雪深い東北を6時間かけて、「ただいま」。
東京から東北道をひた走ること6時間。山形の中でも豪雪地帯として名高い最上町の、鄙びた静かな出で湯の里「赤倉温泉」。
しかも、お柴灯・鳥追い祭が執り行われる 小正月1月15日頃はもっとも雪が積もる時期。「何もそんな遠くまでいってふんどしにならなくても…」誰もがあきれるこのお祭りに、今年も来てしまいました。
でも、それは私だけではありません。この場に生まれる熱気、「おかえり」と言ってくれる地域のみんなの温もりが忘れられなくて、去年の参加者10名のうち8名までもが、また最上町に戻ってきたのです。
何が私たちを熱狂させているのか。今この町に生まれているエネルギーについて、少しご紹介させてください。
1つの祭りがつなぐ地域、ひろがる交流
ほんの10年前まで、このお祭りは、若者が敬遠する古臭い伝統神事と思われていました。
東北各地では毎年1月中旬、正月のしめ飾りや古いお札等をわらや茅と一緒に燃やして無病息災を祈願する「どんと祭」が行われます。赤倉では「お柴灯(おさいど)」として、三百年間受け継がれてきました。
祭りの当日の夕方、地区の若者が共同浴場に集まり、温泉につかって禊(みそぎ)をし、神社で参拝し松明に火をつけ、「鳥追いじゃー!」と叫びながら、結婚・出産・新築などのお祝い事があった家々を一軒一軒回り、家内安全と無病息災を祈願するのが、「鳥追い祭(とりおいまつり)」。代々地区の若者が担ってきました。
しかし、温泉街の衰退とともに若者は外に出ていき、1-2名でなんとか走りつないできたという存続の危機を迎えていました。
その時、1人になっても走り、受け継いできたのが、高橋幸宏さん。
「どんなに赤倉から若者が出て行っても、1年に1度みんなが帰ってこれる祭りがあれば、地域はつながっていく。その思いだけで、走ってきた。この赤倉は、最後の砦だと思って、何度も祭りを終わりにしようと思ったけど、踏みとどまったきたんだ。」
昨年聞いた彼の熱い言葉が、私の心の中でずっと松明のように灯っていて、今年も会いに、走りに、裸になりに、ここへ戻って来たのです。
地域みんなで一緒につくる、”暮らしの技”がいきづく祭り
「また来たい。」こんなにも魅了されちゃうのは何でなんだろう。
そう考えた時、自分の愛着のある場所、もうひとつのふるさとになる場所というのは、「あのおばちゃん元気かな。」と想い、会いたい人がいる。やっぱり「人」なんだなって思います。
このお祭りは、地域の人みんなでつくる手づくりのお祭りです。
お祭りをずっと支えてくれているおじじに、松明と8メートルはある大きなお柴灯の作り方を教わります。
無言のまま藁を扱うてさばきと、用途に合わせたロープワーク。どんな重機も、小さな工具も、おじじの指先のように動いていく一。暮らしの技がいきづいていることを感じます。
隣では、「昔は小正月は女正月といって、忙しい正月の後やっと女性が落ち着いて休める日だったのよ。まあ、男どもはなーんもしてくれんけど!」と、
おばちゃんたちが女子会話に花を咲かせながら、餅をこねて食紅をさして紅白の団子をつくって枝にさしてゆく、まさに花を咲かしていく「団子さし」。
おばあちゃんたちのおしゃべりの口は止まらないし、「ほれ、おでん食いなさい、これ食いなさい」と私たちをもてなし続けるので、私たちの口も休まる暇がない。
祭りのときのおじじはカッコいい。それを支えるおばちゃんたちは底抜けに明るい。小学生たちはまっ白い雪のように素直。
恐るべし雪国
しかし、楽しいことばかりではありません。
雪国の洗礼、「雪投げ」(雪かき)。鳥追い神事でお参りをする神社までの階段道を12人総出で雪かきをします。
積もっているところで3メートル。「これを全部やるのか…」とボーゼンです。
上からかいていくのですが、もー登るのだけでも大変!!
雪をかきわけかきわけ、やっと鳥居が見えてきます。しかしまだまだ社屋は見えません…
見よ、この社屋を掘り出すという恐るべし光景!九州生まれの私には信じられない…
2時間かけ、やっとすべての雪を投げ終えました。この美しいまでのBefore→After。ものすごい達成感、大感激。
「とーーーりおいじゃーーーーーっっ!!!」
雪投げの心地よい疲労感を温泉と昼寝で癒し、ついに夕方。シンシンとした雪の帳がおりはじめます。
地域の共同組合温泉に集まった、地元の若者5名、東京から6名、山形大学4名の14名。
温泉で身を清め、ふんどしを締めこみます。春から秋は週に二日はふんどし男子の私。
今年は、地域のおじちゃんからふんどしの締め方を受け継ぎ、私も締め込みに回ります。
外に出るとそこは… 猛吹雪でまっしろ!!!過去20年例がない吹雪!せまる身の危険…
昔から地域を守ってくださっている薬師神社に参拝し、身が引き締まる中、気持ちを統一していきます。
「いいか、気をつけろ、少しでも体調悪いと思ったら引き揚げろ。本当に今日は危ない。しかし・・・『あったかい雪はねえ!!』」
というリーダー大ちゃんの奇跡の名言に俄然湧き上がる男衆!(笑)
やがて、私たちを待つお柴灯の会場に、松明をもった鳥追いの男衆が浮かび上がる…なんと荘厳な雰囲気!!
お柴灯に松明の火をともし、会場の雰囲気も最高潮!
私たちは猛吹雪の中、お祝いのあった家々を「鳥追いじゃーーっ!!!」と叫びながら巡ります。
道々には憧れの目で応援してくれる子どもたち。
家の中には、私たちを楽しみに待ってくれている、旅館の方や生まれたお孫さんを抱いた方。
お神酒をいただき、寒気なんか吹きとばす熱い玉こんにゃくをいただきながら、私の中の何かがはじけ飛び、全力で叫びます。
「家内安全、商売繁盛、わっしょい!わっしょい!!わっしょーーーーいいい!!!」
地域に暮らし、地域を受け継いでいくということ
祭りのあと。熱狂の祭りと宴を終え、東京に戻り、少し時が経ちました。何が私たちを熱狂させているのか。あそこに生まれるエネルギーは何だったのか。最後の反省会で、高橋さんがおっしゃっていたことが、また私の胸をとらえています。
「5,6年前から、最上を離れ都会に行く友人を見送ることが多く、堪えていた。UターンやIターンを受け入れても、外から来た若者の主張や行動が地域には受け入れにくく、やりたいことより、やってもらいたいことばかりを押し付けられる・・・というのが主な理由だった。この鳥追い祭りのように、地域に参加するエネルギーの受け皿が少ないことが問題なんです。受け皿は、行政にばかり期待してはだめなんです。他力本願じゃだめなんです。
この街から、もう友人を見送りたくない。だから、私は受け皿になってコーディネートしていきたいんです。これからも、赤倉に来てください。」と。
そうなんだ。自分が住みたい地域は、自分の手で作らなければ。
地域に暮らし、地域を受け継いでいくということ。
赤倉のわかもの×都会のわかもの×山形大学生を結び付けた高橋さんのように、
マチとムラをつないでいきたい。移住悩みびとひろしの、第一回目の旅が終わりました。
完