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2019年3月14日 山田智子

「住みたい田舎」常連のまち豊後高田市。遠藤さんの考える、田舎での「クレージー」な暮らし方

偶然出会ったまち、豊後高田市に惹かれ移住した遠藤愛子さん。地域おこし協力隊を経て現在はパン屋など複数の顔を持ちながら暮らしています。田舎といわれる地に自ら飛び込んで、仲間とともにいきいきと過ごす遠藤さんの話には、今後の暮らし方を考えるヒントがたくさん詰まっていました。

『住みたい田舎』第1位に輝いた豊後高田市

大分県北部国東半島の西側に位置する人口約2万人の豊後高田市。レトロな看板、ショーウィンドウを飾る懐かしの昭和家電、店の前に置かれたアイスキャンディーの行商自転車、町を走るボンネットバス。昭和30年頃の活気を再現した中心部の商店街「昭和の町」は、さながらテーマパークのようで、多くの観光客を呼び込んでいる。
また幼稚園、小中学校の給食費の無償化、高校生までの医療費の無料化を全国に先駆けて行うなど、子育て環境も充実。空き家バンク、就農・起業支援など定住支援にも積極的で、宝島社『田舎暮らしの本』の「住みたい田舎」ベストランキングでは、初代第1位を獲得して以降7年連続でベスト3入り。2019年には「10万人未満の小さなまち」総合部門の第1位に返り咲いた。

「昭和の町」として知られる豊後高田市の中心商店街

狐に化かされるように、偶然立ち寄った大分

“移住の聖地“として熱い視線を注がれる豊後高田市だが、遠藤愛子さんはそんなことを全く知らずにこのまちへとたどり着いた。旅の途中、鹿児島から夫の一郎さんが働いていた東京へ車で戻る途中、大分県宇佐市院内町にある妙見温泉に偶然立ち寄ったのがはじまりだ。
「夜の11時くらいにお風呂に入りたいなあと調べたら、妙見温泉が24時まで開いていることが分かりました。道が真っ暗でとても怖くて、名前も妙見温泉だし、狐に化かされているような不思議な雰囲気のところでしたね」。

近くの道の駅に車を止めて、夜を明かした遠藤さん。
「朝起きたら、周りの風景がとてもきれいでした。そしたら、そこに油性の太いマジックで『空き家 1万円』と書かれたベニア板が立てかけてあって。漠然と田舎に拠点を持ちたいと考えてはいたので、『1万円なら借りられそう!』と調べてみたのがきっかけです」。

宇佐市周辺の市町村の空家バンクに登録したところ、最も積極的に対応したのが豊後高田市だった。
「登録したその日に電話がかかってきて、希望を伝えると、いくつか物件の資料を郵送してくれました。遠方に住んでいたのでとても助かりました」
教員免許を持っていたことと将来的に起業をしたいと考えていたため、仕事については「最悪、なんとかなる」と気楽に構えていたが、タイミング良く豊後高田市が地域おこし協力隊を募集していることを知る。
旅が好きで、JICA海外協力隊を志したこともある遠藤さんは、「講師をしながら、隙を見ては国内外の色々なところを旅していました。でも旅をしすぎると、今度はどこかに長く留まって、旅行だけでは見えてこないその土地のことを知りたくなる。それで海外協力隊に応募したんですけど、別に海外でなくても日本の地方でも同じことが可能なのかなと。豊後高田市の地域おこし協力隊を見つけて、同じ“協力隊“という言葉に惹かれて応募しました」

2014年に地域おこし協力隊に着任し、高齢者の「健康づくり支援」を担当。市が開催する健康運動教室などで、主に高齢者向けの健康寿命を伸ばすための運動インストラクターを約2年半にわたって務めた。

自然がもたらす季節の仕事に魅せられる

「熊本の出身なのですが、中心部の繁華街から徒歩10分くらいのところに住んでいたので、土に触れられるのは公園くらいでした。子どもの頃は田舎が嫌いで、虫もすごく苦手でしたが、どうせなら思いっきり田舎に住もう」と空き家バンクで紹介された「豊後高田市の中でも秘境みたいな」、9軒しかない集落にある一軒家に住み始めた。

「庭も広くて、椿、モクレン、キンモクセイ、柿など木がたくさんあって、すごく豊かだなと気に入って住み始めたんですけど、自然が大変だって知らなかったんですよね。季節が次々に押し寄せてくるというか。ちょっと古くなったジャガイモを庭に捨てたら、そこからじゃがいもが取れるとか、柿もバケツ何杯分にもなるし、春は近くの林でワラビやたけのこが穫れる。とにかく自然のすばらしさに感動しました。『パパラギ』という本に書かれている、『文明が進化して、現代人はあたかも人間がすべてを生み出しているように思っているが、本当に新しいものを生み出しているのは、自然であり土だけだ』ということを実感できました」。 

自然や健康への興味が高まっていた折、遠藤さんは奈良県にある「東光寺」の住職でもある山内宥厳さんが始めた「楽健法と天然酵母パン」という健康法に出会う。これは、病気になる根本を正していこうという健康法で、外側からのアプローチとして、足で全身を踏みあって体の循環を良くする「二人ヨーガ楽健法」と、体の内側からアプローチする「楽健寺天然酵母パン」の両方そろって行うことで健康へと導いていくもの。
「ちょうど母が乳がんになったり、家族がバタバタと体調を崩したりしていた時期だったので、深く勉強したいと思いました」。
遠藤さんは地域おこし協力隊の仕事をする傍ら、修行のため土日を利用してフェリーで奈良や大阪へ1年間通った。

表現活動としてのパンづくりで起業

「クレージー伊勢屋」

2017年3月末に地域おこし協力隊の任期を終えた遠藤さんは、6月に豊後高田市花いろ温泉内に、楽健法と楽健寺天然酵母パンの店「クレージー伊勢屋」をオープンした。
「楽健寺天然酵母パン」の特徴は、カビが生えにくいこと。遠藤さんによると、現在主流となっているパンは、イースト菌を使うことで早く発酵させることができるが、完熟していないためにカビが生えやすい。遠藤さんのパンは最後まで完熟しているので、味噌などと一緒の発酵食品で香りも良く、カビが生えにくいのだそう。

「カビが生えるパンの方が防腐剤を使っていなくていいパンと思われがちですが、実は天然酵母パンのように最後まで発酵していれば、日持ちもするし、味もいいし、菌も育っていて身体にも良いことをみんな知らない。文明が進むにつれて、逆転現象が起きているんですよ。『そういう文明批判を伝えたいから、僕は80歳を超えてもパンを焼き続けています』という師匠の言葉に感銘を受けました」。
大学では美術を学び、美術講師として働くなどアートの世界に身を置いていたこともあり、「芸術家は、自分の意志や生き方や伝えたいことを作品に表現し、作品を通して何かに気づくきっかけを与えています。 師匠の話を聞いて、このパンを焼くということが表現活動になるんだと衝撃を受けました。私自身はあまりパンが好きではないんですけど…」と笑う。

天然酵母パン

「クレージー」という店名も、天然酵母パンのほっこりしたイメージとは少しかけ離れているように思うが、「パンのカビの話と同じで、今常識だと思われていることが変だったり、逆に変だと思われていることが、突き詰めていくと実は普通だったり。一見クレージーに感じられることの方が本当は普通なんだよという言葉遊びですね。パンがおいしいというのがきっかけで食べてもらって、地域の人が少しずつ自分の身体や食を気にするようになってくれたら」という思いが込められている。

自分のやりたいことを発信し、人と人とをつなげる

遠藤愛子さんと阿南美和さん

「伝える、発信するのが好き」と語る遠藤さん。天然酵母パンの販売の他にも、カフェ・ギャラリーの「花・食・泊 花琳舎(かりんしゃ)」の阿南美和さんらと一緒に、自らの考えを発信できる様々なイベントを企画・開催している。

「養蜂をやりたくて、養蜂家に話を聞きに行き、その報告会をトークイベントとして開催しました。準備期間が1週間弱しかなかったんですけど、20人くらいの人が集まり、自分がやりたいと思っていることは、他の人も関心があるんだなと実感しました。特に移住してきた人は色々なことに関心があるけど、始める手がかりがない。それぞれ“点”で活動している人が、時々集まって一緒に何かをしたらおもしろいことが生まれるんじゃないか」と同じ時期に地域おこし協力隊の任期を終えた仲間らを中心に、ネット上でグループを作った。

「暮らしを楽しむブギウギお茶会」

このグループが発展したのが、2018年5月に発足した移住者と地元住民を橋渡しする「楽しい暮らしサポーターズ事務局」だ。遠藤さんはこの事務局の代表を務め、月一回程度の交流会「暮らしを楽しむ☆ブギウギお茶会」や、季節ごとに「一箱古本市」「ブギウギマルシェ」などのイベントを開催している。

「お茶会は何をするという場ではないんですけど、集まることによってつながりができて、次にこんなことをやろうかという新たなことが生まれてくる場になればいいなと思っています。
移住者だけが対象ではないので、『移住』という言葉はあえて使いませんでした。移住者だけで固まっていても広がりがないので、移住者、地元の人、近隣の市町村の人など、色々な人が出入り自由な会を目指しています」。

まだ活動を始めて1年だが、「チューさん直伝 台湾の本格ギョーザを皮から作る会!!」や「タコをまるごとさばく会!!そして食べる!!!」など、ゆるやかなつながりからユニークな番外編イベントが次々と生まれ始めている。 天然酵母パン屋の店主。健康教室の先生。「楽しい暮らしサポーターズ事務局」の代表。イベントやマルシェの企画者など多彩な顔をもつ遠藤さん。「田舎に行けば行くほど、起業しやすいし、やりたいことも実現しやすい。都会で同じことをやろうと思うと、競争相手が多いので自分が抜きんでないといけない。『こういうお店がほしいなあ』と思うお店を自分でやれば、唯一無二になれる」と田舎の可能性を強調する。

「確かに買う人の絶対数は少ないですけど、それに合わせて複数の仕事をすればよい。たくさんやりたいことがある人は、どれもやってみると、それが仕事に繋がっていくと思います。私もやりたいことが自然にどんどん生まれてくるので、それをゆっくりと、自分がやりたいと思うタイミングでやっていきたいです」

取材先

遠藤愛子 さん

2014年、大分県豊後高田市の地域おこし協力隊に着任と同時に移住。高齢者の「健康づくり支援」を担当する中で健康への興味がさらに高まり、「楽健法と天然酵母パン」という健康法と出会う。地域おこし協力隊の任期終了後、楽健法と楽健寺天然酵母パンの店「クレージー伊勢屋」をオープン。現在は、地域住民など仲間とともに2018年に立ち上げた「楽しい暮らしサポーターズ事務局」の代表も務めるなど幅広く活動している。
クレージー伊勢屋:https://www.facebook.com/crezyiseya/

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山田智子

山田智子岐阜県出身。カメラマン兼編集・ライター。 岐阜→大阪→愛知→東京→岐阜。好きなまちは、岐阜と、以前住んでいた蔵前。 制作会社、スポーツ競技団体を経て、現在は「スポーツでまちを元気にする」ことをライフワークに地元岐阜で活動しています。岐阜のスポーツを紹介するWEBマガジン「STAR+(スタート)」も主催。 インタビューを通して、「スポーツ」「まちづくり」「ものづくり」の分野で挑戦する人たちの想いを、丁寧に伝えていきたいと思っています。

人と風土の
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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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