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豪雪地帯の豊かな”実り”を訪ねてー旅するマーケット・只見町(福島県)ー

国道252号を南へ車を走らせると、次第に窓の外は雪景色へと変わっていきます。目指すは、1年のうち約5ヶ月が雪に覆われるという日本有数の豪雪地帯 “只見町” 。訪れたのは、今シーズン初めての積雪を観測し、長い冬のはじまりのような日でした。

「やんだなー(嫌だな)」と、言葉を交わしながらもどこかうれしそうな町の人々。それもそのはず、みんな厳しい冬があるからこそ豊かな恵みがもたらされることを知っているのです。

その“恵み”のひとつがお米。寒暖差のある気候と、山に降り積もった雪から流れ出るきれいで豊富な水が育んだお米は、一度食べた方がリピーターとなる根強いファンが多い美味しいお米とのこと。近年は、地元産米で仕込んだ焼酎「ねっか」も大人気なのだとか。そんな只見町のお米にまつわるストーリーに触れる旅に出かけました。

まちの良いものを、未来へ残していくために

まず、訪ねたのは地元の若手農家が立ち上げた「RISESAPEUR(ライズサプール)」。ここではお米の生産、販売はもとより、ブランド野菜「南郷トマト」の栽培やお餅などの6次化商品の製造、直売所の運営などを行っています。

事務所の中は太い梁や柱、蔵造りの扉と趣のある設え。代表が解体される町内の古民家の材を譲り受けて建物に組み込んだものだとか。梁から吊り下げてあるのは昔からの保存食「凍み餅(しみもち)」。油で揚げて醤油や塩で味付けして食べます。

「凍み餅は1月の大寒の頃から外気にあてて、凍ったり溶けたりを繰り返すことで独特の食感が生まれます。冬の寒さをうまく使う、昔の人の知恵には驚かされますね」

迎えてくださった目黒美樹さんに言われるまま、手作りの凍み餅をひと口。サクサクと心地よい歯ごたえと、香ばしい醤油の香りが後引くおいしさ。聞けば代表のお母さんのレシピをそのまま商品にした自信作とのこと。

そもそも会社設立を決めたのも、農家に生まれた代表が、高齢化や担い手不足で耕作放棄地が増えていく現状を変えたいと思ったのがきっかけ。良いものを未来へ残そうという姿勢は、建物にも凍み餅にも、そして企業理念にも貫かれていました。

請け負う田んぼが増えるごとに仲間も増えたそうですが、目を引くのは女性の存在。しかも目黒さんはじめ、同席してくださった角田さん、星さんとも全員が農業未経験から会社で働き始めました。

いきなりの農業に不安はなかったですか?と聞くと「困ったことがあっても親身になってくれる、助け合いの心が只見には根付いているから安心」と角田さん。只見のお米がおいしい理由は、そんな作り手の優しさも込められているからかもしれません。

「RISESAPEUR(ライズサプール)」では、毎年田植えや稲刈りイベントも開催。県内外から希望者が絶えない人気ぶりで、リピーターも多いそう。気になった方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

次の目的地へ行く前に、少し早めのお昼ごはん。

「せっかくなので焼肉食べましょう!」と案内していただいたのは一軒のカフェ。店名を見ると「味付マトンケバブcafé」!? なんと、只見町では焼肉といえばマトンと決まっており、町内の肉屋さんではそれぞれ独自の味付けを施したマトンが売られているそう。

オーダーしたのは「マトン丼」。ごはんの上に千切りキャベツと甘辛いタレにからめて香ばしく焼き上げたマトンがたっぷり。トッピングのマヨネーズソースが食欲をそそります。

かつてダム開発に携わった労働者のために、安価でボリューミーな羊肉を提供したことから地元に根付いたというマトン。もっちりと甘みのあるお米との相性も抜群で、あっという間に完食です。ごちそうさまでした!

お米からはじまる只見の物語が詰まった酒づくり

只見町のソウルフードで腹ごしらえをしたあと、向かったのは“日本一小さな蒸留所”。3年前に開業したばかりですが、看板商品の米焼酎「ねっか」が話題となり、すでに町の新たなランドマークになりつつあります。

それにしても不思議なネーミング。どんな意味があるのでしょうか?

「只見周辺の方言で、「まったく」「ぜんぜん」など、気持ちを強調する言葉なんです。たとえば「ねっかさすけねぇ(全然大丈夫)」という風に使うんですが、この町の人らしい前向きさがあって好きな言葉なんですよね」

そう、教えてくれたのは代表の脇坂斉弘さん。建築現場の監督、酒蔵の蔵人を経て、只見町に新しい風を吹かせようと立ちあがったひとりです。

「ねっか」のこだわりは何と言っても原料米のすべてを只見町産のお米でまかなっていること。そのお米も自社田や役員に名を連ねる米農家が育てています。実は午前中に伺った「RISESAPEUR(ライズサプール)」もメンバーのひとりです。

「地酒と名乗るなら、地元の米、地元の水、できたら地元で消費されてこそ」と考えた脇坂さんたちは、さまざまなハードルをクリアし、構想からわずか1年ほどで製造開始にこぎつけ、同年には世界的なワインや蒸留酒のコンクール「IWSC」でいきなりのシルバーメダルを受賞。その後も各所で受賞記録を打ち立てる快進撃を見せています。

積極的な出品の理由を「当初から町の人が名産品としてお土産代わりにできるものと考えていたので、発売したときに『うめえかどうかわかんねえ』というものよりは『海外で賞獲ったうめえ焼酎だ』ってなったほうが自慢になるじゃないですか?」と脇坂さん。

試しにひと口いただいてみると、焼酎らしからぬきれいな香りと米の旨さを感じる味わいに驚かされました。温めるとより甘みが際立ち、まるで熱燗を飲んでいるかのよう。日本全国、果ては海外からも注文が絶えないのもうなずけます。

目標は農家が代々受け継いだ田んぼを、1枚でも多く次の世代に残すこと。そしてこの町で育った子供たちの帰る場所を作ること。お米が紡ぐストーリーは、ここでも確実に未来へと向かっていました。

まちで育つ子供たちの未来を見据えた、生涯学習のあり方

居心地の良いバーのようなティスティングルームに後ろ髪を引かれながら、もうひとり、「ねっか」の仕掛け人になった方を訪ねました。

齋藤修一さんは、只見町の元教育長。現在は「只見町ブナセンター」のセンター長を務めており、かつて“教育”という立場から「ねっか」誕生を後押した人物です。

齋藤さんが教育長時代に力を入れていたことのひとつが“生涯学習”。それも、よくある趣味の教室ではなく、職業を持つ人がその能力を高めるための学びの場を作る欧米的なスタイルでした。

あるとき、教育委員会の主催で地域での焼酎作りの講座を開いたところ、参加していたのが「ねっか」の立ち上げメンバー。かねてから冬場の収入源が課題だった只見の農家にとって、冬の生業になりうるかもしれない焼酎作りはチャンスだったのです。

「まさに、彼らの心のエンジンが点火したようでしたね。私たちの作った学びの場で生まれた“火”ですから、放っておくことはできませんでした」

「なぜ、教育委員会が焼酎作り?」という声も少なくない中、「只見の生涯学習は欧米のスタイルを目指すんだ」と強い決意でバックアップ。その頃、交わした行政文書の中には齋藤さん直筆のこんなメッセージも残っています。

「豊かな学びが豊かな産業を生み出す町として、教育委員会はもちろんですが各課との連携をしっかり構築してください。民の力に自信を持たせるような行政を目指しましょう」

「ねっか」の成功はいまや地域に活気をもたらし、子供たちの“憧れ”にもなっていると語る齋藤さん。只見町が育むのはおいしいお米や焼酎ばかりではない、挑戦する人に力を与えるような土壌もそのひとつだと感じさせてくれました。

2014年、只見町は広大なブナ林と厳しい自然環境の中で息づく固有の文化が評価され、「只見ユネスコエコパーク」に認定されました。長い時間をかけて受け継がれ育まれてきた営みそのものに価値があると世界的に認められたのです。

そんな視点で見てみると、雪深い町でたくましく生きる人々の姿になんとも言えない気高さが感じられます。

今回、お米をキーワードにつながった人たちが見せてくれた晴れやかな笑顔は、そのほんの一部。時間をかけてじっくり歩けば、きっともっと素晴らしい表情に出会えることでしょう。只見町の豊かな“実り”を探しに出かけてみませんか?

(文:渡部あきこ 写真:柳沼亘)

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