝を借りています。畑ではトマトや青梗菜、トウモロコシなど20種類の野菜を育てています。

水田

持ち前の明るさで、誰とでも仲良くなる伊藤さん。

「みんなから『都ちゃん、都ちゃん』と呼ばれて、年寄りのボーイフレンドがいっぱいおるんよ。都ちゃんは、すっかり町に溶け込んでおるわ」 と、町の人もいいます。

しかし、やはり困難なこともあったのでは?と聞いてみると
「もう、忘れましたよ」と笑いながらも、
「土地を借りたはいいけれど、行ってみたらすごく荒れた土地で、かずらに覆われていて、取り払うのに時間がかかったり。急な斜面で草刈りがとても大変だったこともありましたね。」
と、慣れない頃の苦労話も披露してくれました。

しかし、そんな苦労を忘れさせてくれるのが、地域の人からの温かい眼差しでした。
「一人で誰も見ていないはずの所で草刈りをしていたのに、数日後、『あそこで草刈りしていたね』と声をかけてもらったことがありました。ああ、見ていてくれた人がいたんだな、とうれしかったですね。」

日々の暮らしは、見たことがないものの連続

雪が積もることもある冬には、静かな村に暮らす寂しさを感じることもあるそうですが、
「風呂も焚かなくてはいけないし、とにかく、いつもやるべきことがあって体を動かしているから、余計なことを考える時間がなくっていいんですよ。」

そして、日々の生活は、「見たことのないものの連続」でもあります。
「月の光で自分の影ができるのを初めて見ました。こんなに月が明るいなら、月明かりで草刈りができるんじゃないか、と思ってやってみたら、本当にできたんですよ!さすがに農作物の発育具合を調べるには暗すぎましたけどね。」
さらに「知ってます?マムシってシャンプーのにおいがするんですよ」などと、伊藤さんの発見は尽きないようです。

頼もしい先輩就農者として

移住・新規就農をして7年目の伊藤さんは、今や新規就農者の頼れる先輩。
これまでに、20~50代の3人の農業研修生を受け入れ、その全員がそのまま町で暮らしているのだそうです。現在は、4人目の研修生と一緒に畑仕事にいそしむ毎日です。

伊藤さんと研修生

「夜はカエルの声が本当にうるさくて。最初は眠れないほどでしたけど、今ではカエルの鳴き声だけ聞こえなくなる特殊な能力が付きましたからね(笑)。一日の労働で体が疲れていますし、ぐっすり眠ります。」と笑顔で話す伊藤さん。

一方で、「まだまだ生活の面では不安もあります。出荷組合の事務などのアルバイトもしないと暮らせない部分もあるので。」

新規就農で農業一本でやっていくことの厳しさもちらりとのぞかせますが、逆に言えば、まだ完成形ではないからこそ、可能性も広がります。

伊藤さん3

「出ていく理由がないから、この町にいるだけですよ」
将来のことを聞くと、伊藤さんらしい独特の口調でこんな返事が返ってきましたが、その後、こう続けてくれました。
「ここにいると、自分で自分の生活をつくっているという手応えがあります。まだまだ見たいものもたくさんあるし。外国人も農業研修や田舎暮らし体験で受け入れたりしてみたいですね。」

伊藤さんからのメッセージ
農業では、手を掛けたら手を掛けただけのものが育ちます。成果を目で見ることができます。少々時間はかかりますが、どんなふうに手を掛けるか、その過程を楽しんでみては?

取材先

伊藤都さん

山口県下関市出身。34歳。

大学卒業後、青年海外協力隊員としてコスタリカで環境教育に携わり、2007年に帰国。静岡県の自然農法大学校(現農業大学校)に通ったのち、2008年に吉賀町に移住した。

新規就農者として、野菜や米作りに精を出しつつ、農業研修生の受け入れもしている。

大川富美
記事一覧へ
私が紹介しました

大川富美

大川富美東京都出身。大学卒業後、広島市の新聞社で記者として働く。 呉市、竹原市、山口県岩国市などで暮らし、現在は、広島市在住。 市内の小学校で英語を教えている。もちろんカープ&サンフレッチェのファン。趣味はほかに犬の散歩と道の駅めぐり。

人と風土の
物語を編む

 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

人と風土の物語を編む