古ビルをリノベーションしたカフェ併設のゲストハウス「ruco」
山口県萩市は、山口県の日本海側に面したまち。約400年前に形成された城下町の雰囲気が現在も残っていて、歴史好きの人には吉田松陰・高杉晋作、伊藤博文など明治維新の志士のふるさととして特によく知られています。
萩の城下町や萩反射炉は、明治日本の産業革命遺産の遺構としてユネスコ世界文化遺産にも指定されています。
「萩ゲストハウスruco」は、2013年10月にオープンしたまちの中心地にあるゲストハウスです。
新幹線の駅(最寄りは新山口駅)や空港からもやや距離があり、列車の便があまりよくない萩において、重要な役割を果たすバスターミナル「萩バスセンター」。そこから徒歩すぐの立地。東京や大阪からの夜行バスや、新山口駅からの高速バスなどもすべてここに到着します。
元は音楽学校だったという古い4階建てのビルを全面リノベーションしてできたのが「萩ゲストハウスruco」。全面ガラスで開放的な1階のカフェ&ラウンジスペースは、地元の人でも入りやすく、利用者にも落ち着きやすい空間として利用されています。
吹き抜けの先にある2階にもちょっとしたソファスペースがあり、置かれているパンフレットや本を静かに読んだり、お友達同士で明日の旅の計画を立てたりできます。
吹き抜けから続く階段横壁面は、地元特産の大漁旗や萩焼のタイルなど、「地元のよさをデザインで魅せる」ということにこだわり、地元の素材をうまく利用し、新しい工夫でスタイリッシュにみせています。
ゲストハウススペースは3階から。二段ベッドのドミトリー(相部屋)と、琉球畳を使った個室もあります。また、最上階にはキッチンスペースやもちろんシャワールームもあり、それぞれ内装にかなりのこだわりがあるカッコいい仕上げは、「このデザインを見るために泊まりにきた」という方も多い。
そんなスタイリッシュなゲストハウスを経営しているのは、関東からUターンされた塩満直弘さんです。
開放感あふれる宿のつくりだけでなく、ここには人を寄せ付ける磁力のようなものがあるようです。そのキーになっているのが塩満さんの存在。
東京や関西、九州から何度も人が訪れるのは、オーナー塩満さんの笑顔と人柄に魅せられてという人も少なくありません。塩満さんはなぜ山口県萩市にゲストハウスを開業しようと思ったのでしょうか? その想いを語っていただきました。
人とまちをつなぐ旅の交差点のような役割でありたい
「ゲストハウスruco」の“ルコ”とは漢字で書くと「流」「交」。街中を縦横無尽に流れる水路のように、訪れる人と萩市の日常を繋ぐ場所にしたいという想いが込められています。萩の魅力は歴史や城下町だけではなく、何気なくも情緒のある風景やまちで生活する素敵な人たちの存在が一番の魅力。Uターンで萩に戻った塩満さんのそんな想いがゲストハウスという場所をつくるきっかけになったようです。
――塩満さんがゲストハウスをやろうと思ったきっかけは?
もともと実家が萩で、大学から萩を出て、その後カナダとアメリカに留学しました。その頃から沸々と「萩で何かしたい!」という想いが湧き上がっていました。
山口県萩市は、小京都とも呼ばれる歴史ある場所で、土地に愛着がある人が多い。僕も子どもの頃から、生活に身近な海・山・川で遊んでいました。祖父母が松陰神社近くで宿を営んでいたこともあり、いわゆる萩の観光名所も昔からの遊び場で、とにかく町中に愛着のある大好きなまちです。
地元で何を? と考えたときは本当に迷いましたが、最終的に、なにかしら観光にも携わりながら、自分が嬉々として業務に関わっていける形で相応しいのは宿泊施設と思い、まず関東の旅館へも就職しました。そこで基本的な型を学びつつ、自分なりの宿のスタイルを考えていた時、昔、海外で利用していたゲストハウスやユースホステルの存在をふと思い出したのです。
物件が決まらない。うまく進まなかったことが結果として吉となった
――萩にUターンされてからは順調だったのですか?
いえ、最初に3ヶ月ほどゲストハウス開業に向けての物件探しをしたのですが、なかなかご縁がなく…。そんな頃、昔からお世話になっていた方で萩で飲食店をされている方が、以前営業されていたバーの物件を使ってなにか初めてみないかと声をかけてくれたんです。正直最初は乗り気にはなりませんでしたが、 仲間のアドバイスもあり、覚悟を決めて、まずバーからスタートしました。
思い返してみると、この選択がよかったんですね。「ゲストハウスがやりたいから」と、ひとつのやり方に執着せず、飲食店を経営したことで、ある程度資金も増やせましたし、何より仲間と応援者が増えました。
その後、1年ほどした頃に、このビルの物件に出会いました。 萩の中心部に位置し、飲食店や観光地へのアクセスがよいこと、視認性の高さが決め手でした。今はこの近くにパン屋さんや美容室、飲食店もオープンし、町に少しずつですが変化が生まれています。 通りに光が灯っていく過程を見ていて、とても嬉しく思っています。
地元の職人とともにつくったこだわりの内外装
――相当凝ったインテリア、ガラス張りの外観がステキですよね。
東京にいた時代、「toco.」というゲストハウス併設のバーに通っていたときに、空間デザイナーの東野唯史さんと知り合いました。
まだ具体的な計画は何もなかったのですが、すぐに意気投合して「萩で宿をやることになったらお願いします!」と頼んでいました。内装の具現化は彼にお任せしましたが、安心感はもとより、男性的・女性的ではなくより中性的かつ、多少緊張感をもって誰かと対峙できるような空間とオーダーしました。
壁の色の深い藍色は、萩の夕暮れ時に時折現れる色をイメージして、選ばせていただきました。
彼が地元の作家さんや職人さんと一緒に、萩焼や大漁旗の生地を使った壁面のアイデアや、ベッドなんかも作ってくれました。地元の人も観光でいらっしゃった方も中の状況を確認できて、安心して入って頂きたいとの思いから、1階の入り口は全面ガラスにしました。
――これからどんな風に宿を運営してきたいと考えていますか?
試行錯誤しながら旅人も地元の人も関係なく、心から気持ちよく過ごしていただけるような場所として日々成長させていきたいと思っています。
――インタビューここまで
今でこそ大都市だけでなく、地方都市にもこうしたスタイリッシュで大型のゲストハウスも増えていますが、この宿がオープンした2013年当時、都会以外で古ビル一棟を全面リノベーションして宿とカフェにするという展開はかなり大胆・画期的なことでした。オープンから6年目を迎える現在、「ruco」の成功は、県の地域振興や移住促進のモデルとして取り上げられるほどになっています。
これからの観光は「体験型」と言われて久しいですが、何かを見に行く物味遊山的な旅ではなく、「この人に会いたいから」その場所に行く、というのが、究極の目的のような気もします。この記事を読んで興味が湧いたなら、ぜひあなたも塩満さんに会いに、萩まで足を伸ばしてみてください。
萩に来たらアート好きには特に行ってほしい「大屋窯」
ゲストハウスでおすすめの場所を聞くのが、会いに行く旅の醍醐味。萩にはたくさんの名所旧跡がありますが、アートやクラフトが好きな方は、萩市郊外日輪山の麓にある大屋窯を訪れてみてください。カテゴリーとしては陶磁器の工房兼ショップですが、大らかでゆるやかな雰囲気にも関わらず、気高さも感じる場の空気は「ここにしかない」独特のものです。自然好きの方は秋吉台や秋芳洞がダイナミックな景色を楽しめるのでおすすめです。
聞き手:西村祐子(ゲストハウスプレス編集長)—2017年10月取材
ゲストハウスプレスより記事編集・転載