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2018年3月7日 ココロココ編集部

ぶどう農家と手を携えて、八戸市民に愛されるワインを

2016年11月にココロココでも紹介した、青森県八戸市南郷(なんごう)地区の八戸ワイン産業創出プロジェクト。(当時の紹介は「八戸のワインを世界へ!!!これから始まる「八戸ワイン産業創出プロジェクト」で)
当時から1年と3カ月ほどが経過した2018年1月、初醸造となる第1号のワインがお披露目、発売されたとの知らせが入ってきました。今回は、プロジェクトの進展を知るべく、八戸市南郷を訪問。地域おこし協力隊としてぶどう栽培の指導から醸造、また、新しいワイナリーの立ち上げにも携わる安達貴さんと、ぶどう農家の根岸文隆さんにお話をうかがってきました。

葉タバコからワインへ

舞台である南郷地区は八戸市の南部に位置し、「ジャズとそばの郷」として知られています。毎年7月には「南郷サマージャズフェスティバル」、10月には「新そばまつり」が開かれ、県内外から大勢の観光客が訪れます。

南郷地区はかつて385haほどの土地で葉タバコが栽培されており、1978年には年間17億円の売り上げをあげ、東北でも有数の葉タバコの産地でした。しかし葉タバコの需要が低迷したことや担い手の高齢化が進み、作付面積が減少したことにより、地域経済に影響が出始めたため、新たな農産物、ひいては産業を興して地域経済の活性化を図るため、2014年からワインによる産業創出プロジェクトが進められています。

プロジェクト当初に行われたぶどう苗の植え付け体験会。

このプロジェクトには13名の農家がワイン用ぶどうの栽培に参加。ワイン用ぶどうについては、八戸市における生産実績がなかったため、ピノノワール、メルロー、シャルドネ、リースリングなど18種、2,200本の苗木が栽培調査の一環として八戸市から提供され、2015年3月に定植、試験栽培がスタートしました。

2016年11月には八戸市がワイン特区に認定され、酒税法が定める年間の最低生産量6,000リットルが2,000リットルに引き下げられ、これにより市内ならば小規模でもワイン製造が可能になりました。2016年12月には、八戸市が「澤内(さわうち)醸造」と「はちのへワイナリー」の2社を生産事業者として認定。2018年1月には澤内醸造が南郷産ぶどうを使ったワイン約1,000本を出荷。はちのへワイナリーも自前で醸造できるようになるまでのつなぎとして、岩手県のワイナリーに製造委託する形で商品化を進めている最中です。

今回お話をうかがうのは、「はちのへワイナリー」の立ち上げに協力している地域おこし協力隊の安達さんと、ワイン用ぶどう栽培に取り組む生産者の根岸さんです。ふたりが目指す八戸産ワインの展望や夢についてもうかがってきました。

安達さんが目指す「八戸産ワイン」とは

生産者に対するぶどう栽培の指導から、「はちのへワイナリー」に対する醸造技術の指導までを行っているのが、2017年2月から地域おこし協力隊として着任している東京都出身の安達貴さんです。東京農業大学でワインについて学んだ後、山梨県のワイナリーで、ぶどうの栽培から醸造まで経験。奥様が八戸市に隣接する岩手県洋野町出身という地縁や八戸市でワインプロジェクトを進めているというきっかけもあり、地域おこし協力隊員として八戸市に移り住みました。2017年7月、「はちのへワイナリー」は、八戸にワインを飲む文化を醸成するための旗艦店として、市内にワインバーを併設した直営店「MI-CO(ミーコ)」をオープンさせ、ワインエキスパートの資格を持つ奥様が切り盛りし、国内外の厳選したワインを販売しています。

安達さん

八戸市内には、市内ワイナリー第1号の「澤内醸造」が2018年1月に開業していますが、これに続けと「はちのへワイナリー」が現在、2018年内の完成を目途に南郷地区で醸造所の場所を選定中です。山梨県のワイナリー2軒で経験を積んできた安達さんですが、どのようなワインを目指しているのでしょうか。

「目指しているのはワインの新しい価値を提供することです。混植混醸といって、ひとつの畑に複数の品種を植えて、醸造も複数品種のブレンドを考えています。日本人はぶどうの品種を知っていたほうが安心する傾向にありますが、それよりも『このワインは美味しい』という感覚を優先して浸透させたい。収穫時期が近いいろいろなぶどうをブレンドすることで複雑な味わいが楽しめるワインを目指しています。協力隊の任期終了後は、協力隊として自分に費やされる時間やお金以上に効果を生めるよう、ワインを通じて地域に貢献していきたいです。」

強力な助っ人とともに八戸産ワインにかける夢

ここからはプロジェクト初期の頃からワイン用ぶどうの試験栽培に参加している根岸さんにも同席してもらい、ふたりに話を伺いました。根岸さんは、高齢になったことで両親が辞めた葉タバコ用の土地に、それに替わる農作物を検討していたところ、このプロジェクトを知り参加。これまでは自家用に生食のぶどうを少しだけ作っていたそうですが、ワイン用ぶどう栽培は初めてです。

根岸さん

根岸さん「1940年から始まった葉タバコはこの地域で385haも作付けされていましたが、2012年には157haにまで減少し、葉タバコ栽培をやめた畑のうち約100haが蕎麦に替わっていきました。蕎麦は収益が低いことから、南郷地区において生産する新たな作物について研究しようと市の研究会議が設置され、その中でワイン用ぶどうが推奨されたんですね。もともと葉タバコはいい土壌を好むので、生産者は土の改良には手をかけてきました。南郷は市内中心部より200mほど標高が高くて寒いんですが、この地形や気温、土壌の良さをワイン用ぶどうに活かせればいいですね。」

根岸さん「ワイン用ぶどうの試験栽培は当初13名でスタートしました。葉タバコはもちろん、生食用ぶどう、りんご、米の経験者です。最初は2,200本の苗木からスタートしたプロジェクトですが、来年度は2万本にもなると聞いています。私も現在は300本を栽培していますが、増やしていきたいと考えています。」

栽培に関しても指導を行っている安達さんも生産者の意識について話します。

安達さん「八戸市はワイン産地としては後発なので産地形成が急務。根岸さんのように規模拡大を考えてくれる生産者の存在は大きいんです。」

根岸さん「若い人に参入してもらいたいですね。この地域の農家の高齢化がさらに進み、葉タバコの栽培も10年もすると大幅に減反され、その土地が遊休地として増えてくると思います。ワイン用ぶどうの10アール単位の売り上げは葉タバコの半分ぐらいで約20万円程度。興味はあるけど様子見の農家もいます。安達さんの指導で栽培の省力化も期待できるし、今、栽培に取り組んでいる我々の代がうまくいけば、若い人にも夢を持って参入してもらえると思います。」

安達さん「産業としての構造は単純で、ワインの本数×単価です。ぶどうの価格は今ワイナリーの言い値ですが、農業経営を考えると生産者がぶどうの品質をあげ、単価を高めていかなければならない。それが最終的にワインの価値を高め、価格を引き上げることにもつながりますから、これからも引き続き生産者の裾野拡大や栽培指導をやっていきたいと思います。」

ぶどう栽培の経験が浅い八戸南郷地区にとって、安達さんは指導者であり、重要な存在です。しかし、お二人の話を聞いていると互いに尊敬し合いながらもプロジェクトのために知恵を出し合う関係性が感じられます。

根岸さん「安達さんは強力な助っ人です。どうやったら価値を上げられるか、稼げるかをお互いに笑い合って話せるのはありがたいし、夢が持てます。」

ワインを市民の誇りに

これまでビールか日本酒が主流だった根岸さんの食卓には、ワインが並ぶことが増えたそうです。ぶどうの品種を知るため酒屋のワインコーナーでは原材料表示の確認も欠かせなくなりました。「なぜこっちのワインが高くて、こっちのものは安いのかいろいろ知りたくなってきた。」とうれしそうに語る根岸さん。目指している理想の八戸産ワイン像についても聞いてみました。

ワイン

根岸さん「やっぱり八戸市民に愛されるワインですね。地域の個性を活かしたワインは10年がかりでようやくできるものと聞いています。その時を迎えたときに八戸の美味しい食材に合った、手に取りやすい地域ワインになっていてほしい。そこを目指して取り組んでいきたいと思います。」

安達さん「この地域は日本酒や魚は有名ですよね。八戸市民が市外・県外の人におすすめできるものは八戸で暮らす人の誇りになっているということだと思います。『ワイン』も誇りに近づけるようになることが産業として必要だと感じます。そのためには安く手に入れやすいワインだけではなく、しっかりクオリティの高いワインを造り、そう認識してもらうことも重要です。それが農家さんの収入にもなりますし。だから、八戸の新たな誇りとなるようなワインが理想であり目標ですね。」

プロジェクト開始から4年、第1号となるワインが完成しましたが、八戸の挑戦はまだまだ始まったばかりです。八戸市では今後もぶどうづくりを担う農家、産業づくりを担う地域おこし協力隊員を募集していくとともに、ワイナリーの増加やワインツーリズムなども視野に入れています。新鮮な魚介類を中心とした食文化と八戸ワインが融合し、新たな誇りを生むことができるのか、八戸のワイン産業創出プロジェクトのこれからに注目です。

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ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

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