「来てしまえば、なんとかなるもんですよ」まずは楽しむ!それが私の移住スタイル。

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福井県勝山市。霊峰白山に抱かれた静かな山間の町は、全国的に有名な恐竜博物館をはじめ、豊かな自然と昔から続く伝統が魅力の場所である。昨年、勝山市で初となる地域おこし協力隊として愛知県からやってきたのが牧野優さん。田舎暮らしにはまったく興味のなかった彼女がたった一人で勝山にやってきたきっかけとは。当時の様子と今の暮らしぶりについてうかがった。

きっかけは一枚の写真でした。

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「白山に呼ばれました」

勝山に来た理由をたずねると、そう答える牧野さん。もともと田舎暮らしや地域おこし協力隊に興味があったわけではなかった。

「たまたま目にしたテレビ番組で地域おこし協力隊のことを知ったんです。こんな仕事があるんだ、面白そう!と思っていたところ、東京で地域おこし協力隊募集のイベントが開催されることを知り、少し話を聞いてみるか、と軽い気持ちで足を運んだのがきっかけでした。」

フォーラムではさまざまな自治体を回り話を聞いていたが、勝山市のブースで一枚の写真に釘付けとなった。それが、「平泉寺白山神社」の写真である。

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苔が生した石畳、何百年もの樹齢の巨木がそびえ立つ厳粛で荘厳な空間、

「この場所が私を呼んでいるのかも」牧野さんは一目でこの景色に恋をした。

 

自分で決めたことならなんとかなる

笑顔が絶えない穏やかな雰囲気の牧野さんだが、これまで周囲も驚くほどの瞬発力で物事を決断し、人生を歩んできた。普通の人なら二の足を踏んでしまうことでも臆せず飛び込んでいく、大胆不敵な性格なのである。

ゲーム好きが高じて大学ではCGやインスタレーション作品を手がけるメディアアートを専攻。第二外国語の授業で選択したロシア語を使ってみようと思い立ち、たった一人でロシアに旅立ったこともあった。大学を卒業後は、接着剤メーカーに入社。地元から離れた関西に配属され、しかも初の女性営業であったが、「仕事を通じて社会に役立ちたい」という理念に惚れ込んだ牧野さんには何の迷いもなかった。

仕事はとても充実していたものの、このまま10年後も同じ仕事に就いているイメージは沸かなかった。違う人生の可能性もあるのかも…と一旦考え出すと行動に移すのは早い。持ち前の決断力で会社を退職。次の仕事のあてがあるわけではなかったが「自分で決めたことならなんとかなる」という思いは強かった。

仕事の内容も働く場所もこだわりがなかった牧野さんだが、唯一こだわっていたのが「誰かの役に立てる仕事につきたい」ということだった。自分に嘘をつけない性格から、自分が納得できる会社でないとエントリーシートもなかなか筆が進まない。

地域おこし協力隊の募集は、そんな就職活動の最中に出会った。もちろん、「白山神社」の景色に心を奪われたのはきっかけの一つにすぎない。若者が減り、高齢化が進む自治体の未来を何とかして盛り上げたいという勝山市の熱意に、何よりも強く心を動かされた。

「私を必要としてくれている場所があって、何か力になれるのなら挑戦してみよう」

こうして牧野さんは勝山の地に足を踏み入れた。2014年6月のことだった。

 

まずは伝統を楽しんでみる

勝山市は伝統を大切にする地域である。例えば、地域のお祭りや報恩講(ホンコサン)と呼ばれる仏教の祝い事など各家庭でも昔ながらのしきたりを重んじており、四季を通してさまざまな行事が行われている。

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▲一年でもっとも大事な法要行事である「報恩講」。親戚やご近所など大勢の人を招き、里芋の煮っころがしやえ和え(エゴマ和え)、こんにゃくの刺身など地域によって異なる「報恩講料理」が振舞われる。

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▲「左義長」は太鼓やお囃子などで五穀豊穣と鎮火を願う勝山でも有名なお祭り。最後に行われるドンド焼きは迫力満点で、県内外から多くの人がやってくる。

牧野さんが地域おこし協力隊になって以来心がけているのが、これらの行事が行われている地域に足を運び、実際に体験することだ。農作業や薪割りをしたり、時には顔を白く塗って祭りの行列を練り歩くこともある。初めて体験した勝山の冬は想像以上に雪が多かったが、過酷な雪かきも笑顔でこなした。

何もかもが新鮮で楽しい!こうした自分の体験をFacebook上に投稿することで、県外の人はもちろん、勝山の人も「面白そう」と興味を持ってもらえることが増えてきたそうだ。

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▲「謡(うたい)、三番叟(さんばそう)、神楽(かぐら)」などの芸能を奉納する「谷のはやし込み」。顔を白塗りしたり、面を被ったりなど、さまざまな仮装をして練り歩く。

 

頼れる移住仲間の存在

牧野さんが移住してきた当初から頼りにしているのが、勝山市で野菜づくりを行っている土田農園の土田未来子さんだ。

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土田さんは8年前にご主人のアイデアで彩り豊かなカラフル野菜の栽培に着手。以降、野菜を使った商品の開発をはじめ、料理教室の開催や若手女性農業者によるプロジェクトの立ち上げなども行っている。

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▲色とりどりのカラフル野菜の栽培に成功し、全国への発送も行っている。一般家庭はもちろん、プロの料理人からの注文も多い。

実は、土田さんもまた県外から勝山に移住した一人だ。8年前、結婚を機に実家のある愛知県から勝山に嫁いできた。

「初めてここに来た時に、近所のおばあちゃんからすごく感謝されたんです。よう来てくれたって。嬉しかったですね。今でもとても印象に残っています。」

勝山のいいところは?とたずねると、景色の美しさや食べ物の美味しさ、子育てのしやすさ、など次から次へと答える土田さん。

そんな勝山のいいところを実感すると同時に、移住して8年も経つと地域の課題も見えてくるようになった。

「勝山は伝統を重んじることから、新しく何かを始めようとすることにはとても慎重な土地柄です。今まで続いてきた仕組みを変えることも簡単ではありません。『何かを変えたい』と意気込む人にはもどかしい土地かもしれませんが、牧野さんのように地域の中に自然に溶け込み、肩の力を抜いて楽しんでいる姿は勝山の人たちにとてもいい影響を与えていると思います。」

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移住の先輩であり、良き理解者である土田さんは、牧野さんにとって心強い存在となっている。
土田農園Facebookページ:https://www.facebook.com/tuchidanouen

 

私の役目は「耕すこと」

現在、牧野さんは勝山市の田舎暮らし体験や中間山地での農業のワークショップなどを手がけている。

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▲標高が高く、寒暖の差が激しいことから、甘みや旨みのある美味しい野菜が採れる北谷地区。牧野さんは野菜の植え込みや収穫体験も年間通して企画している。

勝山の生活を体験しようとやってくる人は年間100名以上。しかし実際、数日間の田舎暮らしを経験しただけで移住定住につながることはほとんどない。

仕事柄、移住希望の人から相談を受けることが多い牧野さんはどんな風にアドバイスをしているのだろうか。

「本来はもっと積極的に移住をPRすべきなのかもしれませんが、移住を考えている方の年齢や背景などはそれぞれ異なるので、安易に移住を勧めることはありません。でも、来てしまえば意外となんとかなるんですよ、とは伝えています。」

地域おこし協力隊の任期は3年。何かを成し遂げるには短い期間だが、牧野さんに焦りはない。

「私はもともと起業家タイプではないし、”ここで何かを立ち上げてやろう”という想いはありません。田舎という地では、一人で何かを始めてもあまり意味がないと思っているんです。たとえ遠回りしたり道を逸れることがあっても、地元の方たちとコミュニケーションを取りながら勝山のことを考えていきたい。勝山の地域を『土』、外からやってくる人たちを『種』と例えると、私の役目はその種が根付くようにしっかり耕すことだと思っています。」

地方への移住は覚悟や勇気が必要だと思っている人も少なくない。

しかし、牧野さんを見ていると、”地方の暮らしはこうあるべき”と意気込む必要はないように感じる。

地方の暮らしを心から楽しむ『肩の力を抜いたスタイル』こそ、本来の移住のあるべき姿なのかもしれない。

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取材先

勝山地域おこし協力隊

牧野優さん

愛知県出身。中京大学情報科学部(現・情報理工学部)メディア科学科卒。その後、接着剤メーカーに入社し、配属された関西では初の女性営業として活躍。2014年6月、勝山市初の地域おこし協力隊として福井県勝山市に移住。現在はfacebookを使った情報発信のほか、今年4月に立ち上がった「勝山田舎暮らし体験応援倶楽部キラリ」の本格稼働に向け、準備を進めている。

石原藍

石原藍ISHIHARA-Ai

大阪府豊中市出身。フリーランスライター兼プランナー。 大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、現在は縁もゆかりもない「福井」での生活を満喫中。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、自分にとっても心地よい生き方、働き方を模索しています。趣味はキャンプと切り絵と古民家観察。

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