郡上に夏の訪れを告げる、踊り下駄の音
3ヵ月ぶりに訪れた新緑の郡上八幡は、夏に向けて少しずつ“熱さ”を増しているように感じた。
郡上八幡の夏といえば「郡上おどり」。7月中旬から9月上旬までの2ヵ月にわたり32夜踊り続く日本一長い盆踊りだ。特にお盆に夜通し踊られる「徹夜踊り」には、毎年全国各地から数万人の踊りファンが訪れる。
初めて来た人も虜にする「郡上踊り」の魅力は、独特な“グルーブ感”にある。城下町の面影残る古い町並を、地元の人も観光客も入り交じって屋形を幾重にも囲み、踊り明かす。 カラン、コロンと、石畳に響き渡る下駄の音。最初は調子はずれだった自分の音が、お囃子や周りの人の下駄の音と響きあうたびに、気分は高揚していく。郡上踊りにおいて「踊り下駄」は、一体感を作るための楽器でもある。
その踊り下駄で、今注目を集めるブランドがある。2014(平成26)年愛知県出身の若者が立ち上げた「郡上木履」だ。「郡上の木を履く」という名の通り、郡上のヒノキをつかって作られるぬくもりのある踊り下駄は、郡上踊りファンの間でたちまち評判となり、お盆の徹夜踊りの時には在庫切れが発生してしまうほどに。実に昨年1年間で1200足を売り上げた。
はじまりは、沖縄で知った”ものづくりの楽しさ”
「郡上木履」を立ち上げた下駄職人、諸橋有斗さんは愛知県の出身。郡上にゆかりのなかった諸橋さんは、なぜ郡上で踊り下駄を作るに至ったのだろうか?
その理由をたどると、6年前の沖縄にまで遡る。
「子どもの頃から部屋の模様替えとかが好きだった」という諸橋さんは、高校卒業後、専門学校でインテリアデザインを学んだ。建築関係の仕事に就くも、本気になれない日々を過ごしていた21歳の頃、「今までと違ったことがしたい」と一念発起。仕事を辞め、沖縄のゲストハウス「ビーチロックビレッジ」で1年を過ごす。「自分たちが創れるものは自分たちで創り、『衣食住の自給自足』に挑戦する」ビレッジでの生活は、諸橋さんに大きな影響を与える。
「ビーチロックビレッジでは、僕は建物を作るチームにいました。そこで初めて“ものをつくることの楽しさ”を覚えました。地元の製材所で木を買って、建物や家具を作るのが楽しくて、将来木工をやっていきたいなと思いました。」
沖縄での経験もあり、「ものの形を作るだけじゃなくて、材料がどこからきたのかを知った上で、ものづくりをしたい。単に木工を学ぶだけでなく、素材のことを含めて勉強したい」と考えた諸橋さんは、「林業などいろんな分野があって、幅広く勉強できそうだな」と岐阜県美濃市にある「森林文化アカデミー」へと進学する。
「郡上踊り」との出会い
諸橋さんが郡上踊りに出会ったのは「森林文化アカデミー」の1年生の時。「こんなにすごい盆踊りがあるのかと感動しました。しかもこれが30夜以上も続くのかと衝撃を受けました。」踊りの話を始めると諸橋さんの声に熱がこもる。
自分も下駄を買いたいと立ち寄った「杉本はきもの店」で、踊り下駄が実は地元で作られておらず、九州や海外から仕入れているとことを知る。
「その時僕は、地域材を使ってものづくりをすることをテーマに勉強していたので、下駄が地元で作られていないことにとても驚きました。これだけ消費されているものが、しかも文化と深く関わるものが、この地域で作られていないのは寂しいなって。それで1年生の夏休みにお遊びで下駄を作ってみたんです。」
出来上がった下駄を持って「杉本はきもの店」に鼻緒すげを習いに行くと、おかみさんから「良く出来とるね」とお墨付きの言葉をもらう。2年次に取り組む「課題研究」のテーマを考えていた諸橋さんは、「下駄をやっていこう」と決意。それから1年間かけて郡上踊りに適した下駄を追求する。
「木工をやっていくのなら、やはり山の近くに住みたいと思っていました。美濃や郡上をすごく好きになっていたので、この辺りにずっと住みたい。でも、そのためには自分の仕事を自分で作らなければいけない。下駄なら需要があって仕事になると考えました。」そしてこう続けた。「それに、なによりやることにとても意味があると思いました。」
▲四方を山に囲まれた自然豊かな郡上八幡を、郡上八幡城から眺める
踊れば踊るほど、郡上の山が良くなる
諸橋さんがいう“意味”とは、「地元の文化の中で使われるものを、地元の素材を使って、地元で作るということ」だ。
「郡上木履」の踊り下駄には郡上のヒノキが使われている。硬くて削れにくく、音がいいなど、郡上おどりに適した素材であることはもちろん、ヒノキなら郡上の山で取れるということもひとつの理由だ。
郡上は下駄の消費量が日本一の町。1年で3足から5足の下駄を履き潰す踊り愛好家も多い。
「郡上では下駄は消耗品。作れば作るほど郡上の山の木を使える。踊れば踊るほど、山が活用され、郡上の山が良くなっていく。「郡上木履」は踊りに適した下駄を作ることだけではなく、郡上の森林活用もテーマにしています。」
「郡上木履」は、岐阜県産の木材を利用した木製品や割り箸の製造販売している「株式会社郡上割り箸」の一事業として展開している。下駄を作る工房を探していた時に「郡上割り箸」の社長と出会い、「郡上、岐阜の木に付加価値をつけて、地域や都市部へ販売していく」という「郡上割り箸」の方針に共感。パートナーとしてともに、郡上の森林活用に取り組む。
「割り箸は木の消費文化の象徴。割り箸は森林破壊のように言われるが、実は木を使わないと山は良くなっていかない。山にお金を落とすためには、木材を適正な価格で買ってもらうことが必要。下駄や割り箸にして付加価値をつけるのが、山にとって一番いい流れなんです。」
▲一塊のブロックから切り出しで作られるのが「郡上木履」の特徴。歯の位置、高さなど、郡上おどり好きの人たちの意見を聞きながら、ミリ単位で調整を重ねた。
移住者の先輩と町の人
郡上の仲間と作った「メイドイン郡上」の一足
今までにない鼻緒のデザインも、「郡上木履」の魅力のひとつだ。お店の壁にずらりと懸かる鼻緒は色違いも合わせ約30種類、幅広いラインアップが揃う。
「郡上木履」を象徴する、左右の色柄が違うスタイリッシュな鼻緒は、郡上の地場産業であるシルクスクリーン印刷で生地から作るからこそ、実現できるデザインだ。シルクスクリーンでオリジナル手ぬぐいを作るワークショップが人気の「Takara Gallery Workroom」には、学生の頃から鼻緒をシルクスクリーンで作れないか相談に行っていたという。ドットやストライプなどポップなデザインは特に女性に「かわいい」と大好評だ。
一番人気は、創業430年の老舗「渡邉染物店」の「郡上本染」の鼻緒。昔ながらの技法で染められた藍染めは存在感抜群で、粋な下駄に仕上がっている。
高級なイメージがある「郡上本染」。諸橋さんも鼻緒に使うことを許してもらえるかビクビクしながら話に行ったそうだが、「是非是非やって」と拍子抜けするほど快く受けてくれて、このコラボが実現した。
▲2015年6月19日オープンの新店舗。築90年の町家を改装した物件は「まちやど」の木村さんからの紹介によるもの。
郡上の魅力が詰まった「郡上木履」だが、「最初は、移住者が郡上の文化の中で使われるものを作って、受け入れてもらえるのかという不安があった」と明かす。
「そういう意味で「Takara Gallery Workroom」の上村さんや「郡上割り箸」の小森社長、「まちやど」の木村さんなど、移住者の先輩の存在は大きかった。
そして「渡辺染物店」が移住者を受け入れてくれるような体制でなければ、ここまでできていないし、なにより、一番の支えとなっているのは、「杉本はきもの店」のおかみさんがいつも応援してくれることです。」
「杉本はきもの店」は、郡上踊り好きの人であれば知らない人はいない郡上の老舗はきもの店。商売敵となりうる諸橋さんのことを、「若い子ががんばらないかん」といつも応援してくれる心強い存在だ。
「去年、既に新品の下駄を手に持っているのに、うちのお店に来てくれたお客様がいた。聞けば、「杉本はきもの店」さんが紹介してくれたとおっしゃって。それくらい、いつも応援してくれています。」
郡上には「郡上木履」を含め5軒の下駄屋があるが、その一つ、明治4年創業の老舗履物店「きしやま」のご主人も、5月にプレオープンした際に、「一緒にがんばりましょう」とお花をもってきてくださったそうだ。
▲選んだ鼻緒を、その場で足に合わせてすげてもらえるのもうれしい
郡上の人たちと作った下駄は、東京や神戸など全国の呉服屋での取り扱いも増え、郡上のPRにも一役買っている。
「郡上を下駄の産地の一つにしていきたいです。踊りだけじゃなくて、城下町を下駄で歩きたくなるような仕組みを作れるといいなと思います。下駄をきっかけに郡上を知って、全国から郡上に遊びに来てもらえる、そんな流れを作りたい。」
「まちやど」「Takara Gallery Workroom」そして「郡上木履」と、まだまだ幾重にも、踊りの輪が広がっていきそうな郡上八幡。
老若男女、地元の人も観光客も分け隔てなく踊りの輪に加える。脈々と受け継がれる郡上の人の気質が、熱い踊り人たちを呼び寄せるのかもしれない。
今年も、郡上の“熱い”夏はすぐそこまで来ている。
▲新作の鼻緒とお揃いのポーチ。郡上踊りでは、ポーチを斜めがけして踊る人を良く見かける。「郡上踊り好きな人が集まるお店にしたい」と話す諸橋さん。踊りファンのニーズに応える逸品だ