奈良・吉野町の地域おこし協力隊1期生として移住、3年目を迎える
▲4月上旬から下旬にかけて吉野山は桜に彩られ、多くの観光客で賑わう
「地域おこし協力隊」をご存じだろうか? 地域活性を目的とした総務省の事業で、人口減少に悩む地方自治体が「地域おこし協力隊員」として都市住民を積極的に受け入れ、地域活性化の活動を委託、最終的にはそのまちへの定住を目指そうという仕組みだ。平成21年度からスタートし年々その規模は拡大、平成25年度は318の自治体が実施して978名の隊員が活動している。
(※地域おこし協力隊 http://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/index.html )
奈良県吉野町でも平成24年から受け入れを開始し、1期生として活躍しているのが渡會奈央(わたらいなお)さんと野口あすかさんだ。
▲地域おこし協力隊のふたり。左から渡會奈央さん、野口あすかさん。
大阪府出身の渡會さん、「とにかく、はじめてだらけの毎日。」
渡會さんは大阪府の出身。祖父母が隣の東吉野村で林業を営んでいたこともあり、吉野町の雰囲気や山に囲まれた様子はなんとなく知っていたそう。「昔からよく泣き、よくごんたを言う子どもでした。腑に落ちないことがあると、納得するまで動かんぞ、みたいな感じで…。」
(※「ごんたを言う」・・・関西の方言で「我を通す、わがままを言う、駄々をこねる」といった意味)
大学で民俗学を学んだ渡會さんは、卒業後1年ほど沖縄に在住、企画会社での仕事を経験した。大阪に戻ってNPO法人で研修を受講しているときに、吉野町の地域おこし協力隊のことを知り、チャレンジしてみようと思ったそうだ。
「吉野町での最初の仕事は、協力隊の仲間たちと一緒に新しい観光協会の事務所をつくること。それが今の仕事場である「吉野ビジターズビューロー」です。床貼りや、事務所のレイアウト、配線を考えることまで、みんなで試行錯誤しながら行いました。初めてのことばかりで仕事の進め方がよくわからず、たくさん悔し涙を流しました。その後は倉庫に眠っていた自転車を使ったレンタサイクル事業を立ち上げてくれというオーダー。貸し出し用紙ってどうつくったらいいの、というところから始めました。」
ゼロから始めた森林セラピー、泣きながらでもめげずにやる。
苦労の甲斐あって、ビジターズビューローは無事に完成したのだが、さらに大きな仕事がやってくる。それは、町が推進する「森林セラピー事業」の担当になるというものだった。吉野町は、2012(平成24)年3月に、奈良県で初めて「森林セラピー基地」として認定を受けた。森林セラピーとは、癒し効果が科学的に検証された森林浴のこと。吉野林業の地として400年を超える歴史を持つ豊かな森林環境を活用して、心身の健康維持・増進、疾病の予防を行うという試みだ。
「いきなり大きな事業を引き受けることになって、最初は不安だらけでした。誰もやったことがないことだったので、何が正解か分からなくて悩んだりもしました。自分がやるしかないので、泣きながら、ごんた言いながらも前に進むしかなくて。お客様のガイドを務める「吉野美林案内人」のみなさんや、地元の人たちに助けてもらいながら、ツアーの運営をスタート。苦労もしましたが、たくさんのお客様にも来ていただけて、本当にありがたいです。」
▲森林セラピーのチラシ。手作り感満載のところが「いい味」を出している!
写真のモデルにも渡會さんたちが登場している
森林セラピーはすでに450人以上の参加者を数えるまでになり、女性ひとりでの参加やリピーターも増えているという。みんなの手作りで始まった観光事業が、ゆっくり着実に軌道に乗りつつある。
「案内人さんは地元の方たちが多くて、みなさんとても熱心に活動されています。公私ともに仲良くさせてもらっていて、晩ご飯のおかずをおすそ分けしてもらうことも。みなさんにかわいがっていただいて、本当にありがたいなあと思います。困ったときに助けてくれる、お父ちゃんやお母ちゃんがいっぱいおるなあとよく言われます。」
▲桜の季節、上千本付近からの吉野山
1年目、2年目と涙の理由は違っていた。
3年目はどんなことが待っているのだろう!?
地域おこし協力隊は3年という期間を設けているケースも多い。その後は町で仕事を探して就職するのか、自ら起業を行うのか、それとも別の道を選ぶのか、それぞれの決断が求められるのだ。渡會さんも3年目を迎え、いよいよ自立へと向けた準備期間に入っている。
「1年目は何をやっていいかわからず泣いていました。2年目は忙しすぎて泣いていました。まわりの人からは、3年目は何で泣くの?ってからかわれますね(笑)。
この2年間、いろいろな経験をさせてもらって、たくさんの良い出会いもありました。吉野町に来て本当に良かったなあと思います。この先ですが、野口さんと一緒に『ねじまき堂』を楽しみたいと思っています。まだまだ模索中ですが、できることから一つずつやっていきたいです。」
渡會さんが楽しみたいという『ねじまき堂』とはいったい何なのか? 野口さんにも聞いてみた。
野口さんは吉野貯木のガイドブックを制作、初代編集長に!
野口あすかさんは愛媛県西条市の出身。建築や家具販売などいろいろな仕事をしながら、岡山、東京、京都、奈良(橿原市)、大阪と各地での暮らしを経験し、もっとゆったりと自分の人生を楽しみたいと思ったのが、吉野に来た一番の理由だ。木造建築や家具にまつわる仕事をするうちに林業にも興味を持つようになり、渡會さんよりも数ヶ月後に吉野町に住み始め、森林事業を中心にした活動を行ってきた。
「地域おこし協力隊という名前は、ちょっと大げさだな、自分一人でおこせるはずもないし、と思っています。だから名刺を出すときには今でも気恥ずかしいです。実はこの度初めて、編集長をさせていただきました。『ちょぼくブック』という吉野貯木のまちあるきガイドブックを今年の春(平成26年)に初めてつくったんです。」
吉野の林業には切り出した木材の集積・加工地として、「吉野貯木」と呼ばれる一帯がある。38軒もの木の工場が集まる、全国的にも珍しい場所で、この場所を探索するためのガイドブックを制作したそうだ。発刊記念イベントとして平成26年3月11日から2週間の県立図書館での展示「出張吉野貯木展」と、イベント「第3回 吉野貯木まちあるき」を平成26年3月29日に実施、大盛況となった。
(※当日の様子はこちら 「吉野貯木まちあるき」の様子
Re:吉野と暮らす会 https://www.facebook.com/yoshinotokurasu )
▲「ちょぼくブック」はとても丁寧に、愛情を込めてつくられた冊子。「ねじまき堂」のふたりも大活躍している内容充実の60pだ。「吉野貯木」を余さず紹介した「ちょぼくマップ」も必見!
吉野の魅力はじわじわと感じてくる、人の暖かさ
雑誌の編集は初体験という野口さん、いきなりの編集長という大役に戸惑いもあっただろう。 「今回の製作スタッフは5名。緊急雇用の枠を使って作りました。スタッフの間で、何度も話し合いながら作れたことがよかったのでは、と思います。貯木に対する思いや愛に溢れたいい本が作れました。」
実は野口さんのデスクは貯木場の「吉野林材振興協議会」にある。貯木の中で働くことで、職人さんたちと自然に顔見知りとなり、信頼関係をつくりあげていったのだという。
「今回、貯木の製材所さん38軒の情報が詳しく載った「貯木名鑑」を作りました。貯木の職人さんたちはシャイな方も多いのですが、「好きな女性のタイプは?」をいう項目に照れながらも答えてくれたのが印象的でした。吉野の魅力も同じだと思います。地元のみなさんは、初めはシャイだけど徐々に仲良くなると、とっても親身になってくれる。吉野の宝物はすぐには分らないかもしれないけど、じわじわと見えてくることが多いと思います。それが『ねじまき堂』を立ち上げる勇気にもつながっていますね」。ここにもでてきた『ねじまき堂』・・・。
▲(左)「ちょぼくマップ」に掲載されている貯木名鑑2014。(右)「ちょぼくブック」にも詳しくレポートした記事が掲載されている。
『ねじまき堂』はふたりでつくった「吉野での居場所」
『ねじまき堂』とは、ふたりが考えた屋号の名前のようだ。地域おこし協力隊の仕事とは切り離した、ふたりが独自に行っている活動を総称したものらしい。漫画家・つげ義春さんの作品が好きという共通の趣味を持っていることが分かり、代表作「ねじ式」からつけたネーミングが『ねじまき堂』なのだ。
▲黒板に書かれた手書きの屋号。柱にはさりげなく「ねじ」が掛けられている!
「私たちは、吉野に来て、人の縁のなかで生かせてもらっていると思っています。『ねじまき堂』の活動のきっかけとなったのも、地域の方たちとの会話からでした。私たちは吉野で何か楽しいことがしたいという話をしていたとき、旧街道沿いの古民家が空き家になっていることを教えてくれて、大家さんを紹介してくださったのです。」
築数十年の古民家はもともと薬局だった店舗兼住居。掃除や改装を自由にしてもいいということで借り受けているそうだ。拠点は整備中であるが、すでに商品化しているアイテムも!
▲「窓拭いてあげるわ」、「これ使って」と近所の方たちがいろいろと手伝ってくれるそうだ
「明治31年に出版された「吉野林業全書」という本の挿絵を元にした手ぬぐいをつくって発売しています。(※SGサイト http://yoshino.japan-sg.jp/shopdetail/001000000002/001/O/page1/order/)
新商品に考えているのがこの箸袋。袋には同じ挿絵をもとにしたイラストを入れてみました。これでお金を稼ごうとはあまり思っていません。吉野林業のことを知って欲しいという思いが一番強くて、この箸袋をきっかけにした新しいつながりが出来ていけばいいな、『ねじまき堂』の未来へとつながればいいなと思っています。」と野口さん。
▲できあがった箸袋と、販売中の手ぬぐい
「近所のみなさんからは、通りが寂しいから早くお店を空けてよ、とせかされています。いいことも悪いこともありますが、自然いっぱいの吉野の景色をぼんやり眺めていると、大丈夫、大丈夫って、じんわり元気が湧いてきます。」と渡會さん。
これから『ねじまき堂』がどんな姿へと変わっていくのか、きっとふたりにも見えていないことも多いのだろう。しかし、地域に入り込んで、まわりの人たちを自然に巻き込んで行く力を持っているふたりのことだ、きっと何かをおこしてくれるに違いない。活躍に乞うご期待!