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2015年10月9日 手塚 さや香

創作郷土料理でロハスで楽しい場を ―「こすもす」藤井サヱ子さんの挑戦―

東日本大震災のあと、「故郷の役に立ちたい」とUターンした人たちが活躍する岩手県釜石市だが、そのさきがけとも言えるのが2000年に盛岡市から釜石市に戻った藤井サヱ子さんだ。釜石市の内陸部・甲子(かっし)地区に開いた「創作農家こすもす」は、「レストランこすもす」と「こすもす公園」からなり、週末ともなれば、子どもからお年寄りまで多くの人でにぎわっている。Uターン直後にまいたコスモスの種はいま、「こすもす」として大きな花を咲かせている。

コスモス畑から出発し、次々とやりたいことが

長年、家族とともに盛岡市で暮らしたサヱ子さん。両親の介護のために単身、釜石に戻ったところ、休耕田に植えるコスモスの種を無料で配布しているという市の広報誌の記事が目に止まり、さっそく種を入手。秋にはたくさんの花を咲かせた。たくさんの人がコスモスを見に来るようになると、持ち前のおもてなし精神で、キャンディーやお茶を用意したり、感想用ノートを置いたり。盛岡にいた時に、児童センターで働いた際の経験も生きた。

翌年には「わざわざコスモスを見に来て、そのまま帰るのではもったいない」とミニ産直を開き、近所の高齢者が育てた野菜を販売するように。来た人が置いてあった野菜を見て「その野菜が欲しい」と言ったのがきっかけだった。

「産直を開いても、それだけでは充実した感じが得られなくて、地元の人たちのコンサートを開いたり、イベントをやったり……。お父さん(夫の了さん)がいない間に遊びが高じていろいろなことをやりました」 さらには、菓子工房とプレハブを使った「交流館」も開設し、だんごなどの販売のほか、写真やパッチワークの展覧会、講師を招いての押し花教室なども企画、活動は地域に定着していった。

それまでの活動をベースに「レストランこすもす」という新しい花も咲かせたのは2007年のこと。「お年寄りがゆっくり食事ができる場所があればいいのにね……」という母親の生前の言葉が印象に残っていたため、経営には縁のなかったサヱ子さんが一念発起し挑戦したものだった。

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「商工会議所などが主催する起業・創業やアグリビジネス(農業関連ビジネス)のセミナーを受講したり、県内のお店を食べ歩いたりして、どんなコンセプトやテーマのお店がいいのか、自分なりに考えました。いま思えば、怖いもの知らずでしたね。地域の農家さんに少しでも貢献したいと思い、地域でつくった野菜と自分でつくった野菜を中心に、スギナや桑の葉などの野草も使ったお料理を提供することにしました」

公式ホームページのトップには、
<地産地消、創作郷土料理、癒しと集い、笑顔と交流、地域活性化、温故知新をテーマに、ロハスでおいしい料理&楽しいイベントを提供します♪>
とつづった。

野菜カレーや岩手の郷土料理「ひっつみ」など地産地消にこだわった料理、スイーツが好評だ。

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東日本大震災 全国からの人々の出会いを経て

開店から4年余りたったころ、故郷釜石を襲った東日本大震災の津波。「こすもす」のある甲子地区は沿岸から10キロ以上離れていたため津波による被害はなかったが、数日後に北隣の大槌町の保育士から「大変な思いをした子どもたちを遊ばせてやる場所がない」という話を聞き、サヱ子さん了さん夫妻は子どもたちの遊び場をつくるのが自分たちの役目だ」と考えた。

近くで活動していた若いボランティアとの出会いも背中を押した。ボランティアのあいまに「レストランこすもす」で昼食をとるようになった青年が夫妻の公園づくりへの思いを知り、手伝いを申し出たのだ。

青年のつてで首都圏、遠くは海外からもボランティアが集まり、約1年かけて、コスモス畑のなかに木製の遊具やクライミングウォール、東屋などが並ぶ「こすもす公園」を完成させた。いまでは、県沿岸部の北は宮古市から南は陸前高田市までさまざまな地域の保育所や小学校が遠足で訪れる。

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遊具とともに子どもたちに人気なのが、本格的なピザ窯を使ったピザづくり体験。自分たちでピザ生地に思い思いの具材を載せて完成させるピザの味は格別だ。

ピザの味が忘れられず、サヱ子さん宅に住み込みで働くことにした若者もいる。現在は、「こすもす」の敷地内に事務所を置くパソナ東北創生に勤務する石倉佳那子さんだ。石倉さんは2年前、パソナの若手社員の研修で「こすもす」を訪れた際に、ピザの味とサヱ子さんの人柄に惹かれ、その後、社内のボランティア休職の制度を使って、3ヶ月間「こすもす」で働いた。子どもたちのピザ焼きや押し花つくりのサポート、公園の維持管理のための助成金申請を担当した。

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石倉さんは、「地元の人自身が場所をつくって、かかわっている人たちがみな、子どもたちの笑顔のためにひとつになっていて大きな家族みたいで、すてきだと思いました」

「こすもす」で働いていた2015年初めに、パソナの先輩である戸塚絵梨子さんが釜石で社内ベンチャー「パソナ東北創生」を立ち上げることになり、石倉さんは釜石にとどまり参加することに。サヱ子さんも「娘が増えたみたい」と喜ぶ。

 

「甲子柿」で地域の魅力を発信したい

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いま、力を入れているのが、「甲子柿」という特産品を中心に地域資源を生かした商品の開発だ。「甲子柿」は完熟前の柿を室(むろ)に入れて脱渋したもので、見た目はトマトのように真っ赤。柔らかく甘みが強いのが特徴だ。甲子柿ドレッシングを店内で提供・販売しており、砂糖を使わない自然な甘みが好評だ。

今年4月には「甲子地区活性化協議会」を組織し、地域の生産者と一体となった「甲子柿」の盛り上げを考えている。パソナ東北創生の協力で、外から来た学生や地元住民と甲子地域を歩いて、地域の魅力を再発見したり、甲子柿のスイーツの試食をしてもらったり。柔軟にソトからの目も取り入れている。

10月25日には「甲子柿まつり」を開催して、新しいスイーツをお披露目する計画だ。

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最後に、サヱ子さんにこれからの目標を聞かせてもらった。

「みなさんのおかげで公園は完成しましたが、これで終わりではなく、あそびを通して子どもたちに生きる知恵を身に付けてもらう機会をつくっていきたいと思っています。地域の人にとっても外から来る人にとっても魅力的な場所でありたいですね」

次々と新しい出会いをとおして進化をとげる『創作農家こすもす』。快活であたたかいサヱ子さんの人柄と釜石への思いが詰まった空間だ。

手塚 さや香
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手塚さや香

手塚 さや香2014年10月より釜石リージョナルコーディネーター(通称「釜援隊」)。釜石地方森林組合に派遣され、人材育成事業「釜石大槌バークレイズ林業スクール」の事務局業務や、全国からの視察・研修の受け入れを担当。任意団体「岩手移住計画」を立ち上げ、UIターン者や地域おこし協力隊・復興支援員のネットワークづくりにも取り組む。新聞記者の経験を活かし、雑誌等への記事執筆のほか、森林組合のプレスリリース作成や取材対応、県内の事業所、NPOのメディア戦略のサポートも行う。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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