有機茶の茶畑を仕立てる凄み
お茶の生産と農薬。それは大抵においてセットといっても過言ではない組み合わせです。
有機茶の茶畑を仕立てる。
茶畑から一番茶をつむ。
ことばにしてみると、たったの二文。しかし、この二文を長年積み重ねる重みは底知れないものがあります。
島根県吉賀町では、役場の農業普及員が村の収入源として「茶」の生産を提案したことが、今に至るまでのきっかけとなりました。当時、その普及員の方がこの地の「昼夜の温度差」、「茶の木の野良生えの存在」に注目し1年間京都での研修を通じて、栽培技術を学ばれたそうです。そして、学んだ技術をもとに、茶畑づくりはスタート。
桑畑だった場所を茶畑にするために、桑の木は伐り、周囲の草を刈り上げた後に、家の屋根をふいていたわらを再利用して地面にわらを敷いていき、土地を整えていく。
作り上げていく過程を共にした農家さんたちが共同出資して始めた当時のことを、齋藤 隆美(さいとうたかみ)さんにお聞きしました。
隆美さんが自営業の農家を継いで間もない22歳の頃、村のお茶づくりは始まりました。
「桑を作る。芋を作る。菜種油を作る。昔から、食べ物を殆ど作りよった。そこに茶畑が加わったとき、ちゃんと茶葉が取れるようになるまでが大変だったねぇ。金かかるけえねえ、共同で出資して、13人の協働でやったんじゃき。草の管理が大変だった。植えてから5年は殆ど取れんからねぇ。多少は取れよったけれども、お金になるという訳ではなくて、日当が出るわけでもなかったな。」
その後、茶葉が取れるようになってくると、共有の茶畑なので、日当を決めて収益を分けるというかたちで運営。主にJAに送っていましたが、どうにも安くていけないということで、松江の問屋まで自分たちで持っていったこともあったそうです。
複数の農家での共同による茶畑の運営は、今から10年程前に終わり、個人ごとに畑を分ける今の体制に至っています。
「他の仕事が増えたから、茶の仕事に人が集まらなくなって共同でやらなくなったんです。」
とびっきりの一番茶を仕立てる
ちょうど若葉色の新茶の芽が出ている時期だったということもあり、「天ぷらにしたらおいしいから、摘んでいってもいいよ」という一言を頂き、そこから15分程、生えてきている茶の葉とにらめっこ。茶の葉を選びながら摘んでみて改めて感じたのは、手摘みの一番茶が最も贅沢だ、ということでした。
「機械の時はでたらめに、いっぺんに刈る。手摘みの時は必要なところだけを刈る。」
私の人生初めての茶摘みに対し、3人の農家さんがお互いに言葉を重ねて、イチからレクチャーしてくださいました。茶の葉は新芽が出たあと、5枚の葉が出るそうで、おいしい一番茶は3枚目から上を摘むのがポイントだとのことです。
「今は機械でやるけえ。機械で摘む時は、古い葉と木が入らないよう、秋に上をきちんと揃えておかないといけないんじゃ。」
茶を摘んだ後に待っている作業は「茶もみ」。
「摘むんだけではなくてねぇ、もまにゃあかんろう。昔は夜中にもみよったけえ。生葉を持って帰ってね、機械を使ってほぐすという行程を入れなくてはいけないんじゃ。」
作業の時間としては、1反(10a)を2人で半日かけてやっています。そもそもの茶畑の立地も関係するそうですが、「霜」への対応のきめ細かさが「おいしいお茶」の決め手ともなります。吉賀町にある茶畑には6時には朝日が当たるため、露が降りたのが自然に消えるのが8時くらい。霜が降りたあと、霜がとけていない状態で日が当たってしまうと、太陽の熱で霜がとけてしまい、それが茶にはよくないというのです。だから、朝5時には茶畑に来て、水をかけて霜をとかさないといけません。
水﨑 央(みずさきひさし)さんに作業の時間を聞いてみると、
「露があるから8時半か、9時頃から摘みはじめて3時間くらいかかるかな。」
という答えでしたが、隠れた、まるで家事労働のような時間が存在します。
摘む前の準備があってこそ。手間ひまかけるとはこのことです。
茶畑は盆栽畑 施されるきめ細やかな手入れ
どのくらい霜にやられるか。
それは年によって異なり、その具合で生産量は変わってきます。
「1反で300kgくらいとれて、製品には60kgくらいなるかな。茶は米と一緒で、もうけるということでやっているわけではないからね。」
霜以外に大敵なのが、冬場の雪。雪対策としては、枝の剪定の仕方が関係します。
茶畑を歩きながら説明を頂いていた際に目に飛び込んできたのが、過去の共同管理が終わった後、手入れが行き届いていない茶の木。その幹には苔が生えてしまっていました。枝に苔が生えると、木が弱っていってしまうそうです。齋藤 武文(さいとうたけふみ)さんが手に取ると、いとも簡単にぽきっと折れてしまいました。
「剪定の仕方も、盆栽のようにどこを刈るかを意識しないと、雪にやられて折れてしまう。枝のない部分を作ってしまうとだめで、こうなってしまうんです。」
「ここを切ると次はこうで…」と、枝が次にどう伸びてくるかを把握しているからこそ、剪定していくイメージが構築されています。茶畑一体に盆栽を仕立てるような、そんなきめ細やかさやこだわりを持って取り組んでいる武文さん。やはりここにも手間ひまをかけた姿がありました。
手間ひまをかけてこそ、ええ茶の芽が取れる
「剪定の時は一番下から切ってね、5年したらこうなる」
茶畑は剪定すると茶の葉の出る量が少なくなるため、剪定から何年経ったかによって茶の葉が出る量が違います。そこで、生産量を調整するために、茶畑の中で剪定する箇所は分けて行うそうです。
「あまり高く作ったらあかんの。機械を持ってやるから、仕事がえらく(=大変に)なってしまうからねぇ。」
下瀬 久人(しもせひさと)さんはお茶づくりを米づくりに例え、「もうけようと思ったらもうからない。ええことにならないもの。」だと言います。そこにはたくさんの惜しみない手がかかっているということ。そんな風にして育んできたのが「よしかの有機茶」です。
「いかにええ茶を取るか、それは手をかけて、ええ茶の芽を取るということやけえねぇ」
茶畑と向き合った時間が教えてくれるもの、次世代の生産拡大に向けた知恵
これまで、有機茶を育ててきた農家さんたちの目に留まる場所。
それは、人力で霜対策をする必要のない、霜対策に適した立地の林野です。
この写真の奥にある林野は北向き。霜がとける時間まで、日が当たらない可能性もあり、そんな場所に茶畑をこしらえることができれば、コストダウンにつながります。
霜対策のために、大規模に設備投資をしなくても、自然の中での立地を工夫する。これぞ、長年培われてきた知恵に他なりません。
また、元々茶の木が生えていたエリアに、竹が浸食している場所もあります。ここでは竹の根の張りようにも負けじと、まだ茶の木が粘り強く生えています。元々は茶畑だった場所のため、竹を除伐すればそのまま茶畑に移行できる箇所もありそうです。
有機茶の生産力拡大のためにも、用地の開拓はこれから必要な取り組みの一つです。
今吉賀町にある資源と、半世紀以上が経った「よしか有機茶」をこしらえてきた農家さんたちのノウハウ。そこに、新しい取り組みを実行していく人が加われば、有機茶は吉賀町の大きな魅力となる可能性を十分に持っています。
そんな有機茶のフィールドを一緒に担い、さらに発展させていく人材が今、吉賀町で求められています。