「無肥料・無農薬栽培」の米づくりに取り組む
遠野市出身の菊池陽佑さんは、大学卒業後、パルシステムに入協したが、「こだわりの食」のプロになるためには自分でつくるところから始めようと仕事を辞め、秋田県大潟村の石山氏の元で自然栽培での米づくりを学ぶ。
2011年、地元の遠野市に戻り、米づくりをスタートした。
茨城県出身の奥様、裕美さんは、パルシステムで出会った陽佑さんとの結婚を機に、遠野への移住・就農を決意。夫婦二人三脚で「自然栽培」の米づくりに挑戦し、今年で3年目を迎える。
収量は通常の半分以下。それでも「無肥料・無農薬栽培」にこだわる理由
「勘六縁」のお米は「無肥料・無農薬栽培」。農薬や化学肥料はもちろん、有機肥料も一切使わないのが特徴だ。
「自然の植物は、草も木も花も、肥料なしでも毎年元気に育ちます。お米も同じ。肥料なしでも元気に育つんです。」
逆に、肥料の与え過ぎが地球温暖化の原因となったり、窒素肥料の過剰摂取が健康に悪影響を及ぼす可能性もある。
食は人の命を育むもの。だからこそ、収量が少なくなっても、自信を持って安心・安全と言えるものをお客様に届けたい。それが、「勘六縁」のこだわりだ。
生産者と消費者とのつながりを実感!「田んぼでお米づくり体験イベント」
「勘六縁」では、田植えや稲刈りなど、米づくりの現場を、消費者の方にも体験してもらうイベントを開催している。今回は、2013年9月の終わりに開催された、稲刈りイベントの様子を取材させていただいた。
これから稲刈りを行う田んぼでは、稲穂が黄金にたなびき、すでに稲刈りを終えた田では、稲が長い棒に「はせがけ」されている。日本の秋の田園風景が広がっていた。
参加者は朝の9時半ごろから徐々に集まり始め、10時から稲刈りがスタート。今回は7家族、総勢16名の体験者の皆さんと、菊池さんご夫妻、さらには、地元のテレビ局の取材チームを訪れて、晴天の下、にぎやかに稲刈りが始まった。
まず最初に、陽佑さんから勘六縁の田んぼの紹介、無肥料・無農薬栽培のお米の特徴の説明が行われた。
「普通の田んぼで普通に栽培すると、
この田んぼ1枚でだいたい16俵とれます。
16×60キロですから、約1トンですね。
でも、無肥料・無農薬で作るとだいたい6俵、
だいたい3分の1、360キロぐらいになってしまいます。」
「さらにこの田んぼについては、
無肥料・無農薬に切り替えてまだ2年目なので、
草がまだ強いんです。ちょと束ねて穂先を見てみれば分かりますが、
ほぼ稲穂という束もあれば、ほぼ草という束もあります。
場所によって、草に負けているところと順調に育ったところが
すごく分かれているんです。なので、この田んぼでは、
恐らく4俵くらいしかとれないですね。」
つまり、苦労は何倍もあって、収穫量は3分の1や4分の1ということ。あらためて、「無肥料・無農薬栽培」でのお米づくりが、大変なものであることが分かる。
だが、陽佑さんは、そんな大変さを感じさせない和やかな話しぶりで、
「ここは、そんな感じで、
これからもうちょっと頑張ろうっていう田んぼなんです。」
と笑顔で付け加えた。
その後、裕美さんの方から、作業内容や鎌の使い方のレクチャーがあり、稲刈りがスタートした。
参加者は、鎌を使って手刈りを行ったり、菊池さんが機械で刈った稲束を棒にかけていく「はせがけ」の作業を行う。最近では、多くの農家で温風を使って短時間乾燥する手法が主流となっているが、「勘六縁」では、昔ながらの「はせがけ」での天日干しにこだわっている。
「はせがけ」で数週間置くことにとって、養分が穂先に集中し、糖分や香りが増すのだという。手間はかかるが重要な作業だ。
作業開始時には覚束ない手つきで稲を刈っていた参加者の皆さんも、数十分も経つと、次第に手馴れてきて、キビキビと稲の束を運び、「はせ」に掛けるようになる。知らない同士でも声をかけながら、協力しあって作業をしている姿が印象的だ。
大人たちのまわりで、子供たちも束を運んだり、走り回ったりして楽しそうだ。
お昼休みには、おにぎりを囲む休憩の時間も企画されていて、ファミリーでも楽しく1日を過ごせるようなスケジュールになっている。
明治時代のお米「亀の尾」を栽培。日本の在来種を守りたい
写真を見ると分かるとおり、「勘六縁」の稲は、濃い緑色から鮮やかな金色に変わる通常の稲とは趣が違い、黄緑色と黄金色の中間のような色合いをしている。ひとつひとつの籾(もみ)が透き通ったような黄緑黄金色をしていて、とても美しい。
この色の違いは、ひとつは「無肥料栽培」の特徴だ。肥料と使うと葉の窒素量が増え、それに伴い葉緑素も増えて、緑色が濃くなるのだそうだ。勘六縁のお米は、無肥料・無農薬の自然栽培であるため、色が薄く、黄緑色になっているというわけだ。
また、品種の違いもある。「勘六縁」で栽培しているのは、明治時代につくられていた「亀の尾」という品種で、コシヒカリやササニシキなど、現在主に流通している多くの多収量品種の源流にあたるものだという。耐寒性があるため、もともとは東北地方で広く栽培されていたが、収量が少ない、害虫に弱い、化学肥料で育てると米が脆(もろ)くなるなど、現代の農法には向かない側面もあり、1970年代頃にはほとんど作られなくなっていたそうだ。
しかし食味が良い品種だったため、日本酒向けの「酒米」としてふたたび注目が集まり、一部のこだわりのお酒に向けて、細々と栽培が続いていた。菊池さんご夫妻は、これを自然栽培で、主食用として作っているのだ。
「勘六縁」のお米はホームページから通信販売で購入することも可能だが、多くの予約があったため、現在は新規の方の予約を一時的にストップしている。
「できるだけ多くの人に、勘六縁のお米を食べていただきたいんですが、なかなか収量があがらず、まだまだ未熟なんです」
在来種の米を自然栽培でつくるという難しいチャレンジを開始して3年目。
謙虚な語り口には、ここまでを支えてくれた消費者の方への感謝の気持ちがある。
「農家自体をやめたほうがいいんじゃないか、と2人で何度も話した一年目。お客様が1人増える度にハイタッチして喜んだ二年目。皆さんの応援があったからこそ、私たちは自然栽培米農家を続けてこられました。
だから、全然売れなかったときに買ってくれた方、一度味わってもらった上でもう一回食べたいと思ってくださった方がお米を欲しいと言ってくださるのであれば、なんとしてでもお渡ししたい。もちろん、新しい方にも食べていただきたいんですが、苦しいときを支えてくださったリピーターの方を大事にしたいという気持ちが強いんです」
まだまだ、チャレンジの真っ最中ともいえる勘六縁のお米づくり。
だが、「自信を持って届けられるものをつくりたい」という強いこだわりと、周りへの感謝を忘れない地に足のついた若い2人の取り組みに、応援・支持の輪は確実に広がっていると感じられる。