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2016年11月18日 伊藤 圭

八戸のワインを世界へ!!!これから始まる「八戸ワイン産業創出プロジェクト」

(▲2014年から開催されている「八戸ワインフェス」の様子)

太平洋に面する青森県八戸市は南部地方の中心都市。その南側およそ三分の一を占める南郷地区で、新たに「八戸ワイン産業創出プロジェクト」が行われています。2014年に始まったばかりのこのプロジェクト。今年は9品種のぶどうが初めて収穫を迎え、試験醸造が行われました。

無限大の可能性を秘めたこのプロジェクトですが、これからさらに力を入れて進めていくためにも、人手が必要です。プロジェクトにかかわる地域おこし協力隊も募集する南郷地区と、ワイン造りの魅力やその可能性に迫りました。

地域から4千万円がなくなった!

八戸三社大祭

「八戸三社大祭」は国の重要無形民俗文化財にも指定されている

青森県南部地方の八戸市は人口23万人を有し、2017年からは青森市に次いで県内で二番目の中核市となります。夏に行われる「八戸三社大祭」は、京都の「祇園祭」などと共に、ユネスコの無形文化遺産に登録される見込みで、文化的にも豊かな市です。昨今はB級グルメの「八戸せんべい汁」が有名で、それぞれの家庭ごとに味付けが違うおふくろの味。「ベンツ割り」というせんべいの割り方があって、ベンツのエンブレムのような形で割れなければ八戸市民として認められないなんて噂もあるとか。

イベントも行われる「グリーンプラザなんごう」

イベントも行われる「グリーンプラザなんごう」

その八戸市の南側およそ三分の一を占める南郷地区。「ジャズとそばの郷」として、7月には「南郷サマージャズフェスティバル」、10月には「新そばまつり」が開かれ、県内外から大勢のお客さんが訪れます。農業が主な産業で、かつて、葉たばこが盛んに生産されていましたが、年々、需要が減り生産者も減少。地域から5年間で約3~4千万円のお金がなくなっていったのです。そこで、葉たばこに代わる新たな作物として2014年度から「八戸ワイン産業創出プロジェクト」が始まり、ワイン用ぶどうの栽培が行われるようになりました。

 

ボージョレヌーボーを南郷でも

2015年から八戸市南郷地区でぶどう作りをしている髙長根律子さんは、市の広報でぶどう栽培農家を募集していること知りました。ぶどう作りの経験はないけれども、かつて両親が葉たばこを作っていた畑があり、『なんかおもしろそう』ということで応募しましたといいます。

髙長根さん1

ぶどう作りをしている髙長根さん

「私はぶどう作りの経験がなくて観光農園で食べるくらいでした。ぶどうは好きなので自分でやってみたいと思ったんです。お酒は飲まないほうなので、ボージョレヌーボーの解禁日があるってことくらいしか知らなくて、南郷にもそれがあればいいのかなって。」

ぶどう作りをはじめた2015年当初はマスカットベリーAの1種類だけでしたが、現在は、日本で作られた品種のマスカットベリーA、ブラッククイーン、ヤマソーヴィニョンの3種類と、イタリアを主産地とするネッビオーロ、バルベーラ、トレッビアーノの計6種類を栽培するまでになりました。

ブラッククイーンの樹を示す看板

「ぶどう作りの経験はなくても、心配はなかったですね。当たって砕けろっていうイメージなので。やってみてダメだったら諦めますけど、多分大丈夫だろうと思っていました。わからないことは「八戸市農業経営振興センター」の方とか地域の農家さんに質問して、アドバイスを受けながらやりました。私一人の力ではできないことですから。」

現在、13軒のぶどう農家さんが18品種、約2,200本の樹を育てています。今年は9品種のぶどうが初めて収穫され、そのうちマスカットベリーAやメルロー、ピノ・ノワール、ケルナー、シャルドネなど6品種を県産業技術センター弘前地域研究所に八戸市が業務委託してワインの試験醸造をしています。

初めての収穫では「ブドウ収穫体験会」が行われた

初めてのぶどう収穫会の様子

「初めて実がついたときはうれしかったですね。育てた甲斐があったなぁって。去年は雨が少なかったので、軽トラックで何回か水を運んできて、1本1本に丁寧に水をあげたんです。まだ赤ちゃんの苗だからやさしくしてあげないとダメかなって。いたわりながら大事に育てていました」と語る髙長根さん。

先日も他の農家さんと、収穫したぶどうを持ち寄って試食会が開かれたといいます。そこではベテラン農家さんの作ったぶどうと出来の差を感じながらも、日々の試行錯誤と努力が少しずつ実を結んでいるのを実感しています。

髙長根さんの育てたぶどう

「私のぶどうは、粒が大きかったり小さかったりして、見た目がいびつでしたけれど、味はあんまり変わらないかなぁって。味には自信があります。味には性格がでるそうなんです。プロが食べれば違いがわかるんでしょうけれども、私はゼロからのスタートなので、まだまだと思いますが。」

今行われている試験醸造は、年内には完成する予定。その後は、市内のソムリエや販売店の方など関係者が試飲をして、どの品種が栽培に適しているか、八戸市の料理に合うかなどを見極めて、品種を絞り込んでいく予定だといいます。

「毎年南郷産のワインで、ボージョレヌーボーみたいに‟解禁”をやってみたいなっていうのはありますけど、まだまだ遠いですね…」というが、どんなワインができるのか、楽しみだ。「ワインにも性格がでるんですかね。私たちのようなゆったり気分の甘いワインができるかもしれない(笑)。」
日々挑戦を続ける髙長根さん、いつの日か自分の手で作ったぶどうがワインになったらと、夢は膨らんでいる。

ぶどうと髙長根さん

「うちの息子の結婚式の引き出物で紅白ワインを出して、乾杯の時にうちのワインですよ!って、みんなから祝福されて。そしたらいつあの世にいってもいいかな(笑)。」

2016年10月にはワイン好きで有名な、俳優の辰巳琢郎さんが髙長根さんの畑を訪れ、看板にサインをしてくれたそう。もともと辰巳さんのファンだった髙長根さんは、新しくやってくる協力隊員は「辰巳琢郎さんみたいな背が高くてかっこいい人」と笑いつつも、「ワインの知識や経験がある人なら、いろいろ聞いてみたいしぶどう作りと連携できる」と期待を寄せます。

辰巳拓郎さんがサインした看板

 

八戸で何かおもしろいことが起こるかもしれない

今年1月から協力隊員として同地区で活動をしている丹波敏子さんは八戸市出身。首都圏で働いていましたが、そろそろ青森県に帰ろうかと考えているときに協力隊のことを知ったといいます。

丹波さん

地域おこし協力隊の丹波さん


「ワインに関しては素人なんですけど、『八戸にこんな面白いプロジェクトがあったんだ』『八戸で何かおもしろいことが起こるかもしれない』と思って応募しました。」

出身は八戸市ですが、南郷地区は「知らない土地」だったという丹波さん。慣れるまで時間がかかったそうですが、徐々に知り合いが増えてきて、「串もちの作り方を教わったり、そば打ちを見せてもらったりして、少しずつ溶け込めてきているのかなと思います」と10カ月間を振り返ります。

果樹や生花の販売所

まずは環境に慣れることが1年目の課題。現在、丹波さんは地元に顔の利く農家さんのところで果樹栽培の手伝いをしながら、夏に行われる「南郷サマージャズフェスティバル」や、そばの実の収穫や稲刈り、農産物販売などの地域のイベントに従事しています。

「農作業は初めてだったので、びっくりすることも多いんですけど楽しくて。ぶどうの芽が出たり、初めてぶどうの花が咲くのも見れました!果物や野菜たちもかわいいです。手伝わせてもらっている農家さんが気さくでいろいろ教えてくれるので、苦労はありますけどそこまで大変だとは思わないですね。」

「南郷サマージャズフェスティバル」で活動する丹波さん

「あと2年で任期は終わりますけど、その間に南郷にワイナリーができればそちらに勤めたいと考えています。醸造とかだけではなく、私は販売の方が向いていると感じています」。

八戸のワインを世界に届けたい!と熱く話す丹波さん。
「将来は本格的なワインが作られて、それを目当てに外国からも買い付けにくるようなすごいものができればいいなと思っています。」
その目はしっかりと未来を見据えていました。

 

六次産業化でぶどうに付加価値を

でも、そもそもなぜ「ぶどう」、そして「ワイン」だったのでしょうか。
その答えを求めて「八戸市農林水産部農業経営振興センター」で経営支援グループのリーダーを務める石丸隆典さんにもお話を伺いました。

「南郷地区では昔から各家庭にぶどうの樹があって、自分たちで食べるために作っていました。気候的にも適していた上に、果樹の産地なので農業機械がそのまま使え、参入のハードルが比較的低かったことが理由の一つです。」

鷹ノ巣展望台から望む南郷島守地区

鷹ノ巣展望台から望む南郷島守地区


さらに、他のお酒はずっと横ばい状態が続いているのに対し、国内のワインの需要は高まっていて、右肩上がりで伸び続けているという背景もあり、ぶどうをそのまま作るよりもワインに加工して付加価値をつけて売り出そうという戦略だ。

「(ワイン産業への参入に)不安はまったく無かったですね。八戸市は工業などが盛んで、人の交流は青森県内でも多い方なんですね。市内で日本酒は造っていますが、八戸にいらっしゃる方からの『地の物がほしい』という要望は結構多いんです。
なのでまずは地元向けに提供できればいいなと思っています。八戸市にはワインバーが多くて、飲む側と売る側は盛り上がっていたので、だったら作ろうかということになりました。地元に需要があるので少量なら作っても売れると思ったんです。特に参考にしているのはスイスで、ヨーロッパの中でも輸出が少なく、内部でほぼ消費してしまうので、希少価値が生まれているんです。飲みたかったらスイスに行くしかない、目指しているのはそこなんです。」

ぶどう苗植付け体験会の様子

ぶどう苗植付け体験会の様子


盛り上がっていた、とは言え、売る側へのアプローチも怠っていません。
「市内のソムリエや販売店の方に苗木の植付けや収穫体験もしてもらっています。自分達でゼロから作り上げてきたワインという物語を、最初から体験してもらいたいんです。『自分達のワインなんだ!』と実感すると売り方も変わってきます。まずは地産地消。自信はありますし、そうなるであろうと確信しています!」

 

地域の和に溶け込んでいける人じゃないと物を成すことはできない!

「八戸ワイン産業創出プロジェクト」のさらなる推進のため、現在地域おこし協力隊を募集している八戸市。舞台となっている南郷地区では現在、2名の協力隊員が活動しています。
八戸市は商業や工業が盛んな街で、都会から転勤で訪れている人もかなりいるため、外の人を受け入れる土壌はあるといいます。とはいえ、地域に溶け込むためには協調性はやはり欠かせません。

「協調性は大事ですね。一人でできることってそう多くないんですよ。元々ある地域の和に溶け込んでいける人じゃないと物を成すことはできないです。南郷地区では『南郷アートプロジェクト』というプロジェクトもやっていて、東京からアーティストを呼んで、金粉ショーなどのかなり先を行く(笑)アートもやっているんですよ。外の血を入れながら地域を盛り上げようとしています」と石丸さん。

南郷アートプロジェクト」の「金粉ショー」

「南郷アートプロジェクト」の「金粉ショー」

八戸市では協力隊員へのフォロー体制もしっかりしています。応募する人が将来どういう方向に進んでいきたいかを相談し、それに応じてコースを分けていて、丹波敏子さんはワイン造りに関わりたいということから、果樹栽培のお手伝いなどに従事していますが、ワインではなく起農したいということであればまた別の働き方があるという。

地域の人と話す丹波さん

「地域おこし協力隊には、もちろんワイン産業に関わる仕事に従事してほしいという思いですが、定住してもらうことが目標なんです。なのでスタンスとしては「一緒にやる人募集」といった感じなんですよ。八戸市が他の市町村と違うのはいろんな働き先があるんです。商業や工業、農業をやろうとすると土地はあるし、水産業だってあります。その人の大切な一生なので、八戸での定住を精一杯応援します!」

石丸さん2

八戸市農林水産部農業経営振興センターの石丸さん

まだ始まったばかりの八戸市南郷地区のワイン造り。どんな方向に進んでいくのか、手探りではあるけれども、一から作り出していくことには大きなやりがいも生まれ、人生をかける程の価値があります!「八戸のワインを世界へ!」を合言葉に、大きな夢が待っています!

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伊藤圭

伊藤 圭青森県北津軽郡、旧金木町出身。写真家。 日本写真芸術専門学校を卒業、新聞社を経てフリー。 東京都在住ではありますが、基本的に田舎者。都会を離れ自然豊かな青梅に住んでいる。 アウトドアが大好きで、各季節ごとのキャンプは欠かせない。 2児の父。ライフワークで津軽の写真を撮り続けている。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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